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やじゅんのページ/The World according to YAJUN




一週間ほど前の話になってしまいますが、上海に行ってきました。

滞在中は主に語学学校に通っていました。語学学校では多くの駐在員の方たちとお会いし、昼に夜に様々なところで交流することができ、とても楽しく勉強になりました。それと、現地で働いている古くからの友人に会いました。この友人はコンサルティング会社を立ち上げて、すでに50人もの中国人のスタッフを雇って大々的に事業を展開しており、色々な意味で刺激を受けました。

中国は、北京、広州にはここ数年のうちに何度か行っていましたが(当時の記事はこちら。反日デモが騒がしかった頃ですね。)、上海に行くのは約10年ぶり。どれだけ様変わりしているのかなと思いましたが、すごかったですね。

高層ビルやらリニアやらのイメージはありましたが、一部のビジネス地域の話かなと思っていたところ、そんなことはなくて、市の中全体にわたり広範囲に発展していて、町並みはもう東京とそれほど変わらない。むしろ、デパートやショッピングモール、コンビニの密度は上回っているんじゃないかとすら思いました。

ビルや店のみならず、道のきれいさも目を引きましたね。ゴミ箱や清潔な公衆トイレが沢山あって、昔のちょっと汚いイメージがなくなってました。それどころかエリアによっては街路樹やディスプレイがきれいに立てられていて贅沢だなあという印象。特に「新天地」なんかオシャレ感がやばい。金かけまくってるのに下品でなくクラッシー。もうまったく中国の感じじゃない。というかもはや中国のイメージってなんだったっけという気になってきます。

といっても、少し地域をはずせば昔ながらのカオスは残っています。目に見えるところだけは何をおいてもまずきれいにする。そんな中国らしさは今なお健在でしたね。

あと変わったのは中国人の愛想の良さやサービス。店の人の表情も柔らかい。まあこれは北京や広州でも感じていたことなのでそれほど新鮮だったわけではないですが、その変化の度合いは予想を超えるものがありました。路上で地図を見ていたら、犬を散歩しているご老人が「去哪里?」(どこに行く?)とか話しかけてきて、なんか昔と比べて精神的な余裕があるのかなあと思いました。

一方で、友人や駐在員の方たちとも話したのは、こんなに中国が変わる中で、中国人のメンタリティには変わらない部分もあるんじゃないかな、ということでした。その一つは徹底的な現世利益主義、私利私欲の重視ですね。これは別にあくどいとか倫理的な意味ではなくて、行動原理としてそうなっているということです。それはビジネスにおける私的ネットワークの重視(自家人)、為政者や法に対するスタンス(「上に政策あれば下に対策あり」)から、現代文化、共産党(中南海での政治闘争)、日中関係などにも現われている気がしますね。

あと、話に聞いていたとおり、フェイスブックは見られませんでしたね。gmailやgoogle検索はできますが、やたら遅かったりして使いにくかったように思います(これは駐在員の人たちも述べていました)。ちなみにこのブログは問題なく見られました。幸いにして共産党ノーチェック。ま当然ですね笑。

そんなわけで、短いながらも色々なものを見ることができ、充実した一週間でした。また近いうちに行ってみたいものです。

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最近読んだ本。

■ アルジュン・アパデュライ 『さまよえる近代-グローバル化の文化研究』
グローバル化の重層的・乖離的構造(ネーション・ステートの相対化、5つの「スケープ」)、その中での人びとの集合的想像力の作用を説く。
よく引用される本なので読んでみたが、目を見張るような発見はなかった。個々の人類学研究は面白いけど、こういう大上段の話に展開されるとどうも消化不良。
この本はそうでもないのだが、ポストモダンとエドワード・サイードの流れを汲むポストコロニアル、カルチュラル・スタディーズはどうも苦手。近代批判、多元的視点はいいけど、批判や方法論に終わっていて、結局どうしたいのかよく分からない(とにかく疑う、欧米には文句言う、どんな立場も否定せずそれもあれも考慮に入れる、といった手合い)。難しいことを考えているのだろうが、概念の遊びをしている印象で、まじめに取り合う気にならないというか。
なお、この本がベースにしているベネディクト・アンダーソン『想像の共同体-ナショナリズムの起源と流行』はネーション・ステートの勃興を描いた不朽の名著。白石隆氏の翻訳も良かった。

