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やじゅんのページ/The World according to YAJUN



六者会合の行方が注目されています。このブログでは北朝鮮問題について触れたことはほとんどありませんでした。非常にセンシティブなトピックですし、アウトサイダーから述べることのできる知見は限られていると思い、避けてきたところもあります。

ここでは、なるべく具体論に踏み込むことはせず、この問題を材料として、外交問題全般に通じる考え方について私見を述べてみたいと思います。まず今回は、外交交渉の難しさについて述べます。

私は北朝鮮という国家に何のシンパシーもありません。いずれ何らかの形で滅びるべき体制だと思います。しかし、拉致問題を進展させるためには、北朝鮮側の事情というものも冷徹な視点で考慮する必要もあると思います。北朝鮮が許せない存在であることと、相手の立場を考えた交渉を拒絶することとは別次元の話です。この問題においては、相手がいかに邪悪な存在であろうと、誘拐犯と交渉人が奇妙な信頼関係を築いて交渉を進めるように、非常に現実的で冷静な計算が必要になります。相手がけしからんとか、不愉快だからと言って、ひたすら「正義」を唱えて力押しするばかりでは、物事は動きません。問題を前進させるためには、時には何らかの取引材料を提示することで、更なる交渉の進展につなげるインセンティブを相手に与える必要も出てくるはずです。この意味で、外交交渉は、残念に聞こえるかもしれませんが、必ずしも道義性を貫けるものではないのです。

北朝鮮の立場から小泉訪朝以来の日朝関係の推移を見てみると、彼らとしては、拉致を認め、日本に謝罪し、拉致被害者を日本に帰し、一時帰国の約束を反故にしたことを大目に見て日本残留を認め、さらに拉致被害者家族の帰国まで許しました。様々な思惑や計算はあるのでしょうが、北朝鮮側としては、リスクをとって、かつては考えられないほどの大きな譲歩をしたと言うことはできると思います(日本としても、拉致被害者の救出という実質的な成果を得ました)。しかし、この行動は日本側からの締め付けがかえって強まる結果を招き、交渉は中断しました。この状況で、北朝鮮側に更なる譲歩を行うインセンティブが存在するかと言えば、理性的に見れば、到底期待できるものではないでしょう。少なくとも、日本から一方的に悪業を責められることが、彼らの態度の変更を促す流れにはないと思います。

一般的に言って、私は、これまでの日本の北朝鮮外交は、対話と圧力のうち対話に重きを置きすぎていたと思います。以前から、経済制裁の法制度やミサイル防衛といった対抗手段を整えるべきだと思っていました(PSIは判断が分かれるところなのでここでは触れません)。交渉を進める上で、北朝鮮に対して、日本が最終手段によって解決する可能性を排除していないこと、少なくともその準備を進めていることを認知させることには、大いに意味があります(もちろん、そういったシグナルがエスカレーションを生み出す危険には注意が必要です)。その文脈で、圧力を強めることは重要ですし、また、日米韓の連携と中国の協力は死活的に重要な意味を持ちます(この点、融和一辺倒の現在の韓国の外交には不安があることは確かです)。

この意味において、日本国内の北朝鮮に対する強い態度が、日本の外交オプションを広げた面はあると思います。また、有事に備えた法整備など、危機への対処のため全力を尽くすことは、そもそも当たり前の話です。平和主義などという幻想を掲げて危機から目をそらし、無作為に過ごすのは無意味なことです(「日米同盟の維持」もご参照下さい)。

しかし、交渉を進めるために圧力を加えること(あるいは危機に備えること)と危機を自ら招くことを覚悟して勝負に出ることとは、区別するべき話です。圧力を強めることは、有効な交渉を進展させる上で不可欠とは思いますが、実際に制裁を発動するなど、具体的行動をとる場合には、そのリスクと効果を精密に考えて、なぜそれをやる意味があるのか、果たしてそこまでできる段階にあるのか、慎重が上にも慎重に検討する必要があるでしょう。拉致被害者家族の怒りはもっともなことです。日本国民が北朝鮮を憎む気持ちに反対する理由は何もありません。しかし、北朝鮮が憎いから、あるいは他にやる手段がないから、わらにもすがる気持ちでとりあえずやるんだ、という考えで経済制裁に踏み切ることは、外交を預かる当事者であれば、まず採用できない話でしょう。

