ぶんやさんち

ぶんやさんの記録

昨日のFB 07/21

2017-07-23 21:56:19 | ツイッター
お早うございます。主の平和。7月21日、金曜日。宗像市は気温26度、最高33度、晴れ。涼しい朝。10時半就寝、夜中に右足がつる.30分ほどマッサージ。5時50分起床。体温:36.1、血圧(120:80、79)。体調:快調。チュンチュン

32 岩城 真紀子さん、越山 香菜子さん、他30人
コメント

村田 多鶴子 おはようございます~♪
夜中の足釣り…、大変でしたでしょうと想います。どうぞ、余りご無理をなさいませんように~♪(^^♪
今朝は5時15分に早くも蝉の合唱が始まりました。暑い日の予感です。
浜松は曇り時々晴れ、最高気温は33度、熱中症指数は厳重警戒(外出は控えて…と注意されています)、加えて、雷注意報が出ています。
先生ご夫妻がお守りの内によい一日をお過ごしになられますようにm(__)m🏊‍♂️

久保和男 文屋先生おはようございます。主の平和。

萩野 秀子 おはようございます。歯科クリニック、母の見舞い、講演会です。守られますようにお祈りします

東山 富昭 おはようございます😃。腰痛気味です。週末ですが、主なる神と主イエス・キリストにあって歩みます。

藤木 冨士子 こんにちは。

播 稔 安倍では無理だ

文屋 善明
7月21日 6:01 ·
午前:家内は整骨院へ。私は読書「ヘーゲル」、とにかくヘーゲルの言葉遣いに慣れないと前に進まない。
午後:昼寝30分。読書続き。
夕方:宇良の取り組みを見て釣川散策。宇良は負けて6勝6敗。
夜:「遺留捜査」「黒革の手帳」、武井咲が好演。就寝10時半

28 岩城 真紀子さん、越山 香菜子さん、他26人
コメント

水草 修治 ヘーゲル頑張ってますね。私は若い日『精神現象学』の序文を読み始めて、これは頭に悪いと、やめました。あれ、序文が長い、長すぎるんですよね。

文屋 善明
7月21日 6:05 ·
今朝の朝日、あまりにも美しいのでバチリ。電線が邪魔だけでも、これが日の丸の原型か。これ以上高くなると、円の周辺が輝き始めて眩しい。
画像に含まれている可能性があるもの:空、屋外、自然

25 丹羽 一二さん、小貫 ツマさん、他23人

文屋 善明
7月21日 6:08 ·
一寸、手を加えて電線を消すと、こうなる。
画像に含まれている可能性があるもの:空、屋外

45 丹羽 一二さん、越山 香菜子さん、他43人
コメント

水草 修治 世の中に電柱なるものなかりせば夏の朝日ものどけからまし・・・
ですね。明治時代になって、電柱が立ち始めて、日本の景色はきたならしくなったんだということを、youtubeで「江戸時代の日本」と「明治の東京」の絵を見て実感しました。

望月 克仁 お手数でした。その挑戦に感動。

文屋 善明
7月21日 6:45 ·
2017 日々の聖句 7月21日(金)
祝福あれ、主の御名によって来る人に。(詩118:26)
神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。ここに、神の愛がわたしたちの内に示されました。(1ヨハネ4:9)
私の黙想:
どこかで聞いたような気がするが見当たらない。この句、口語訳では「主のみ名によってはいる者はさいわいである」。かなりニュアンスは違う。これを「入る者」と訳しているのは、口語訳と関根訳だけである。原語では「ハバー」で「入る」というニュアンス。勿論「入る」となると「どこに」ということが問題となるが、ここでは「神殿」であろう。「来る」と訳すと、「キリスト」が主語となるが、「入る」となると「人間」であろう。その点で岩波訳はこの「者」は単数であると言う。なかなか、難しい。結局、読む者が自由に解釈したら良いのであろう。
私はここではやはり「入る」と解釈したい。神殿に入り、祭壇に近づく者は幸いなり。この言葉こそ、教会の聖堂の入口に飾っておくと良いだろう。ルターはこれを「教会」と解釈したようである。聖公会の祈祷書では「主の御名によって来る人に、祝福があるように」と訳している。カトリックの「礼拝用詩編」ではもっと明確に、「神の名によって集まる人に神の祝福」と訳している。北森先生は、直接的ではないが、この文脈で聖堂建築のことに触れている。