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かんべえさん(10月7日)が書いて下さったとおり、先週は久々の面子で同窓会。色々とめでたいことがあり、お祝いをさせていただきました。とても楽しかったです。

これまで何度か書いてきましたが、私は、実務つまり現場での実践をすることを前提として、その枠を超えて、目の前の事象・課題の外にある世界に目を向ける好奇心のある人、人になにがしかの影響を与える知を提供できる人に憧れるんですよね。偏屈かもしれませんが、実戦を経験していない人の理屈には抵抗があって、どうも口だけの人に見えてしまうことが多いのです(もっとも実際には、口だけに見えるのは、実戦云々より、まずその内容のせい、という方が多いかもしれません)。あるいは、実務の経験はなくとも、ある分野をとことん突き詰め、学識にせよ技能にせよ、現場にいたかどうかなんて問題にならないぐらい専門的知見があって、現場の方からその知見を求められる人、そういう人を私は尊敬するのです。
そんな人は世の中にそうはいません。でも、私は何人かお会いしたことがあります。私生活においても仕事の場でも色々な出会いがありました。
ただ、前の仕事も、(この場では詳しく書きませんが)ある意味では現場を体験でき、自分で物事を動かしている、しかも日々の生活を超えた知識・経験を蓄えることができ、とても面白かったのですが、その一方で、ある意味では現場を知らない、自分で動かしているような気がしているだけ、知識に関してもどこまでいっても自分は素人、そんな、何ともぎくしゃくした思いがありました。世界が広がるにつれ、自分に合った生き方を考えざるを得ないように感じました。結果として、人からは「何を考えているの?」と言われるような生き方を歩んでしまったようです。でも、今選んだ道は自分なりに色々考えた結果です。幸い、この道はかなり自由度が高く、ベストなのかどうかというよりは、自分がベストなものにできるかが問題となる世界のようです。
まだまだこれからですが、志だけは高くして、自分が理想とするものに一歩でも近づけるよう努力したいと思っています。日々の課題に真摯に向かい合いながら、同時に、自分の枠の外への好奇心を大事にし、広く世界を意識して、自分を高めたい。その上で、できれば面白いことを発信し、何らかの形で公益にも貢献したい。ちょっと言うのもおそれおおいですが、尊敬する師匠阿川尚之さんを心の目標にがんばろうと思います。

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独り言が長くなりました。本題に入って、「ロンドン紀行」の続きです。

<パリ>
ロンドンでの研修後、ユーロスター(実は乗るのは初めて)でパリに移動。ここでは、前職の先輩にお会いするためにお昼を食べました。
この人は、10年以上もロンドンとパリで働いている、自分のいる世界では稀有な日本人。そのチャレンジングな姿勢、活躍には大いに刺激を受けました。
先輩の家の近くのポンピドゥーセンターなど、マレー地区をぶらついたのみ。でも食事は最高に素晴らしかったです。

  

<ブリュッセル>
ブリュッセルにはこれまで行ったことがなく、またここでも前職の先輩がいたので、お会いする目的もあって訪問。



この都市は、小国ベルギーの首都というよりは、もはやEUすなわち欧州の首都ですね。
ベルギーという国は、その小さな国力にもかかわらず、強国と渡り合いながら、知恵を出すことで経済を発展させ(一人あたりGDPは毎年世界20位以内、日本とほぼ同じ)、政治的にも存在感を示してきました。

欧州は、すでに経済的も社会的にも安定・成熟し、アジアや米国のような高い成長を維持することはなかなか難しい状況にありますよね。しかし、その中でも、EU統合に代表されるように、知恵を出して、ある意味壮大な実験に挑もうとしている。移民の受け入れやユーロによる資金移動、貿易、投資の促進によって成長を支えることもその例なのでしょう。また、貿易や競争等のルール作りを主導し、自分にとって都合の良い制度を作ろうとする。最近のユーロを見てわかるとおり、(ほとんど崩壊寸前のような)かなり強烈に痛い目に遭うこともあるでしょう。でも、こうした姿勢自体は、日本にとっても参考になると思うんですよね。成熟した経済、社会の中で、どのように国を発展させていくのか。これからは中国インドの時代などと言われますが、たしかに、世界経済における役割の分担というものはあって、高い経済成長によって世界を牽引するのは彼らの役割になるのかもしれない。しかし、成熟した先進国が、低成長を余儀なくされるとすれば、それを前提としていかなる社会を築き、役割を果たすべきなのか。こういった点は、(「The Economist」7月30日号の「Turning Japanese」というネガティブな形容も含めて)欧州も日本も課題を共有しているように思います。

