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やじゅんのページ/The World according to YAJUN



中東旅行最後の記事です。

■ イスラエル(後編)

三日目は南部のマサダ、死海、ヘブロン、ベツレヘムを回る。

マサダはユダヤ人にとって飯盛山(白虎隊)かアラモ砦かという位置づけのところ。ユダヤ戦争の際、1,000人の兵士が自決したと言われる。ロープウェーでえらい高いところに上って行くと遺跡がある。ヘロデ王の時代の石・泥の遺跡がこんな風に残っているとはと思うと感慨深い。が、観光の時点ではあまりの暑さのためそこまで頭が回らず。

死海に到着。暑さのためほとんど温水プールのような水のぬるさ。体が浮く体験はなかなか新鮮なものだった。しかしちょっと水が顔についてなめただけでものすごいしょっぱさ。顔をつけることすらできない。まして潜るなどとてもとても。Rintaさんのサイトでシルベスター・スタローンが男を見せるため潜って水中で目を開けたらしいと知ったが、本当だとしたらすごい(アホ)と思う。

ベツレヘム。イエス生誕の地。教会の中に生誕の場所があり、星の形で示されている。ランチはここで食べた。パレスチナ人食堂でチキン。これはかなりうまかった。

西岸の都市の周りには分離壁が作られており、道路は閉鎖され、軍隊による厳しい監視によってパレスチナ人の往来がコントロールされている。パレスチナ人はちゃんとした家に住んでいる人もいるが、貧しい人はテント暮らし。とことん貧しい。砂漠にはベドウィンがいてやはりテントのような掘っ立て小屋に住んでいる。こういう生活と最先端の文明が共存しているところが何とも不思議な国である。

(ちなみにイスラエル国民の約20%が非ユダヤ人。しかも非ユダヤ人人口の伸びの方が高い。)

・・・
最後の出発の便が翌朝7時だったので、明け方までテルアビブのクラブとバーを回る。

(注:テルアビブはイスラエル最大の都市で、日本と米国を含め各国が大使館を置いている。エルサレムは国際的には首都として承認されていない。)

なんでもイスラエルのクラブシーンはゴア・トランスに影響を受けているとかで一部の間では結構注目されているらしい。クラブが集中しているエリアに行ってみた。アジア人がめずらしいのかやたら声をかけられる。若者の暴れっぷりが激しいのか通りのあちこちで警察が待機している。たしかに通りもクラブもはじけた若者たちでいっぱいであった。こういうのは万国共通か。ただイスラエルの場合安息日にはすべて活動を停止する。また全員兵役に行く。もっとも徴兵逃れも多く、義務者の20%くらいは兵役に就かないらしい。韓国人もそうだが、20代の貴重な数年間を軍隊で過ごすなんて無理、きれいごとではすまないということなんだろう。

・・・
国土を回って実感したのは、当たり前のことなのだが、イスラエルも砂漠の国なんだな、ということ。エルサレムやテルアビブのような大都市を除けば、砂漠の中に中規模の都市が点在するに過ぎない。その都市でさえも、パレスチナ人の都市かユダヤ人の都市かによっても違うが、多くはそれほど発展したものには見えない。せいぜいテルアビブの高層ビルと活気がそれらしかったくらい。それも米国や日本の都市とは比較にならない(逆にこっちが異常なんだが)。これで一人当たりGDPがトップレベルの国なのかと正直驚いたくらい。実際に見て回った限りではイスラエルの国力や生産力がなかなか肌に感じられなかった。軍事中心の国家だけに民生に豊かさが反映されないのだろうか。

都市があるところは、水のあるところ、歴史的にはオアシスだったところである。イエスの時代から豊かさで知られるガリラヤ地方をふくめ水のある場所は都市あるいは巨大な農場になっている。農場はすべて公有でキブツ(公営の集団農場。外国人(旅行者含む)でも働くことができる。)によって運営されている。イスラエルでは様々な分野で国家による組織化・合理化が進められているが、農場の運営も非常に合理的に見える。実際不毛な土地の多いわりにイスラエルの農業は強力である。その合理化の徹底さ、必死さは、水路を作ってヨルダン川の流れを変えてヨルダンではなくイスラエルに流れ込むようにしたり、67年の6日間戦争でシリアから奪ったゴラン高原周辺に農場を作りまくったところからもかいま見える(ように思う)。

