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やじゅんのページ/The World according to YAJUN



私事ですが、最近職場が変わり、ちょうどそれに合わせる形で引っ越しました。引っ越し先は文京区で、私の母校の近くです。家具やテレビなどほとんど新しいものに変えて、心機一転、なかなかすがすがしい気分になりました。

このところひどい忙しさでまったく余裕がありません。どうなっとんねんと日々一人ツッコミの状態です。いや、忙しい忙しいなどと言うのは元々好きではないのですが(みんな忙しいんですからね)、自分的には明らかにキャパを超えてます。あまりのひどさに、人は何のために生きているのだろう?と根元的な疑問を抱かずにはいられません。と、こんな風に書くとなんだか暗いトーンになりますね。大変ですけど、そんなにつらいとは思っていないので大丈夫です。まあ、仕事自体は中身だけを見れば面白いことも多いですし。近いうち中東、それもこれまで行ったことのないところに行く予定で、それも楽しみです(これも準備の重さを考えるとう~んという感じですが)。この状態をずっと続けるものか分かりませんが、何にしても、目の前にある課題には全力で取り組むつもりです。どんなことでも手を抜いて自己嫌悪になるのはイヤですからね。一見無駄なことでも、世のため人のため、というより、何よりも自分のためにと、いい加減な仕事だけはしないように頑張るつもりです。いやー、ポジティブだなあ~(と言い聞かせる)。

そんな状態のため、コメントにお返事を書くことがなかなかできません。示唆に富むご意見をいただき、レスも書きたくてたまらないのに、残念です。これもいい加減にお返事はしたくないと思うと、足りない頭を使わなくてはならず、今の自分にはその頭を使うだけの余地がないのですね。どうもすみません。そのうち折を見て必ず書きますので、しばらくお待ち下さい。

ところで昨日はとある用事で多摩に行きました。はじめてだったのですが、なかなかしぶい、というかさわやかなところでしたね。何というか、自然があってそこそこ活気のある店があって、なんだか心落ち着いてしまいました。西武多摩川線も、やたら長い車両とかどっかの田舎風のホームとかなかなか味があって趣深かったですね。こういうところに遊びに来るのもいいなあと思いました。さらにこの日の夜は尊敬する仲良しの社長さん(最近WBSに出たそうです)と仕事のこと人生のことなど語り合い、とても有意義な一日でした。消耗していた心が癒されましたね。

と簡単な近況報告に終わりました。今週もやらなくてはならないことが山積みで、どうなることか戦々恐々ですが、まあ何とかなるでしょう。何とかならなくても世の中どうにでもなるものです。そんな風に適度に脱力した気持ちでがんばっていきたいと思います。皆さんも色々ご苦労たえないかと思いますが、疲れない程度にガンガンいきましょう。

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連休、皆さん旅行でもされたのでしょうか。私は基本的に東京近辺をうろうろして終わってしまいました。なんだかあっと言う間に終わってしまった気がします。次の連休はいつなのかなあ、夏休みか・・・うーん、遠い・・・。

その連休中にあった総理の訪米と中東訪問。両方とも意義深いイベントだったようですね。特に中東訪問は、訪米と比較するとアテンションがそれほど高くなかった気がしますけど、今後のフォローアップなどを考えても、非常に画期的で意義ある行事だったのではないかと思います。昨年は小泉総理の中央アジア訪問が実現しましたが、中東や中央アジアの重要性と注目度は近年かつてないほど高まりつつあります。必ずしも十分なリソースがこれまで割かれていたとはいえないこれらの地域に対する外交は、ある意味で成熟した対米、対アジア外交と異なり、色んなことができる余地があるでしょうし、アイディアも求められていると思います。だからといって決して易しい話ではなく、生半可なやり方では太刀打ちできない難しい分野ではあるのでしょうが、これからどうなるか、期待も込めて注目したいところです。

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さて、この導入と直接関連ある話でもないのですが、今回は外交の優先順位といいますか、資源配分とか、難しく言えば多角的な視点から見た二国間外交とか、そういった話について書きます。抽象的な話で、あまり整理されてませんが、ニュアンスくらい伝わればと思って書いてみます。

世界にはお互いに仲の悪い国が沢山あります。それも、中東などのようにパワーとパワーでガチンコにぶつかっているところだけではなくて、米国や欧州のような他国と成熟した関係を築いている国々でさえ、相当折り合いの悪い国があります。その中で、日本は敵らしい敵をつくらず、基本的に誰とでも仲良くやっています。うまく付き合っていると言えるでしょう。「仲良きことは美しきかな」、一般論として、これはとても良いことです。