知恵を出すと言えば、一つのテーマはFTA。これについては、韓国が先行してすでにEUとの間で協定を結んでおり、7月に発効しています。韓国に遅れをとった日本は、EUとの交渉を開始したところですが、すでに韓国の製品が市場に入ってきているEUとしては、かなり固い姿勢を見せていると聞きます。
そもそも韓国の企業は、最初から国内市場ではなくてグローバル市場を見て戦略を立てているんですよね。あれだけ小さい国なので国内では儲からない。そして産業ごとにかなり独占の度合いが強いので、国内競争に消耗することなく、効率的に国際競争力を高めることができる。そして、「セネガル紀行」「マリ紀行」で述べたように、ものすごい積極性をもって、途上国を含め海外市場に進出しようとする。産業によっても違うので一概には言えないですが、「ガラパゴス化」と言われるように、高い技術力と創造性をもちながら、国内市場を重視してグローバル市場に打って出ることができない日本と比べるとちょっと対照的ですね。
今回のFTAについても、何となく両国の姿勢が反映されている気がしました。もちろん、日本は農業が常に大きな壁として立ちはだかりますよね。様々な意味で「開国」がキーワードとされてきて、もう10年以上たっている気がしますが、こういうところこそが、真に政治的なリーダーシップを期待される部分なのではないかと思います。

<ブリュージュ>
ブリュージュには日帰りで旅行に行きました。
ここは中世そのままの町並み、雰囲気が残っているということで、観光地として非常に人気が高いところです。



欧州の旅行において私が好きなところは、中世の世界を味わえるところですね。城、教会、美術館。いずれも中世以来の長い歴史を感じ取るところに魅力を感じます。
美術についていえば、中世の絵というと、宗教画と宮廷のための肖像画が多い中、ベルギーの画家であるブリューゲルやデューラーは、日常の生活を描いていますよね。フィクションや虚飾のないリアリティを見せてくれるところに強く惹きつけられます。
中世の絵画は、高階秀爾『名画を見る眼』続編もいいですね)、三浦篤『まなざしのレッスン』、ジェームス・ホール『西洋美術解読事典』など見ながら鑑賞すると楽しいですね。美学的・理論的に見るなら、エルヴィン・パノフスキー『イコノロジー研究』、図版を見るなら、ウンベルト・エーコ『美の歴史』『醜の歴史』『芸術の蒐集』も良いですね(高くて買うのはちょっと大変ですが)。

<アムステルダム>
アムステルダムは、日本に帰る便がアムステルダム発だったので、せっかくならということで滞在。
とてもエキサイティング、ここでは詳しく書けませんが、ある意味カオスな町ですね。さる理由でこの町が大好きな米国の友人からは、旅を締めくくるにはとても良い場所だな、と言われました。

  

とりとめない感じになりましたが、今回の旅行記はこれで終わりです
欧州は久しぶり、というか今まで仕事上あまり縁がなかったところなので、学ぶところが多かったです。また行きたいものです。

なお、10月12日から一週間ほど上海に行きます。北京や広州には最近数年で何度か行きましたが、上海は10年ぶりぐらい。
また面白いことがあったら書いてみたいと思います。

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最近読んだ本。

■ トール・ノーレットランダーシュ 『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』
計算(情報、論理、認知)、コミュニケーション(外情報、脳、ビット数、心)、意識(自由意思、私/自分、利用者の錯覚、神)、平静(ガイア、宇宙、カオス、人工生命と法則/学習・創発、フラクタル、情報社会=情報(暗黙知)の欠如)という切り口から、近現代の研究を豊富に紹介しつつ(著者はジャーナリストなので独自の発見を述べるものではない)、意識という現象(幻想)の科学的洞察を行う。
哲学、歴史、宗教、スポーツ・芸術(ラウドルップのプレー、ボーアの西部劇評論の比喩による無意識のパラドクスの説明は面白い)を含め、カバーする範囲の広さ、該博な知識には感心する。色々詰め込みすぎてとっちらかっている観もあるが、各論的に目新しいことがなくても(結構古い話も多い。それはそれで面白いが、注意が必要。)、積み重ねて総合して見えてくるものがあるという趣。