交渉の進展に期待せず、危機を自ら招くことを覚悟して勝負に出るという計算があるとすれば、軍事的解決という手段を視野に入れることになります。しかし、現在の日本の状態では、とてもそれを前提として考えることはできません。将来はどうなるか分かりませんが、現状では平和的解決を追求する以外に選択肢がないことは明らかです(ただ、繰り返しになりますが、北朝鮮に対して日本が最終手段によって解決する可能性を排除していないと思わせることには意味があります)。

繰り返しになりますが、私は北朝鮮に同情しようとか述べているわけではありません。ただ、日本にとって都合の良い結果を導くためには、北朝鮮側からの視点を考えることも大切ということです。北朝鮮は異常な国家です。限られた数の権力者が国を動かし、その構造はブラックボックスにあるため、その行動に不可解な部分があることは避けられません。そのような国家とそもそも「取引」が成り立つものなのか。確かにリスクがないとは言えません。しかし、次回の記事においても述べるつもりですが、拉致問題について言えば、中長期的な視点と北朝鮮側の立場を考えれば、長い目で辛抱強く交渉を続けることが必ずしもマイナスにはならないと私は思っています。そして、平和的な解決を目指して交渉を進めるのであれば、相手と取引できる材料と具体的な「出口」を考えないわけにはいきません。

一方で、核開発は異なる次元の深刻さを投げかけています。この問題について言えば、時間は日本の味方ではありません。その意味で、核問題は喫緊の課題なのです。拉致は日本の国家主権を脅かす問題であり、座して待つことのできない深刻な問題ではあります。しかし、核問題が解決に向かえば、北朝鮮が交渉に前向きになる状況に近づく可能性はありますし、核問題がなければこそ行える交渉の余地も出てくるのだと思います。今、米国や韓国といった主要なプレイヤーは、まさにこの記事で述べた北朝鮮側の視点を重視して、北朝鮮にとって何が許容できる望ましい解決策なのか、それを考えた上で、具体的な打開策を交渉のテーブルに出しているのです。(それが本当に北朝鮮以外の五者にとって、特に日本にとって望ましいものであるのか、日本として精査する必要はあるでしょう。また、核問題が拉致問題と異なり、五者あるいは国際社会全体の利益に致命的に関わる問題であるという峻厳な事実を見逃すべきではないと思います。)

<次回は「歴史を知ることの大切さ」について述べます。>

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先日、ブルーノート東京でジョイス(Joyce)のライブを見ました。トリで私の好きな「Feminina」をやってくれました。昨年8月に旅行したブラジルが無性に懐かしくなりました。リオ、サンパウロ、イグアス、また行きたいものです。

しかし暑いですね。雨も降りますし、あまりの湿気にうんざりしてきます。ワシントンも暑かったですが、生活の大部分を車と室内で過ごすので、日本のように外を歩いたり電車を待つ間の苦しみを完全に忘れていました。まあ、ワシントンの生活も、過保護な状態で、それはそれで問題だったのですが。

・・・

最近のアクセス数をメモしておきます。

7/22(金) 2102 pv 893 ip 55位(276541 BLOG中)
7/21(木) 2116 pv 821 ip 73位(275700 BLOG中)
7/20(水) 1788 pv 783 ip 72位(274748 BLOG中)
7/19(火) 2220 pv 864 ip 78位(273754 BLOG中)
7/18(月) 1831 pv 739 ip 90位(272901 BLOG中)
7/17(日) 1285 pv 537 ip
7/16(土) 1353 pv 595 ip
7/15(金) 1827 pv 770 ip
7/14(木) 2201 pv 978 ip 52位(269267 BLOG中)
7/13(水) 2256 pv 823 ip 65位(268345 BLOG中)
7/12(火) 2095 pv 850 ip 66位(267317 BLOG中)
7/11(月) 1896 pv 877 ip 66位(266195 BLOG中)

ついでに、過去4週間の集計は以下の通りでした。

07/17~07/23 12918 pv 5256 ip 81位(278422 BLOG中)
07/10~07/16 12892 pv 5415 ip 73位(271845 BLOG中)
07/03~07/09 11295 pv 4679 ip 87位(265160 BLOG中)
06/26~07/02 11288 pv 4990 ip 82位(257986 BLOG中)

