![]() | ジミーの誕生日 アメリカが天皇明仁に刻んだ「死の暗号」猪瀬 直樹文藝春秋このアイテムの詳細を見る |
1948年12月23日、午前零時1分。一人の男が絞首台に上った。
元宰相の東條英機だ。6人の男たちも後に続いた。
なぜ、彼らA級戦犯はその日に処刑されねばならなかったのか。
旧家の取り壊しの際に出てきた祖母の日記を、一人の女性が猪瀬氏に
持ち込んだことが発端となり、昭和の忘れられた歴史が浮かび上がってくる。
日本がポツダム宣言受諾を決めたのは8月10日。マッカーサーが厚木に降り立つ28日
までの間、権力の空白期間ができた。マッカーサーが降り立つ直前まで、厚木には
徹底抗戦派が篭城し、「マッカーサーがやってきたら特攻をかける」と意気込む
兵までいたという。結局、彼らを説得したのは皇族だった。
そんな中を先遣隊と共にやってきたマッカーサーが、速やかな武装解除と占領の
ためには「天皇制度が不可欠だ」と考えるようになったのも当然だろう。
退位もさせず、裁判にも呼ばず、引き続き“平和日本”の象徴として地位に残って
もらうため、憲法制定の動きとあわせ、様々な駆け引きが繰り広げられる。
最終的に駆け引きに勝ったアメリカは、自分たちが作った枠組みをより強固なもの
とするために、最後にある仕掛けを残した。
なるほど、彼らが心配したように、お調子ものの日本人はとっくに戦争のことなんて
忘れ果てている。東條が死刑になった日なんて、誰もおぼえちゃいないだろう。
ただ一人を除いては。
それにしても、60年後、今度は中国がその象徴を使うことになるとは、彼らも予想
しなかっただろう。
今年ももうすぐ12月23日がくる。
少なくとも本書を読んだ人は、その日にもう一つの意味があることを思い出すはずだ。












今日はどんなことが書いてあるのか、
ブログの更新をいつも楽しみにしています。
お仕事頑張って下さいね!
>一人を除いて
孫の東條ゆう子氏?
>12月23日
当時皇太子だった現天皇の誕生日、
忌まわしい処刑の日をめでたい将来の天皇の祝賀で
覆い隠すため?
当時皇太子だった現天皇の誕生日、
忌まわしい処刑の日をめでたい将来の天皇の祝賀で
覆い隠すため?
アメリカは占領政策をそのくらい長い時間を掛けて構成したということです。
特に教育界や司法界、マスコミには依然としてその影響かにアル。
勿論経済政策もである。
日銀政策についても考察してもいいではないか?
ドル崩壊などあるはずがない。
逆でしょう、処刑したのはGHQということをお忘れなく。
日本側には抗議することはできなかったということも。
わざとその日を選んでダメージを与えるためでしょう。
大変興味深い。
なるほど、あなたの愛する民主党は
まんまと中国共産党の罠にかかった訳だ。
最低でも紹介書籍くらいは読んでコメントするのが礼儀だと思うが。