24 岩城 真紀子さん、越山 香菜子さん、他22人

文屋 善明
7月21日 6:53 ·
今日の名言:@CS_Lewis_jp
神に対するわわれわれの愛について考えるよりも、われわれに対する神の愛を考えた方が安全である。四六時中敬虔な感情を持ち続けることは、だれにもできることではない。仮にできたとしても、神の主要な関心はそのような感情には向けられてはいない。(C.S.ルイス)
<一言>そうなんだ。神さまは、「常に祈る」ことなど求めていない。よほど困ったときにだけ、神のことを思い出せば良いのだ。ほとんどの時間、私のこと、私の責任のこと、私の幸せのことを考えていて良いのだ。私は、こういうことをサラッと言いのけるルイスが好きだな。

22 小貫 ツマさん、丹羽 一二さん、他20人

文屋 善明
7月21日 6:58 ·
現代文イミタチオ・クリスチ
第2章 神の大きな恵みと愛(A)
キリスト教徒:
主なる神よ、み恵みをもってお助けてください。私は貧しく、意志薄弱で罪深い者です。だから聖卓に近づき、あなたの御身体と御血とを受ける資格がないことをよく承知しています。
キリスト:
愛する者よ、君の言うことはその通りだろう。しかし、よく考えてご覧。君が無価値な人間だという自覚は私の恵みによるのだろう。そして、価値ある者になりたいという願いも実は私によるのじゃなかったかな。ともかく、自分自身が貧しい者であることなど気にしないで、私を信じて私の元に来なさい。(3:2:1~5)

23 小貫 ツマさん、丹羽 一二さん、他21人

文屋 善明
7月21日 7:03 ·
「断想:聖霊降臨後第7主日(特定11)の旧約聖書(2017.7.23)」をブログにアップしました。

BLOG.GOO.NE.JP

15 福澤浩子さん、安井 郁夫さん、他13人

文屋 善明さんが過去の思い出をシェアしました。
7月21日 7:50 ·
4年前、こんなことを考えていたんですね。
4年前
この日の思い出を見るchevron-right

文屋 善明
2013年7月21日 ·
コロサイの信徒への手紙2:6について
どうしても気にかかるのは、「キリストにおいて歩く」というキリスト者の普段の生活に対して「受け入れたのですから」という理由・根拠というべき言葉が「追い詰め型」になってしまっていることです。この言葉を聞くと何か脅迫されている感じがします。この「ですから」という単語は、英語でいうと「as」に対応する言葉で確かに「のように」と「ので」との意味を含んでいますが、信仰のあり様という点から考えると「キリストのように歩く」ということであって、私たちがキリストをどう理解しているかという重要な事柄を含んでいます。つまり、この句は私たちが受け入れている主イエス・キリストを「そのままに」生きようという意味だと思います。つまり、主イエス・キリストを受け入れたのであるから、それから後はキリストに縛られて生きなければならないという意味では決してありません。その意味では「結ばれて」という句も危ない。この違いは非常に大きいと思います。もし、このテキストで説教するとしたら、その点を明白にしなければならないと思います。まぁ、弟の聖句聖歌15を高く評価した上で、そんなことを考えています。

9 安井 郁夫さん、永島 大資さん、他7人

文屋 善明
7月21日 7:53 ·
お目覚めの花。今朝は朝日のことで気が取られて、花のことを忘れていました。今朝の花は、花というか実というか、石榴の花と実です。同じマンションの住民の庭に咲き、塀の中から一寸だけ顔を出していました。
画像に含まれている可能性があるもの:植物、花、自然

