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やじゅんのページ/The World according to YAJUN



今朝の日経新聞で以下と趣旨を同じくする記事を読みました。

「援助全体の倍増を」 ボノさんが福田首相批判 (5月29日)
 アイルランドの人気ロックバンド「U2」のリードボーカルで、アフリカ支援活動で有名なボノさんは28日声明を発表し、アフリカ開発会議(TICAD)で福田康夫首相が打ち出した対アフリカ政府開発援助(ODA)を倍増するとの支援策について「2国間のODAだけでなく、国連などを通じた多国間のODAも同時に倍増すべきだ」と批判、援助全体を倍増すべきと訴えた。(共同通信)
(出典:exciteニュース

これはまあ、残念なことですよね。TICADという一大イベントを盛り上げるためにせっかくこれだけの大物に来てもらったというのに、かえってこんな風に水を差されてしまっては、さぞ日本政府も当惑したというか、がっかりしたのではないかと思います。

以前、この記事で触れましたが、日本の途上国への支援は、金額や内容もさることながら、約束したことは必ず守る(プレッジした金額を最後まで支出する)という点で高く評価されています。これは口約束に終わることのままある欧州の国々との大きな違いです。また、この記事で書きましたが、日本のODAの現状は、アジアを含めて全地域的にきわめて厳しい状況にあります。その状況にかんがみれば、アフリカ支援を倍増するということがいかに大きな決断であったか推察できると思うのですが、その重みを分かってもらった上での声明だったのか、ちょっと疑問を感じずにはいられません。

批判の正確な内容が分からないので(声明を探したのですが見つかりませんでした)なんともいえませんが、二国間ではなく国際機関を通じた支援でないとダメとまでいってるとしたらそこまで言うのはどうなんだろうと思います。最終的に受入国の利益になればいいのであって、バイとマルチは手段に過ぎず、それぞれの強みを生かしてやるのが重要ということですよね。国際機関を通じた支援というのは、日本の場合、イラクとかアフガンのように直接乗り込んでいって支援しにくいところを仕方なくやるという面もあって、二国間で直接日本の力が発揮できるならその方が良いという分野もあります。国際機関を通すと日本のコントロールから離れてしまうということもありますし。あと、日経の記事によれば、日本の「倍増」の表現が「誤解を招くもの」として批判されているとのことですが、こういう支援の拡大というのは、色んな意味で、むしろできるだけ大きく見えるように発表しないといけないと思うんですよね。

とにもかくにも、これだけの大物、しかも文化人ともなるとコントロール不能のリスクはつきものですが、わざわざ呼んできた人にこんなことを言われるのはショックが大きかろうと思います。私は高校生の時からU2が好きで、当時『War』とか『The Joshua Tree』を聴いて感動してました。またボスニア・ヘルツェゴビナを訪れたとき、紛争直後の状態なのにツアーにやってきたU2を偶然に見る機会があり、立派だなあと思ったものでした。しかし、ジュビリー2000とか見ても、これだけのカリスマが政治に関わると非常に大きな影響力を行使することになりますから、ちょっと難しいときもあるのかなと感じるときがあります。まあそれはそれとしても、日本に対する批判が正当な論拠に基づくものなのか気になるので、機会があったら確認してみたいと思います。

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このところずいぶん暑くなってきましたね。冬か夏かと問われれば、私は圧倒的に夏派です。海とか水着とか青い珊瑚礁とかTUBEとか、そんな浮かれた雰囲気がなんともいいんですよね。そんな私が高校生の頃読んだ伊藤整の「青春について」にこんなくだりが。

「大学生活、ダンス・パーティー、クリーム・ソーダ、・・・湖畔のキャンプ小屋、ビーチ・パラソル・・・少女との出会い、そのような甘美なイメージを甘美なものとして受け取ることの中にある青春を、わたしはにせ物であると断定する。」

「断定する。」

ウホッ!断定されてしまった!うすうす分かってはいたものの、まさに自分のイメージを図星に言い当てられた思いがしたのですね。表象に踊らされる自分の底の浅さにがっかりしながらも、でも、すいません、僕はまがい物でもいいんです、許してください、と最後は居直ったり(笑)。それにしてもこの伊藤整の挙げたイメージの箇所は力のこもり方が半端じゃなくて、ほんとはこの人こういうのが好きなんじゃないかと勘ぐったり。クリームソーダですよ。そんなのも否定されるのか。いや「青春について」はとても感動的な作品なんですけどね。ほんとですよ。