・・・
旅行記はこれで終わりです。ほとんど日記のコピーなので、まとまりもオチもない雑文になりました。でもこれを読んでなにがしか興味をもってくれたらうれしいです。

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中東旅行続きです。

■ イスラエル(前編)
(長くなってしまったので2回に分けます。)

今回の旅行のメインはイスラエル。ここからが真の旅という気分だった。

アンマンから空路で入る。一時間のフライト。あっという間。

エルサレム旧市街の中にある修道院(Ecce Homo Convent)に泊まる。
(「Ecce homo」は「この人を見よ」。『ヨハネの福音書』の19章5節にある一節。)

旧市街は狭い石畳の道が迷路のように入り組んでおり、所狭しと店が並び、終日たくさんの人でごったがえしている。これ自体が文化遺産のようで、こんなのが先進国の首都の中心にあること自体ちょっと驚き。

旧市街の中は神殿の丘(岩のドーム、アル・アクサ・モスク)、嘆きの壁、ゴルゴダの丘(のある教会)など特A級の聖地が目白押し。すぐ外には最後の晩餐の舞台となったシオンの丘などもある。

どれもこれもその精神性の高さから来るインパクトは半端ではない。聖書やユダヤ、キリスト教に対して、宗教心ではなくもっぱら知的好奇心から興味がある自分ですらなにか神秘的な「圧」を感じた。

しかしその精神性を台無しにするような不愉快な連中がいっぱいいるのもまた旧市街。みやげ物屋や古風な店が密集しまくっているのは独特の魅力があるが、ぼったくりやうるさい客引きの多さには観光地くささを感じて辟易した。

宿泊した修道院はヴィア・ドロローサ(注)にあり、建物の造形や景色は最高だった。ただインフラにやや難。バックパッカー歴が長く、安い環境に対する耐性の高い自分には問題なかったものの、普通の人にはちょっと勧めにくい環境であった。

(注)「悲しみの道」=イエスが十字架を背負ってゴルゴダの丘まで歩いた道。宿泊した修道院からゴルゴダまでに14ヶ所のstation(目印)があり、巡礼者のルートになっている。ページ上部にある写真は14番目(最後)のstation。

むしろ新市街の方が個人的には好みだった。活気があり、おしゃれな店やバーがたくさんあって、ほどよく上品。ぶらぶらするだけで非常に楽しい。誤解をおそれず言えば、やはりパレスチナ人、アラブ人が沢山いるところよりユダヤ人中心のエリアの方が快適で精神的にも楽である。

・・・
二日目からエルサレムから離れてイスラエルの北部・南部を移動する。

中東に駐在していた日経の記者の友人から紹介してもらったアラブ系イスラエル人の車で連れて行ってもらう。ガイドとしての知識も豊富な男でなかなか役立った。

まず北部、ガリラヤ湖周辺を中心にヨルダン川西岸一帯、ジェリコ、ティベリアス、カペナウム、ゴラン高原、ナザレに行く。

いずれも新約聖書に登場するA級の名所。イエスが山上で「kingdom of heaven」の説教(いわゆる「Beatitudes」)をしたところ、水上を歩いたところ、パンと魚を増やしたところ、洗礼を受けたところ、聖母マリアがガブリエルに受胎告知をされたところ・・・などなど、聖書になじんだ人にはマジで!?という場所が続出する。

ジェリコはヨルダン川西岸のパレスチナ人自治区。出入りするところにはイスラエル、パレスチナそれぞれの検問所があり軍人が構えているのでちょっと緊張する。西岸には独特の雰囲気がある。パレスチナ人の生活は程度の差はあるが貧しいところが多い。日本のODAで橋を直したという看板が壊されているのを発見。ちょっと悲しい気分になる。

ガリラヤ湖では泳いだ。身も心も清められた気分になる。しかしサンダルを忘れ、焼けるように熱い岩辺を裸足で歩いたため、足の裏を軽くやけどする。このやけどが次の日の死海でちょっとしみた。湖は澄んでいてとてもきれい。魚がたくさんいて、足にぶつかってくる。泳いだ後は魚を食べた。意外とうまい。

