吉澤兄一のブログ

お江戸のど真ん中、平河町から、市井のトピックスを日記風につづりたいと思います。

よく歩く街路の並木いろいろ

2016年09月23日 | Weblog
けやき(欅)やイチョウ(銀杏)などの落葉高木の街路樹も多いが、この時期 落葉樹も常緑樹も緑の葉を繁らせている。ここ千代田区は半蔵門から四ツ谷に向かう新宿通りは、ポプラやプラタナス(鈴懸ノ木)の広葉落葉高木。どちらも、春から夏にかけては 白い花を大きな葉の間につける。秋には一部、毛やトゲのある丸い実をつける。

麹町から永田町に向かうプリンス通りは、銀杏の木。新宿通りをクロスして市ヶ谷に向かう日テレ通りは、白い百日紅。結構 街路により並木の木種が異なるが、新宿通りに並行する半蔵門から紀尾井町にかけてのFM通りは、ヤマモモの木だ。

2~3日前シゴトの会議があり、霞が関は農林水産省に行った。地下鉄有楽町線の桜田門駅を出た警視庁前の街路は、楠ノ木や樫や楡の木のような常緑の大木で鬱蒼としている。向かいの法務省前は、大きな栃の木。マロニエのような気もするが、街路に落ちて踏み砕かれた実をみれば、トチノキ(栃の木)と確信できる。

しゃれた赤レンガの法務省より農林水産省に向かう。地下鉄 霞が関駅出入り口あたりからキレイな緑葉のやさしい木が並ぶ。カツラ(桂ノ木)だ。長い秋の雨にみずみずしい緑葉が、うつくしい。
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ナベ(鍋料理)の時節は、豆乳鍋

2016年09月22日 | Weblog
きょう(9月22日)は、秋分の日。お彼岸の中日。「暑さ寒さも彼岸まで」の彼岸は、中日の前3日と後3日の一週間をいう。昼と夜の長さが同じになる季節の変わり目をお彼岸(春分の日&秋分の日)として、先祖を敬い墓参をする日にしたのは、此岸のこの世に生きる我々の あの世彼岸の極楽羨望なのかも知れない。

ぼたもちなのか おはぎなのかをいただく楽しみもあるが、秋が深まるこの時期はナベ(鍋料理)が恋しい。ナベ(鍋料理)と言えば、魚や肉に秋の茸や野菜がたっぷり入った寄せ鍋が王者。キムチ鍋にしたり、チゲ鍋にしたりすれば、また楽しい新ナベができるが、この頃のはやりは 豆乳鍋。

だし汁に豆乳たっぷりにしたうどんすきや しゃべしゃべもいいが、たくさんの具を入れる前にまずする汲み上げ湯葉は、ナベの楽しみを2倍にする。どのようなナベ(鍋料理)にも、豆乳が味をまろやかにしたり栄養バランスを整えたりしてくれる。健康のオールラウンド・プレイヤー豆乳は、ナベのおいしさ倍加してくれます。

豆乳鍋への応援歌でした。
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胡桃(クルミ)の閑話ー敬老の日ブログ

2016年09月19日 | Weblog
夏も終わり、そろそろ秋本番。北海道から中継ANAオープンゴルフのTV画面に映るナナカマド(七竈)は、真っ赤。実家裏のアケビが、もう実を薄紫にしている。アケビは、漢字で木通や通草と書くらしいということにはビックリしたが、これが蔓を木にみたてての当て字(穴のあいた木蔓)からきたことを知り納得。

当て字と言えば、同じく実家の裏で毎年実をつけるクルミ(胡桃)だ。まだ青い実をつけている。この胡桃の房花の濃い緑、まるで たわわにぶら下がる緑の青虫にも見える。同じ時期に咲く栗の房花の白い芋虫と双璧だ。むかしは、落ちた胡桃の実を拾う川歩きをしたが、このごろは黄緑に熟した実を落し採る。

紫実の皮をパックリ開けることから“開け実”アケビとなったという木通は、すぐイメージできたが、クルミが何故胡桃なのかはイメージできない。青い実からも、皮を剥いた実からも、割った身からもイメージできない。胡が中国西方から来た当て字だというが、何故”桃”なのかわからない。それにしても、胡桃のように”胡”のつく食べものや野菜などが多い。

胡麻、胡椒、胡蒜、胡粉など、”胡”のつくものには、薬効や薬膳のニオイがつよい。胡桃、”胡”がつくからと言って、中国オリジンでもない。古代 オオバタクルミと言ってヨーロッパ、アメリカ、シベリアなど世界中に生育していたという。日本にも広く生育している。信濃クルミという品種やオニグルミやカシグルミなどが多い。

咳や喘息など”温肺”効用イメージのある胡桃閑話の敬老の日でした。
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短(30日小月)そうで、長い9月(長月)のシルバー・ウィーク

