ぶんやさんち

ぶんやさんの記録

昨日のFB 05/17

2017-05-19 14:31:52 | ツイッター
善明、体調不良、起きれず。コメント不要。

53 川染 三郎さん、藤岡 秀興さん、他51人

文屋 善明
5月17日 10:08 ·
成る程ね婚約発表早すぎる 仙明

32 Luke Etsuzou Nomahさん、望月 克仁さん、他30人
コメント

松沢 直樹 官邸が流したのは見え見えですね。宮内庁は激怒しているかと思います。

岩城 真紀子 計算された発表に又か!

文屋 善明 こういうのをテレビ、新聞の『ニュース・ジャック」と言います。

松沢 直樹 内閣府が文科省に圧力をかけたことが明るみにでて、森友学園問題で総理が財務省から不正に取引をさせたことが浮上してしまいかねないので、宮様の情報を官邸が流して、国民の目をそらせようとしたのでしょう。

文屋 善明 こういうのを皇室の政治利用という。天皇には政治への関与を全面禁止にして。政権は皇室を自由に利用する。ホンモノの右翼勢力はないのか。

辻本 昌弘 耳に痛い!

Kawahara Miyuki · 共通の友達: 山本 友美さん
やはり意図があった作為的操作だった❗

文屋 善明
5月17日 10:21 ·
佐賀新聞ニュースによると、「共謀罪」衆院委採決へ 与党、きょう強行の構え
野党、法相不信任案で対抗
 自民、公明両党は「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案について、17日の衆院法務委員会で採決を強行する構えだ。廃案を狙う民進、共産、自由、社民の4野党は、採決阻止へ金田勝年法相の不信任決議案を提出する方針。鈴木淳司委員長(自民党)は16日の同委理事会で、17日に安倍晋三首相が出席する質疑を行うと職権で決めた。与野党の攻防は激しさを増した。

17 望月 克仁さん、小貫 ツマさん、他15人

文屋 善明
5月17日 11:11 ·
2017 日々の聖句 5月17日(水)
見よ、主は地の果てにまで布告される。娘シオンに言え。見よ、あなたの救いが進んで来る。(イザヤ62:11)
神の約束は、ことごとくこの方において「然り」となったからです。(2コリント1:20)
私の黙想:
「救いが進んでくる」という言い方は、何か含みがある。援軍が進んでくるのなら分かるが、「救いが進んでくる」という表現はない。口語訳では「見よ、あなたの救は来る」、これならまだ分かる。フランシスコ会訳ほか手元のすべての訳も、口語訳と同様である。新共同訳だけが「進んでくる」と訳したのには何か思いが込められているのだと思い、考える。この「進んで」ということば、「前進」の意味だと推測する。今は、そこにはまだ見えていないが、ひたひたと救いが「進んできている」。そう考えると、冒頭の「見よ」という言葉との組み合わせが意味が出てくる。「見ててご覧なさい。もうそこまであなた方の救いは近づいているのだよ」。そのニュアンスをこの不釣り合いな言葉の組み合わせによって醸し出しているのかも知れない。それにしては、ほかの翻訳にそれがないということは、新共同訳の翻訳者の翻訳の枠を越えた「読み過ぎ」だろう。それは説教では許されるであろうが、翻訳としてはどうだろう。

29 望月 克仁さん、福永 澄さん、他27人
コメント

文屋 善明 何をしなくても、ローズンゲンだけはその日のうちに考えておかないと、そこだけ欠けてしまう。

齋藤篤 よくわかります。私もどんなことがあっても欠かせなくなってきました!

門叶 国泰 お大切に。ゆっくりお休みください。私も一寸午睡を。
清水 行雄 おはようございます。黙想がアップされていたので、安心しました。お元気でお過ごしください。

