吉澤兄一のブログ

お江戸のど真ん中、平河町から、市井のトピックスを日記風につづりたいと思います。

真夏の空蝉小話

2016年08月21日 | Weblog
毎朝5時半、騒々しいミンミン蝉の鳴き声で起きる。きょうの熱暑を予想させる早朝の蝉の合唱。朝食を摂り、家を出る午前8時。地下鉄の駅まで徒歩5分。汗し歩く街路に必ず見るアブラ蝉やミンミン蝉の死骸。土手側の大きな欅の木から落ちた蝉の骸。熱暑にやられて、セミが死ぬのだ。そして、落ちる。踏んだりしないよう気をつけて歩く。

週5日の勤め人ルーチン生活を崩すのは、土日。その土日、このところの熱暑にはまいる。この1~2年、月一回ぐらいで田舎詣でする。田舎は、典型的な中山間地の棚田農業の地。実家を囲む里山は、いま文字通り濃い万緑。いま、水を得て育ち盛りにある稲田には、ときどき白鷺が舞い降りる。

里山への農道脇の小さな草木に、セミの抜け殻をみる。空蝉ともいうらしいが、”抜け殻”と言ったほうがピッタリする。われわれのように、ただ現世に生き暮らす人間のことを主に”空蝉”というらしい。空蝉(この世に生きる人間)を詠んだ和歌や俳句も多い。ヒトの生き様をセミの”抜け殻”に見立てたのであろう。

何から抜けて何を脱いで、生きているというのだろうか。現世に生きる中身のない人間を、生身のなくなった空蝉に喩えたのであろうか。
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”勝てる”と思った(確信)瞬間、負ける。

2016年08月20日 | Weblog
この夏は、ゲリラ豪雨やつづく猛暑にやられた。自然の脅威や天候のわがままに負けた。2016リオ・オリンピックやその裏番組になった(第98回)全国高等学校野球選手権大会が、異常気象の避難所になった。お天気への備えでもそうだが、日常の生活や生き方についての”心構え”を教わった。

何事も”勝てる”と思った瞬間が”隙”になるという教えだ。最後まで”あきらめない”ことの中に“勝ち”が潜んでいるということ。そこに”逆転”の勝ちがあるということを知った。日々の人並み以上の練習や訓練を積んで、戦いに臨むアスリートに慢心や油断が入る隙はないと思うが、”逆転”現象が多いということで、戒めを感じる。

2016リオ・オリンピックでの高松バトミントン・ペアの金、女子レスリングの金たち、男子体操団体の金や卓球女子・男子の団体銅など、すべて”逆転”での勝利だ。テレビ裏番組になった高校野球では、評論家たちの予想した優勝候補3校が消えた。超高校級と言われた3人のエース投手をリリーフにしての敗退だ。学ぶことが多い。

逆転の“勝ち”が多くなる要因は、勝ちそうな者と届きそうもない者の”心”の中にあるのかも知れない。99%勝てるイケルと思う瞬間に、緩みや隙が生じるのかも知れない。99%除菌しても、1%の菌やウイルスで命を落とすこともあると、心したい。
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「山の日」雑感

2016年08月11日 | Weblog
ことしから8月に、国民の祝日が出来た。7月の海の日に対抗した”山の日”8月11日だ。毎月一日ぐらい国民の祝日があってほしいと思うが、まだ6月にはない。6月の”山開き”に合わせて、6月に「山の日」をという案もあったと聞くが結果は、8月になった。企業の夏休みとしての月遅れお盆休みへの”連休”を考えたらしい。

アウト・ドアに趣味と言えるものも持っていない私だが、毎年の夏の海水浴や春や秋の近郊の山へのハイキングなどが、海と山へのレジャーだった少年時代。高等学校を終え東京に出た自分の海山への親しみは少し山傾斜し、近郊の小田急線は伊勢原や秦野駅からアプローチする、丹沢の沢登りから行く塔ノ岳や大山になった。

トシいった今は、もっぱら足腰を使わない平地暮らしだが、”山”といえば富士山だ。葛飾北斎や広重の富嶽三十六景や横山大観の霊峰富士山がイメージされるが、何しろ縁起や吉祥を赤富士に託す日本人は多い。エベレストでも、キリマンジャロでも、富士山でも、”山”に吉祥感を抱く人々は多い。

さて、海の日や山の日につづく6月の国民の祝日設定を願うが、果たして6月何を祈念し記念祝日にするか、国民投票にでもかけましょうか。
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2016年8月6日(きょう)のメモリー

2016年08月06日 | Weblog
人類史上はじめての原爆が投下され、広島が一瞬の焦土となって71年。いまだその原子爆弾をはるかに超える大量破壊殺人兵器・核兵器が大量に存在する。70年を経てこの世から核兵器を失くすことが出来ていない。