2016年09月17日 | Weblog
9月15日は、旧暦8月15日で十五夜。仲秋の名月。9月は30日しかない(小月)のに”長月”というのも不思議だ。暦(旧暦)は 7月8月9月が秋で、7月を初秋、8月を仲秋、9月を晩秋というが、新暦の気候感覚とは大分違う。

それにしても9月(長月)は、短くない。長い。夏が終わり秋の兆しから秋が深まる時期で、漸次変わりゆく季節を感じ長い。9月15日が老人の日で、老人週間に入る日だというが、9月19日が敬老の日。同じ日が彼岸の入りで、(彼岸の)中日の秋分の日が9月22日。

このころをシルバー・ウィークというらしいが、老人週間(9/15~9/21)を言っているのではない。9/17・18の土・日(休日)から19日(敬老の日)が国民の休日。20.21日の2週日を休めば、つぎの9月22日は秋分の日で休み(国民の休日)。つぎの23日(金)を休めば、9/24(土)25(日)まで、都合9日間の長い休暇になる。4-5月のゴールデン・ウィークにつづく、シルバー・ウィークになる。

秋(仲秋)は、お米や農作物の収穫月ということで、9月稲刈月が(いねかりづき)→(ねかりづき)→(ながつき)と長月になったという人や 夏の短夜がいつの間にか夜長月になったからという人など諸説あるようだが、9月はいろいろ長い。
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何かと困る”ダンナの田植え”

2016年09月15日 | Weblog
このごろ「ダンナの田植え」などと検索すると、約20万レコード(Google)ほどヒットするがほとんどの記事は、”ダンナの田植え”ではない。旦那の説明や芸者の旦那や家族の中での主人などの日常や仕草などの記事ばかり多い。トシ寄りの私などが使う”ダンナの田植え”ではない。

典型的は、皇居内・田圃での天皇陛下の”田植”だが、昔のダンナは”わしも田植えした”という威張りをつくるために、長靴履きの田植えをする。せいぜい4~5株手植えする程度なのだが、”長靴”で足が運べない。エライ人ほど、”現場”している演出をするのだが、ほとんどは”現場知らず”をモロ出しする。

この度の復興担当務台内閣政務官の”水溜りオンブ”事件が典型だ。このような被災地視察慰問の天皇陛下でさえ”いつも長靴”するというのに、失態では済まない。セットしたお役人がわるいのではない。ご本人の感覚や責任意識ややる気の程度が、その程度なのだ。現場重視の多くが、現場知らずなのだ。

豊洲新市場であらわになった問題は、小池新都知事の事実や現場重視の結果だ。いままでの石原知事や猪瀬知事や舛添知事と都庁役人や都議会の”ダンナ”ぶりが暴露された。みなさん、一度も現場や事実に触れていなかったのだ。役人や責任スタッフに騙されたのではない。関係トップとしての責任とは、どのように振る舞うことなのかが解っていない結果だ。問題意識や事実探究心のない視察ほど、現場知らずを高めるものはない。心してほしい。
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野菜がクスリ・・・・831野菜の日メモリー

2016年08月31日 | Weblog
1998年4月わたしは、一般家庭における”食や食材”の研究調査をしていた。キッチンや冷蔵庫にストックされている食材やその食材の使い方や買い方などを調査した。お肉やお魚、主食や調味料、乾物や漬物などに区分して調査研究していた。

その第1回目が、野菜。葉菜や茎花菜、果菜や根菜、きのこや幼菜などに区分して、ご家庭におけるあらゆる野菜の実態を調査した。その当時、平均一週間に4日の食料品の購入があり、月63000円ぐらいの食料品購入への支出であったが、うち野菜類への支出は9500円(15%)ほどであった。

この時ご指導いただいた先生が、女子栄養大学 教授の吉田企世子先生だった。18年ほどのご無沙汰になるが、同大学名誉教授になられている先生がこの度、”春夏秋冬おいしいクスリ「旬の野菜の栄養事典」(最新版)”を監修出版された。シゴト柄もあって、食や栄養などに関心を持つようになった私が、いま楽しませてもらっている書物のひとつだ。

この10年近く”豆乳”の業界団体でシゴトさせてもらっていることがそうさせたのか、子どもからお年寄りまでの健康や食事と栄養摂取に興味を持つようになった。そのキッカケが、18年前の吉田先生の野菜講義やお肉の沖谷先生やお魚の望月先生だ。ご無沙汰の限りだが、感謝している。記名させていただくことをご寛容にお願いしたい。
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真夏の空蝉小話

2016年08月21日 | Weblog
毎朝5時半、騒々しいミンミン蝉の鳴き声で起きる。きょうの熱暑を予想させる早朝の蝉の合唱。朝食を摂り、家を出る午前8時。地下鉄の駅まで徒歩5分。汗し歩く街路に必ず見るアブラ蝉やミンミン蝉の死骸。土手側の大きな欅の木から落ちた蝉の骸。熱暑にやられて、セミが死ぬのだ。そして、落ちる。踏んだりしないよう気をつけて歩く。

