相撲史に関心・興味のある方どうぞ

相撲史に関心・興味のある方どうぞ

天保五年冬、番附の謎とは…?!

2017-05-15 21:09:23 | 日記
 『相撲史発掘』85号が全て脱稿したんで
夏場所TV桟敷でゆっくり観戦━と云う訳に
いかない。早速、次号「…熱戦譜」にとり
かかる〔…と云っても宇良の相撲だけは
絶対みのがせない。今日の「雪辱」戦は
お見事!〕

 天保五年十一月場所の番附は2種あって
どっちが改訂版なの…。それより・なにより
問題点は別のところにあるのだ。
 当年春の幕内人員が22名だったのに、冬は
16名、一挙に6人も削減されている。
これは文化十年春場所以来、実に21年ぶりの
少数精鋭番附なのである。

 その要因はなにか。

 昔、力士は各藩のお抱え━と、云っても
どこの藩にも属しない力士も少なくなかった
━。或るとき、江戸相撲會所〔現協会〕は
「力士拝借願い」を某藩へ提出したけれど、
拒否された。そんな事例さえあった。

 天保五年冬場所番附が上記のため、少数幕内
になったのかは、遺憾ながら判断しかねる。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 江戸大火が鎮まった後に…? | トップ | 錦絵制作、157年前の春? »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。