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熊野神社のこいし木
JR高尾駅北口より西八王子方面へ甲州街道にそって6〜7分ほどいくと木々でうっそうとした薄暗い境内が見つかる。これが熊野神社だ。
旧来より鎮守の森として住民から親しまれてきたが、神社縁起によれば、その昔諸国行脚の旅をしてここまでたどり着いた老夫婦が、紀州和歌山の熊野大社を奉斉したとのこと。その後、天正元年に北条氏照が再建したこれにいたったとか。社殿左側にはご神木があるが、風邪除け、長寿の木として地元に崇拝されている。
さて、ここ熊野神社には八王子城の恋人達にまつわるお話があります。今から400年前、八王子城主 北条氏照の家臣、篠村左近之助に安寧姫という美しい娘がいたそうです。氏照は、この娘をたいそう可愛がり、城下の月夜峰で催される宴にはいつもそばにおいていました。
氏照は笛の名手でもありましたが、この氏照に笛の指南をしたのが、浅尾彦兵衛清範で「笛の彦兵衛」と呼ばれた名手でした。
宴では、よく獅子舞が演じられ、その中にひときは上手に笛を吹く狭間の郷士の息子という若者がおりました。彼は、浅尾彦兵衛清範がある時宴に出られなくなったおり氏照に自分の替わりを務められるものとして推挙した自分の一番弟子の若者で、名を狭間の隼人といいました。
氏照は、その才能にすっかり惚れ込んでしまい、この若者を宴に呼んでは笛の音を楽しむのでした。そんなわけでしたから安寧姫とこの若者はしばしば宴の席で顔を合わせることになり、いつしか恋が芽生えるようになりました。
そして、この熊野の森で逢瀬を重ねていたといいます。その折り二人は小石と小石を堅く結んで境内にあった樫のご神木の根元に納めたといいます。小石と恋しをかけた語呂合わせとも言うべきものでしたが、その甲斐あってか二人は結ばれたのでした。
しかし、八王子城が落城のおり、狭間の隼人は、敵陣に果敢に乗り込み見事に討死に、安寧姫も燃え落ちる楼閣で一人琴をひき続け隼人を偲びながらなくなったといいます。
その後、不思議なことにこの熊野の樫の木には欅の木が宿り、二つの木が寄り添うように合体して大きく育っていきました。地元ではこの木を縁結びの木といってこの木の根元に自分の名前と恋しい人の名前を書いた小石を二つ並べておくとその願いがかなうといいます。
熊野神社境内にあるお稲荷さんで町内会の方が初午のお祝いをなさっていました。
参拝をしていると声をかけられ竹酒にいわしにお揚げに赤飯、お酒を勧められました
残念ながら車、記念に手作りの竹製のぐい飲みを頂戴しました。
きちんと面取りされて立派なぐい飲みでした。
町内会の総代の方は定年して趣味に走る人が多いが地元のお祭りや行事を放って置くのは子供がゲームに夢中になるのと同じ、地域の繋がりが希薄になって残念だとおっしゃってました。