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やじゅんのページ/The World according to YAJUN



ついに安倍新総裁が選出されましたね。色々な新構想も出されて、周囲の期待も高まっているようですが、まずは来年の参議院選挙に勝つことが至上命題になるのでしょうから、このまま人気を保ちたいというのが本音のところかもしれませんね。特に大きなプランほど政権の基盤が確立しないと本気で進められないでしょうから。

取りざたされている新構想のうち、個人的に気になるのは日本版NSCの創設です。どういうものを想定されているのか、まだ見えてこないようですが。まあ、「New Star Creation」でないことくらいは確かですけど・・・(さむ~!笑)。すでに存在する(があまり機能していない)安全保障会議との関係はどうなるのか。「NSC」という名前の通り米国にあるNSCのようなものを作るつもりなのか、経済財政諮問会議のように有識者を入れた会議体を作るのか。海外経済協力会議のような検討会を作るのかもという報道もあります。

ちなみに米国のNSCというのはどういうものなのか。検索しても意外と説明は少ないみたいですね。ネットの情報を見ると、文字通り安全保障に関係する政権のトップが集まる「会議」のように見えますが、ご存じの方も多いと思いますけど、NSCといえば、普通はどっちかというと、偉い人の集まる会議ではなく、その会議の下にある常設の事務局のことを指します。要するに会議というより国務省や国防総省と並列する機関みたいなものなのです。機関に所属するスタッフには所掌があって、日本のお付き合い先であるアジア上級部長やら日本・朝鮮部長やらというポストもあります。ちなみにwikipediaには「常設のNSCがどこに置かれているか」は不明とありますが、少なくともNSCのスタッフはホワイトハウスの敷地内の建物でフツーに勤務してます。

職員はあまり多くないのですが(300人くらい?(修正:数年前の調査によれば200人とのこと))、この機関のすごいのは、その大部分の職員が政治任用、しかも様々な分野における一流の学者・専門家であることです。よく米国の行政機関は幹部職員が政治任用のため政権交代のたびにごっそり入れ替わると言われますが、そうはいっても国務省や国防総省のような膨大な事務作業が要求される大組織においては、プロパーの職員(つまり官僚)の割合が圧倒的に多くて、入れ替わるのは課長級より上の人というイメージです(そのレベルでも実質的に入れ替わらない人も沢山いる)。ところがNSCのスタッフは原則として官僚ではなく、有識者です。有識者が官民をいったきたりする米国のシステムは回転ドアと言われますが、それを実現するためには当然政府内にポストがないといけないわけですけど、NSCの中には有識者を吸収するポストがたくさん用意されている、ということもできると思います。実際、私が米国の大学にいたとき、NSCで働いた(もしくはスカウトされた)ことがあるという先生が何人もいました。

国務省や国防総省があるのになんでそんな機関があるのか?といえば、外交と国防の統合・調整というのが一番もっともな理由ですが、同時になんと言っても重要なのは、大統領が機動的な安保チームを自分のお膝元に置いておきたい、ということがあるからです。形式的には政権の一部として大統領の下にあるとはいえ、国務省や国防総省のようなあまりにも巨大で独自の歴史がある官僚組織はやっぱりちょっと使いにくいみたいなところがあるわけです。だから大統領は、就任すると自分が個人的に信頼する人をまず安全保障補佐官に任命し(ライス前補佐官はブッシュ大統領の家庭教師のような存在でした)、さらにその人を支えるスタッフをどんどん集めるわけです。そうすることで、組織の論理ではなく本当に大統領の意向を汲んで、しかも専門的な知見を発揮し、さらにそれを実務の形に体現できる(ペーパーに落とせる)人材をそろえることが可能になり、大統領のトップダウンが実現するというわけです。

当然のことながら、所掌分野がかぶるため、NSCと国務省の意見が折り合わず対立するということもままあるわけで、バンディ+ロストウ対ラスク、キッシンジャー対ロジャース、ブレジンスキー対ヴァンスといった大物同士の激突は有名です。こうした個人の知性やプライドが前面に出て、その苛烈なせめぎ合いで政策が決まるというのが、良くも悪しくも米国らしいといいますか、政治任用システムの一つの帰結といえるかと思います。

付け加えれば、この政治任用のため、米国の場合、政権にいる人の影響力は、ポストのみならず、その人の個性によるところも大きいといえます。例えば同じNSCアジア上級部長でも、マイケル・グリーンのような日本とのパイプが太い人が担当している場合とそうでない人が担当している場合とでは働きかけの効果が違うでしょうし、アーミテージ氏のような人であれば、国防総省にいようが国務省にいようが、そんじょそこらのアジア担当高官などよりも、よほど頼りになる存在になったりするわけです(「米国新政権の東アジア担当チーム」を参照下さい)。

