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最近読んだ本とそれと関連する本のご紹介です。
前回の記事の末尾で書こうと思ったのですが、長くなってしまったので別立てにしました。

■ 丹下和彦 『ギリシア悲劇』
昨年出版された本。著者は下記の岩波の『イリアス』『オデュッセイア』の訳者である松平千秋氏の弟子。
基礎的な情報の提供にとどまらず、ギリシア文化の特質とその変遷が著者独自の視点から整理され、明快に述べられています。構成がしっかりしていて素人でも読みやすい。

西欧の思想の特徴として、高次の理念による現実の解釈・再現(=ミメーシス)があげられますが、ギリシア悲劇はその原型の宝庫です。その後の文芸の範型にもなっており、西欧の思想文化を理解したいと思う者にとって大きな手助けとなります。

■ アリストテレス 『詩学』
そのミメーシスから悲劇を論じた古典。
プラトンはミメーシス(というか創作全般)をイデアから離れるものとして批判したが(『国家』)、アリストテレスは人間の本性によるものととらえています。
彼は詩作をミメーシスを基準に分類した上、すぐれた人間を再現する詩作である悲劇を最もすぐれたミメーシスの形式と評価しました。

ミメーシスのみならず、ペルソナ(仮面、役柄)、アナグノリシス(認知)、ペリペテイア(逆転)、カタルシスといった概念は西欧思想の形成に大きな役割を果たしています。また、概念のみならず、物語自体もその後の創作や思想に多大な影響を与えています。
フロイトのエディプス・コンプレックスが『オイディプス王』の物語からとられたことはよく知られていますが、一つ例を挙げると『バッコスの信女』。
これは、ギリシア的理性を体現する王が、宗教家ディオニュソスによって、性欲をはじめとする原初的欲望にのみこまれ、凄惨な死を迎えるという物語です。
ここにはニーチェのいうアポロ的概念とディオニュソス的概念が明瞭に現われているといえると思います(もっともニーチェ自身は作者のエウリピデスを悲劇を殺したソクラテス主義者として非難している。一方、西尾幹二氏はこの作品がニーチェに与えた影響を推測している(『ニーチェ』)。)。

そのアポロンとディオニュソスの対立と一体化をギリシア悲劇の本質として把握し、その再生をワグナーの楽劇のような(当時の)現代芸術に見出したのが、以下のニーチェの処女作。

■ ニーチェ 『悲劇の誕生』
この本はある意味詩作か文芸評論であり(こんなものは学問とはいえないと当時非難され、学者としての未来を閉ざされる一因となった)、思想哲学を主題としたものではありませんが、反ソクラテス的合理主義というその後のニーチェの思想に一貫するテーマの起源を見ることができます。

他にも、ギリシア悲劇の重要な要素であるコロス(コーラスの語源)、ドラマ、デウス・エクス・マキナ、プロロゴス(プロローグの語源)やエペイソディオン(エピソードの語源)などは、現代に続く演劇や歌劇の形式を支える要素をなしています。

合唱や演奏も要素の一つです(台詞の重要性が増すのはソポクレスが俳優の数を増やしたあと)。
ニーチェがワグナーの楽劇に悲劇の再生を見たのも一つにはドラマと音楽の一体性にありました。その合唱や演奏について詳しい説明をしているのがこの本。

■ ウルリヒ・ミヒェルス編 『図解 音楽事典』
音楽に関する理論、歴史、楽曲等あらゆる関連事項を詰め込んだ事典。
ものすごくきれいに整理されていて、使いやすい。歴史に関しては、原始時代から非欧州、ロックやポップミュージックも含めた現代音楽まで一気通関に述べています。
ビジュアルも豊富でどこを読んでも楽しい本。コンパクトですし、一冊あると非常に重宝します。

悲劇の原典を読んでみたいと思ったら、ちくま学芸文庫がまとまっていて良いと思います。

■ アイスキュロス 『ギリシア悲劇1』
■ ソポクレス 『ギリシア悲劇2』
■ エウリピデス(上) 『ギリシア悲劇3』
■ エウリピデス(下) 『ギリシア悲劇4』

ギリシア悲劇はギリシア神話、ホメロスらの叙事詩を題材としています。これらを知って読むと一段と面白さが増します。

たとえば理想の青年像、光、秩序を象徴し、最もギリシア的な神格をもつとされ、上記のとおりニーチェからも理性の代表とされたアポロンですが、悲劇の中には、むしろ死をもたらす暗い神として描かれているものがあります。なぜなのか。それは、実はアポロンがもともとは非ギリシアの神であったためです(現在のイメージは後期ヘレニズムの時代に確立したといわれる)。これを知れば『イリアス』でアポロンがトロイア(ギリシアの敵)を執拗に支援する意味も分かります。