更新が滞っていた割には不思議に伸びました。「過去の問題について」(「その1」「その2」)の記事に対する反響が大きかったようです。コメント欄を見て頂ければ分かりますが、この件については、驚くほど色々なご意見が寄せられました。コメントをお寄せ下さった方々の立場は様々でしたが、どれも示唆に富むものでした。その上、密度の濃い意見の交換ができ、大変有意義でした。私としては感謝しきりです。この場を借りてお礼申し上げます。

この件については、記事とコメント欄での文章で私の話したかったことは尽きているのですが、頂いたコメントを見て考えたことをメモしておきます。

#「韓流」については、コメント欄に、韓流の次は台湾ブームが来るかもしれませんね、と半ば冗談のつもりで書いたら、okitaさんからすでに「華流」と呼ばれていて、人気が出始めているとのご教示がありました。同じコメント欄で書いた通り、私はこういう文化の流れは、基本的にはその文化の魅力と受け入れる側の好奇心次第だと思っています。韓国にせよ台湾にせよ、日本人がよく知らなかった現代文化が、グローバル化やこれらの国の民主化や文化の発展にともない、香港映画などのように身近なものになってきた一面がある気がします。例えば、これまで縁遠かったこれらの国の人の名前や日常の言葉が、より身近になったということは言えるでしょう。ささやかなことですが、それはそれで結構なことだと思います。

#「戦後60周年」について一つ加えれば、韓国や中国に対して、好悪問わず特別な思い入れを持つ人は多いと思います。そうした思い入れと現実に日本としてどうあるべきかを考えることは、ある程度距離を置くことも大切かと思いました。嫌悪感については言うに及びませんが、シンパシーや思いやりも、度が過ぎれば、独りよがりの思考につながり、かえってお互いにとって迷惑になることがあります。かつてアジアの近代化や解放を唱えた人たちも、思い入れの強さがあだになった面がある気がします。一見冷たく見えるかもしれませんが、突き放した観点から何が自分にとって得になるのかという現実主義を足場にもつこと、その上で、お互いの利益を考えるポジティブサムの発想で臨むこと、そういったことが重要のような気がします(これは相手国にとっても言えることですね)。

・・・

「ブログ・身辺雑記」の記事で何度か述べてきましたが、私がブログを書く目的の一つは、自分なりの考えを整理して形にして、それを一種のたたき台にして読者の方と対話させて頂くことです。それにより自分(と僭越ながら、できれば読者の方)の考えを深めることができればと思っています。決して自分の意見に自信があって、それをもって説得とか折伏するということではありません。むしろ「問いかけ」に近いものがあります。だから、コメントやTBやメールを通じて率直なご意見を頂くのは自分にとってありがたいことです。私は新しい記事を掲載するよりも、この対話に重きを置いていますので、未熟者ではありますが、(よほど悪意のあるものを除いて)基本的には全てのコメントに対して私なりのお答えをしたいと思っています(幸いにして、このHPは大して人気はありませんので、今のところ問題はありません(笑))。

これまでもコメント欄の中で色々なお話をさせて頂きました。やじゅんのテキストをもっと読みたいという奇特な方は、過去の記事のコメント欄をご覧下さい。半分くらいは私の文章です(笑)。新記事の掲載の頻度は低いですが、コメント欄の書き込みはほぼ毎日しています。また、本記事で述べるほどの自信がないが、コメント欄ならまあいいかと思って、結構踏み込んだ考えを述べているときもありますので、記事よりもかえって面白いかもしれません。

・・・

しかし、短期間に沢山のコメントが寄せられ、半ばエンドレス状態にすら見えたことについては、かんべえさんから心配されてしまいました(笑)。かんべえさんと言えば、6月30日に書かれたネルソン・リポートの記事、だいぶ前ですが、私も読みました。確かに面白い。書いているネルソン氏本人も面白がっている様子が伝わってきます(笑)。