■ マイケル・ポランニー 『暗黙知の次元』
故あって再読。機械論、holism、創発(emergence)、生命論は心の哲学、無意識の科学に通じる(ほぼ裏表の)議論と確認。「暗黙知」や「創発」は『ユーザーイリュージョン』でも引用されている。
マイケル・ポランニーは『大転換』で有名な経済人類学者カール・ポランニーの弟。栗本慎一郎氏の紹介が有名ですね。サイエンスと人文学の異なる分野で学を究める兄弟。湯川秀樹、貝塚茂樹、小川環樹みたいなイメージですかね(勝手な印象)。

■ 野矢茂樹 『哲学の謎』
時代を超えて哲学者を悩ませ続けるるアポリアを対話形式で紹介。どれも有名な論点だし記述も簡潔だが、ジャーゴンや哲学史に言及することなくズバリ本質をつく。その上での野矢先生の自問自答が味わい深い。
同じ著者の『哲学・航海日誌』は、より多くの論点をより深く掘り下げている。もっとも著者の問題意識と自問自答は一貫している。

■ 田辺保 『パスカル 痛みとともに生きる』
思想家、科学者、キリスト者(ポール・ロワイヤル、ジャンセニズムとの関わり)としてのパスカルの人間像、『パンセ』の世界、読み解き方を解説。
苦しみに満ちた人生から、人間の偉大と悲惨を思うに至る。シモーヌ・ヴェイユの生き様と思想に通じるという。エリ・エリ・レマ・サバクダニの境地か。

■ エリック・ベル 『数学をつくった人びと3』
だいぶ昔に読んだ本だがポアンカレ(前の記事参照)の章があるのでクロネッカー、リーマン、クンマー、デーデキント、カントールの章とともに再読。この本の惜しいのはヒルベルトとゲーデルの記述が薄いところ。

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「マリ紀行」の続きです。

ロンドンには3週間いました。ここでは、自分が勤める組織の本社で、仕事(研修みたいなもの)をしていました。

国際的な仕事をした経験はありましたが、日本人がまったくいない環境で、外国人(主に英国人)とまったく同等の立場で働くというのは初めてのことでもあり、なかなか面白い体験ができました。特に、1,000人を超える人たちが一つの高層ビルに働くという、巨大な組織の動きを見るのは、この業界ではなかなかお目にかかることができるものではなく、非常にためになりました。

  
左:ダブルデッカーのバスの2階からの風景。彼方に見えるビル群が職場。 右:32階のオフィスの風景。

ロンドンには10年くらい前に行って以来だったので、町もずいぶん変わっていました。
テート・モダン、新市庁舎、ガーキン、ヘルター・スケルター(建設中)といったところはなかったですね。全体的に、organizedされたというか、綺麗になったような印象があります。もっとも、地下鉄は相変わらず狭くて暑くて小汚い様子でした。

  

観光は、昔行ったときになかったテート・モダンなど見たぐらいで、それほど熱心にしませんでした。その代わり、音楽や劇をよく見ました。
プロムスを聴きに行ったり(「シベリウス6番」、オラモ指揮、王立ストックホルム・フィル、「グリーグ・ピアノ協奏曲」、アリス=紗良・オット)、ロイヤル・オペラ・ハウスでのバレエ(「アンナ・カレーニナ」、マリインスキー・バレエ)を見たり、グローブ・シアターでシェークスピア劇(「お気に召すまま」)を見たりしました。

