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やじゅんのページ/The World according to YAJUN



こないだ、なかなか手つかずだったwiiを友達とやったら、やたら楽しかったですね。なにをいまさらという話ですけど。笑
これからもうちょっと開拓してみます・・・といいつつも、ゲームをやろうと思ったら今なお80年代のPCやファミコンゲームを探してしまうオールドタイプな人間です。

私事ですが、先日、さる大手通信社の記者の方からインタビューを受けました。
結構まじめにいろいろしゃべりました。ドラフトを見せてもらったらとてもいい記事でうれしかったです。あと心配なのは写真映りのみ(笑)。
正月に出るそうです。写真さえよければ(←くどい)、さわりない範囲でまたお知らせします。

最近読んだ本。

■ 猪木武徳 『戦後世界経済史』
戦後60年の経済史を400ページの新書にまとめた本。
こういう長期スパンの現代史の叙述は、切り口の設定(とそれに伴う面白い材料集め)が決定的に重要ですよね。
この本は、①市場の浸透と公共部門の拡大、②グローバル化と米国の時代、③所得分配の不平等、④グローバル・ガバナンス、⑤市場の設計と信頼、という5つの視点を明示してます。
さらに、副題の「自由と平等の視点から」にも現われているとおり、5つの視点すべての通底に流れるテーマが自由と平等の関係であり、(私もこれまで何度も引用してきた)トクヴィルが提示した「平等化の進展は自由の侵蝕を生む」という問題に取り組もうとしてます。
材料としては、今年の5月に出た新しい本ということもあり、サブプライムのような最近の問題まで組み入れているのが、目新しく印象的です。
堅実な視点と材料からできていて、安心して読めるしっかりした本です。反面、情報も構成も驚くような発見があるわけではなく、新しいものを吸収するというよりは、すでにある知識を確認するような感じで、刺激はちょっと少ない印象です。そういうものを期待する本でもないのでしょうが。

■ ジョルジ・ルカーチ 『小説の理論』
ギリシア文化(ギリシア悲劇、叙事詩、哲学を含む)と近代を対比させながら近代の小説を理論化する試み。
前に取り上げたギリシア悲劇つながりですが、ここでは、悲劇に特化せずギリシア文化全般を対象としていることもあり、アポロンとディオニュシスの対立とかいう話ではなくて、総体性、真理、調和といった(ヘーゲルが定式化した)クラシックなギリシア文化のイメージが強調されています。
近代とはそのような調和が失われた時代であって、小説とは失われた完全性を求める芸術である(「先験的な故郷喪失の表現」)、という見立てを提示します。
こういう古代人の思想(特に個と共同体との関係)を現代人のそれと比較して語るのは西欧思想によく見られる特徴で、米国の建国時以来の共和主義やハンナ・アーレントの政治論もその例といえると思います。
ルカーチというと、マルクス主義者、ハンガリーの二つの革命政権(ベラ・クンとナジ・イムレ)への参加などのイメージが強いと思いますが、もともとはジンメルやディルタイから生の哲学を学び、新カント派の影響を強く受けた文化哲学者、美学者でした。サンジカリズムに影響され、マルクス主義に入っていくのはこの本が書かれた後です。
この本ではむしろウェーバーやアドルノの文化社会学、美学とよく似た思索のあり方を見ることができます。そのへんを意識して読むとなかなか味わい深いです。

またも英語の話が持ち越しになりました。次回は本気で行きます。笑

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松井秀喜ワールドシリーズMVPですか。これは大変な快挙ですね。
日本シリーズはというと、先日、ブッシュ前大統領が日本シリーズの始球式をやってましたね。
ずいぶん前に書いたことがありますが、この人は本当に日本のことが好きなんですよね。同盟という観点からすれば非常にありがたい大統領であったと思います。まあ、ありがた迷惑になるという面もなくはなかったと思いますが。。。

同盟はといえば、最近ちょっと思ったことを述べてみます。

政権発足以来の鳩山総理や岡田外務大臣らの言動を見て思うのは、ちょっと言葉が軽すぎるんじゃないかな、ということです。

よく分かりませんが、思ったことはそのまま言うということを基本姿勢にしているようですね。 岡田大臣は会見でもそんな趣旨のことを言ってました。
正直は美徳、情報開示が民主主義、という考えかもしれませんが、どうなんでしょう。
全部思っていることを言うというのは、ある意味思考停止とか責任放棄になる場合もあります。

たとえば、ちょっと前、鳩山総理が、日米同盟の再検証をする旨述べたという報道がありました。

首相「日米同盟を再検証」 参院代表質問
 参院は29日午前の本会議で、鳩山由紀夫首相の所信表明演説への各党代表質問に入った。首相は日米関係について「日米同盟は日本外交の基軸だ」と指摘したうえで、日米安保条約改定から50年を迎えるのを踏まえ「日米同盟のあり方について包括的なレビューを進めていきたい。(同盟を)中長期的な視野に立ち重層的に深化させる」と述べ、同盟関係を再検証する意向を示した。
(日経 10月29日)

