私の70代

ブログを始めて10年になりました。こんな状態で90歳までいけるのではないか,そう思うようになりました。
 

師走 (お墓の掃除)

2016年12月20日 | 神社 仏閣

 12月の中頃になると、畑に出ながらも正月を迎ええる段取りを考えるようになりました。具体的には、家の外回り(主に窓ガラス)の掃除、お風呂・トイレの(タイル)、座敷(仏壇)と自分の部屋が私の担当と云うより、その程度は出来るといった感じです。勿論一回でする訳ではなくて、3回か4回に分けてするつもりです。掛かりは、例年ですと25日以降でしたが、これからは好天気を選んで早めにと決めていました。
 去年から、餅つきをしなくなって楽になりました。その大きな原因が食の変化です。昔は、正月三か日は勿論の事、小正月までは毎朝ぞう煮を食べ、焼き餅などは冬じゅうおやつなどで食べていました。現代は、食生活が素晴らしくよくなったという事です。

 女房から、お墓の担当を代ってから、意識して花つくりをするようになり、バケツ一杯の花を持ってお墓へ行くことが多くなりました。もう十年余前になりますが、郷土史編纂で、旧地域のお墓を調べた関係で、この墓の石仏の由来・歴史が頭に入っており、親しみを持っているという感覚でした。だから、お参りに行くという感覚より、「また来ましたよ!」という心情でした。
 普段から奉仕する人がみえて、綺麗に保たれていましたが、御堂や石仏には超年のほこりが付いているかんじで・・・、一度大掃除をしなければ・・・の思いが、年半ばに芽生えていました。

 先週12日今季一番の冷え込みと氷が張った以後、北風の強い冷たい日が続いて畑にも出ない日が4日続いて、17日(土)北風のない、水に手を入れても冷たくない日になりました。完ぺきではないですが、小堂と石仏を午前中かかって磨きました。
 7組ほどの人が墓参りにみえましたが、一人からこの地蔵さんの「前掛け」を作ってみえる人がみえるみえることを知りました。「綺麗にしておきますから、その人にお伝えください」と話しておきましたら、翌18日(日)畑の帰りに、地蔵さんに「前掛け」を掛けてきた、二人のご婦人(篠崎さん中村さん)に出会いました。早速写真を撮ってきました。

           
      「うしろひぼ西霊園」の小堂で、江戸時代中期に建てられた石仏です。

           
 一番左側の石仏が「地蔵菩薩」です。元禄7年(1694)の銘があり、322年前この墓に最初に祀られています。中央に一段高い石仏は、「阿弥陀如来」です。安永7年(1778)の銘があり、238年前に一番遅く祀られています。阿弥陀如来の右3体、左3体は「六地蔵」です。享保12年(1727)の銘があり、289年前二番目に祀られています。以上8体の石仏は、元禄7年から安永7年の84年間に建立されており、信仰の変遷が伺えます。

            

           
 上2枚の写真は「六地蔵」です。童顔でそれぞれに表情が違い彫りが深い素晴らしい石仏(彫刻)だと思っています。と同時に、ご先祖様に敬服の念を持っています。
 
 地蔵菩薩 人は必ずこの世を去り、冥途へと旅立ちます。冥途では、現世での善業・悪業の深さに応じて裁かれて、六道界巡る”輪廻転生”を繰り返す信仰が生まれました。その冥界の不安と恐怖に怯え、迷える人を救うために建立されたのが地蔵菩薩で、六道界(天道・人道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道)ごとに6体を並べて祀ったの六地蔵です。
 
 阿弥陀如来 限りない光(智慧)と限りない命を持って人々を救い続けるとされており、西方極楽浄土の教主です。四十八願(しじゅうはちがん)という誓いを立て、その中には「南無阿弥陀仏」と唱えたあらゆる人々を必ず極楽浄土へ導くとあり、広く民衆から信仰されました。

 子供の頃は、お墓とは暗い所、怖い所でした。そういう意味では、今はお墓は明るい所です。明治初期の生まれの祖父母を知っていますが、死に対する考え方も随分変わってきたと思います。ただ先祖がよりどころとした信仰は大事にしたいと思います。先祖があっての今の私たちがあるからです。その心は感謝です。

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師走の墓掃除 (齊藤直一)
2016-12-20 19:54:00
師走の掃除 小生 京都府舞鶴市から当「太朗と花子」に入居 3年経過
当地は師走に墓掃除をすると、コメントで読み感心しました。舞鶴では墓掃除は盆 命日ぐらいより掃除は致しません。正月前は家の内 外を掃除する位で、家の仏壇を掃除 正月三が日はお雑煮を添えたお膳をお供えする位です。お墓までは掃除は致しません。コメントを読んで思いますが、舞鶴は冬は大雪の年が多く、墓は小高い山の中腹に約500家の墓がありますが、12月 1月 2月は大雪の為に 積雪50糎~1㍍位は例年あると思います。そんな大雪をかき分けて墓に参ることはとても無理です。思うに昔から大雪の為に師走には自然と行かなくなったように思います。小生も故郷を離れ丸3年墓とは疎遠になり、(兄嫁に仏壇と墓の世話をして頂き)、小生は年に一度の帰郷より出来ないので、先祖に申し訳なく思っております。墓の入り口に石のお地蔵さんが10体程ありますが、調べたことが 恥ずかしいが ありません。

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