  
左:ロイヤル・アルバート・ホール。プロムスの会場。 右:ロイヤル・オペラ・ハウス。

  
左:グローブ・シアター。シェークスピアの時代そのままに再現した劇場。映画『恋に落ちたシェークスピア』を思い出す。 右:ボロ・マーケット。

あとは、色んなマーケットに行ったり、夜な夜な職場やバーで酒を飲んだりしてました。

それから、古くからの友人に会えたのが良かったですね。結構ロンドンに住んでる人が多かったのです。ある意味、これが一番の収穫であったかもしれません。

特筆すべき点としては、滞在中に、暴動がありました。
家や車が燃えるショッキングな映像もあり、日本でもずいぶん報道されたのではないかと思います。
ロンドン市内で略奪が起き、しかもそれがどんどん拡大したのは、見ていて、本当に驚いたというか、恐ろしいことでした。
英国のような成熟した社会でこんなことが・・・と思いますが、一つの要因には、移民の増加とそれに伴う社会の変化、失業率の上昇などがあるといわれます。
ご存じのとおり、欧州は、欧州統合という壮大なプロジェクトを推し進めており、昨今はまさにユーロが問題となっているところですが、そのプロジェクトの一つの目玉は、人の移動の自由化です。労働市場の流動性を高め、国境を超えた企業活動を容易にし、経済成長に資するところは大きいと思いますが、反面、社会の変化、不安定化という負の側面も受け入れざるを得なくなっています。
今回、私は自分が住んでいたところも含め、マイノリティや貧困層が多く住むエリアに訪れる機会が多く、10年前と比べてどうとはたやすく言えないのですが、なんとなくこういう現実を肌で感じたような気がしました。そして、今回起こった暴動は、まさにそんな現実がはらんでいた問題の顕在化であったような気がして、こんなのにぶち当たってしまったのは不運なことでしたが、それはそれで貴重な体験ではありました。

次回は最後、「欧州(フランス、ベルギー、オランダ)紀行」です。

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最近読んだ本。

■ ナシーブ・タレブ 『ブラック・スワン』
最近といっても、結構前に読んだ本ですが、映画『ブラック・スワン』を見たこともあり、(映画とはまったく関係ないんだけど笑)再読。
各論(統計学、科学哲学)においては目新しい点は少ないし、叙述のくどさもあるけど、ここ数年出た本の中では群を抜く面白さ。
金融、経済、統計に関心がある人のみならず、歴史、知性、懐疑、経験、帰納、予測、認識論、心理学、人間に興味のある人であれば誰でも楽しめる。人によっては世界の見方が変わるような刺激を得られるかも。
この本の訳者はスティーブン・レヴィットの『Freakeconomics』(『ヤバい経済学』)も訳している。ちょっと古くなったが、これも同様の関心がある人には楽しめるはず。訳も丁寧でなかなか読ませる。
不確実性と統計については、やや古いが、ピーター・バーンスタイン『リスク 神々への反逆』も、歴史的視点から把握できるものとして楽しめる。本書と重複する部分もあり、理解が深められる。副題の「Against the Gods」がとてもクールですね。

映画『ブラック・スワン』(ダーレン・アロノフスキー2010)は、前述のとおり、本書とはまったく関係ないですけど、最近見ました。
主人公の動作・環境の描写、音楽、細かいカット、スローモーションの使い方とか演出が『レクイエム・フォー・ドリーム』『π』とそっくり。ほんとにクセの強い監督ですね。

■ アンリ・ポアンカレ 『科学と仮説』
■ 同 『科学の価値』
■ 同 『科学と方法』
■ 同 『晩年の思想』
ポアンカレの科学思想集四部作。中でも、「科学と仮説」は『ブラック・スワン』でも大きな紙幅が割かれ絶賛されていた歴史的論文。
ポアンカレは、言わずとしれた数学、物理学の巨人。トポロジーを確立し、アインシュタインより前に相対論、ボーアより前に量子論を考え出していた。
しかし、それだけでなく彼は、四部作に書かれているように、科学哲学、認識論、知識の哲学、論理学等においても、当時の最高の知性バートランド・ラッセルはおろか、現代人であるタレブを驚愕させるほど徹底した懐疑主義・経験主義を展開していた。20世紀初めの時点でカオス理論を予見し、『空間の謎・時間の謎』前に書いた記事参照)のメインテーマである関係説の力学(絶対時空の否定)にも踏み込んでいる。
実際読んでみると、その明晰で包括的な内容は、現代においても遜色ない。この時代にここまで語り尽くしていたのかと思うと言葉を失う。

なお、『世界の名著・現代の科学1』『世界の名著・現代の科学2』は、1970年に出た古い本だが、「科学と仮説」(ただし第三部が収録されていない)を含め、物理学、化学、生物学、数学、科学哲学において歴史に名を刻む超ド級の論文が約30本も詰まっている。数学の基礎論をめぐりポアンカレと激突したヒルベルトの論文「公理的思考」も入っている。人類史上に残る偉大な知性の対決を論文で見るのはスリリングである。湯川秀樹、作田啓一、井上健の科学思想史の解説も素晴らしい。お買い得。

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