ナザレはイエスの故郷(歴史上の人物としてのイエスは「ナザレのイエス」と呼ばれることが多い)。聖母マリアのゆかりのある教会、聖地が多い。受胎告知の教会には世界中の人々が描いた聖母の絵がある。日本人のもある。それぞれ国の特色が出ていて面白い。

途中でしつこい検問に会い、車を降りさせられて長時間身体検査されまくる。しかもアラームが間違って鳴ったとかでいきなり兵士が走り出し、壁際に並べさせられる。何人かの兵士が銃を構えていることもあって、マジでびびる。もっとも間違いであることを最初から分かっていたのか笑っている兵士もいたので、そこまでシビアではなかった。かわいい若い女性兵士が二人いたので写真を撮ろうと思ったが、このアラーム事件ですっかり萎えた。

この日も夜は新市街をうろうろし、遅くなってから旧市街に戻りそのまま寝た。

(次回に続く)

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中東旅行続きです。

■ ヨルダン
ドバイからアンマンには4時間くらいのフライト。

アンマンにはもともと期待していなかったが、その期待を裏切らず、何もない。しかも激暑い。ちょっと歩くだけで消耗する。
仕方ないので、軽く市内観光したあと、ホテルのジムでトレーニングして、(市内では手に入らないため)あらかじめ買っておいたハイネケンのビールを飲み、翌日のペトラ遺跡観光に備えおとなしく寝る。

(ちょっとびっくりしたのは、ドバイもそうだったが、ネット環境が予想以上に充実していること。ホテルでもどこでもネットPCがあるし部屋で無線LANもいける。)

翌日朝6時から夕方まで終日ペトラの観光。アンマンからバスで3~4時間。
ペトラは世界遺産の中でも屈指の評価を誇る名所。 『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』の舞台となったところとしても有名。
学生の頃出会った旅行者たちはことごとく絶賛していた。そのときから必ずいつか行こうと思っていた。

言われているとおり、こちらは真の意味で期待を裏切らない、素晴らしいものだった。
最初は巨大な岩の裂け目を通って歩いていく。この岩が屹立する光景もすごい。異様というか、現実感がないような、不思議な感覚をおぼえる。
岩の間を30分ほど歩いたところで、裂け目から光があふれ、突然エル・ハズネ(ペトラのシンボル的建造物)が姿を現す。この瞬間の感動は忘れられない。
エル・ハズネから最奥にある修道院まで3時間歩く。
途中の建造物もそれぞれ特色があって面白い。よく紀元前にこんなものを造ったものだと感心する。
最後の1時間は激しい上り。ものすごい暑さもあって、とてもとてもしんどい。
でもたどりついた場所の光景は、その苦労に十分見合う価値のものだった。

暑さ対策のためアラブ人がかぶるスカーフを頭に巻いていたが、これが結構役に立った。大好きなアラビアのロレンス気分になったのも良かったかもしれない。よく言われるが、本当に単純で流されやすい人間である。

遺跡内にはレストランがある。神殿を降りて帰る途中に寄ったが、ビールを飲んでドカ食いしてしまう。おかげでそこからの2時間の帰り道はきつかった。

5時のバスに乗り、ホテルに戻ったのは8時半。
翌日のフライトが早朝6時なので、ハイネケンを流し込んでから、早めに寝る。
いよいよイスラエル。

(次回に続く)

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中東旅行続きです。

■ ドバイ
もともと立ち寄る予定ではなかったが、せっかくエミレーツを使うのだからということで、ちょっと強引な日程で一泊した。

ひととおり見てまわった。巨大ショッピングモールやホテル内にスキー場のあるモール・オブ・エミレーツ(ザウスを思い出させるな~)にはそれなりに感銘を受けたが、こんなもんかなあ、という感じ。

豪華ホテルにはなんとなくラスベガスに近い面白さを感じた(クリークが張り巡らされたマディナ・ジュメイラの作りなどベネチアンを思い出した)。
でもそれならラスベガスの方がカジノもあるしショーや食事も上じゃないかと思ったり(私は大のラスベガス好きっ子です。すでに4回行ってます)。

しかもラマダン中だったので泊まったエリアではバーもディスコも閉まっていた。仕方なく夜11時過ぎにふたたび20分かけてタクシーでジュメイラ・ビーチ(高級リゾートエリア)まで繰り出す羽目になる。メンドクサイ。最初からジュメイラ・ビーチに泊まっとけってことなんだけど。