2016年8月6日(土)午前8時15分約5万人の黙祷で、この地広島では「広島平和記念式典」が行われた。H28年広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式典だ。同じ時刻(現地5日)、地球の反対側ブラジルでは、世界205か国・地域が参加してのリオ・オリンピックの開会式が始まった。

広島の祈念も、リオの願いも”平和”だ。人類の愚かな歴史を反省しての平和記念式典と、いまやこれからの人類の生き様を謳歌するオリンピックも、願いは平和。地球や人類の持続可能性(サステナビリティ)と多様性を、共有したいと行われている。

宇宙も地球も、身近なこの国や反対側の国々も、痛んでいる。病んでいる。民族やイデオロギーの違いを越えて、この痛みや病みをケアしつつ、少しでも長くこの地球の環境や安心・安全を良くしていきたいと、願ってやまない。
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『 台風を退けて上陸ポケモンGO 』-心痛める抄話

2016年07月28日 | Weblog
保守的でトシ寄りの私は、革新や進歩に心が抵抗する。ドローン(小型無人航空機)では、空から攻撃される生活に不安感を募らせたが、今度は現実の陸荒らしのポケモンGOの上陸。一昨日その日から、心不安だ。

台風が少なく水不足が心配されるこの頃だが、その台風を押しのけてポケモンGOなるお化けが上陸した。ポケモンというと任天堂イメージだが、このポケモンGOは、アメリカからの戻り上陸だ。仮想も現実も一緒くたにしたこのゲームお化けは、新しい社会トラブルを増やすだろう。

ただのゲームや遊びではない。内向き人間が増える世の中にあって、人々の外向き性向を強め、ゲームの枠を超えた社会現象や新市場創出をするだろうという。珍しさや新しさに飛びつく企業人たちは、まだ見えもしない新機会を希望的に見ている。

ヒト呼び込みの顧客誘引や販促ツールにしたいとか、地方やローカル観光地への人寄せやヒトとヒトとの出会いビジネスなどに用途が広いと浮かれているが、このようなバーチャル・ソフトなど無い方がいい。現実を仮想させるソフトやビジネスは、世の中の事故トラブルメーカーになる。進歩やモノはなくてもいい。ただ”安心して”暮らせれば、それでいい。
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『涼探し 田舎詣での 大暑かな』

2016年07月24日 | Weblog
2016年7月22日(金)は、大暑。暦とは大違いで、この日はやけに涼しい。更なる涼感を求めたわけではないが、田舎に向かう。朝9時ごろ家を出て午前10時、上野は8番線より常磐線は、いわき行ひたち7号に乗る。『 整然と緑に白花蓮田かな 』

万緑の関東平野を分けて走る特急ひたち7号。車窓に飛び込むのは、この時期蓮田。濃い緑を際立たせる真白は蓮の花。午前11時05分水戸駅着。10分後発の水郡線で上菅谷経由、常陸太田駅に12時10分前に到着した。この駅で妹夫婦と合流し、まずは駅近くのファミレスで昼食し、クルマで30分ほどの実家に向かう。

『 万緑を一層濃くする合歓の花 』。濃い緑をより濃く演出する合歓の花を見つける田舎の里山。山麓の合歓の花を、より高い中腹に行って眺める。合歓の花は、その上より見るのがいい。淡いピンクの赤が目立つ。原野にて横暴する葛つた葉を、突き出て咲く大きな合歓の花に万歳する。

ケア施設で母を迎え、行きつけの病院に連れ行く。玄関の軒下に夏燕の赤ちゃんが5羽。10分おきにエサを運ぶ親ツバメに、5羽が競って身を乗り出す。いまにも巣から落ちそうだ。あと2~3日もしないで、5羽巣立ちしそうだ。7月23日(土)午後1時すぎ、つぎは”お盆”と言って帰路に着く。
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緑陰の山百合の白さと青い紫陽花の初夏

2016年07月19日 | Weblog
梅雨明け中元時節、中山間地の里山や杉林は、真っ白く大きな山百合や青い紫陽花の絵を描く。青というか蒼いというのか、青く波打つ杉林の紫陽花は実に清々しい。

林縁や杉林麓の緑にアクセントする真っ白な大きな山百合の花も、梅雨明けを告げる。あまたあるユリ花の中の女王、その大きな花の白さだけではない。甘く強い香りを放つ。

北茨城の美しい中山間地の里山を代表して咲き、杉林灌木花紫陽花と原野や林縁に真っ白く咲く山百合を紹介して一句。

○芳しや白き山百合杉林

○鬱蒼す青紫陽花の杉林
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まずは、女性活躍社会を!