このところずっと余裕のない状態が続いてきたのですが、最近になって少しずつ落ち着いてきました。そんなこともあり、だいぶ前に買っておきながらあえて封印していた宇多田ヒカルの『Heart Station』をようやく開封。ドラマ『ラスト・フレンズ』の主題歌「Prisoner of Love」、いやあ、なんていい歌なんでしょう、これはなんかもう聴くだけで切なくなります。本人のインタビュー曰く、宇多田ヒカルの王道の曲だそうで、「Wait & See~リスク~」にそっくりになったとのことですが、まさにその「Wait & See」が一番好きな私にも合点がいきました。しかし尽きることなくこんな作品を生み出し続けて、まあ本当に天才っているもんだと思いますね。ドラマもこの歌と非常にマッチしていて、特に初回のOPの映像は素晴らしかったと思います。のだめと似ても似つかぬ上野樹里のシャープな演技も圧倒的です。

ところで前回ちょっと言及しましたが、この梅田望夫さんの記事は印象的でしたね。消費ばかりでなく生産をしてこそ本当の知的生活であるという大きなテーマから、本の端を折るといった小さな技術(?)まで、自分が漠然と思っていたことをそのまま文字にしてくれたように感じられる文章で、ただうなづくばかりでした。

私は昔から、『知的生活の方法』とか『知的生産の技術』といった類の本を読むのが好きで、なるほどねえ、こういうのいいよなあと刺激を受けながら(ちょっと違うのでは?と思うところもたくさんありましたけど。特に前者は。)、しかしなんと言ってもこういう発信をする人たちというのはやはり特殊な人たちであって、自分のような市井の人間には縁遠いというか、しょせんは消費する側なんだよなあ、なんて思っていたものでした。しかし今の世の中、やろうと思えばいくらでも世の中に自分の考えを形にして出せるようになって、あとは自分次第、やるかやらないか、というだけの状況になっているんですよね。すごいことだよなあと思います。私なんかも大したことはできませんが、自分を磨くためにアウトプットを作るというのは確かにそれ自体意味があると思ったりします。

そんなわけでなにも付け加えられることがないのですが、一つ強引に述べますと、記事の冒頭に出てくる田中正敏さん、この方は私の友人なんですね。大げさな言い方をすれば仕事の担当をしていただいたこともあります(失笑されるくらい大げさな言い方ですが)。突然お名前を見てびっくりしました。梅田さんと仕事をしているとは話を聞いていましたが、こんな立派な記事をまとめて、ほぼ同い年の方なのに、プロの編集者の知的生産力というのはすごいものだと思いました。

そんなことを雑漠と思いながらも、『ラスト・フレンズ』にとどまらず、つい『ルーキーズ』、『絶対彼氏』、さらには最近始まった『CHANGE』にまで手が伸びてしまう私です。お笑いでは最近『水野キングダム』にうけています。この番組のおかげでTOKYO-MXなる放送局も知りました。それにしてもこのチャンネル、変わった番組ばかりやっていて、独特の感性がとても気になる。気になってどうする(笑)。やはり知的生産からはほど遠い、根っからの消費人間のようです。

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先週は北京五輪のチームスプリント代表が発表され、私が敬愛する長塚智広さんが代表に選出されました。もともとの実力からすれば当たり前の結果ですが、色々な事情があって最後まで予断を許さなかった模様。それだけにうれしさもひとしおです。おめでとうございます。ご本人は金メダルを強く意識しているようですが、どうか自分なりに納得いくレースをすることに専念して、がんばって欲しいと思います。

さて、北京五輪を前にして実現した胡錦涛主席の訪日について。先に言っておきますと、仰々しいタイトルの割に内容はスカスカです。期待はしないで、軽く流してください。

充実した日程を組み、全般的に非常に順調にいって、まずは良かったというところのようですね。中国の国家主席の訪日なんて10年に一度の大行事、餃子やチベットの問題があり、しかも前回の江沢民訪日は大きな傷跡を残していただけに、関係者の人たちは安堵したのだろうと思います。

胡錦涛主席は、手堅い、そつない、実務的な人と言われますが、今回の訪日でもまさにそんな安定感全開だった様子で、江沢民前主席とはずいぶん違う印象ですね。温家宝総理もそうですが、まだ英雄としての側面を残していたアクの強い第三世代とは対照をなす、現代中国の集団指導体制を象徴する指導者といえましょうか。とはいえ、なんといってもあの中国において、すさまじい権力闘争の場で勝ち抜いてきた百戦錬磨の政治家です。卓球のパフォーマンス一つとっても、さすがの役者ぶりといいますか、尋常ならぬ凄みと迫力が伝わってきます。これに太刀打ちできる人は我が国にそうはいないでしょうね。国の性格も違いますし、しょうがない面もあるとは思いますが。

