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ぶんやさんの記録

断想:聖霊降臨後第22主日(T24)の福音書

2016-10-15 06:00:27 | 説教
断想:聖霊降臨後第22主日(T24)の福音書
執拗な異議申し立て  ルカ18:1~8a

1. 文脈と語義
この譬えはルカ独自の資料に基づくものであろう。ここでは祈りについて「気を落とさずに絶えず祈らなければならない」ということを弟子たちに教えている。イエスが弟子たちに祈りについて教えたというのは2回目である。前の場合(11:1~13)は、祈っているイエスの姿を見て弟子たちが「わたしたちにも祈りを教えて欲しい」という願いに応える形で、いわゆる「主の祈り」の原型ともいうべき定式化された祈りを教えた。これはマタイ福音書にも見られ、おそらくQ資料に基づくものであろう。一応、弟子たちの要求に応えた後、それでは何か欠けていると思われたのか、5~8節の「パンを借りる譬え」を補い、祈りにおける「執拗さ」を教えている。そこでの執拗な祈りの内容は日常的な必要であった。これはルカ独自のものである。さらに9~13節の譬えを付け加えた。これは主にQ資料によるものであると思われる。執拗な「求め」(=祈り)は必ず聞かれるという教えはマタイ福音書でも見られる(マタイ7:7~11)。

2. 本日のテキストの主旨
18:1-8の場合は、イエスの方から弟子たちに「気を落とさずに絶えず祈らなければならないことを教えるために」一つの例話を持ち出して語っている。一見ここでも執拗な祈りは聞かれるという教えに見えるが、これは11章の場合とはかなり異なるように思われる。
7~8節では、この譬えについて「不正な裁判官」を反面教師として「まして神は」という言い方で祈りは必ず聞かれるということを語る。この構造はマタイ7:11の「まして、あなた方の天の父は」という言い方と同じである。ここでは「裁き」とか、「いつまで」とか、「速やかに」、「人の子が来るとき」とか、かなり終末論的色彩が強く、一般的な祈りというよりも、主の再臨を待ち望む祈りを念頭に入れているものだと思われる。ここでの執拗な祈りの課題は「正しい裁判」を求め、待望する者への励ましである。
ところで、日本聖公会の聖餐式日課では8節の後半の部分が読まれない。たしかに、この部分は、その前の部分とかなり異質である。例えば、前半での「神」が後半では「人の子」に変わり、「祈り」が「信仰」に言い換えられている。文章の内容についても、「勧め」というよりも「嘆き」に近い。しかし、文章全体の流れにおいて、8節後半があるのとないのとではかなりニュアンスが異なってくる。この部分をどう考えるのかということも無視できない。この言葉が加わることによって、ここ全体が単なる励ましではなく、祈りを途中で止めることへの警告になる。最後まで、祈り続ける者はどれだけいるのだろうか。結論を先取りすると、ここでの執拗な祈りとは自分が無実であることを確信して、それを獲得するまで執拗に異議申し立てを繰り返し、正当な裁判を求める姿勢である。従って「執拗な祈り」というより、どのような苦難にも耐え忍んで貫く信仰が主題となっている。

3. 社会(=権力者)の不正に対する戦い
本日の譬えは「ある町に、神を畏れず人を人とも思わない裁判官がいた」という言葉で始まる。その裁判官に対して一人の「やもめ」が不正な判決を訴えて再審を求めて、遂に再審にまでこぎ着けたという話である。考えてみると「神を畏れず人を人とも思わない裁判官」はどこの街にでもいる。これは必ずしも裁判官だけの問題ではなく、社会の不正との戦いといってもいいであろう。聖書では「やもめ」という場合、社会で最も見捨てられた存在、最も権力から離れている人を意味している。今日の譬えでは、再審の結果については述べられていない。ここまでやったが結果としてやもめが敗れてしまったというのでは譬えにならないから、おそらくやもめの主張が通ったのであろう。ここでは最後まで諦めないで祈れという主題である。

4. 迫害の中にある教会
ルカが福音書を執筆していた当時(70年代~80年代)、ローマ帝国内における教会の大問題は、ローマの大火災を切っ掛けに起こったキリスト教への迫害であったものと思われる。ローマの大火は64年に起こったが、その原因は未だに謎とされている。ところがその時、皇帝ネロは火事の原因はキリスト教徒によるものだと断定し、キリスト教徒に対する迫害を始めた。皇帝ネロがキリスト教に対して突きつけた罪状は「人類(ローマ国民)全体に対する罪」ということで、帝国内でのキリスト教に対する組織的迫害はこの時に始まった。もちろん、キリスト教界はこぞってそれに反論したが、聞き入れられなかった。
     