ご存じない方に簡単に説明すると、このリポートは、クリス・ネルソンというコンサルタント(元ジャーナリスト)が豊富な裏情報を駆使して、ワシントンの政治事情を毎日発信しているものです。有料ですが、ワシントン界隈ではかなり人気があります(私の印象ではワシントン版「霞ヶ関コンフィデンシャル」)。この手のサービスは、ワシントンでは事欠かないのですが、ネルソン・リポートの特徴の一つは、ネルソン氏がかなりのアジアおたくであることに由来する、アジアネタの充実ぶりです。特に、今回問題になった記事は、朝鮮半島問題をめぐる米国専門家の動向や特徴を網羅的に整理したもので、その赤裸々ぶりから、狭いワシントンサークルでは、おそらくかなり物議をかもすと思われる内容になってます。朝鮮半島問題専門家と日本専門家は大部分重なってきますから、私たちの目から見てもずいぶん興味深く、参考になります。

7月21日を過ぎると、学生時代から頭の構造があまり変わっていない私は「夏休み」気分になります。皆さんはどう過ごされるのでしょうか。愛・地球博が盛況のようで何よりですが、暑さと混雑が心配ですね。

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「音楽バトン」雪斎さんにTV番組で作ってはどうですか、と勧めたら、本当に作ってくれました。ありがたや・・・とありがたがっているだけでは済まなくて、ちゃんとバトンも返してくれました(笑)。映画で書こうと思っていたところだったのですが、せっかくの機会ですので、やってみることにします。

■ 最近見たテレビ番組
『行列のできる法律相談所』

■ 近年のテレビ番組で印象的な一編
『サインフェルド』
米国人の生活の様子や考えがよく分かります(「米国TV事情:シットコム」をご参照下さい)。

■ 特別な思い入れのあるテレビ番組五編
五編挙げてみたら、放映当時の時代精神が見えてくるようで、我ながら感慨深いものがありました。

#『太陽にほえろ』(日テレ1972~1986(実際に見たのは1980頃から))
「まだ、やりたいことあるんだよ!!」
子供の頃は、アニメ以外は、このドラマと『八時だよ全員集合』と大河ドラマばかり見てました。オープニングのイントロを聴くだけで胸がざわめきます。ラガーとボギーが殉職するシーンが子供心に衝撃でした。

#『スクールウォーズ』(日テレ1984(実際に見たのは再放送))
「(アップテンポの音楽)この物語はある学園の荒廃に戦いを挑んだ熱血教師たちの記録である。高校ラグビー界において全く無名の弱体チームが荒廃の中から健全な精神を培いわずか数年で(フッフッフー)全国優勝を成し遂げた奇跡を通じて(フッフッフー)その原動力となった信頼と愛を(フッフッフー)余すところなくドラマ化したものである(ハァーハァー)。」
うう・・・このオープニングだけで涙一杯分おかわりくらいできそうですね(笑)。
この頃は、この番組と『ルパン三世』と『家族ゲーム』が毎日のように再放送されていた記憶があります。あと『うわさの刑事トミーとマツ』(今調べたらこれも大映ドラマだったのか・・・おそるべし)とか。
昔のドラマは、過剰なまでに、泥臭く、熱かった。いや、熱かったのは日本そのものだったのか。

#『男女七人秋物語』(TBS1987)
「お前、悪い女や。お前、勝手な女や。でも、俺、お前好きや。世界で一番好きや。」
毎回最後10分に「Show Me」が流れるたび、ドキドキしました。バブル時代の象徴とも言えるトレンディ・ドラマのはしりだったのではないでしょうか。軽妙なトークがかっこよくて、このへんのドラマを見てたら、大人になったら楽しいことが待ってるんだろうなあ、という気持ちになったものです。明るい時代でしたね・・・(しみじみ)。
トレンディ・ドラマと言えば、最後の狂い咲き(?)とも言える『もう誰も愛さない』(フジ1991)も外せませんね。悪の道をひた走る吉田栄作の格好良かったこと(半身不随から蘇るシーンが強烈です)。最終回、高層ビルの屋上で伊武雅刀と戦う場面は『スターウォーズ』かと思ったよ(ネタバレ?)。

#『五稜郭』(日テレ1988)
「夢は咲き 夢は散る 夢が舞い 夢が逝く」
1988年の日テレ年末時代劇スペシャル。里見浩太朗が榎本武揚を演じました。
この頃はやたら巨費を投じた豪華な時代劇が毎年やってましたね。これもまたバブルの時代を反映していたのでしょうか。

