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やじゅんのページ/The World according to YAJUN



<先に(その1)をご覧下さい。>

米国のイラク戦争の是非を検討する上では、以下の3点に留意するべきかと思います。

1.なぜこのタイミングでイラクを攻撃する必要があったのか(戦争の意味)

「テロ戦争」は9・11のショックを契機に始まりました。米国はテロがアルカイダによるものであることを突き止め、その基地がアフガニスタンにあるということで、これを攻撃しました。パウエルの活躍もあり、国際社会は見事に連携し、戦後の統治も成功しました。ここまでは誰もがすんなりと理解できました。

しかし、次に米国が「イラク」と主張したとき、「どうして?」という疑問が出たのは、ある意味当然でした。イラク戦争が9・11後のテロ戦争の延長戦上にあることは確かですが、そのロジックで考えると、イラクが9・11を実行したアルカイダと直接の関係があることが分からない状況においては、どうして今になってあらためてフセインを倒す必要があるのか?テロの温床になっている国だって他にあるし、イラク攻撃よりももっと他にやることはあるのではないか?という疑問が生じるのはもっともなことでした。戦争を強行すれば、失うものも相当出てくるのは自明なのに、そこまでやる意味はあるのか?これは、ケリーが大統領選で右往左往した後、最後にいきついた、ブッシュに対する最も的を得た批判でもありました。

結果論から言えば、フセインを倒したことは、テロ戦争を進める上で大きな意味があったと私は思います。しかし、次の2.で述べますが、米国は正当なロジックで国際社会を説得する努力をしませんでした。また、イラク戦争を強行した背景には、テロ戦争が前に進んでいることを国民にアピールするために何か手を付けやすい、しかもインパクトのある行動を探していたいという国内的な事情(9・11のショックはあまりにも大きく、政権に何か行動を起こさないといけないという危機感を植え付けたと見られます)や石油の利権といった、テロ戦争を考える上で本来あるべき安全保障政策論と離れた要素が、大きな影響を与えたことも事実だと思います。国際社会は、イラク攻撃に一部の理を認めながらも、こうした米国の思惑に不信感を抱き、漠然とした不安をぬぐうことができず、支持に踏み切ることができませんでした。テロ戦争のために本当に正しい選択肢なのか、これで本当に大丈夫なのか、という疑念が晴れない中、米軍は前方展開され、退くに退けない構図ができあがってしまったのではないかと思います。

2.説明責任は果たされたのか(戦争の正当性)

1.で述べた点と重なりますが、本来、イラクを攻撃する意味は、大量破壊兵器疑惑に尽きるものではありませんでした。しかし、CIAから大量破壊兵器に関する決定的な情報がもたらされたとき、政権はこれは「スラムダンク」だ、国際社会を説得できるのに都合の良いロジックである、と見なしました。

実際には、米国は大量破壊兵器疑惑と関係なくイラクを攻撃することを考えていたと言われていますし、この問題だけがイラクに対する攻撃の主要なポイントとして尽きるものではなかったはずです。本当は、中東地域の停滞(テロを生み出す土壌となっていること)、湾岸戦争後10年以上にわたるフセインの欺瞞(国連決議のすり抜けとオイル・フォー・フード疑惑)などが従来からの大きな流れとしてあり、それが9・11によって大きなモメンタムを与えられることになった、ということなのでしょう。

米国は、安直な手段に頼ることなく、この本当の背景、イラク戦争の真の価値を真剣に訴えるべきだったのではないでしょうか(ただ、最後の4.で述べますが、それが実際のところ可能であったのかという問題はあります)。

3.戦後の統治まで見据えた周到な準備はなされたか(戦争の準備)

イラク戦争そのものは圧倒的な米国の軍事力によって短期間に終了し、予想よりも少ない被害にとどまりました。しかし、戦後の統治については、予想を超える混乱が見られたことは事実です。

すでに語り尽くされている観のある話ですので、ここでは詳述しません(「米国はいつイラクから撤退できるのか」もご参照下さい)。戦後統治については見切り発車・準備不足の面があったことは事実でしょう。アフガンの安定と比較しても、非常に残念なことだったと思います。これは米国の多くの識者が細かく説明していますし、政府高官も議会の証言等である程度認めています。

