吉澤兄一のブログ

お江戸のど真ん中、平河町から、市井のトピックスを日記風につづりたいと思います。

21世紀(2000年)生まれが 光る!

2017年04月23日 | Weblog
春光るは、よく使われる俳句の季語だが、このところ21世紀生まれが光る。2000年は、平成12年だから平成に入って10年少し経っている。90年代後半は、景気経済が後退局面に入り落ち着きのない世の中だったが、そのような世の中を変えようと、小泉政権が立ち上がったのが、ちょうど2001年の時期だ。

地下鉄サリン事件時の自社政権から社民、さきがけ、新進そして民主党結成へと政治も世の中も混沌とした時代。消費税増税(3→5%)と拓銀や山一證券の破綻などの重なりが、その後の景気低迷を暗示した。自自公連立政権の小渕首相が地域振興券や2千円札の発行などをするも景気は低迷する。

いまの16~17才の若者たちが生まれた2000(平成12)年の翌年は、ジャスダック・ジャパン市場の発足やIT革命などに加えて、郵政民営化の小泉政権が「構造改革なくして景気回復なし」を主訴するも、経済はデフレ経済真っ只中を脱却できず。2001年911のニューヨ-ク同時多発テロが世界に走る。

そのような時代に生まれた今17才。サッカーの久保建英君や平川怜君、卓球の伊藤美誠や平野美宇さんに、フィギュアの樋口新葉や三原舞衣さん。皆さん17歳(含、16歳)だ。デフレ脱却ままならぬ世の中にあって、春光る希望だ。とにかく、怪我やカラダの故障なくガンバッテください。多謝。
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イレブンハンドレッド(1100回)の私のブログ概史

2017年04月16日 | Weblog
2006年3月11日「のれんや伝統の功罪」(第1回篇)でスタートした「吉澤兄一のブログ」( goo.ne.jp/k514)が、このブログでイレブンハンドレッド1100回篇になる。ただいま2017年4月だから、丸11年になる。約4000日(11年)を1100(回)で割ると、3~4日に1篇ブログ(A4-1頁)発信してきたことになる。

2006年満64歳のスタートだから、この5月75歳の私にとっては11年イレブンの記念となる。”イレブン”が、わたくしの記念ワードになった。2006年の頃の世の中、文化格差や知識格差と所得や貧富格差が話題だった。BoBos族の出現やアンビバレントな価値基準傾向がトピックスになった。

スタートしたばかりの私のブログは、週平均200人ほどの読者(IP)や閲覧頁(PV数)であったが、4年目の2010年3月ごろには、週平均IP数500(人)を越え閲覧頁(PV)も1500頁ほどになった。自民党にかわった民主党政権の世の中は、学級も崩壊と不安定で、価値基準もロハスや安全志向に向かった。

2011年3月11日の”イレブン”は、おそろしい光景。東日本大震災の地震津波と福島原発の崩落事故は、その翌日から悲惨な光景を国民にさらす。500kmも離れた都内のコンビニの店内も崩れ落ちた商品で足の踏み場もなく、店棚は空っぽ。日々のテレビ画面は、被災地の崩落した家々やがれきと避難所の景色のみ。あれから6年の日本。その間も頻発する地震災害の日本でした。

自然災害の復旧も進まない日本に加え、経済はデフレ脱却も見えないこの10年。日本をとり巻く東アジア隣国が不安定な政治情況を示す中、日本は安倍自民党の保守一人勝ち。大国ロシアや中国をはじめアメリカ、イギリスやヨーロッパ諸国には、自国ファースト主義がすすむ。協力や協調と調和など他人他国に思いをはせる風潮が後退している2017年だが、幸いにも私のブログは、イレブンハンドレッド(1100回)記念号をきょう発信する。多謝。
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マメな豆(マメ)の閑話

2017年04月15日 | Weblog
マメ(豆)といえばダイズ(大豆)だが、そのまま食べる姿はあまり見ない。節分の炒り豆ぐらいだ。マメは、魔滅だということで”鬼は外”と撒く。豆(マメ)とは、マメ科の一年生の作物で、粒や種として莢(サヤ)に入って収穫される。「豆類」といったときには、このうち乾燥穀物向けに収穫される作物をいう。