#『大地の子』(NHK1995)
「私は、大地の子です。」
この頃になると、あまりTVドラマを見なくなっていたのですが、原作が好きだったこともあって、この番組だけは通しで見ました。上川隆也と仲代達矢の名演が光りましたね。西村晃が稲山嘉寛を演じた記憶あり。しかし、山崎豊子さんの本はどれも面白いですね。一番好きなのは『不毛地帯』です(仲代達矢が壱岐正を演じた山本薩夫監督の映画もありますが、残念ながら未見)。

(番外)
#『機動戦士ガンダム』(テレビ朝日1979(実際に見たのは再放送と映画版))
「アムロ、いきまーす!」
すみません、定番です(笑)。私は子供の頃、日本サンライズのロボットアニメにはまり、ガンダム路線の作品は『イデオン』から『Zガンダム』までほとんど見ました。ちなみに、米国でやっていたTVシリーズでは(「米国TV事情:アニメ等」参照)、ジオンが「Zion」ではなく「Zeon」となっています。シオニズムを連想させるためでしょうか。

■ バトンを渡す2名
ぐっちーさんややすゆきさんはどうでしょう?他にも、ご興味ある方はご随意につないで下さい。TBを頂けると嬉しいです。

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最近のアクセス数の推移をメモしておきます。

7/01(金) 1857 pv 866 ip 52位(256064 BLOG中)
6/30(木) 1664 pv 710 ip 74位(255123 BLOG中)
6/29(水) 1569 pv 711 ip 78位(254217 BLOG中)
6/28(火) 1693 pv 792 ip 65位(253467 BLOG中)
6/27(月) 1706 pv 737 ip 68位(252649 BLOG中)
6/26(日) 1605 pv 611 ip
6/25(土) 1460 pv 555 ip
6/24(金) 1728 pv 772 ip 67位(250130 BLOG中)
6/23(木) 1628 pv 676 ip 91位(249288 BLOG中)
6/22(水) 2701 pv 995 ip 49位(248361 BLOG中)
6/21(火) 1579 pv 653 ip 94位(247395 BLOG中)
6/20(月) 1206 pv 543 ip

6月22日に激増したのは、かんべえさんからのリンクのためなのですが、そのあと更新のペースが安定してきたためか、私がだだをこねたためか、IP700台で再び安定してきました。

7月1日にはIP866となりましたが、これまでの新記録のIP1274がかんべえさんからの支援(何の?)に依るところ大だったことを考えれば、事実上の新記録と言うことができそうです。

6月24日には、驚いたことに人気blogランキングから100人近い人のアクセスがありました。いつもはせいぜい10~20程度なのですが、どうしてだろう?と思ったところ、もしかしたらアップした記事のタイトルが「日本人と米国人と中国人」だったからかなあ、と思いました。人気blogランキングを見ると、アジアに関する(特に反中国・反韓国の)ブログが注目を集めている様子なので、記事のタイトルが興味を引いたのだろうかと。私自身は日本の嫌中・嫌韓感情の高まりを危惧している方なので、アクセス数の伸びを見て、ちょっと複雑な気分になりました。

ちなみに、「日本人と米国人と中国人」のコメント欄では雪斎さん、mitsuさん、Hacheさん、ぐっちさん、0083さん、還元さんら見識ある方々と密度の濃い意見交換をさせて頂きました。皆様には感謝しきりです。なかなか面白いと思いますので、ご興味ある方はご一覧下さい。

それにしても最近の暑さはものすごいものがありますね。そろそろ梅雨明けという噂もあるとか。梅雨を経なかったような気がしますが。日本の猛暑を味わうのは4年ぶりですが、暑い中花火や海やライブに行くのも趣深いものですから、楽しみです。

このエントリも雑談スレッドにしますので、気が向いたらお気軽に書き込み下さい。

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既にかんべえさん(6月7日)、kenboy3さん、パペッティア通信さんらが感想を書かれている添谷芳秀『日本の「ミドルパワー」外交』について簡単な感想を述べます。

日本の戦後外交史の流れをよくつかんでいると思います。基礎知識のある人なら違和感をおぼえずにすんなり頭に入ってきて、頭の整理になるでしょう。現実的思考に基づく専門家の書いた外交史として、安心して読めます(意外にこういう本は少ないものです)。

