相撲史に関心・興味のある方どうぞ

相撲史に関心・興味のある方どうぞ

西方優位はいつ頃までなの…?

2016-12-13 21:29:21 | 日記
 江戸時代に刊行された古書シリーズ
『相撲起顯』に依って取組順序を検証
することができる。でも、それだけじゃぁ
ない。

 同書の勝負附は、上段に勝力士、下段に
負力士の醜名を列記してある。
 では、引分け・預り・無勝負はどんな風に
表記しているのか。

 享和元(1801)年春場所以降の記録を全部
確認した訳ではないが、奇数日は上段に東方、
偶数日は上段に西方力士を記載している。

 恰も、現代における奇数日は東⇒西、偶数日は
西⇒東の順に呼出し・行司が醜名を…。つまり
「東西同格」であり「東方優位」であって、決して
「西方優位」なんてあり得ない。

 明治時代、西方大関が横綱免許後、東方へ廻る。
〔独り横綱の場合〕
 ところが、江戸期の単独横綱だった不知火(諾…)
と秀の山はずっと西方に据えられていたなぁ。
 
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 全敗が消えた星 その204 | トップ | 或る“水増し”??? »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。