週5日の勤め人ルーチン生活を崩すのは、土日。その土日、このところの熱暑にはまいる。この1~2年、月一回ぐらいで田舎詣でする。田舎は、典型的な中山間地の棚田農業の地。実家を囲む里山は、いま文字通り濃い万緑。いま、水を得て育ち盛りにある稲田には、ときどき白鷺が舞い降りる。

里山への農道脇の小さな草木に、セミの抜け殻をみる。空蝉ともいうらしいが、”抜け殻”と言ったほうがピッタリする。われわれのように、ただ現世に生き暮らす人間のことを主に”空蝉”というらしい。空蝉(この世に生きる人間)を詠んだ和歌や俳句も多い。ヒトの生き様をセミの”抜け殻”に見立てたのであろう。

何から抜けて何を脱いで、生きているというのだろうか。現世に生きる中身のない人間を、生身のなくなった空蝉に喩えたのであろうか。
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”勝てる”と思った(確信)瞬間、負ける。

2016年08月20日 | Weblog
この夏は、ゲリラ豪雨やつづく猛暑にやられた。自然の脅威や天候のわがままに負けた。2016リオ・オリンピックやその裏番組になった(第98回)全国高等学校野球選手権大会が、異常気象の避難所になった。お天気への備えでもそうだが、日常の生活や生き方についての”心構え”を教わった。

何事も”勝てる”と思った瞬間が”隙”になるという教えだ。最後まで”あきらめない”ことの中に“勝ち”が潜んでいるということ。そこに”逆転”の勝ちがあるということを知った。日々の人並み以上の練習や訓練を積んで、戦いに臨むアスリートに慢心や油断が入る隙はないと思うが、”逆転”現象が多いということで、戒めを感じる。

2016リオ・オリンピックでの高松バトミントン・ペアの金、女子レスリングの金たち、男子体操団体の金や卓球女子・男子の団体銅など、すべて”逆転”での勝利だ。テレビ裏番組になった高校野球では、評論家たちの予想した優勝候補3校が消えた。超高校級と言われた3人のエース投手をリリーフにしての敗退だ。学ぶことが多い。

逆転の“勝ち”が多くなる要因は、勝ちそうな者と届きそうもない者の”心”の中にあるのかも知れない。99%勝てるイケルと思う瞬間に、緩みや隙が生じるのかも知れない。99%除菌しても、1%の菌やウイルスで命を落とすこともあると、心したい。
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「山の日」雑感

2016年08月11日 | Weblog
ことしから8月に、国民の祝日が出来た。7月の海の日に対抗した”山の日”8月11日だ。毎月一日ぐらい国民の祝日があってほしいと思うが、まだ6月にはない。6月の”山開き”に合わせて、6月に「山の日」をという案もあったと聞くが結果は、8月になった。企業の夏休みとしての月遅れお盆休みへの”連休”を考えたらしい。

アウト・ドアに趣味と言えるものも持っていない私だが、毎年の夏の海水浴や春や秋の近郊の山へのハイキングなどが、海と山へのレジャーだった少年時代。高等学校を終え東京に出た自分の海山への親しみは少し山傾斜し、近郊の小田急線は伊勢原や秦野駅からアプローチする、丹沢の沢登りから行く塔ノ岳や大山になった。

トシいった今は、もっぱら足腰を使わない平地暮らしだが、”山”といえば富士山だ。葛飾北斎や広重の富嶽三十六景や横山大観の霊峰富士山がイメージされるが、何しろ縁起や吉祥を赤富士に託す日本人は多い。エベレストでも、キリマンジャロでも、富士山でも、”山”に吉祥感を抱く人々は多い。

さて、海の日や山の日につづく6月の国民の祝日設定を願うが、果たして6月何を祈念し記念祝日にするか、国民投票にでもかけましょうか。
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2016年8月6日(きょう)のメモリー

2016年08月06日 | Weblog
人類史上はじめての原爆が投下され、広島が一瞬の焦土となって71年。いまだその原子爆弾をはるかに超える大量破壊殺人兵器・核兵器が大量に存在する。70年を経てこの世から核兵器を失くすことが出来ていない。

2016年8月6日(土)午前8時15分約5万人の黙祷で、この地広島では「広島平和記念式典」が行われた。H28年広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式典だ。同じ時刻(現地5日)、地球の反対側ブラジルでは、世界205か国・地域が参加してのリオ・オリンピックの開会式が始まった。

広島の祈念も、リオの願いも”平和”だ。人類の愚かな歴史を反省しての平和記念式典と、いまやこれからの人類の生き様を謳歌するオリンピックも、願いは平和。地球や人類の持続可能性(サステナビリティ)と多様性を、共有したいと行われている。

宇宙も地球も、身近なこの国や反対側の国々も、痛んでいる。病んでいる。民族やイデオロギーの違いを越えて、この痛みや病みをケアしつつ、少しでも長くこの地球の環境や安心・安全を良くしていきたいと、願ってやまない。
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