反面、細かいエピソードを除き、目新しいところはほとんどありませんでした。外交に関心があり、常識的な思考をする人であれば、ほとんど異論を見いださないことに気づくと思います。厳しい言い方をすれば、刺激的な本ではありません。

おそらく著者としては、それがゆえに、独自の視点としての「ミドルパワー」の概念をアピールしていると思うのですが、個人的には、肝心のこのコンセプトに違和感をおぼえました。

まず、事実認識として、これまでの日本の歩みを「ミドルパワー」の概念から分析することにどれほどの意味があるのか。その見立て自体は不可能ではないと思いますが、著者も述べている通り、日本はGDPと人口を見れば明らかに大国でありながら、一切の軍事的役割を放棄し、その二面性ゆえに特異な地位を占めるに至った国家です。「ミドルパワー」という一般化した概念には、どうやらカナダやオーストラリアが含まれるようなのですが、国力的に明らかに中規模と言える国家と日本を比較して論じることの意義は何なのか。言い方を変えれば、あえてそんな概念を持ち出さずとも、著者は実証的にも理論的にもこれまでの日本の外交を説明できているように思いました。

次に、政策論として、日本が「ミドルパワー」と自己規定することのメリットは何なのか。私にとって中規模国家と言えば、著者も挙げられているカナダやオーストラリア、それにオランダあたりが心に浮かびますが、これらは、PKO、人間の安全保障、国連の専門機関で結構頑張っている割には、世界におけるパーセプション的には「地味」と見られている国々という印象があります。フランスや中国は、世界の秩序形成にそれほど汗をかいていない割には、大国として長らく世界から一目置かれています。日本が何をすべきか、何をできるのかという具体的な政策論について、おそらく著者の考えに反対するところは私にはないと思うのですが、それとわざわざ「ミドルパワー」イメージを一致させる必要があるのか?そんな疑問がわきました。

経済の圧倒性と非軍事という日本のアイデンティティは、低成長時代と安保の貢献の拡大によって変わりつつあります。その中で、日本がどんな外交を展開し、世界からどのように見られる国家を目指すのか考えるのは、テーマとして面白いとは思います。小さくてもキラリと光る一種の「町人国家」もいいでしょうし、英国のように、米国とのパートナーシップを強化することを通じて世界の秩序に積極的に関与していく一種の「大国」も一つの道でしょう。私個人としては、グローバルな安全保障やアジアにおけるリーダーシップを発揮し、世界の秩序の形成にもっと貢献するポテンシャルを持っていると思いますし、それによって、スケールの大きい、独自の存在感を持つ国家を目指して欲しいと思います(安保理常任理事国入りはそのステップになると考えられます)。それさえできれば、日本が平凡な「ミドルパワー」の一つとして見なされることには必ずしもならないと思います。それに、どうせ同じことをするなら、何も「ミドルパワー」と謙遜せず、高く売った方が良いでしょう(「日本のイメージの変質」もご参照下さい)。

著者も、あとがきや随所で、自らの「ミドルパワー」コンセプトがおそらく同意を得られないだろう旨述べているように、以上の趣旨の批判が寄せられることは織り込み済みのようです。ただ、それに対する反論を述べていないので、結局著者の主張がよく分からず、外交史の記述・事実関係の整理以上の付加価値を無理につけようとした結果がこのコンセプトへのこだわりなのだろうか、といううがった思いを抱かせます。

日本の外交論について言えば、実はそれほど多くのオプションがあるとは思いませんし、すでに知見ある人たちによって論じ尽くされている観もあります。その状況下において、独自の視点から意味のあるものを打ち出すのは難しいと思います。この点、著者も述べていますが、他国(主として米国)の日本研究・資料を駆使して、他者からの視点を軸に歴史を切っていくのは、まだまだ探求の余地があるのかなと思います(坂元一哉氏の著作はこの点が優れていると思います)。米国以外の国から見てみるのも面白いかもしれません(米国と比べれば、研究の意義や資料の充足ぶりが格段に違うのでしょうが)。

(考えてみれば書評を書くのは初めてです。専門家の本ですので、期待値のハードルを高く設定して感想を述べてみました。外交・国際政治と言うと、世の中にはピントがずれた本も多い印象がありますが、本書はバランスのとれた現実主義に立って書かれた良質な外交論です。本物の現代国際政治論に接したことのない人には是非読んで欲しいと思います。)

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