醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

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醸楽庵だより  274号  白井一道

2016-12-28 11:15:26 | 随筆・小説

 相手に通じる言葉とは。

華女 ⒓月の句会では何か、心に残った?
侘助 うん、一つは強い言葉は慎んだ方がいいと言うことかな。
華女 それはどういうことなのかしら。
句郎 十一月の句会だったかな。主宰者の孝夫さんがその句、いい句だろうと言った句があったんだ。
華女 何という句だったの。
句郎 「「ふだん着でふだんの心桃の花」という句だった」。
華女 細見綾子の句だったかしら。
句郎 そう細見綾子の句かな。同じ細見綾子の句に「春の雪青菜をゆでてゐたる間も」があるでしょう。
華女 そう、「ゆでてゐたる間も」の「も」が効いている句ね。
句郎 名句だと言われている句だよね。これらの句には一つも確かに強い言葉がないものね。
華女 そうね。普通に普段に使われている言葉ね。
句郎 だから静かな句だよね。だから説得力を持つと孝夫さんは言っていた。
華女 そうね。でも強い言葉を使いたいと思う気持ちも分かるわ。
句郎 そうだよね。俺はこう思ったんだ。この気持ち分かってもらいたい。そういうことだよね。
華女 そうよ。この私の気持ち、分からない。あなたの頭をぶち割って見てみたいなんて思うことあるわよ。
句郎 そうなんだ。でも、その強い気持ちをぶちまけてみても、きっと相手はしらけるだと思うけれどね。
華女 そうなのよね。だから我慢して、我慢して静かな言葉で気持ちを伝えた方が相手には伝わるのよね。
句郎 家族における人間関係の在り方と俳句の作り方との間には関係があるみたいだね。
華女 なんにでも言えるように思うわ。細見綾子の「ふだん着のふだんの心桃の花」。何となくいいなぁーとは思うけれど、何が良いのかしらね。
句郎 「桃の花」というと僕が思い出すのは「春の園紅にほふ桃の花下照る道に出で立つをとめ」かな。高校の頃、古文の時間に教わった万葉集の歌かな。
華女 何年前のことになるの。よく覚えていたものね。
句郎 どうしたわけか、印象に残っている歌なんだ。
華女 大伴家持の歌よね。
句郎 家持が越中の国守として今の富山県あたりに赴任していた時に詠んだ絶唱だと言われている。
華女 当時の越中の田舎娘を詠んだ歌なのね。
句郎 その田舎娘に奈良の都の垢ぬけた娘にない魅力を家持は発見したんじゃないのかな。
華女 桃の花とはそんな雰囲気があるわね。
句郎 そう、梅や桜は洗練された魅力だよね。
華女 桃の花は梅や桜に比べたら少し野暮ったいわ。
句郎 そう、「ふだん着の花」が桃の花なんだよ。
華女 細見綾子は「桃の花」の本意というか、本情を詠っているのね。
句郎 そう、そうなんだよね。桃の花の本意が詠まれているから人に伝わる力があるんじゃないのかな。言葉に気持ちがこもっているからね。
華女 この細見綾子の句には、何か人生というか、人間の在り方の本質に迫ってくるようなものもあるように感じるわ。
句郎 この句は文学になっているのかも。
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