このような属人性の強さは、個人力よりポストで勝負する日本の官庁とはずいぶん趣が違います。お分かりになる方も多いと思いますが、どうしてこのような違いが出るかといえば、政治任用の場合、自分の発言や行動に対してその人個人が責任をとれるからです。かりに組織の意見と食い違っても、自分を任命した人(形式的には大統領)の支持があれば正当化されるので、結構大胆(乱暴)なことができてしまうわけです。ところがプロパーの職員(つまり日本の官庁の職員)というのはそういうわけにいかなくて、基本的には巨大な組織の中の一つのポストにたまたま置かれた人に過ぎず、そのポストに与えられた権限を組織の代理人として行使するパーツみたいなものに過ぎませんから、その行動に個人の味を出すことにはどうしても限界があるわけです(まれに度を超えた個人力を発揮する人もいますが、そこにはある意味制度の本質から外れる危険がつきまといます)。もっとも、どちらのやり方にせよ、最終的な目標達成のために一番良い手段は何かということが前提にあるわけですから、どっちが良いかというとそれはその時の状況や分野によって事情が異なり、一概に結論は出せないのでしょう。

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で、安倍総裁のプランに戻ると、総合調整やトップダウンがねらいなのであれば、何もNSCほどきっちりした機構を作らずとも、経済財政諮問会議のように、有識者をトップの一員に入れて、その会議の決定を総理からの政策として下ろすということも可能なのだろうと思います。そうすると既存の安保会議を修正していく形で実現するのかと思う一方、官邸スタッフを官僚から公募するという取り組みなど見ると、やはり単なる手足にとどまらない知見のあるスタッフを集めて、ホワイトハウス式NSCに近いものを作りたいのかな、という気もします。ただ、法律を変える必要のあるやり方だと時間も手間もかかりますし、なかなか難しそうです。仮にスタッフを集めるにしても、民間の有識者ばかり集めるわけにはいかず、やはり各省庁から来てもらう実務家たちが主力になるのでしょう。(注:この記事を書いた後に、内閣官房職員を政治任命にする方針との記事が出ました。やっぱりそういう方向で行くんでしょうか。)

それでも、こういった「官邸主導」の流れというのは、一昔前からすれば考えられないほどの勢いがあって、安倍総裁の新構想もその流れを現実化する一つの例なのかなーと思ったりします。新しい制度にせよ古い制度の活用にせよ、最終的に目標とされるものに貢献することが何より大事なんであって、制度の趣旨というものをはっきりした上でやるのであれば大いに結構なことだと思います。

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めずらしく長くなりました。ってか、昔の記事を見ると、えらい字数多いな・・・。よくこんな色んなことをカリカリ書いてたもんだ、と我ながら感心(笑)。今見るとかなりいい加減なところがあり、赤面ものでもあるのですが、駆け出し?の頃のありし日の思い出としておきましょう・・・と言うほど昔のことでもなければ今円熟しているわけでもなんでもないのですけど。

ところで、なんと、あの替え歌会の巨匠みたいな・・・さんが私の大好きな歌「Wait & See~リスク~」を元ネタにして、当HPのテーマソングを作って下さいました(笑)。恥ずかしい、というかおそれおおくてコメントしにくいものがありますが、歌詞と照らし合わせると、本当に絶妙な替え歌ぶりです。読めば読むほど凄さを再認識。大変嬉しいことです。本当はページの右側に常時表示させておきたいぐらいですが、やり方がよく分からないのでとりあえずプロフィールのところにリンクをはっておくことにします。みたいな・・・さん、本当にどうもありがとうございました。また、anneさんが、これまたおそれおおいブックマークをはって下さり、いやー、恥ずかしい思いでいっぱいです・・・ぐっちーさんのご紹介なみのやばさですね、これは(笑)。ここまでくると開き直るしかないです。なんにしてもマイペースで続けますね!ではー!

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昨日の「9・11から5年」anneさんという方からコメントをいただいたのですが、HPを見てみてびっくり。なんとウルトラセブンのアンヌ隊員でした。そう、あの大スター女優、ひし美ゆり子さんです。

本物なのかなー、でもこんなこといたずらで書く人もいないよなー、それでも、なんでこんなところにたどり着いたのだろう・・・と思ってレスしたら、お返事(コメント欄)とともにこんな記事まで書いて下さっていました。

「高校生無頼控」の記事でも書いていましたが、年不相応に昔の邦画好きな私は、偶然にもanneさんを色んな作品で見てたんですね。私などがいまさら言うまでもないですが、めちゃくちゃ美しいのですよ。これまでHPを通じて色々な方たちとの出会いがありましたけど、スクリーンで見た方とお話するとは思ってもみませんでした。感激しきりでしたね~。