(4.留保)

とはいえ、これらの反省すべき点があるからと言って、それをもって戦争とブッシュ政権を全面否定する気には私はなれません。政治に完璧はありません。ベストの結果を得るためにベストの手段を追求すべきですが、現実には様々な要素が絡み、妥協と修正が余儀なくされるものです。

例えば、準備不足や説明不足の点について言えば、そのことに重きを置くことで、時間が経過し、反対勢力の意見がかえって勢いを増し、イラク攻撃のモメンタムはかえって下がったかもしれません。慎重にやろうとした結果、当初実行しようとしていた大きな行為が不可能になることはよくあります。それでは、こうしたリスクを織り込んだ上で断行するのか、それとも何もしないで放置して良いのか、どちらがまだましなのか?という次元で考える必要が出てきます。

喩えが適切か分かりませんが、歴史上の大きな判断には常に反対意見が存在しました。リーダーの判断は厳しい批判にさらされます。リンカーンの戦争遂行と数々の超法規的措置は、法的に見れば民主主義の破壊とも言えるものです。トルーマンの封じ込め政策は、当時最高の知性と目されたリップマンから批判されました。レーガンの「悪の帝国」演説は、当時多くの知識人から常軌を逸した無益な演説と見なされました。

逆に、ベトナム戦争のように、当時はエリートの間で間違いなく正しいと判断された戦争が、大きな過ちとして断罪される例もあります。しかし、この戦争の評価もまた、実はそれほど単純なものではありません。様々な要素と複雑な背景があり、知れば知るほど評価が難しくなる出来事だと思います。

これらの事実は、歴史を正しいか正しくないかという単純な二項対立の図式で見ることはできないことを示しています。我々がまずすべきなのは、イラク戦争が起こってしまった今、何を失って何を得ているのか、失ったものを取り戻すにはどうすればいいのかということだと思います。その上で、戦争を始める段階で間違っていたことはなかったかを考え、未来に向けて得られる教訓があるのであれば、それを突き詰めるべきだと思います。

そして、テロ戦争やイラク戦争、ブッシュの「先制攻撃論」は、日本としてこれからの安全保障を考える上で大きな問題意識を提供しています。国家と違って交渉可能な主体を持たないテロリストからの国家に匹敵する攻撃力にどう対抗するのか。それはもはや従来の国際法上の自衛権によってはカバーできない事態なのではないのか。先制攻撃論はこの新しい状況に対する一つの答えを提供しようとするものです。この問題は、日本にとってももはや他人事の問題ではありません。テロリストの脅威を日本も認識すべきなのは当然ですが、仮にテロリストやそれに類する国家がミサイルと大量破壊兵器の両方を所有し、それが発射されたときに日本に防ぐ術がないとすれば、ある時点において先制攻撃が正当化される可能性はないのか。私は何もブッシュのドクトリンをそのまま主張するつもりはありません。先制攻撃を主張するのならば、それを正当化する基準(おそらく国連の関与が一つの可能性でしょう-そのためには国連をそのために活用できる機関に再生することが課題となります)をどうするのか詰める必要があることは、素人である私にも分かることです。いずれにしても、こうした新しい安全保障論を世界は議論する時代になっています。先制攻撃論を「また米国の横暴さの現れだ、ブッシュの気まぐれだ」と一笑に付すことはできません。日本も欧州も他の国々も一緒になって真剣に考えるべきテーマだと思います。

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イラク戦争が2003年3月19日に始まって2年が経過しました。この戦争が歴史から見てどう評価されるのか、イラクと中東の情勢に見通しが立たないこともあって、未だに明らかではありません。

戦争が開始されるとき、私は米国の大学で勉強していました。そこでは毎日のように学生同士が議論を交わしていました。たまたまそのときとっていた授業では、自分を大統領補佐官と仮定して、戦争を支持するか止めるか政策提言書を書くという課題も出ました。そのとき得られた情報や生徒に課された諸条件には、大量破壊兵器の報告などについてある種の限界もあったのですが、私は、条件付きでイラク戦争を支持する結論を出しました。そのときの説明は、大筋において今でも有効であると思っています。