32 加藤 佑三さん、丹羽 一二さん、他30人
コメント

加藤 佑三 「ザクロ」ですよね。幼少のころ割れて赤い実が覗いているのを取ってきて、種の周りに付いている甘い汁を飲んでいました。チョウ懐かしいです。そして、わが庭には低木の「花ザクロ」と言う木があり、小さくてそっくりの花を咲かせます。今度咲いたらUPします(忘れてなければ)。

文屋 善明
7月21日 14:58 ·
「昨日のFB 07/19」をブログにアップしました。

BLOG.GOO.NE.JP

16 丹羽 一二さん、文屋惠さん、他14人

文屋 善明
7月21日 16:00 ·
岸田外相が安倍首相と二人で飯を食って「留任決定」だってさ。よほど飯が旨かったのだろう。自民党政権の末期的症状におけるお得意技、いわゆる「禅定論」で騙されたのだろうね。

35 丹羽 一二さん、越山 香菜子さん、他33人
コメント

文屋 善明 もう一言、この場合、「禅定」とは、前任者のマイナスを背負うということであり、結局、岸田は「毒を飲まされることになる」。現政権の場合は、戦い、倒してこその後任者であり、それは野党でも与党でも同じことである。「禅定」が最悪。権力ボケをするとそんなことも見えなくなるのか。

杉浦 紀明 堯舜が泣きます。

松下 光雄 麻生がキングメーカーになってしかる後に岸田をPMにするとの噂があるやに聞きましたが、玉として不足ですね

文屋 善明 アベのホンネは麻生には渡したくないが、岸田なら自由に出来ると踏んでいるのでしょうね。

松下 光雄 麻生も同じなんでしょうね。
岸田って・・・

文屋 善明 派閥だけの男。

松下 光雄 確かに確かに・・・・

文屋 善明
7月21日 16:45 ·
ヘーゲル『キリスト教の精神とその運命』に四苦八苦しているとき、友人から、若い頃ヘーゲルの『精神現象学』で苦労したという話を聞き、そうだ、そっちの方から先に責めた方がいいのじゃないかと気付き、書庫から取り出した。これは日本におけるヘーゲル研究の最新の成果に基づき、難解な『精神現象学』を現代の日本語に翻訳し直して本で、ある意味では読みやすいのであるが、何しろ大書なので、途中で放り出していた(2000年頃)。この本では「精神」という概念をほとんど「聖霊」と同じような概念として取り扱っている。例えば、悪評高い「まえがき」で、こんなことが書いてある。「学問への王道はどこにあるかと尋ねられたら、健全な常識を信頼し、その上で、時代にも哲学にも遅れをとらぬよう、哲学書の批評や、はたまた哲学書の「まえがき」や最初の数段落には全体を要約した一般原則が述べられているし、批評文には歴史的な経緯と並んで評価が述べられ、評価は、その構えからして、評価される哲学書を超えているというわけだ」。この調子で書かれているなら、読めそうである。
自動代替テキストはありません。

28 丹羽 一二さん、佐藤 彰子さん、他26人
コメント

水草 修治 この文章なら、私がむか~し挫折した直訳調のとちがって、頭に悪くなさそうです。がんばってください。九州暑いでしょうけれど。

文屋 善明 読み始めると、すいすい読めてしまい、逆に頭に残らないきらいがある。そういうことで、少々スピードダウンして、パラフレーズごとに、まとめながら読むこととする。

Mizota Michael Satoshi ヘーゲルレベルはまだ簡単な方でしょう。文系では「論理式が出てくる哲学」は避けられる嫌いがあります。

文屋 善明
7月21日 17:23 ·
今日の宇良の対戦相手は、琴獎菊だ。ここでは白星を取れよ。右足を少し引きずっている。一方的に押し出された。仕方がないだろう。

18 藤井 衞さん、文屋 知明さん、他16人
コメント

水草 修治 きのうけがしましたか。

水草 修治 勝ち越してほしいですね。

鎌野 健一 よほど足が痛いのでしょうね。勝ち越して保地井ですが無理かな。
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