乾燥穀物対象にならないものは、マメ科でも”野菜”になる。サヤインゲンやサヤエンドウや枝豆など、ゆでたりして食べる”青もの”野菜だ。枝豆もおいしいビールのつまみで、大豆たんぱく質が摂れるが、乾粒ダイズ(大豆)はそのまま食べない。大豆を原料にした加工食品(含、飲料)は、日本食(和食)には切っても切り離せない食べものだ。豆腐、油揚げ、納豆、みそ、醤油、がんもどきやきな粉など。

日本人が伝統的に主食にしているお米は、大豆の仲間の穀物で、他の穀物より比較的リジンが多く必須アミノ酸構成がいいのだが、ダイズ(大豆)には負ける。大豆はコメの2倍ほどのリジンを含みアミノ酸スコア100の植物性たんぱく質の作物なのだが、多くの乾燥穀物同様”乾粒”のままでは、食べにくい。煮たり蒸したり、加工して姿形を変えて食べる。豆腐や味噌や豆乳などになる。

大豆や落花生以外の豆類は、総称して雑豆といわれるようだが、この雑豆の多くも和食や和菓子として食される。あずき、ささげ、えんどう、うずら豆や金時豆などのいんげん、花豆やとら豆など たくさんあるが、大豆(黄大豆、青大豆、黒大豆)やエンドウ(赤エンドウ、青えんどう)やいんげん(白花豆、紫花豆)など色がいろいろあり、和菓子にしやすい。

世界中で18,000種もあるといわれるマメ科の植物でも、食用にできるのは7~80種だという。世界で約14億トンと言われるたんぱく質だが、植物性たんぱく質はそのうち2億トンで、うち半分の1億トンが大豆なのだ。大豆が世界中の人々のたんぱく質供給に大きな役割を担う日は、そんなに遠くないのかも知れない。
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街路樹哀話

2017年03月26日 | Weblog
街路にも大きな通りや小さな通りと、いろいろある。電柱や道路標識などが沢山ある道路もあれば、あまりなくすっきりした道路もある。道路や歩道などの巾もいろいろ。大きなクルマが多く通る道路や通行量の少ない道路もある。道路の両脇の街路樹もいろいろ。クスノキやヤマモモなどの常緑樹もあれば、イチョウやケヤキなどの落葉樹も多い。

毎日何気なくみる街路樹だが、枝や葉が生い茂る春夏の時期より、大木の落葉後のハダカになった街路樹に目が行く。少し前には、あまり気にならなかった剪定後の姿だが、最近気になる。自分のトシのせいかも知れない。大きなケヤキ、イチョウやプラタナスなどの剪定が厳しいのだ。樹齢が高くなったせいか街路を維持管理する予算が厳しくなったせいか知らないが、いわゆるブツ切り剪定が多くなった気がする。

交通事情のせいか、街の景観などのせいか知らないが、ほとんど丸裸にされたイチョウやケヤキなどの落葉樹が痛々しい。同じ落葉樹でも中背のカツラやミズキやナナカマドなどは、あまりブツ切りな剪定はされない。イチョウ、ケヤキ、サクラ、カエデ、ポプラやトチノキが、都会の街路景観を美しくしていれた功績は大きい。大木落葉樹が望んでいない丸裸だが、そういう景色になれてしまう自分がこわい。

弥生も終盤の週末、春日穏やかな青天に誘われ街にでる。駅の東方向大通りの並木は ブツ切り剪定されたケヤキ、西口に入る大通りはブツ切り裸にされたイチョウの並木だ。道路の見通しはいいが、それぞれの大樹が哀しい。
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広がるインターネット(Web)調査の課題

2017年03月20日 | Weblog
簡単、早い、安いがウリで、広がるインターネットやWeb 調査。大量の調査や双方向調査も出来ると普及する。インターネットやWeb および P Cや端末機器の普及が、これを促進させている。大量のマスターサンプルや目的的パネルサンプル・ベースを用意している調査会社やWeb会社が、種々のソフトウエアを武装しているとセールストークする。調査の設計、実施、集計、分析などのシステムやソフトウエアが、インターネット(Web)調査の需要を支えているという。

しかるに疑念や不安が拭えないのはなぜか。インターネット(Web)調査をビジネスにしている調査会社のいまの技術武装の弱さだ。インターネット調査の精度や信頼性向上への取り組みが見えない。早さ、簡単さや安さで、営業促進をするのみで、インターネット(Web)調査の正確性や信頼性の確かな論証がない。調査目的や調査対象と調査母集団や対象者特性との真摯なすり合わせがない。性別や年代や職業および地域や業態などの照合は当然だが、この程度が精いっぱいの有様だ。