「超大国としての米国」とのコメント欄で触れましたが、私はイラク戦争に対して、基本的に肯定的な評価をしています。米国が戦争を決定する背景にはそれなりの理由があったと思いますし、結果としても、テロとの戦い、中東の民主化等において、それなりの成果を上げたと思っています。その理由についてここでは詳述しませんが、大まかなポイントは「自由と民主主義の拡大」のコメント欄を見て頂ければと思います(ちなみにこのコメント欄でのカワセミさんからのご指摘に刺激を受けて、この記事を書くことになりました)。

しかし、そのことをもって戦争が正当化できるものであったかと問われれば、答えに窮するところがあります。米国がこの戦争を衝動的に実行したとか、いわゆる「ネオコン」が世界を変革するという無謀な考えに立って推し進められたといった批判に対しては、そういう面があったとしても、それは現実の一側面に過ぎないと私は思います。米国は相当の準備と計算をもってこれを決断したと思います。「ネオコン」的な考えがどれほど実質的に意思決定に影響を及ぼしたかについても、過大評価すべきでないと思います。

ここでは、私なりにイラク戦争の決定においてはこのへんが問題ではなかったか?と思ったところを述べます。ここで挙げた問題が、仮に戦争前に織り込み済みだったとしても、戦争とその後の経過は同じだったかもしれませんし、日本との関係性から見れば、日本が米国の行動にどれほどの力を及ぼせるのかという要素を考慮すると、所詮はないものねだりの話であって、現実的にはそれほど意味のなさない議論かもしれません。第一、当の米国自身が、表には出さないまでも、一番真剣に検証している話でしょう。

しかし、それでも、私たちが米国の決断に至る過程に問題はなかったのか?という問いをすることには、意味があると思います。なぜなら、9・11とこの戦争が、私たちが新しい国際環境に位置していることを理解させ、そのために直面せざるを得ない新たな問題を私たちに突きつけ、そのために私たち自身が行動せざるを得ないことを否応なく認識させたからです。これからの安全保障を考える上で、米国の行動を検証し、教訓が得られるならばそれを今後に活かすことを考えることは必要だと思います。

次回、イラク戦争開始に至る過程について、以下の3つの論点を取り上げて述べてみたいと思います。

1.なぜこのタイミングでイラクを攻撃する必要があったのか(戦争の意味)
2.説明責任は果たされたのか(戦争の正当性)
3.戦後の統治まで見据えた周到な準備はなされたか(戦争の準備)
(4.留保)

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ちょっと前のことですが、米国にいたとき、中曽根康弘元首相のお話を聞く機会がありました。

もう85才にもなるのに、堂々と話す姿に感銘を受けました。一番印象的だったのは、首相の靖国公式参拝についてのご意見でした。ご存じの通り、中曽根氏は現職の首相として初めて公式参拝した人ですが、アジア諸国の感情(というか、胡耀邦の要請ですが)を配慮して、一度きりで参拝をやめたことは、あまり知られていないかもしれません。

このことに話が及んだとき、中曽根元首相は、日中韓を中心とする北東アジアの協力関係を築くために、この問題に固執することは適切ではないと判断したとおっしゃりました。そして、A級戦犯を分祀した方が良いと思う、という自説に言及しました。私が、いくらA級戦犯だからと言っても、既に亡くなった方にそうした対応をとるのは適切でしょうか、と率直な疑問を投げかけたところ、中曽根元首相はこのような趣旨のことをおっしゃりました。

リーダーは責任をとらないといけない。一国の決定に責任を持った者は、歴史に裁かれなければならない。自分を含め国民はA級戦犯の人たちのために戦争に身を投じなければいけなかった。彼らには一般の英霊と別にとるべき責任がある。