■ ホメロス 『イリアス』
■ 同 『オデュッセイア』
■ 高津春繁 『ホメーロスの英雄叙事詩』
■ モーゼス・フィンリー 『オデュッセウスの世界』
■ アポロドーロス 『ギリシア神話』
■ 呉茂一 『ギリシア神話』
呉氏と高津氏は、上記の『ギリシア悲劇』におさめられている多くの作品の翻訳をしています(呉氏は昔の岩波の『イリアス』(現在平凡社ライブラリー)の翻訳もしていた)。解説も良いです。

ちなみに、アキレウスがパリスにかかとを射られて倒される話や、オデュッセウスの計略で「トロイの木馬」でイリアスを陥落させる話は、『イリアス』には含まれていません。
これらは『イリアス』と『オデュッセイア』の間の叙事詩である『アイティオピス』や『小イリアス』におさめられています。
叙事詩は、ホメロスの2作以外にも6作あり、8作合わせて「叙事詩の環」と言われ、一つの壮大な世界をなしています。アリストテレスも指摘するようにホメロスの2作の完成度は別格のものですが、ギリシア悲劇の題材の多くはこの6作からとられています。

(なお、8作を通じて活躍する英雄オデュッセウスは、最後の叙事詩『テレゴニア』で息子に殺されるという衝撃の末路をたどります。
ついでに余談ですが、『オデュッセイア』には「ナウシカア」という王女(オデュッセウスを迎える重要な役割を担う)が登場します(第6歌)。風の谷の「ナウシカ」の名前の由来はこれです。もっとさかのぼるとギリシア神話に登場する王女「ナウシカア」。彼女は『オデュッセイア』以降西欧文芸において重要なキャラクターとなり、後世においても、ゲーテやジョイスなど多くの作家に取り上げられています。
さらに余談を続けると、「風の谷」のモデルは、K2やカラコルム・ハイウェーでも有名な山岳地帯であるパキスタン北部(中国との国境付近)のフンザ、ギルギット、パスーと言われています。私はずいぶん昔、このへんをトレッキングしたことがあります。似ているかは別として、その自然の美しさは圧倒的でした。)

ホメロスから民主主義の起源を探るという異色の書がこれ。

■ 木庭顕 『政治の成立』
著者は現代におけるローマ法学の第一人者ですが、こういう学術書もあるものなのかと、もしかしたら『悲劇の誕生』を当時読んだ人たちが受けたのかもしれないような衝撃を受けます(笑)。
法学、政治学の専門書という体裁をとっているが、内容はもはや文芸批評に近い。とにかく難解で、自分も「理解した」などとても言えません。でも面白い。常人に追随を許さないような高度の知性、しかしこれにハマってはいけないと思わせるようなあやうさ(笑)。興味のわいた方は手にとってみて下さい。

(ちなみに著者とは何度かお酒をご一緒したことがあります。そこで著書を読んだという話をしたところ、「君、それはすごすぎるだろ」との返答(笑)。「アンタの書いた本でしょ」とツッコミをいれずにいられませんが、まさか私のようなド素人に読まれるとは期待していなかったでしょう。誰かが言ってましたが、まさしく「図書館に置かれるために書かれた本」の一つかもしれません。)

最後に、私事ですが、ずいぶん昔、ピエル・パオロ・パゾリーニというイタリア人監督に興味があって、渋谷のユーロスペースなどで上映機会をとらえては片っ端から見ていた時期がありました(当時はビデオを見つけるのも困難だった・・・もちろんDVDなどなかった)。
共産党での活動、『ソドムの市』に代表されるグログロな作品、同性愛者による惨殺の末路という強烈なイメージに惹かれたのですが、中には、『アポロンの地獄』(原題は『オイディプス王』)、『王女メディア』というギリシア悲劇を正面から扱った作品がありました。前にもちょっと書きましたが、どんな感性と衝動でこんなのを作ったのだろうと激しく興味をかき立てられたものです。

もう一つだけ付け加えると、ギリシア悲劇にはオレステスという重要人物がいます。
トロイア戦争におけるギリシア軍の総帥であるアガメムノンの息子で、アガメムノンが妻のクリュタイメストラに殺されたあと、その仇を討つため、実の母親を殺すという壮絶な運命をたどる人物です。アイスキュロスの『オレステイア』が有名ですがエウリピデスも彼を主人公にした作品を書いています(このように同じ題材が異なる劇にもなるのがギリシア悲劇の面白いところです)。
で、オレステスと聞くと、私はまず西武ライオンズにいたデストラーデという選手を思い出すのですね。当時この選手はとにかく打ちまくっていて、強烈なインパクトがあったのですが、それにしてもこのオレステスという高貴な感じの名前はなんなんだろうと思っていたところ、なにかのきっかけにこのギリシア人の王子のことを知ったのでした。

遠い日の記憶ですが、こんなのもギリシア悲劇に興味をもったきっかけです。

・・・

次回、「英語の勉強法」の続きに戻って、リスニングとスピーキング、関連して単語の収集の補足について述べてみます。

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