偏見そして自慢

改題 読書の日々と散歩・探訪

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「いれる」か「たてる」か

2015-10-13 16:08:36 | 気持ち


 コーヒーは「いれる」ものか、「たてる」ものか。
 日本語の使い方の問題である。
 抹茶はたてると言うけれど。

 ある新聞にこういう文章があった。
 「ガラス窓からのぞくと、カウンターの中で若い男性がポット片手に
 コーヒーをたてていた。」

 その男性の真剣なまなざしが、うれしかったそうで、
 いちど味わって見たいと、筆者は思う。

 私も味わって見たい。その前に、「いれる」「たてる」を日本語の
 先生に聞いておきたい。私自身は「いれる】でいいと思っているけれど。
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なつかしい梅干の味よ

2015-09-07 10:57:40 | 食べもの

  真夏、どの農家の庭先にも梅干が干してあった。悪童は、通りすがりに失敬して口に入れた。その味、その硬さ(やわらかさ)が味覚の原点となった。

 いまでも妹が作って、送ってくれる梅干が食卓を支配している。
 群馬(上州)の梅干という宣伝がある。妹の梅干も「群馬の梅干」である。
 いざ味を見せてもらおうと、ネット購入した。

 90グラム入り4個。皮はやや強い(こわい)。果肉は、ぐっとやわらかく、程よくしょっぱい。上品な雰囲気がただよう。この上品さは、妹の梅干にはない。農家の庭先の梅干にもない。

 戦時中の中学生である。農家に勤労奉仕に行く。まず、おばあさんが砂糖の配給がなくてね、といいながら梅干を箸でつまんでくれる。これも妹の梅干、庭先の梅干と同じである。こういう「群馬の梅干」は市販されていないのだろうか。
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あっさり「転職」というけれど

2015-05-18 16:43:30 | 気持ち
かつて出版界を風靡した「暮しの手帖」があった。その、いまの編集長の松浦弥太郎さんが読売の夕刊に「暮らし向き」というエッセイを書いていた。
 「暮しの手帖」の編集に興味を持っていたものだから、松浦編集に、その変化を見続けていた。
 
 それなのに、ああそれなのに、松浦さんは、あっさり転職されたという。
 「この春、出版業界からインターネット業界に転職をした。」と、同じエッセイに書かれているのだ。
 置き去りにされたような「暮しの手帖」派は残念である。人の転職をあれこれ言うわけには行かないけれど。
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シベリヤの帰還命令

2015-04-20 20:10:10 | 戦争
 千葉テレビの見学に行ったとき、隣席に座っていた男性から「極寒の強制使役にたえて」という小冊子をもらった、と友人がいう。関東軍119師団小原春光上等兵の戦い、というサブタイトルがつく。
 シベリア抑留は師団の生き残りの200人が捕虜となってチチハルに集結させられ、1班45人で有蓋貨車に載せられ、鍵をかけられる。夜が明けると、原野に止まる。用便に走る。ここで貨車ごとに10キログラムの小麦粉が配られ、水を汲むバケツと小麦粉をねるのである。夜になって駅を離れる。
 捕虜の仕事は、山の木の伐採と、道路工事、それに建築作業。
粗末な食事だった。粟の雑炊とスープ。スープは動物の内臓を塩漬けしたものを刻んで入れただけ。
 そのひとつだが、主人公は重さ15キロのレンガの積み上げ作業で墜落する。ひざ関節をくじき動けなくなる。
やがて、負傷者野帰還命令が出る。昭和22年1月8日、佐世保に着く。
 戦後70年、さまざまな体験を読んだり、聞いたりした。中学の同級生は予科練入ったが、飛ぶことなく戻ってきた。
 遠い70年になってきた。
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備え万全、みちのくの仏様

2015-02-21 16:21:01 | 美術
 友人が東博の「みちのくの仏像」を見てきた。当方は体調よからず行けないでいる。
 三大薬師如来が特別室の奥に並んでいる。正面に福島・勝常寺の国宝の坐像、手前右には宮城・双林寺の重要文化財の坐像。それと相対するのは岩手・黒石寺の重要文化財の坐像である。
 東北が誇る勝常寺の薬師様は一木作り、ちょっと怖い顔で沈思黙考。鋭い黒石寺は、貞観4年(862)の墨書銘があるようで、その7年後の貞観地震を知っていることになる。
 仏は何も言わないけれど、じっと我慢されているのだろうか。
 この三体の薬師如来に囲まれて、東日本大震災が来たとすれば、いやそんな考えはやめておこう。4体の十二神将(山形・本山慈恩寺)が勇ましい。
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あなたは2度とお母さんのもとに帰ってこなかった