この一言には目を覚まされる思いがしました。
一国の総理大臣になった人だからこそ言える、重い重い言葉のように思いました。

・・・

インターネットが普及している現代、一人一人の国民が、クリック一つで個々の政策の是非を投票し、その多数決で国の方針を決めることは、技術的にそう難しくないと思います。アテナイ式の直接民主主義、ルソーの主張する人民(プープル)主権論です。
しかし、これは判断が分かれるところでしょうが、私はそうした民主主義が一国の制度として適切なものとは思いません。
例えば、税金や社会保障といった、痛みを分かち合わなければいけない問題について、自らの利害から離れた立場から、個々の国民が正しい判断を下せるものでしょうか。

日本は、間接民主主義を採っていますが、それはポピュリズムに甘んじることなく、特定の利益を代弁しない、国民の統一的な意思を代表する国会議員が、国家の方針を決めるべきである、という理念に基づいたものと解釈されます。そして、内閣総理大臣は、議院内閣制の下、国会議員の選挙の中で選出されます。

「民主主義は交代可能な独裁制である」というシュンペーターの言葉は、国の決定に責任を持つことの正当性を有する者(リーダー)を作り出し、それが平和裡に交代できるという民主主義の「メカニズム(制度的仕組み)」の側面を説明したものです(民主主義それ自体が何らかの実体的な価値を必然的に含むものではないとする理論を提示したといえます)。

トクヴィルは、『アメリカのデモクラシー』の中で、米国における「平等化」の発達に驚き、肯定的に評価しながらも、それがもたらす多数者専制の病弊を指摘し、その危険を回避するための制度として分権と独立した司法権について述べ、知的「貴族政治」という言葉を使っています。

また、マディソンは『ザ・フェデラリスト』第10篇の中で、「人民による政治の下で多数者が一つの派閥を構成するときには、派閥が、公共の善と他の市民の権利のいずれをも、自己の支配的な感情や利益の犠牲とすることが可能になる。」として派閥の弊害について説明し、直接民主政においてはこの弊害を正すことはできないと主張しています。

(ちなみに、憲法学では、「国民主権」の「権力性の契機」に対する「正当性の契機」という言葉で説明されます。深く立ち入りませんが、誤解のないよう付け加えれば、もちろん、有権者が実際の権力を行使するという側面も軽視されるべきではありません。間接民主主義に立つ日本国憲法においても、多くの直接民主主義的装置が設定されています。憲法改正のための国民投票、地方自治制度などがその例であり、行政国家・福祉国家が問題視される現代において、その意義はむしろ高まっていると言われます。ただ、私が一つ述べておきたいことは、間接民主主義は直接民主主義の「代替手段」ではない、ということです。本来はアテナイ式の直接投票が理想であって、巨大な国家では技術的観点からそれは無理だから、仕方なく間接民主主義を採用している、と理解する人もいるかもしれませんが(それはそれでルソー式民主主義を標榜する人にとっては正しいのですが)、それは間接民主主義の意義を見落とした議論です。その考えに立てば、インターネット時代においてアテナイ式投票が可能になれば、直接投票を採用すれば良いということになりますが、私は最初に述べた通り、そうすべきではないと思っています。)

民主主義によって選出されたリーダーは、時として一般国民の多数が望むことと違う判断をすることもあり得ます。
昨今の例では、イラク戦争、自衛隊派遣の問題がまさにそれに当たると思います。様々な議論と対立する意見があります。正直言って、何が正しいのか、今の時点で決定的なことを言える人はいないでしょう。
しかし、私は、世論と違うから、という理由だけで国の決断を責める気にはなりません。

むしろ、世論に阿るリーダーこそ尊敬に値しないと思います。
例えば、最近亡くなったパレスチナ解放のリーダー、アラファト氏。歴史に残る存在であろうパレスチナ独立の闘士に対し、雑誌「諸君」1月号で、山内昌之氏が厳しい目を向けています。山内氏によれば、アラファトは、「革命家から政治家に脱皮することに失敗した」存在であり、人々の期待(群集の欲望)にこたえることに終始して、真のリーダーとして決断すべきチャンスを何度も逃した、その責任は重い、と厳しく批判されています。