      <参照:wikipedia>
「ローマ大火とはローマ帝国の皇帝・ネロの時代、64年7月19日にローマで起こった大火。チルコ・マッシモから起こった火災は市内のほとんどを焼き尽くし多くの被災者と死傷者を出した。ネロはこの火災に際して、的確な処置を行い、陣頭で救助指揮をとったといわれ、被害が広がらないよう真剣に対処したものの、火災後のローマ再建で後に記すような宮殿建造を行ったこともあり、市民の間ではネロの命によって放火されたとの説が流れた。こうした風評に対してネロは当時の新興宗教であったキリスト教の信徒を放火犯として処刑した。この処刑がローマ帝国による最初のキリスト教の弾圧とされ、キリスト教世界におけるネロのイメージに大きな影響を与えたが、タキトゥスらローマの歴史家はローマ伝統の多神教を否定するキリスト教に対して嫌悪感を抱いており、ネロの弾圧そのものは非難しながらもその原因をキリスト教とその信徒に求めている。
こうしてキリスト教徒へ迫害を行い、犯人としたにもかかわらず、ネロがローマ復興の際に広大な黄金宮殿(ドムス・アウレア)の建造を行なったため新宮殿の用地確保のために放火したという噂は消えることはなかった。一方この迫害によって市民の一部ではキリスト教徒に対する同情心が生まれたとも言われる。

私は今日のテキストはこういう歴史的事情が背景になっていると思う。結局、皇帝ネロによって押し付けられた汚名は消えないまま歴史は進んだ。権力者との戦いは終わりが見えない。見えないからないのではない。地上の権力は何時か滅び新しい権力者が生まれる。新しい権力者が必ずしも救済者とは限らないかも知れない。しかし、最後の勝利を信じて異議申し立てを繰り返す。ルカの時代の信徒たちはキリスト教が公認された日を見ることは出来なかったが、313年皇帝コンスタンティヌスのもとでキリスト教は公認されたのである。実に200年以上の期間を戦い抜いたのである。その間に、キリスト教を離れた人々も少なくない。それよりも、その間に殉教した信徒の数は計り知れない。

5. 社会変革と祈り
本日のテキストはこの戦いのことを執拗な祈りとして語っている。「気を落とさずに絶えず祈る」ことによって、正義の実現を待つ。正義は暴力によってはもたらされない。暴力は暴力を産むだけである。キリスト者が祈る姿を見て、一人一人回心し、やがてそれが大きな力となり、社会を変える。エルサレムがイスラム教によって占領されたとき、ヨーロッパ各地の教会が協力して十字軍を組織し、武力によって聖地奪還を目指した。私はキリスト教信仰の立場から見て聖地奪還ということがそれほど重要なこととは思えないし、その戦いを聖戦とも思っていない。ただ十字軍という歴史から学ぶことは、武力は武力を生み出し、敵意は憎しみを生み出し、決して公正、正義、平和をもたらさないということである。
真の社会変革は信仰と祈りによって実現する。逆に言うと、実現するまで「気落ちせず祈り」、忍耐強く信じ続ける。これが信仰の戦いである。

6. 祈りと忍耐とを越えるもの
多くの場合キリスト者は「良き社会人」として認められることを至上命令とし、長いものには巻かれるという倫理観によって「戦う」ということを避けてきた。もちろん、暴力的な闘争というものはできるだけ避けなければならないが、「祈りと忍耐」ということが「戦う」という生き方を避ける一種の言い訳となって来たことも事実として認めなければならないであろう。ここで、もう一度イエスが語る「不正な裁判官の譬え」に注意を向けよう。裁判官の不正を訴えるやもめは、決して家に籠もってひたすら祈り沈黙していたのではない。彼女は「ひっきりなしに」「うるさく」不正を訴え続けたのである。神への訴えとしての祈りが現実においては不正との戦いになる。つまり、やもめは裁判官からうるさがられたのである。弱い立場にあるものが強い立場のものとの戦いは力では負けるに決まっている。しかし弱い立場の者は弾圧されようと、強制的に黙らせようと、ひっきりなしに、うるさく訴えることによって、強い立場の者は「根負け」するのである。
日本におけるさまざまな不正との戦いを顧みるとき、このことの真実が明らかになる。水俣問題、カネミ油症問題、ハンセン病問題におけるキリスト者の関わりはそのことを証明している。
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