2014-07-04 14:48:03 | 食べもの
 千葉県柏市には、原爆朗読劇を「朗読」する女性グループ「柏・麦わらぼうしの会」がある。その朗読に必ず出てくるのが、天満国民学校2年生だった新谷勝司君。お母さんの新谷君江さんの手記だ。
 勝司君は大豆ごはんが大嫌いだった。涙を浮かべて食べ登校する。その勝司君は2度と帰ってこなかった。どこで死んだの。母は泣く。真っ白いご飯を腹いっぱい食べさせたかった。
 新谷君江さんが我孫子へ引っ越されたとき、麦わらさんたちは「大豆ごはん」のことを聞いた。大豆などなかっただろう。ごはんなどなかっただろう。君江さんも言葉に窮したことだったろう。
 この間、「もち麦」というのをもらい、米に混ぜて炊いた。大麦には「うるち麦」と「もち麦」があり、後者にはグルタミン酸が5倍もあるという。血糖値が上がりにくいという。
 この麦ごはんが気に入った。昔、ひきわりをまぜた麦ごはんを食べた。
 まっしろいごはんに何か混ぜるのが好きだったような気がする。カミさんを説得している。貧乏人だったわけでもあるまい。
 
 さて、「麦わらぼうしの会」である。8月24日(日)、我孫子駅南口のけやきプラザ・ふれあいホールで午後、朗読劇「この子たちを忘れない」を上演する。
新谷君江さんの体験記は「息子へ」だ。大豆ごはん!

    大人1000円、小学生以上18歳未満 事務局090-9687-7376
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上州のおやつ 焼きまんじゅう

2014-03-14 16:57:50 | 食べもの
 上州・群馬県に「焼きまんじゅう]と言う郷土の「おやつ」がある。小麦粉と発酵菌でまるめた素まんじゅうを蒸しあげ、竹串に刺す。
 軽く焼いたまんじゅうに、甘い味噌だれを塗る。焼きあがる焼きまんじゅうの香り。

 群馬は小麦王国だった。それは、おやき、うどん、まゆだま、草餅の粉文化を生んできたと言う。筆者は群馬太田市で育つ。市内には子育て呑龍様の大光院がある。その近くの山田屋で、焼きまんじゅうを何回か食べた。
 父親が出征し、母とお百度参りをしたことがある。母が焼きまんじゅうを食べさせてくれたかどうか記憶がない。ちょっと悔しい思い出である。

 ネットで探し出し、その山田屋の焼きまんじゅうを食べた。ふるいつきたいような、うれしい香りと郷愁に包まれた。すでに代は替わっているだろうが、呑龍様に行けば、間違いなく焼きまんじゅうにありつける。楽しいことである。

 群馬県観光物産課(前橋市大手町1-1-1℡027-223-1111)で発行の[焼きまんじゅうガイドブック]には前橋、高崎、沼田、桐生、太田などの焼きまんじゅう店79の紹介とマップが掲載されている。銀座のアンテナショップでは常時買うことができる。
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忘れていた削り節の香り

2014-02-22 13:40:28 | 食べもの
 昔、よく鰹節を削らせられた。何に使うのか、知らなかった。一番身近だったのは、母親の弁当作りが遅くなると、削ったものをご飯の上にまき、醤油をかけて登校した。たくあんなどの弁当も多く、その匂いが教室にこもっていた。
 裕福ではない農村の昔が懐かしい。
 年末に香典返し?で、日本橋木屋の削り箱をいただいた。まあ自分で選んだものである。あまり堂々とした削り箱なので、ちょっと驚いた。
 娘が日本橋にんべんの鰹節を買ってきた。
 早速削った。そして驚いた。繊細な削り節が続く、続く。芸術的な、そして香気が漂う。すごい。忘れていた本来の削り節の出現である。
 でも考えてみれば、我が家の食生活の貧しさを見せられたことになる。削り節の香りなどを忘れていた食生活。
 和食の人気が高まっているという。外国人向けだけの言葉ではあるまい。削り節を味わうのも楽しいものと知る。
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まだあるだろう、塩鮭の切り身

2014-01-17 19:48:38 | 食べもの
  町内の魚屋から女房が塩鮭を一切れ買ってきた。店には出していない、ある顧客のための塩鮭だと言う。これが大の好物である。慎重に焼き、ほぐして白飯のおかずとする。
 
 塩分取りすぎの恐れは十分にあるが、とにかく勘弁してもらう。
 たちまち思うことは、その昔の、新鮮な魚類の手に入らない群馬の田舎の生活。ほぐして弁当の上にばら撒く。これは上等の弁当だったろう。たぶんたくあんなどがおかずだったに違いない。
 
 それでもたぶん数千円はするだろう塩鮭にまで思いが行かなかったのは、この世の中が食文化で、にぎやかに氾濫しているためだろう。贅沢な民族になったものである。そう思いながら、ちびちびほぐしながら、もう一週間ほどを楽しんでいる。

 まだあるだろう、魚屋のおじさんに頼めば出してくれるだろう、と思っている。
 
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休憩所がなくなった

2013-12-18 14:23:29 | 気持ち
   松戸駅にあるアトレー。5階にくまざわ書店がある。お隣は広大なユニクロだ。その中間ににベンチをいくつか並べた休憩所がある。
  歩き疲れたとき、あがってきて休む。いつもは書店の中の本を眺め、買った本をひもどく。とにかくうれしい休憩所だった。アトレー館唯一のお休みどころだった。
  それがなくなった。なくなってどうしたかと言うと、ユニクロさんの商品が、どどっと占拠したのである。さらに売り場が広がったのである。本をひもどく場所が消えた。疲れた「旅人」も休むところがなくなった。
 それでも本は買った。スタバに下りてコーヒーという休憩となった。
 まさかアトレーとスタバの共謀、そんなことはねえよな。/font>
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