文屋 善明さんが過去の思い出をシェアしました。
5月17日 12:31 ·
2年前のローズンゲン
2年前
この日の思い出を見るchevron-right

文屋 善明
2015年5月17日 ·
2015日々の聖句 05月17日(日)
モーセは主に言った。「お願いです。もしあなたがわたしに御好意を示してくださるのでしたら、どうか今、あなたの道をお示しください」。(出エジプト33:13)
羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。自分の羊をすべて連れ出すと、先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、ついて行く。(ヨハネ10:3~4)
私の黙想:
どんなに偉大な指導者でも弱気になることがある。いや、偉大であればあるほど、自分の責任の大きさに押し倒されて、方向感覚を見失ってしまうことがある。今日のモーセがそれである。しかしモーセが真の指導者であることはその弱さを自覚し、また人々にもヤハウェにも隠さなかったことである。そしてモーセはひとり、民全員から離れ、「臨在の幕屋」に入りヤハウェの前に立つ。モーセの一の部下ヨシュアはモーセをひとりにさせるために天幕の前で番兵に立つ。非常に緊迫した雰囲気である。天幕の中では「主は人がその友と語るように、顔と顔を合わせてモーセに語られた」(11節)という。これが今日の場面である。今日の聖句は、そのときかヤハウェに語った(友のように)モーセの泣き言である。しかし、これがモーセの本当の力であり、偉大さである。強さ一点張りが強いリーダーではない。リーダーには「ひとりで泣く場所」が絶対に必要である。
「ご好意」と訳されている言葉を口語訳は「恵み」、フランシスコ会訳、新改訳では「心にかなった」と訳している。文語訳では「めぐみ」という言葉に「恩」という漢字を当てている。要するに、出エジプトという大事業のためにモーセが「相応しい」、あるいは「その資格がある」と認めたのはヤハウェだというのである。いわば、それがヤハウェに対するモーセの「強み」である。
フッと変なことを考える。聖職者が聖職者であるということ、その人が聖職者としての任に堪えられるかどうかを、誰が決めるのだろうか。ペーパーテストで決められるのか。人間同士の「面接」で判定できるのか。それではその聖職者がその任に堪えられなくなって行き詰まったとき、どこに「ひとりで泣く場所」があるのか。わたしをその任に堪えられると認定したのはどなたですか、と誰に迫ったらいいのだろうか。

9 Luke Etsuzou Nomahさん、望月 克仁さん、他7人

文屋 善明さんが嶋津 雅彦さんの投稿をシェアしました。
5月17日 15:46 ·
鷲田先生の登場だ。

嶋津 雅彦
5月16日 20:37 ·
立命館大学の先端総合学術研究科開設時期にお世話になった、鷲田清一先生のインタビューです。


「建前」通らない社会、理念の危機 鷲田清一さん:朝日新聞デジタル

ASAHI.COM
http://digital.asahi.com/articles/ASK525VCNK52UCVL036.html

5 Izumi Naraさん、小貫 ツマさん、他3人

文屋 善明
5月17日 16:19 ·
面白いハナシ。真偽の程は、ご自分で。ともあれ、こういうことを一生懸命調べている人がいる。(出典不明)
古代イスラエルの10支族、ルベン族、シメオン族、ダン族、ナフタリ族、ガド族、アシェル族、イッサカル族、ゼブルン族、ヨセフ族(マナセ族、エフライム族)がシオンを求め葦船にのり淡路についた。淡路は、古代イスラエルユダヤ王国と相似形。ユダヤから、油谷、由良、内谷、魚谷、姥谷、ヤウエから、恵比寿(イエビス)、蛭子、夷、戎、狄、 羌、 胡、蛋、貃、虜、蛮、蜑、貊、虜、蕃、羯、蠻、八幡(イエハダ)の名前が派生した。 
シオンから、塩、日本が派生した。日本に向かったユダヤ人は、6,000人+144,000人この数字が聖書に反映されている。多くのユダヤ人は、安土桃山時代に豊臣秀吉(木下姓)に、反逆的であるとされ、「同和」とされ差別されたが、ユダヤ教では牛の重要な部分を確保する必要があり食肉を担当する必要があったので、血の純潔を守るため「逆差別」をするため、同和にした。
ユダヤ氏族は、日本だけでなく、インドネシアにも入植した。ソロモン諸島はそれを表し、ユダヤの金塊はアルファオメガ(始めであり終わりである)が踏襲した。淡路の、アワは、「あ」から始まり「わ」で終わる「いろは」アルファベットのアルファオメガ(始めであり終わりである)であり、同じコンセプトを表す。
概ね、徳島、播州、吉野(伊賀、甲賀)に定着した。その中の宗教的指導者イザヤが 伊弉諾。淡路の伊弉諾神宮その娘が、天照で伊勢神宮。息子の素戔嗚は、出雲大社。ユダヤ基盤の神道はこうして定着した。
ユダヤは、拝火教であり、景教が派生し、中国にて真言宗となり、空海から、吉野高野山にはいり、後醍醐天皇に引き継がれる。修験道は、ユダヤの仕来りを色濃く踏襲している。
徳島のユダヤ教は、シオンは原音チオンであり、知恩院に代表される浄土宗と形を変える。釈迦三尊は、三位一体を表す。 浄土はシオンのこと。原始キリスト教の影響もある。
ユダヤは、平家に引き継がれた。平家の串にユダヤ紋が発見された(未発表)
日本の歴史の中で、複数のユダヤ系支族が「互いに戦ってきた」様子が分かる。今、「戦いから統合の時代」に変わった。戦いが人を幸せにする事はない。 