しかし、争いを避けて、誰とでも仲良くしていればいいのかといえば、これがなかなかそうはいかない局面があります。例えば、米国はイラン、シリア、パレスチナ(ハマス系)、ミャンマー、カンボジアなどに対して非常に強い懸念をもっています。どれも民主主義、人権といった価値観において大きな問題を抱え、そして、日本も少なからず利害関係を持っている国々です。日本はこれらの国々と直接に深刻な問題をもっているわけではないのですが、気を付けないと、米国との関係で、いわば「地雷」を踏むことになるおそれがあります。もちろん、米国の懸念(関心)にも度合いの違いがあって、それによって要する注意の度合いも異なってくるのですが。例えば少なくとも政府レベルではアジアよりは中東に重点がある一方、議会ではアジアに強い関心のあるマコーネル議員のような議員や一部の議員が在米アジア人と強いつながりをもつ点には注意が必要です。

こういう話をすると、こういう問題のある国々だって話せば分かる、米国にも問題がある、日本は米国と異なる立場にあるのだから、米国に配慮しながら、友好関係を維持するのが良い、といって終わることが多い気がします。一見もっともな主張です。ただ、このような「全方位外交」「八方美人外交」というものを疑問なく是とするのは、結構問題があるような気がします。というのも、日本にとって最重要の同盟国である米国との関係と両立できないため、峻厳な判断を迫られることもあるからです。

大ざっぱな言い方をすれば、ある国(例:米国)を自分の友達と思って付き合うのであれば、その国が敵視している国(例:イラン)とどう付き合うかは、すごく慎重に考えないといけません。欧州のような軽い友達であれば適当にやれば良いのでしょうが、米国のようなマブダチの場合、これは深刻な問題になります。日本にしてみても、例えばイタリアなんかが北朝鮮と国交があったり、他の欧州の国が甘い姿勢を見せていても、まあそんなには気になりませんよね。しかし、米国が同じことをしたら、それはまったく話が違ってくるでしょう。テロ支援国家指定解除の問題にしても到底看過できることではありませんよね。それと同じことです。悪の枢軸を拡張した圧政体制(キューバ、ミャンマー、ベラルーシ、ジンバブエ)の発言などでも分かるとおり、米国は米国なりの「許し難い」と思っているところがあります。そこに迂闊な対応をとれば、米国だって「オイオイ」と思うのは、ある意味当然のことです。乱暴な言い方をすれば、ヤクザのような存在に対して、「争いを避ける」ためだけに妥協を重ねて良いのか、そういった姿勢はヤクザに立ち向かっている人からはどう見えるのか、ということです。

日本は独立国なんだからやりたいようにやればいいじゃないか、それに、そんなに切迫した話なんですかね?と思われるかもしれませんが、これがなかなかセンシティブな話で、一筋縄にはいきません。まじめな話二者択一を迫られるほどの場面もあります。こういうところでぎくしゃくすると色んな場面に波及してくるのです。もちろん米国と仲良くすることが最終目的ではないのであって、ぎくしゃくしてもそれを超えるメリットがあれば、全体的な見地から多少の冒険をする余地はあります。しかし、この辺の判断は本当に難しいと思います。これまで何度か私は「外交のリソースは限られているので、何でもやればよいという姿勢は問題。プライオリティ付けを考えて、有効な資源配分をしないといけない。」といった趣旨のことを述べてきたのですが、この米国との関係と他の国々との関係というのも、一つの具体的な局面と言えるでしょう。

だからといって、別に米国といつも同じことをする必要があるというわけではありません。独立国としての日本の判断は米国も尊重していますし、何もかも一緒にやることを期待するのはナンセンスです。ヤクザに優しく接することも、なぜ優しく接するのか、そこにはどういう意味があるのか、ちゃんと説明がつけば問題はないのです。ただ、あえて米国の方向性に背くことをするのであれば、少なくともちゃんと説明のつくやり方でやらないといけない、ということです。

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もっとも、米国の政策も、それが合理的であるという保証はなく、間違いもあるし、また客観的に見てお世辞にも「公平」とはいえず、ダブル・スタンダードがあることは明らかです。さらに、時の事情によってブレまくります。大統領の個性はもちろん、政権のスタッフや議会の力関係によって状況は刻一刻と変わります。米国の方針が一貫しているとか、将来にわたって継続するなどと考えることは、決してできません。まあ、今の日米の信頼関係からすれば、かつての米中ニクソン・ショックのように事前連絡なく裏をかかれる、ということはないでしょうが、重要なシグナルを見落として、赤っ恥をかくということだけは避けるべきです。このため情報収集が非常に重要になります。