あと細かいことだけど、ダウンタウンではタクシーがなかなかつかまらない。日中はとにかく暑いので外でタクシーを探すだけで消耗する(もっともこれもジュメイラ・ビーチに泊まれば生じない問題ではある)。

ちょっとテンション低めに書いてしまったが、本来はカップルや家族連れで楽しむところ。今回は雰囲気を感じるだけだったので元々それほど期待は高くなかった。そう言う意味では想定の範囲内。

それに水上にホテルやエンターテイメント施設(世界をそのまま再現する予定という「The World」など)を作っていて、セレブも別荘を造っているらしいが、そんな建設ラッシュを目の当たりにして、まだまだこれから盛り上がるという昂揚した感覚は見てとれた。世界最高の高さを誇る(予定の)ブルジュ・ドバイもまだ建設中。 まだまだこれから!という旬な活気を求めるには面白いところだろう。あとマリンスポーツやスパなどを楽しむのはここだけの魅力があると思う。もちろん、お金を使えば使うほど楽しめるところではある。庶民にはブルジュ・アル・アラブには泊まるどころか入るのもちょっと敷居高し。

ラスベガスの方が庶民的で新鮮味がないと言われるとそうかもしれない。でも私だったら、たとえば新婚旅行、どっちか選べと言われたらラスベガスですね。楽しいですから。3回は車で行ったのだが、何もない砂漠の夕闇の中に光のかたまりが見えてくるときのワクワク感はたまらない。カジノもあるし。←しつこい。

(次回に続く)

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9月中旬の一週間、UAE(ドバイ)、ヨルダン、イスラエルを旅行してきました。

最初は西アフリカ(セネガル、マリ)に行こうと思って予定を立てたのですが、飛行機代のあまりの高さに断念しました(原油代のサーチャージだけで8万円くらい余分にかかるという・・・)。
どうしようかと思っていたところでふと気づいたのは、中東はそこそこ色々な国を回ったことがあるのに、イスラエルにはまだ行ったことがなかったということ。

イスラエルという国は普段の我々の生活から縁遠いところです。イメージもしにくいかもしれません。しかし、この国は色々な意味ですごいところです。世界における影響力はもちろん、政治社会文化歴史あらゆる意味で、半端ではないスケール、そして魅力をもっています。
歴史に関して言えば、独立以降のドラマチックな現代史も大きな魅力ですが、遡れば、古代文明、さらに聖書の舞台そのものとなった地です。一つ一つの地域・都市・建造物などに大変な重みがあります。(自分も含め)聖書好きな人にはこたえられないでしょう。
なにがしか現代の世界の動きもしくはヨーロッパの文明に興味を持っている人であれば、イスラエル(とユダヤ人)についてちょっと勉強してみることを勧めます。必ずや心を動かされることと思います。

そんなわけでイスラエルいこう!と思うに至ったところ、そういえばヨルダンのぺトラ遺跡を見てないなと思い、さらに、ヨルダンに行くならエミレーツ航空をつかえばドバイ経由になる、そしたらドバイもちょっと見られる、ということで、冒頭の日程になりました。

以下ほとんど日記のコピーですが、簡単な旅行メモを残しておきます。

■ エミレーツ航空
はじめて利用したが噂どおり非常に快適。
エコノミーでも比較的スペースが広め。ご飯もおいしい。

映画がオンデマンドで300本くらい見られる。やったら渋い古典や最近の日本映画まである。しかも着陸直前まで見られる。
何本も見たが、そのうちの一つが『インディ・ジョーンズ クリスタルスカルの王国』。これから行くヨルダンのぺトラ遺跡が『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』の舞台になっていたことと不思議な因縁を感じた。(ただし映画はそれほど面白くなかった。あの音楽、あのアクション、たぶん今までのインディとまったく同じなのに。それが白々しく見えるのは、今の時代になってあれはないだろうということなのか。それとも自分が年をとったからなのか。)

トランジットのドバイ空港にはエミレーツのトランジット客だけが入れるレストランがあり、ただで飲み食いができる。太っ腹のサービス(メシは大したものではないけど)。
ドバイの空港は無線もバリバリ入る。トランジットが長くても何とかもつ。

ただ帰りの便は、機体が古かったためか、座席が狭く映画の数も少なくオンデマンドでもなかった。むう・・・。

(次回に続く)

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