世の中の多くの人々や面接調査や会場調査などで協力回答してくれていた人々と、インターネットやWeb.調査に協力回答してくれる人々の最大の特性差を明確に説明していない。両調査対象(者)の行動特性や心理特性と調査協力への態度の違いを説明できていない。同じ目的や同じ地域や同じ調査項目の調査を 同じ時期に実験調査などをした両調査の結果差異分析研究などが公表されていない。

とにかく安い早い簡単と、ただ営業販売に走っている姿が インターネットやWeb 調査への信頼性が高まらない事由だ。調査で得られた回答や数値の裏にある調査協力回答者の特性を、人口学的な特性を越えて説明できる研究や仕組みへの取り組みを希望する。顔が見えない回答者の行動特性や心理特性を説明できることが、信頼感と安心感を醸成するだろう。関係者の取り組みを期待する。
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この10年、わたし周りの観察社会。

2017年03月19日 | Weblog
十年ひと昔と、人は言う。この10年、郵政解散や小泉チルドレンの小泉純一郎総理退陣のあとを受けて誕生した(第1次)安倍内閣発足(2006年)からの10年、世の中は停滞状況で過ぎた。10年を通しての格差社会やネットカフェ難民なる流行語につづき、リーマンショック(2008)や事業仕分けを挟み、草食男子や第3のビールやファストファッションなどが社会情況を形容した。アベノミクスを謳いデフレ脱却を掲げた第2次安倍内閣からの5年も、その実効を得ていない。

通算1000回を越えた私のブログ(goo.ne.jp)が スタートしたのが、ちょうど10年前の2006年。世の中にブログ・サービスが登場した翌々年でした。はじめた年2006年の3月、閲覧人約100人(週平均IP)月間閲覧(PV)数800だったブログが、その一年後約2倍に、そのあとの一年後その2倍と閲覧(者)が増え、4~5年後(2010~11)には、閲覧人600人月平均閲覧数5000~7000PV になった。その後の5~6年、このピークを越えていない。

2010年頃、いわゆるインバウンド需要市場ベースの訪日外国人数約500万人だった外国からの観光買い物客数は、ただいま(2016)5倍の2500万人。日本の総人口もこの10年12500万人前後と変っていないにもかかわらずの市場経済の停滞。20年前(1995)16兆円ほどあった(全国)チェーンストアの売上高は、その10年後(2005)14兆円。ただいま(2015)年13兆円と20%の減少。食料品の売上げは 横這いながら、衣料品や住関連品その他の売上額減少が大きい。

このようにウィークな社会市場状況にあって、自分が奉職している”豆乳”市場が この20年6倍市場に成長、この10年1.5倍に成長している。感謝に堪えない。


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こぶし満開の春彼岸

2017年03月18日 | Weblog
2017年のことしは、春に三日の晴れ有り。H29年3月18日(土)のきょうも快晴。風も穏やかな青天が、中日には少し早い墓参に誘う。休日なのに週日どおりの朝食を摂り午前8時、家をでる。一対の花束と線香その他を持って、郊外に向かう電車に乗る。

義父母の眠る墓は、いま辛夷が満開。降車駅のバス・ターミナルの辛夷の大樹が、それはそれは見事な花を咲かせている。駅から墓のある霊園への道路の左右は、こぶし並木。真白な花をつけた並木の間々に、所どころ紫花のこぶし。

霊園の左右の道路や雑木林にも、所どころ大きな辛夷の花が咲く。緑なす山桃や楠の木などをバックにした白い辛夷の花が、壮観だ。間あいだには、白や紫の梅花が、身を縮めるように咲く。まるで大樹に咲く辛夷のつゆ払いと太刀持ちのようだ。

墓碑洗いや左右の柘植株の剪定と周りの清掃をし、お茶や花を供え線香を焚いた。合掌し、霊園を辞す。再びのこぶし並木道を、路線バスで駅に向かう。『 青空を キャンパスにして 辛夷咲く』。こぶし満開の春彼岸でした。
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久しぶりの支部(首都圏)同窓会

