愛媛県宇和島市からの良いたより♪

私のブログでは次の内容を紹介致します。
1.「神の王国の良いたより」、聖書教育
2.花々、風景写真
3.俳句、他

赤と濃紺のトレニア

2015-08-31 20:14:24 | 四季折々の花々

 トレニアの花は近づいてよく観察すると、魅力的な花です。

 その赤のトレニアの花の美しさを見事な写真で新潟の写真家が紹介されていました。

 トレニアの花の色は赤、青、淡い紫、白があります。

 花期は6月~9月です。

 用途は鉢植え、庭植へです。

 花言葉は「華奢」と紹介されています。

 今日は赤と濃紺のトレニアを紹介致します。

                     新潟の写真家の提供「トレニア」

                       庭に次々と咲く「トレニア」

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「神(エホバ)は世を深く愛してご自分の独り子(イエス)を与え、・・・」(ヨハネ3:16)

2015-08-31 19:57:42 | 神の言葉・聖書

 人間が経験する最大の悲しみ・悲嘆は我が子を亡くすることであることを、この前の紹介記事でお伝え致しました。そのような悲しみを経験したことがあるのは人間だけではありません。宇宙の主権者・偉大な創造者エホバ神が、ご自身の約束に従って人類がアダムから受け継いだ罪と死からの解放のために、最愛の独り子イエスを地上に遣わし、最大の悲しみの経験をされました。

 今から、2,000年近く昔の、ある春の日、無実のイエスが不当にも宗教指導者たちの陰謀による裁判にかけられ、身に覚えのない犯罪の容疑で有罪判決を受け、責め苦を受けて一本の杭の上で贖いの死を遂げました。み子イエスは杭の上で辱めの限りを受けましたが、苦しみの杭の上で死に至るまでみ父エホバに従順を示されました(マタイ20:28;27:24~44.ルカ23:13~43.フィリピ2:8)。イエスの死は、他のどんな人間の死とも異なっていました。

 み子イエスが苦悶のうちに贖いの死を遂げようとしていた時、天そのものが、事の重大さをしるしづけました。真昼なのに、突然、闇が下って地を覆ったのです。福音書筆者の一人のルカの言葉は、「日の光がなくなって」しまいました、と記ています(ルカ23:44,45)。その後、み子イエスは息を引き取る直前に、苦しみの中で「成し遂げられた!」という忘れがたい言葉を述べました。確かにみ子イエスはご自分の命を差し出すことによって、驚嘆すべき事柄・人類の救いの道を開く事柄を成し遂げられたのです。そのみ子イエスの贖いの死の犠牲は、人間の行った愛の行為のうちで最大のものだったのです(ヨハネ15:13;19:30)。

 贖いの死を遂げられたみ子イエス・キリストのことは、世界中の人々がご存知です。イエスが贖いの死を遂げた、闇に包まれた日は、つまり西暦33年二サン(春の)日にイエスが経験した苦しみと死は、聖書を学ばれたことのない人でもご存じなのです。とはいえ、大変残念なことですが、しばしば一つの重要な事実が無視されています。イエスは杭の上で極度の苦しみを味わいましたが、もっとひどい苦しみを味わられた方・み父エホバがおられます。贖いの死を遂げたのはみ父エホバの独り子イエスでした。み父エホバはその日に大きな犠牲を払われた方なのです。そのみ子イエスの贖いの死の犠牲は、宇宙において行なわれた愛の行為のうち最大のものでした。み言葉・聖書には次のように記されています。「と言うのは、「神(エホバ)は世(一般人類社会の人々)を深く愛してご自分の独り子(イエス)を与え、だれでも彼(イエス)に(贖いの死に対する)信仰を働かせる者が滅ぼされないで、永遠の命を持てるようにされたからです」(ヨハネ3:16)。この人間には、罪深い人のために自分の独り子の命を与えることは出来ません。この地上に独り子イエスをお遣わしになった神エホバの愛という、最も重要な論題を次回にお伝え致します。これは、地上のすべての人に関係する事柄です。

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     庭の蝶 羽根傷つきて 哀れかな 今日の一句

                 裏庭の「女郎花に来ているヒョウモン蝶」

                 (右の羽根が夏の活動で傷ついています)

 

 

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マリーゴールドと淡いクリーム色のバラ

2015-08-31 13:22:37 | 四季折々の花々

 鮮やかなオレンジ色のマリーゴールドの花の魅力を

 新潟の写真家が見事に撮って紹介されていました。

 花期は6月~10月です。

 用途は切り花、鉢植え、花壇です。

 花言葉は「温厚な愛情」と紹介されています。

 今日はマリーゴールドと淡いクリーム色のバラを紹介致します。

                    新潟の写真家の提供「マリーゴールド」

               台風15号通過で倒れながらも咲いた「バラ」

 

 

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「イエスは大群衆をご覧になったが、彼らを哀れに思われた」(その3)(マルコ6:34)

