相撲史に関心・興味のある方どうぞ

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雲龍・鬼面山・虹ヶ嶽の東方トリオ

2017-08-05 21:02:27 | 日記
 過日の錦絵コピー提供者N氏より…。

〔前略〕錦絵の左端の力士 不知火(光)と
鬼面山説の二つに別れました。〔中略〕どう
いう訳か この力士だけ似顔になっていない
気がします。判別不能です。
 私の関心はなぜ力士名、人物名が全く書か
れていないのか そちらの方にあります。

 当初、安政七年二月…開幕の予定だったが、
三月…に延引し、千穐楽の時点では萬延元年
に“改元”されていた━と思われる、その打上げ
直後の「東都大角力遊覽圖」と題する3枚つづき
の浮世絵。
 当時の番附は、東方が大関雲龍、関脇響灘、小結
鬼面山で、平幕は大鳴門・陣幕・虹ヶ嶽…の順。
一方、西の片屋は、大関境川、関脇猪王山、小結
不知火で、前頭筆頭が強剛鷲ヶ濱だ。
 当該場所、上記10人のうち鷲ヶ濱以外はみんな
殆んど“皆勤”しているから場所後“遊覧”は
可能であっただろう。

 昭和50年刊『相撲浮世絵』に、追手風・雲龍の
師弟と虹ヶ嶽の3力士が並んだ絵とか、
雲龍・響灘・鬼面山の東方三役が揃った絵もある。

 結論。師弟も一緒に梅の花見を楽しんでるから、
ただひとり西方の不知火じゃぁなく東方3力士
と断ずるのが穏当ではあるまいか。
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