チベット、東シナ海、パンダなど数多くのポイントがあった今回の訪日ですが、注目される点の一つは、なんと言っても4本目の歴史的文書、共同声明の発出と思います。個人的に見て思うのは、よく中国がここまで認めたなあ、という全体を貫く協調のトーンです。ちょっと前の中国にはここまで書けなかったのではないかと思わる内容です。いかに今の中国が日本との良好な関係を求めているかという、前向きなメッセージが読み取れると思います。

ただ、歴史的文書のわりには、事務的な文章で、ちょっと細か過ぎるような気もしますね。もうちょっと格調高さや哲学を意識しても良かったと思うのですが、これも指導者の実務的な性格を反映しているのでしょうか。

一般的に言えば、現代の外交は、こういう機能主義・合理的・非属人的な付き合い・交渉の占める割合が高くなっていて、情報技術の発展やグローバル化、中国その他の国家の近代化・制度化の進展にともなって、その流れはこれからますます進んでいくように思います。もちろんそれが悪いということではなく、予見可能性が高くなることや一時的なブレのリスクを少なくするという利益を確保する観点から、望ましいことと思います。ただエキサイティングさには欠けるかもしれませんね。私なんかは外交を個人の趣味やおもちゃのように扱うのは好きではない人間なので、あまり気にならないのですが、こういう流れをさびしく思う人もいるかと思います。

話がそれました。共同声明、色んな要素がつまっていて、内容の濃い文書ですが、ここでは誰もつっこまなさそうな、はっきり言ってどうでもいいところをあえてつっこんでみます。

「両国首脳の定期的相互訪問のメカニズムを構築し、原則として、毎年どちらか一方の首脳が他方の国を訪問する」とあります。

ぱっと読むと、日本側の総理大臣と中国側の国家主席が相互に往来するように見えますが、そうではないんですね。ここで言う「首脳」とは、日本側は当然内閣総理大臣のことですが、中国側は国家主席と国務院総理の両方を指します。つまり胡錦涛か温家宝のどちらかが来れば良いということになります。

そうすると中国には「首脳」が二人いるのかと思われるかもしれませんが、イエスでもありノーでもあります。意外と知られていない(と私が思っているだけ)かもしれませんが、中国の理解では、中国国家主席の日本側カウンターパートは内閣総理大臣ではなく、天皇なんですね。福田総理のカウンターパートは温家宝国務院総理になります。国家の指導者である国家主席は実務のトップである国務院総理とは格が違うということです。福田・胡錦涛会談は「首脳会談」と言われますが、中国にしてみれば、厳密に言えば対等な「首脳」間の会談ではないわけです。

だから?と言われるとそれまでの話なのですが、確かに実体面での話ではないとはいえ、こういうプロトコールは、外交の世界ではまったく影響がないのかと言われると、そうでもなかったりするもので、たとえば次はどっちが行く番なのか、とか考えるとき、カウンターパートの往来の状況が今どうなってるのか、というのは一つの考慮要素になったりします。もちろん絶対的な要素でもなく、トップの決断でいかようにも変わる世界の話なのですが、少なくとも事務レベルで詰める段階では一つの考慮対象とされるものではあります。

それと、えらく長い共同プレス発表が出ていますね。これも一見要素をだっとならべただけで不格好な感じですが、現在における協力の状況を整理してお互いが記録にとどめておくという理由のほか、プレスに対して必要な情報を文面で提供しておいて、質問を受ける手間を省くという実務的な理由もあろうかと思います。何しろ大変なイベントですから、効率を考えないと大変なので。ただこれも共同文書ですから、事前に日中間ですりあわせが必要で、これだけ長く内容のある文書だと本当にまとめるのが大変だと思います。こういうプレス発表というのは共同記者会見と同時のタイミングに出すものなのですが、今回ちょっと遅れてしまったみたいですね。関係者の苦労がしのばれます。

相変わらずジジくさい内容になりました。面白くもなんともないですね。不勉強のため気の利いたことの一つも言えません。この梅田望夫さんの記事、大変興味深かったので次回取り上げる予定ですが、このメッセージを糧に、もっと勉強して、刺激のあるものを書けるように努力したいと思います。

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