愛媛県宇和島市からの良いたより♪

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詩編49編の紹介(その2):富に依り頼む、愚鈍である者たちの道

2016-11-05 23:05:54 | 神の言葉・聖書

 詩編49編の前半には不完全な人間にはだれひとり贖いをエホバ神にささげることはできない、ことが記されていました(詩編49:7)。そのためエホバ神は約束通り、ご自分の最愛のみ子イエスを、人類を深く愛し、この地上に人間として遣わされ、人類のアダムから受け継いだ罪と死からの解放のために、贖いの死を遂げてくださいました(ヨハネ3:16)。エホバ神とイエスはそのようにして最大の愛を表わされました。今日紹介する詩編49編の後半には、富に依り頼む、愚鈍である者たちの道が記されています(詩編49:13)。なぜエホバ神に依り頼むのではなく、富に依り頼む者は愚鈍な者のでしょうか。

 詩編49編11節~20節には次のように記されています。

  「11 彼らの内心の願いは、自分たちの家が

        定めのない時に至るまで存続し、

        自分たちの幕屋が代々に至るまで

            存続することである。

        彼らは自分の地所を自分の名で呼んだ。

  12 とはいえ、地の人は、誉れを受けていてはいても、

        とどまり続けることはできない。

        その人は滅ぼされた獣にも比べられる。

  13 これが、愚鈍である者たちの

        また彼らの後に来て自らの能弁を

      楽しむ者たちの道である

  14 彼らは(ほふられる)羊のように、

          まさしくシエオル(墓)に定められた。

        死が彼らを牧するであろう。

        廉直な者たちが朝に彼らを従え、

           彼らの形はやせ衰える。

           高大な住まいではなく、シエオルが

           各々のためのものとなる。    

  15 しかし、神ご自身がわたしたちの魂(命)を

        シエオルの手から受け戻してくださる

        わたしを受け入れてくださるからだ。

  16 ある人が富を得ても

        その家の栄光が増し加わっても

           そのために恐れてはならない

  17 彼(富んだ人)は死ぬとき、何も携えて

      行くことが出来ないからだ

        その栄光が彼に伴って下ることもない。

  18 その生きている間、彼は自分の魂(命)を

           祝福しつづけたからだ。

        (人々はあなたが自分のためにうまくやるので

           あなたをたたえる。)

  19 彼の魂(命)は、ついには父祖たちの世代に

           行き着くに過ぎない

        彼らはもう決して光をみない

  20 地の人は、誉れを受けてはいても

       (エホバの教えに)理解を示さないなら

       滅ぼされた獣にも比べられる」(詩編49:11~20)。 

 上記の聖句に示されている通り、エホバ神の教えを理解し、エホバに依り頼む者たちは、エホバ神ご自身がシエオル(墓)から受け戻してくださることが記されています(詩編49:15)。それに対し、人が富を得ても、その家の栄光が増し加わっても、その人が死ぬとき、何も携えて行くことが出来ない明確な真理を教えています(詩編49:17)。そのれは、その人が生きている間、エホバ神のご意志を優先するのはなく、「彼は自分の魂(命)を祝福しつづけたから」です(詩編49:18)。神エホバより、自分を第一にした生き方をしているからです。 私たちの命はエホバ神のご意志によって存在していますので、エホバのご意志を学び行う必要があるのです(啓示4:11.マタイ7:21)。ですから、イエスは神の王国と神の義をいつも第一に求めなさい、と教えられました(マタイ6:33)。エホバのご意志を行なわないで富に依り頼む「愚鈍である者たちのの道」は「シエオル(墓)」に行く、つまり滅びに至るのです(詩編49:13,14)。イエスの山上の垂訓の中で、滅びに至る広い道ではなく、命に至る狭い門を通って、狭い道を歩むように教えられました(マタイ7:13,14)。イエスは、み言葉を聞いて学び、守り行う「思慮深い人」として歩むように教え、「愚かな人」み言葉を聞いて学び守りなわない人、と教えられています(マタイ7:24~27)。だれでも「思慮深い人」でありたいと願うのではないでしょうか。日々み言葉を学び、その教えを黙想し、適用する人たちは命の道に導かれます(詩編1:2~4.箴言3:18)。

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