しかし、こんなコメントも・・・。

>プロフィールによると'75年生のアメリカ帰りの青年のようだ。
>カテゴリーを見ると
>「米国政治・外交」「日米関係」「イラク・中東」等々
>私には難しすぎる、堅いHPの印象だった。

いや、勘違いされてますね~、あ、「青年」のところはいいんですけど(笑)。少し読んでいただければ、いかにアホなことばかり言っているか分かります、ハイ(おすすめの記事などよろしければ見て下さい)。更新もマメではないHPですが、適当に見守っていただけると幸いです。

それにしてもネット上のめぐりあいも色々あるものですね。これからも色々な人たちとお話できるのが楽しみです。

と、めずらしく連日の投稿になりました。今週もあと一日、がんばっていきましょう!

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ご無沙汰しております。すっかり怠け癖がついてしまいました(笑)。心配して連絡を下さった方もいらっしゃいました。ご心配をおかけしてすみません。元気にやってます。ただ、なかなか身辺が落ち着かず、余裕ない状態が続いています。それでもアクセス数は思ったより落ちることがなくて、嬉しいなあ、でも申し訳ないなあと思うこの頃です。もう少ししたら落ち着くと思いますので(希望的観測)、ユルいペース(月刊化?)でお付き合いいただければと思います。

さて、二日遅れになってしまいましたが、9・11。あれからもう5年になるのですね。あの出来事は、あまりに非現実的なビジョンであったせいでしょうか、遠い昔のような、ついこないだのような、不思議な時間の感覚をおぼえます。

あのとき、私は米国カリフォルニア州のサンディエゴというところにいました。東海岸では午前9時でしたが、西海岸では午前6時。私はどちらかといえば朝に弱い方なのに、なぜか理由もなく6時前に目が覚めました(ホントの話です)。そのときの習慣で、起きてすぐにラジオをつけました。歯を磨いたりしていると、飛行機が墜落したとか言っているのを聞こえてきました。事故かな?と思って、あまり気にも留めず、しばらくしてテレビをつけたら、何度も繰り返し流された、あのWTCの映像が飛び込んできました。そして、ラジオでは、声にもならないような声で、ひたすら「Oh my god.」と連呼する音が聞こえてきました。

すぐに何人か友達から電話がありました。NYにいる友達はどうなっているんだろう。うち一人は、まさにあのWTCで働いていた人です。つい数週間前、あの破壊されたビルのレストランで一緒に食事したばかりでした。あとで、飛行機が突っ込んだ瞬間にはニュージャージーから地下鉄で出勤する途中にあり、一命をとりとめたことを知って安堵しました。

それから色々なことが起こっていくわけですが、米国で生活していた私の心にあったのは、とにかく「不安」という感情でした。何が起こるか分からない。次は核攻撃が来るとかいう噂もありました。さらに当時の私がへこんだのは、これでは到底飛行機になんて乗れない、そしたら彼女も遊びに来られないじゃん!ということでした(アホだ)。

何にしても、言いようもない不安感が蔓延してました。ご存じの通り、間もなくしてアフガンとイラクの戦いが始まります。その背景には色んな要素があったわけですが、一つの大きな要因が、「何かしないといけない」という切迫感だったこと、これは間違いないと思います。受け身ではいけない、何か行動に移さなければならない。国を守るために、家族を守るために、生き残るために。そのために何をすればいいのか、という段になれば、それは色々な議論がありました。しかし、自分たちを守るために、何かが必要だという思いは、多くの人々に共有されていたと思います。このプレッシャーは、直接攻撃を受けた者でなければ分からない感覚だと思います。

あれから5年。いまなお米国で議論され続けているのは、結局のところ、米国はより安全になったのか、それとも危険になったのか、という問いです。今後とも共和党と民主党との間の主要な争点になるのでしょう。日本はどうなんでしょうか。その答えは、状況を悲観的に見るのか楽観的に見るのかという価値判断となかなか切り離せないこともあり、誰にも言い切ることはできないのかもしれません。ただ、どっちにしても思うのは、やろうと思えばできるのに、できていないことが、いまだに色々あるということです。細かい話はしませんが、常々思うのは、どうしてこんなに国家への不信、反システムの考えが強いのだろうか、ということ(この10年、20年でずいぶん変わってきたとは思いますが)。敵対的な国家にせよテロにせよ犯罪にせよ、自分たちの政府よりは、よほど脅威だと思うのですが。

と、ちょっと真面目くさい話になりましたが、最後にとりとめない一言。最近驚いたのは、「宇多田ヒカル さいたま」でググると、なんとこのページがトップにくることです。「宇多田 アリーナ」「ヒカル さいたま」でもやはりトップ。無意味に嬉しくなりました(笑)。ジャンジャン!(ぐっちーさんの影響)

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