27 望月 克仁さん、福永 澄さん、他25人
コメント

Daniel Corl こうした名前や地名の由来潭はいくらでも連想できますね。

文屋 善明 日本の民謡のかけ声にもヘブライ語の影響ありという研究もあります。

Mizota Michael Satoshi あれは切支丹が殺された話では?

Mizota Michael Satoshi うーん。イザヤが知っていたのは中国だという「可能性」はありますが、日本を知っていたとまでは言えないですね・・・・。

入口 紀男 そうでしたか。前記英語(American Standard Version)では「the isles of the sea」と複数形(海の島々)のために「日本列島」ではないかと想像してしまいました。

Mizota Michael Satoshi 英語ではなく、ヘブライ語の問題です。これは比較的有名な説です。

Mizota Michael Satoshi Wilhelm Gesenius(1786-1842)の見解

Sinim の地(イザヤ 49:12)」の場所は、文脈によれば東方ないし南方の「さいはての地」を暗示しており、おそらくSina(中国)のSinensis(中国人)のことであると思われる。このかなり古くから有名であった人々はアラブ人とシリア人によって、それぞれSîn あるいはTshini と呼ばれていた。ユダヤ人であったイザヤ書の著者が、とりわけ全アジアの一大中心地であったバビロンに住んでいたとしたら、彼らのうわさを聞いていたことは十分あり得る。この名前は他のアジアの諸民族が中国人に対して使っていた名前であるように思われる。なぜなら、私は中国語には詳しくないが、現在の中国人自身は使っていないからである。つまり当時、中国を支配していた王朝の名称が採用されたか、たとえば「中心の皇帝」を意味するTchung-kueなどのような派手で大げさな称号が想定される。しかしこの名前が他民族から与えられたのだとしたら、その起源について調べられるべきである、その名前つまり Sinensisについて、紀元前249-206 のあいだ覇権を握った第四番目の王朝Tshin(秦)であると想定する学者たちの見解は、ありそうに無いことではない。これについてはDu Halde, Descr. De la Chine T. I. §1 およびp.306 を、またAbel Rémusant, Nouveaux Mélanges Asiatiques II のp.334 以下を参照せよ。Tshinasと呼ばれMenu の法典の中で話題にされている人々についてはいうまでもなく、この王朝が全中国の覇権を握るはるか以前から、その名前だけは諸外国にも広く知られるようになっていたと思われる。

Mizota Michael Satoshi ただこの説もかなり問題はあります。ヘブライ語の文字には母音記号が付されていませんでしたから、同じような「子音」をもつ地名の候補が、ほかにもたくさんあるということです。同定をいかにするかは他の可能性を一切合切検討に付する覚悟がなければなりません。

Mizota Michael Satoshi もちろんこの可能性も残されています。しかし第一に検討しなければならないのは「秦の国の成立年代」とイザヤ書が書かれたと「考えられてきた時期」にはかなりの「開き」があるということですね。

Mizota Michael Satoshi (1)イザヤ書を「かなり新しい書物」とみる、それとも(2)イザヤ書を分割して「新しい編集部分がある」、とするか。このどちらにも根拠が必要になります。

Mizota Michael Satoshi それよりも近所のシエネとかの中東の地名を想像するほうが「まだマシな理解だろう」、という反論もありますので、とりあえず私はそちらに立っています。

松沢 直樹 対馬に阿比留(ヘブライ語で聖書を映し書きする鳩の血でできたインクの意味とか)豆酘(ツツ)というお名前の方が多いですからね。ないとは言えないかもしれませんね。
ただ、牛の飼育については、小豆島では飛鳥時代から肥育していたことがはっきりしていますから、いささかずれが生じるのかもしれません。