2015-08-31 13:18:44 | 神の言葉・聖書

 皆様方は、人が経験する悲しみの内、最大の悲しみは何であると思われますか。私は大学生の時、社会学の教授が「人が経験する悲しみの内で最大の悲しみは我子を亡くした時である」と、語られた言葉を忘れることが出来ません。その時の講義の内容は忘れていても、この言葉は忘れることがありません。私は小学3年生の時にわずか3歳の妹が病死しました。その時の両親の悲嘆に打ちのめされた様子が、子供ながらに忘れがたいものになっていたので、一層忘れることののない言葉になっているのかも知れません。愛する家族を亡くしたご経験のある方は、その悲しみの深さを決して忘れることはないと思います。み言葉・聖書は「死」を「最後の敵」と呼んでいます(コリント第一15:26)。しかし、嬉しいことに神エホバはみ子イエスを通して、この地上を義の宿る楽園に回復した後に、それまでに亡くなった方をその地上の楽園に復活させてくださることを、証拠を示して約束してくださっています(ペテロ第二3:13.使徒24:15)。イエスが哀れに思い亡くなった人を復活させる場面の記録は、私たちに復活の希望を確かの証拠として示しています。

イエスは哀れに思い、悲嘆を取り除くよう動かされた。イエスは、他の人の悲嘆に強く心を動かされました。一例として、福音書のルカ7章11~15節の記録を考えてみましょう。それは、イエスの神の王国の良いたよりの宣教期間の半ばごろ、イエスがガリラアの都市ナインの外れに近づいた時の事です。その都市の門の近くで、イエスは葬式の行列に出会います。何とも痛ましい状況です。亡くなったのは、独り息子の若者で、その母親はやもめです。母親は以前にも一度、つまり夫が亡くなった時にそのような悲しみの葬儀の行列をしたことがあるはずです。そして、今度はくなった独り息子の葬式です。その息子は唯一の支えだったことでしょう。共に歩む群衆の中には、哀悼の言葉を唱えて嘆き悲しむ人や、もの悲しい曲を演奏する楽士たちも加わっていたかも知れません(エレミヤ9:17、18.マタイ9:23)。とはいえ、イエスは悲嘆に打ちのめされているやもめの母親に目を留めます。母親は、独り息子の遺体を載せた棺台の傍らを歩いていたと思われます

 イエスは、独り息子に先立たれたやもめの母親を「哀れに思い」、安心させるような口調で「泣かないでもよい」と言います。そして、イエスは自ら進んで近づき、棺台に触ります。担いでいた者たちは - おそらく他の人も - 歩みを止めます。イエスは遺体に向かって、威厳のある言葉で、「若者よ、あなたに言います、起き上がりなさい!」と命じられます。すると、即座に死人は起き直り、ものを言い始めます。まるで、深い眠りから覚めたかのようです。その続きには、「次いでイエスは彼をその母親にお渡しになった」という、実に感動的な言葉が記されています。

 これらの記述から何を学べるでしょうか。いずれの場合についても同情心と行動の関係に注目してください。イエスは他の人の窮状を見ると、哀れに思わずにはいられませんでした。そして、そのような同情心を覚えると、それに沿って行動せずにはいられませんでした。私たちはイエスの残された手本にどのように倣えるでしょうか。真のクリスチャンは、神の王国の良いたよりを証しのために宣明し、心の整えられた弟子を見いだす務めがあります(マタイ24:14;28:19,20)。私たちの主要な動機は神エホバと隣人、つまり他の人へのです(マタイ22:37~39)。とはいえ、それは、イエスが哀れに思われたように神の王国の良いたよりを宣べ伝える業は、同情心に基づく業であることも忘れないようにしたいものです。私たちは、イエスと同じように人々の気持ちを思いやる時、心に動かされて、神の王国の良いたよりを宣明するためにできる限りのことをしたいと願っています(ルカ4;43)。また、苦しみや悲嘆を経験している人々や仲間のクリスチャンに同情心を表したいものです。私たちはイエスのように奇跡によって身体的な苦しみを取り除くことや死者を復活させることが出来なくても、積極的に気遣いを言い表わしたり、ふさわしい実際的な助けを差し伸べることが出来ます。そのようにして同情心を行動に移すことが出来るのです(エフェソス4:32)。そのようにして、イエスに見倣いたいものです(ペテロ第一2:21)。

 イエスは人々に対する哀れみに動かされて、霊的な必要、らい病(ハンセン病)の人をを即座に治しその人の心身の苦しみを和らげ、亡くなった人を復活させ悲嘆を取り除かれました。イエスのすべての言動はみ父エホバのご意志でした。このことを知ると神エホバに近づいてみたい、と願われるのではないでしょうか。

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      赤色の トレニア可愛 身をかがむ 今日の一句

             庭で休んでいる「ジャノメ蝶」

 

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黄色のアブチロンとピンクの蕾のバラ

2015-08-29 21:58:44 | 四季折々の花々

 黄色のとても可憐なアブチロンを

 新潟の写真家が紹介されていました。

 黄色のアブチロンはあまり見る機会がありませんでしたが、

 優しい愛情をも感じる花です。

 アブチロンの花の色は赤、ピンク系、黄色、白があるようです。

 花期は花図鑑では11月~5月と紹介されています。

 用途は鉢植えです。

 花言葉は「恋の病」と紹介されています。

 きゅは黄色のアブチロンとピンクのバラの蕾を紹介致します。

                   新潟の写真家の提供「アブチロン」

                台風15号が過ぎ咲き始めた「バラの蕾」

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