Ryojinブログ

剣道のこと、オオカミ復活運動のこと、そして紀州犬のことやいつも行き来している大好きな京都のネタなども綴っていきます。

久々の銀閣寺。

2016-11-07 20:20:16 | 随想・・・。

  今日は一仕事終えて、久々に近くの銀閣寺に行くことにしました。

今開催されている特別拝観を観るためです。

  今日は月曜日で、多分人出も少ないだろうと高をくくって行きましたが、時間の早いうちはそうでもなかったのですが、なんのことはないあれよあれよという間に外国人のオンパレードですぐに境内はごった返してきました。

  僕がお邪魔した特別拝観は少人数に絞られ、時間も区切られて解説付きで30分程国宝の建物を案内してもらえました。

これは正解でしたね、まぁ、これが目的だったのですが・・・。本当に良かったですね。

足利義政の座った500年前のひのきの床を体感しました。

長い年月の間、様々な災厄で途中で再建されたものも多々ありますが、創建時そのままの部分もまた至る所に在ります。

そういう時を経てその都度修復を続けてきた先人のその感性や努力には脱帽ですね。

この世界を知る人がいつの時代のにも必ずいる・・・僕的にはその事にしごく感動してしまう訳です。

  先日は伊藤若冲の世界に触れる機会があり、そのせいでもないのですが、何となく対極とも云えそうな与謝蕪村の世界をどうしても観ておきたかったからです。

蕪村はいいですね。僕的にはかなりいいです。

あの水墨画・・・墨の濃淡ですべてを現す・・これもまた凄いことですね。

本物をよくよく観ると何となく見えてきますね。その技術と感性の深さというか・・それはとてつもないもので、今更どうのこうのではないのですが、ただ感覚的にそれを醸す侘びや寂び的な雰囲気・・これがなんともたまらんと云う訳です。

1700年代のはじめから与謝蕪村、池大雅と続き富岡鉄斎、そして奥田玄宋という現代の画家までの様々な襖絵見せてもらいましたが、まぁ、なんという天才達がいたものかと前回相国寺で感じたのと同じ、そんなことに感動してしまいました。

  同時にその天才画家達を排出した時代というか時の背景のようなものにとても興味をおぼえましたね。

  紅葉はもう少しです。この銀閣時、庭園では職人さん達が、まるで広大な箱庭みたいな敷地の苔や木々の手入れに余念がありません。

そうした中で、ふと、この文化を支える力って何処でどうやって成り立っているのだろう、そしてこの素晴らしいものを支えている原動力はどこに在るのだろうかとか、ついそんな思いに浸ってしまうのです。

銀閣時の余韻を引きつつまた「小宝」のハヤシライス食べに行きました。相変わらずです。

その後、黒谷の金戒光明寺から真如堂と散策してきましたが、こっちはまるで別世界のように静かなものでしたね。

やはり紅葉はもう少し早いようでした。

 

 

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