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『孟子』巻第六藤文公章句下 五十九節

2017-07-13 10:02:46 | 四書解読
五十九節

宋の大夫の戴盈之が言った。
「租税は収穫の十分の一にして、関所と市場の税を廃止することは、今年すぐにはできませんので、とりあえず今年は軽減して、来年から止めるようにしたいのですが、いかがでしょうか。」
孟子は言った。
「今、仮に毎日隣の家の鶏を盗む者がいるとして、ある人がその者に、『君子のすることではない。』と言うと、『少し盗むのを減らして、月に一度にして、来年になったら止めることにしましょう』と言ったらどうでしょうか。正しくないと分かったら、すぐに止めることです。どうして来年まで待つ必要があるのですか。」

戴盈之曰、什一、去關市之征、今茲未能。請輕之、以待來年、然後已。何如。孟子曰、今有人日攘其鄰之雞者、或告之曰、是非君子之道。曰、請損之、月攘一雞、以待來年、然後已。如知其非義、斯速已矣。何待來年。

戴盈之曰く、「什一にして、關市の征を去るは、今茲は未だ能わず。請う之を輕くし、以て來年を待ち、然る後に已めん。何如。」孟子曰く、「今、人日々に其の鄰の雞を攘む者有らんに、或ひと之に告げて曰く、『是れ君子の道に非ず。』曰く、『請う之を損して、月に一雞を攘み、以て來年を待ち、然る後に已めん。』如し其の義に非ざるを知らば、斯に速やかに已めんのみ。何ぞ來年を待たんや。」

<語釈>
○「戴盈之」、趙注:戴盈之は宋の大夫。○「什一」、租税を十分の一のすること。○「關市之征」、關、市は関所と市場の税、「征」は税。○「攘」、趙注:「攘」は「取」なり。“ぬすむ”と訓ず。

<解説>
是非だけを問題にすれば孟子の言葉は正しいが、個人の善悪と実際の政治とでは同じに扱えない。前節では物事の適性を説いていることからして、孟子の態度は少し教条的に思う。
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