2016年07月17日 | Weblog
1000万世帯を越えた”共働き”世帯だが、全勤労者世帯に占める割合は20~22%で、この10年横ばい。欧米のそれの3分の1だ。301人以上従業員の企業における女性の管理職割合は、10%強。これも、欧米の30~40%の3分の1。早めにこれを3倍ほどにしようと、雇用や労働の環境や条件の改善を定めたのが、女性活躍推進法(H27年8月28日成立)。

いま男女平等などというと時代のKYと言われる。女性一般の参政権が権利された戦後(1945年12月衆議院議員選挙)から40年の1985年、男女雇用機会均等法が制定された。従業員の募集、採用、昇給、昇進、定年、退職などの男女平等が約束されたのだが、現実は”共働き”の実現にもつながらなかった。そして1999年の男女共同参画社会基本法となった。その結果が、上記だ。

男の役割や女のそれなど、昔からの性別役割感から脱皮できない年寄りの私には、このような実情を”どのようにしたら改善できるか”の処方が浮かばない。男性が考えるのではなく、女性に考えていただき、それに従うのが一番のような気がする。

明治時代の女工哀史話や野麦峠(あぁ野麦峠)は、当時の政府主導繊維産業に働く女性の悲惨を伝える。いまでいうブラック企業を政府が進めていたのだ。ずっと昔の民話「鶴の恩返し」の娘(鶴)の身を削る(羽)機織り恩返しも”布織り”だ。つい先日の七夕の織姫もよく考えれば、棚機(たなばた)の織り娘(姫)だ。ことほど左様に、繊維 織り娘(女工)的に、女性の就業は”悲惨”だった。そして、いまも同じ。

女性活躍社会の強力な推進を願う。

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「七夕や雲の合間に星二つ」・・・7/7、七夕コラム

2016年07月10日 | Weblog
何十年か前の田舎の七夕は、夕方から夜。いま、都会の七夕は 昼間のようだ。幼稚園や駅の構内などには、願い短冊満載の笹飾りだが、このササは笹ではない。ほとんどは、竹の葉枝だ。

”笹の葉さらさら・・・”の代りの”タケの葉さらさら・・・”では、風情がない。とても短冊など結べない笹の葉。短冊を結んだりするには、葉枝がなければ難しい。笹や篠より竹の葉枝の方が、飾ったり立てたりしやすい。七夕飾りを立てた玄関脇や門場で、線香花火に騒いだ夕方夜が思い出だ。

空高い夏銀河に横たわる天の川は、壮観。いまにも落っこちそうだ。メルヘンは、年に一回の逢瀬の彦星(牽牛星)と織姫(織姫星)探し。天銀河を仰ぎながら、星や星座の名前を聴いたり流れ星を探したりした。この夏の夕方から夜のお祭りが、都会では出来ない。

星を見たり眺めたり出来ないのは、街に夜がないからだ。ネオンや照明で明るいからだ。明るい昼間と暗い夜があることが、自然なのだ。自然を大切に暮らしたい。
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夏花の代表「合歓の木」とその仲間

2016年06月26日 | Weblog
10日ほど前(2016年6月15日)、皇居東御苑を散策した。庭園を遊歩する途中、雑木林を左右にみる小路を出た辺りに合歓の木を見つけた。ふだんは雑にヨコ広がりする合歓の木だが、そこのねむの木はきれいに剪定されて、天に向かって薄紫の花を咲かせていた。いつも気をきかせて上から眺める合歓の花だが、ここでは、背伸びしただけで葉の上の傘房花が見られた。

合歓の木と同じマメ科ネムノキ亜科だが、眠るの木ならぬ眠り草とも呼ばれるオジギソウ(お辞儀草)がある。葉を手で触れたりすると、恥ずかしそうに葉を閉じる。うすい白紫の花をつける。何故摂触すると葉を閉じるのか聞いてみたことがるが、あるタンパク質の刺激反応だという人空気と水の変化だなど聞いたが、よく理解できない。

このオジギソウと近いマメ科オジギソウ属で、黄色い房花を咲かせるのがミモザだ。ミモザとアカシアは同じという人もいるが、アカシアは合歓の木と同じマメ科ネムノキ亜科の落葉高木。うすい黄色の花を咲かせる。都会の街路の並木などにもみられるが、東北自動車道は栃木あたりの山麓を飾る木でもある。

それにしても面白く育ち花をつけるマメ科ネムノキ亜科の代表ねむの木。何故青空に向かって傘のように葉や花を咲かせるのか。何故眠るの木でなく合歓の木なのか。オジギソウもそうだが、閉じた葉が男女共寝して合歓する姿を連想しての名づけだという。やさしく、愛おしい木花だ。
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