この発想自体ちょっと疑問がありますが、それはまあ譲るとしても、こんなの表に言うもんなんですかね。こちらが米国の方から同じことを言われたらどう思うでしょう。

それぞれの国が主権国家として独立していて、自分の利益を追求するのは当たり前のことだし、そういう意味では自己本位でいいんです。でも、地域の問題や地球規模の問題のように共有する利害関係というのはあるんだし、信頼関係を築くことがそれ自体自分の利益になるというのも事実です。
それを考えれば、「独立国家だから自分の思うようにやる」なんて思ってても言う必要なんてないし、むしろ有害になることすらあります。
(もちろん、リーダーが独立国家としての気概を語ることは、選挙に影響する問題ですし、それだけではなく、国民の意識と連帯を高めるという本当の意味で政治の問題でもあって、それが単なる政局の道具に尽きるものとは個人的には思いません。むしろ国の公的な機能の一つという考え方も十分あり得ると思います。でもそれも、絶対的なものではなくて、他のいろんな利益とのバランスを考えてやるべきものでしょう。)
まあ、考えてみれば、これは政治の問題だからという話ではなくて、我々が生きている日常の人間関係、社会においても当たり前、言うまでもないことですよね。

それから、首相、外務大臣、防衛大臣の言動を見ていると、横の調整がまったくないのが明らかですね。この不整合はあり得ないほどすごい。
こういうのは、一見すると本質的な問題ではないようで、実際は非常に重大な影響を及ぼす話です。
特に普天間基地の問題については、相手方の米国からすれば「こんな連中ととても交渉なんてできない」という印象を与えるでしょうね。誰と話しても無駄と思われますから。本当にやらなくてもいいバカらしい失点になってしまいます。

・・・
せっかくなので、言葉の問題のみならず、ちょっとだけ実質に踏み込むます。
基地の問題、最初にあれだけ合意をひっくり返すと大見得を切りながら、実際に交渉にあたるとやっぱり・・・という展開ですよね。
前にも書きましたが、これも、なんか、まずは相手に文句言ってみました、でもダメでしたという、とりあえずやってみました感が激しく漂うんですね。

政権をとる前なら大風呂敷もある程度はしょうがない。でもいったん政権をとったらやはり責任をもった言動をしないとまずいでしょう。最初からダメと分かっているものをダメ元でやってみるというのは下策ではないでしょうか。これも政治だからという問題ではなくて、組織や社会の常識の話として。

米軍再編と基地問題について何度か書いたことがありますが(これとかこれ)、本当のところ私のような素人なんかには何も言えないような複雑で難しい話なんですけど、一つだけ言えるのは、彼ら(米国)はなんと言っても世界戦略を考えているということです。
米軍再編というのは日本だけの話ではなくて、アジア、欧州、中東、米国本土、すべての安全保障の核となる地点を巻き込む話なんです。もちろん一国の内政の話ですから、企業の利益、雇用、組織の論理といったドメスティックな利益も重要ではありますが、そうは言っても世界の警察、安全保障を支える超大国、彼らにとってはグローバルな安全保障を背負って判断する問題ということです。そんな前提で欧州や韓国ともガシガシやってきたわけです。
これに対して、日本としては、とにかく国内の負担の配分をたてに交渉に臨んでいるようにしか見えませんよね。
そうだとすれば交渉の前面に立つ人にしてみれば本当につらい話です。
あちらの世界戦略に対抗できるような自前の安保の哲学やグローバルな安保の戦略なんてものは日本にはないとしたら、よほどの交渉材料を用意しないと、下手したら交渉どころか陳情に堕しますから。
この状況で理屈も方針も材料なく文句ばかり言うようでは、向こうからすれば、身内の事情も調整できずゴネているだけの連中にしか見えないでしょうね。

もちろん、だからといって迎合すべき問題ではないわけで、主張すべき利益は主張し、言うべきことは言う必要があります。
ただ、まずは現実がこういう厳しい構図にあることを分かった上で、覚悟をもってやらないとダメだと思うんですよ。
少なくとも、国内での調整もできないうちに、「対等な関係」とかきれいな言葉をつかって、甘い希望的観測を表に出して、あれこれえらそうに注文をつける状況にはないと思います。
本当にやるなら、それこそ血を見る覚悟で、正面を向いて沖縄の人たちと話し、結論を先延ばしにせず、峻厳な決定を下し、その重い重い責任を未来まで背負わないといけないのです。
ある意味、これこそ政治にしかできないところ、おそらく本当の意味で政治の価値が問われるところなんです。でも、そこまでやる気概と実力がある人が、昔と違って今はなかなかいないというのが現実なんでしょうね・・・おそらく。

・・・
それにしても、国務省の報道官が脅しに近いコメントを出したり、岡田大臣も直前で訪米を中止したり、こんな日米のやりとりは少なくともこの10年くらい見たことがありません。
まもなくオバマ大統領来日ということですが、どうなることか、プロレス的関心からも目が離せません。

・・・
「英語の勉強法」からまたそれてしまいました。次回は元に戻ると思います、たぶん。笑

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