文屋 善明 この種のハナシはただ単純に面白いがっていればそれでいいのです。ちょっとでまじめに考えると、昔のあの監督の二の舞になります。

松沢 直樹 おっしゃる通りです。

文屋 善明 http://blog.goo.ne.jp/.../e/0a08b7ed6658436ab8e7c1f55ca6e32d

日猶同祖論――中田重治 - ぶんやさんち
内田樹氏は『街場のアメリカ論』の中で、「福音…
BLOG.GOO.NE.JP

辻本 昌弘 27日に「聖書と日本フォーラム」の勉強会に初参加します。先生が投稿なさった内容と、ほぼ同じ事を主張し、学んでいるグループです。楽しみです。

Mizota Michael Satoshi うーん。どれも有り得ない話です。渡来した可能性があるのはネストリウス派くらいです。

文屋 善明 ネストリウス派が中国で景教に変身して、聖徳太子に影響を与えたという意見もあります。そこから日本では「真言宗」となった、ここまで来ると、眉唾物です。

Mizota Michael Satoshi 真言宗レベルだと中国で接触したとかはあり得るとは思いますが、だからと言って同祖論までは。。。ネストリウス派の人が日本に来たかもしれない、その程度です。大した影響はなかったのです。。。

松木田 博 そもそもヘブライ語はセム・ハム語族に属し(コプト語、アラビア語などと同じ)、日本語はウラル・アルタイ語族に属しているので※、統語法は全く異なっていますから、一部の単語とその発音が似ていると言うだけで、「ご先祖様は同じだ!」と主張することはできますまい。(※日本語と韓国・朝鮮語、モンゴル語は同じウラル語系の言語という主張。最近では「違う!」という研究もありますが、少なくともセム語系の言語ではないことは確か。)

Mizota Michael Satoshi 日本語がウラル語の類という説は「ある」というだけでまだ起源は決まっていませんね(というかわかっていない)。。。ただ言語学というのも怪しげな主張をする人がいたりして、1960年代にアイヌ語を印欧祖語に遡らせる論文を書いた人がいたようで、まああちらの「そこそこの学者」の言語学入門書に「最近の研究では印欧祖語に遡るという仮説がある」と紹介されていたことがありました(どの入門書だったか忘れてますが)。その研究自体はかなり「批判」されてたらしいです。

Mizota Michael Satoshi いわゆる「開封のユダヤ人」という人たちがいます。そこそこ昔に中国に渡来しただろうと言われるユダヤ人の子孫たちです。17世紀にイエズス会が宣教する中で発見され、いまだに子孫がおり、トーラーの「本」?(うち一つの本は母音記号がむちゃくちゃ)もあったらしいですが(巻物もあるという話を見た記憶もあるんだけど)、彼らが渡ってきたのも12氏族がどうのの時代よりも「もっと後」の「10世紀くらい」でした。まあそれ以前からいたのかもしれませんが、中国のそういう方向の「残存」には興味や関心はありますが。。。
https://ja.wikipedia.org/.../%E9%96%8B%E5%B0%81%E3%81%AE...
UPLOAD.WIKIMEDIA.ORG

松木田 博 日本語がウラル語系かどうかは、この際どうでも良いと思います。そもそも、他のウラル語との間で基本語彙が異なりますので、一直線にウラル・アルタイ語族にしてしまうのも難があります。肝心なのは、統語法がヘブライ語と日本語とでは全く違うわけで、だから太古のヘブライ人が日本人の先祖とは言えないでしょ?というわけです。それに、日本語はヘブライ語を含むセム語系の言語とは似ても似つかないものですし、言語的には日本人とヘブライ人とは遠く隔たっていると言ってよい、と思います。

Mizota Michael Satoshi まあ違いますね。祖語の時点での文法の再興とかもこれもまた難しいところがありますが、どっちにしろ日本人はへブル人とは「何の関係もありません」くらいに違います。神社にある六芒星だか五芒星高の印もですが、だいたいどこの文化にもあるものです。どっちかというと言語よりもDNAあたりを問題にしたいところではあります。言語というのは簡単に「捨てられる」ということなので。

藤原 啓一 · 共通の友達: 福永 澄さん
確かに、朝鮮渡来の秦氏が、八幡神社の信仰を始めて、鳥居や神輿を日本に持ち込んだという説があるようですね。

小貫 ツマ こんなに詳しくはありませんが、昔から日本とユダヤ教は仲が良かった、その証拠に日本のお札、千円札にもユダヤの印が入っている、などの噂を聞いたことがあります。

文屋 善明
5月17日 16:34 ·
今日の宇良は、怪力の栃ノ心。さぁ、どうなるか。アッ負けた。物言い。だいぶもめている様子。軍配通り、負け。3勝1敗。

11 望月 克仁さん、小貫 ツマさん、他9人
コメント

Izumi Nara からだが先に土俵の外にもう出ていたのだそうですね。
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