これは余談になりますが、この手の情報収集においては、政府関係者のみならず民間にいる人が持っている知見・情報が付加価値を持ち得るように思います。ご存じの通り日本の情報機関の力は不十分です。どうしても他国(米国)からの情報提供に依存せざるを得なくなりますが、そのようなネットワークに加え、米国の有識者とコネクションを持っている学者や商社や金融機関などマーケットを通じて情報を得る人たちから情報を提供してもらうことも有益でしょう。ここで力を発揮するのは、公開情報や伝聞などの二次的な情報を収集して机上で分析するような評論家や学者ではなく、生きた情報を持っている人々、つまり現地の事情に精通し、人脈があり、付加価値のある情報をとれる人たちです。普段閉じたルートで情報をとっている政府の人間から見ると新鮮にうつる情報やコネクションをこういう人たちは持っていたりします。だから理論家や政策論者よりも、特定の地域の専門家あるいは現地支社で勤務していたりマーケットを通じて情報をとるビジネスマンの方が重要な役割を発揮できます。

よく政府外の有識者やシンクタンクの活用とか発展がどうだという議論を聞きますが、政府のルートでは得られない現状分析のための情報の補充や整理といった、政府の側から見て確実にニーズのある分野からまず埋めていくのが合理的なのではないかと私は思います。理論やポリシーの提案も結構ですけど、それは政府内の人間も検討できる(しかもはるかに充実した情報に基づいてできる)ので、切迫した必要性があまりないのではと思ってしまうのです。そもそもアイディアで商売をするのであれば、まずそれを売る側が、カスタマー(この場合政府)の欲しているものが何かを考えるべきです。要するに実務ですぐに活用できるもの、「使える」ものを提供するということです。これは実は米国のシンクタンクのたどってきた道でもあります。このへんの需給の食い違いが実務家の人とそうでない人との間にあるギャップのような気が個人的にはするのですね。素人の印象ですが。

話がそれました。当たり前のことなのですが、米国は常に正しいわけでも全能でもありません。いつもいつも米国は正しい、米国に怒られないようにしないとと考えるのはナンセンスです。ただあえて一点付け加えると、米国の敵視政策は、もしかしたら「米国は例によって横暴で、ちょっと生意気な国々に不寛容なのだ」と思われる人もいるかもしれませんが、大概の場合、それはそれなりの理由があるのです。例えばこないだシリアのバシャール大統領がNHKのインタビューに出てたのをたまたま見たのですが、番組における同大統領の振る舞いは非常に立派なもので、この特集を見た人はもしかしたらかなり好意的な印象を持つのではないかと思いました。しかし、こういう断片的な報道でイメージを持つことは危険です。シリアがどういう国で何をやってきたのか、バシャール大統領(と父親のアサド前大統領)がどういう人なのかを知るには、たぶん日本の普段の報道に接しているだけでは不十分で、結構意識して調べないと分からないだろうと思います。米国と比べてこのへんの情報は日本ではどうしても他の情報との兼ね合いで制限され、正確なイメージを持つことが難しくなっています(このへんに日本のマスメディアの問題の一つがあるように思います)。米国にも色々な問題はありますが、米国が敵視している国の方にも相当深刻な問題があることを見過ごしてはいけないと思います。ただ争いを避けて仲良くしていればうまくいく、という発想は、大筋において間違っているとは思いませんが、個別の局面において本当に有効なのか、ちゃんと考える必要があります。

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大ざっぱでわけのわからん説明になってしまいましたが、要するに言いたかったのは、「全方位外交」というのは一見誰の異論もない正しいもののように見えるものの、決してそれ自体を絶対的に「良いもの」として考えていいわけではない、ということです。誰とでも仲良くすることが正しいのは自明のようで、実はそうではない、国家間の関係というものはとっても厳しい世界で、少なくとも他の国も同じように「仲良くやっていこう」とナイーブに考えていると、痛い目にあうよ、ということです。こういう話は、日本では過激な意見?として扱われるためか、あまり耳にしない気がします(私のアンテナが低いだけかもしれませんが)。抽象的な話で終わってしまいますが、この辺の話は追い追い敷衍していきたいと思います。

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