2017年02月18日 | Weblog
ふる里は、故郷。郷愁がある。中山間地の特長満載のふる里。子供時代から少年時代の15年余りを過ごしたところ。地域社会や友達関係と自分の現在将来に、少年なりの悩みや思いを閉じた時代だったが、遠く空に近い山々の景色や棚田や原野の緑とそれらを運ぶ風が親友だった。郷愁の中心は、中学・高校時代。

わたしの小学校や中学も遠距離。子供の足で毎日一里(4km)を、歩いて通学した。街の高等学校は片道16~7キロ。おんぼろ自転車で通学するようになった。雨の日も雪の日も、凸凹砂利道を自転車で通う。坂道が多く、往きは下りで約1時間だが、帰りはたっぷり2時間かかる。冬場など真っ暗な道をライトなしで帰る。

このような通学環境だから、宿題や部活など出来ない。時間が取れないのだ。苦痛を感じたことはない。朝は朝の、夕暮れは夕暮れの自然や四季が自転車で走る私の頬をなでる。風が過ぎる。あふれる四季や自然が、癒やしてくれる。教室や学校での思い出より、往復の緑や草花の匂いの方が郷愁だ。

昨日(2017.2.17.)その高等学校の同窓会をした。正確には、同じ高等学校を出て いま東京というか首都圏に働き住所しているものの同窓会だ。100人弱の同窓の集いだが、田舎や故郷の匂いを濃くした会話交流がいい。形式的な総会と懇親会に、いま活躍中の同窓詩人の故郷郷愁の詩の朗読が花を添えた。多謝。
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2017(H29)年の立春日誌

2017年02月05日 | Weblog
2017年立春。朝から快晴。まだまだ風は大寒、ダウン・ジャケットにマフラーの防寒スタイルで地下鉄駅に向かう。池袋でJR山の手線に乗り、9:30上野(駅)に着く。10時発のひたち7号まで駅構内をぶらぶら。水戸に向かう。

この時期の空は、やさしい。少々霞がかっているからかも知れない。風のあるなしで、大分違う体感だが、きょうはことのほか暖かそうだ。『 青空に 霞む筑波や 春隣 』。毎度お世話になるひたち7号だから、車窓からの景色もそんなに変わらない。ずっと広がる関東平野の遥か先に、筑波山が霞む。

11:05JR水戸駅着。乗り換える水郡線には、すでに郡山雪の電車が入っている。水郡線は、上菅谷で対面に待つ電車で常陸太田駅に向かう。11:50駅前に待つ妹のクルマで、誰もいない実家に向かう。少々の片づけや掃除整理をし簡単な昼食をとり、再び常陸太田市街の病院に向かう。入院中の母を見舞い、主治医から情況などを伺う。

この頃の病院や介護施設などは、どこもインフルエンザや感染症の防衛対策が厳重だ。病院に入るとき、受付での手続きのとき、面会に病室に入るとき、病室を出るとき、病院を出るとき、手指を消毒する。主治医先生との面談を終え、辞する。水戸で妹のクルマと別れ、JRひたちで東京は上野に向かう。『 初日空 遥かに霞む 筑波山 』。
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一味真、ことしは無位真人をめざそう!

2017年01月27日 | Weblog
世の中の雰囲気や流れを気にせず、自分の真を探求し、一味真。ささやかな壺中の真を信じ、無位なる真人(しんにん)を目指そうと思う。とかく、丁酉(ひのととり)年は、革命の年や激変の年と言われる。騒がしくもあるようだが、酉には五徳があるなどともいわれているので、意外に穏健良識派が台頭するかもしれない。

横道にそれるが、五徳はガスコンロのそれではない。5徳なのに、足が3本や4本だったり、6本だったりするのが多く、文字通りの5本脚五徳は、意外に少ない。儒学の教えの五徳は、温、良、恭、倹、譲 。酉年生まれではないが、五徳を備えるよう努力しようと思う。

丁酉年のことし、先輩やエライ人から、真(しん、まこと)という戒めの文字をいただいた。たとえば、一味真(いちみしん)。千宗家の「茶禅同一味」からの教示らしいが、”一服の茶が森羅万象すべての真実を伝えている”という意。心したい。もう一つは、無位真人(無位の真人)。どんな位にも属さない真の自由人ということらしい。

この世の中、”どこかや何か”に属す人ばかり。せめて自分、そういう帰属人間から離れて生きることにしようと、今年の戒めにします。そのままを真実として受容する人間になりたい。一味真の真に軸足を置いて暮らそうと思う。よろしくです。
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