また、米国大統領の中でも傑出した存在であるリンカーンやフランクリン・ルーズベルトは、時として民主主義を踏みにじるかのようなやり方で、超法規的措置を発動し、強権的なリーダーシップで国を救いました。
これらの例は、結果論としてギリギリ許されるもので、決して良い例として認めるべきではないかもしれません。
しかし、いずれにせよリーダーの評価は、そのときの国民感情ではなく、中曽根元首相が述べていた通り、歴史が審判するべきものなのだと思います。
リンカーンもFDRも、今でこそ米国史上最も偉大な大統領の一人として評価されていますが、在任当時は最も激しい批判にさらされた大統領でもあったのです。

・・・

リーダーというものは、厳しい存在だと思います。
自分自身の下した判断で、夥しい人の運命が決まり、間違いがあれば、その責めを生涯一身に受けることになります。
中曽根元首相が述べていたA級戦犯の話は、その厳しさを反映したものだと思います。
それは、国のみならず、ビジネスの世界でもどこでも同じことでしょう(ただ、ビジネスの場合、会社に利益をもたらすことができるか、という一点において正当性が確保される、という点が、政治と比べて明確で分かりやすいし、責任も取りやすいのかと思います)。

最近の情報技術の発達は、インターネットを通じて、2ちゃんねる、ブログ、メルマガ等々の多様な表現手段をもって、「世論」が形成されている観があります。
確かに、昔と比較して一人一人の意見がより分かりやすく把握できるようになったことは良いことですし、政治にも反映・活用できれば素晴らしいことだと思います。
しかし、近い将来、こうした媒体と直結して、自分をプロモートする、てらいなくポピュリズムを体現した人物がリーダー候補として現れるかもしれません。そういう輩は、民主主義を代弁しているように見せかけて、実は意思決定者としての責任を放棄しているのだと思います。
これからどんなリーダーが現れ、国民に選ばれるのか、注意深く見守っていきたいところです。

【補足(8月15日付)】
本記事は、分祀についての議論を参考に、リーダー論一般について述べたものです。念のため申し上げると、コメント欄を見て頂ければ分かりますが、私自身は分祀については、実現可能性も含めて懐疑的です。

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4月15日に米国から帰国して1ヶ月になりました。久しぶりの日本生活です。米国にいる間にも少し帰国したことはありますが、一週間程度の滞在だったので、生活するのは約4年ぶりです。まず携帯電話とゴミの分別に慣れることから始めないといけません(笑)。

数人の読者の方から、帰国してもウェブの更新を続けますか?と聞かれました。とりあえず自分としては続けるつもりです。もともとホームページを持ちたいという意思は自分の住んでいる環境と関係なくあったもので、たまたまブログという形式を知ったときに自分が米国にいたに過ぎません。そういう事情もあって、ブログのタイトルは、最初「ワシントンDC雑記」になり、一言で言えば「米国にいて思うことを書いています」というブログになったのですが、もう日本にいるので、この一言はちょっと変なものになりました。ただ、米国は自分にとっては思い入れのある国なので、帰国してからもウェブの主要テーマになると思います。米国にいる間に考えたことで、まだ述べていない話も結構ありますので。

以前と比べると、更新の頻度は落ちると思いますが、更新が少し途絶えても、明示的に「やめます」という宣言がない限り私は毎日チェックします。暖かく見守って頂けると幸いです。

最近、色々な方からTBを頂いていて、一つ一つにお返事はしていないのですが、非常にためになっています。この場を借りてお礼の意を表させて頂きます。

・・・

しかし、こうして継続的に人の目に触れるものを書くようになったのは初めてのことですが、面白いものですね。

書くことは時間をとりますが、勉強になります。あらかじめ固まった考えを形にするときもその整理の仕方は頭を使う作業ですし、また、うやむやだった考えが書くプロセスの中でまとまることがあります。

書いていると、自分の中で不確かな思考や情報が見えてきます。そうすると一層考えたり調べたりする必要が生じます。これが日記や友達へのメールであればそのへんをうやむやにしてだますことはできますが、ウェブのように不特定多数の人に見せるものになると、そういう曖昧なところや自信のないところを確実に突っ込まれます。宿題のペーパーを書くような緊張感を持って、しっかり考えて書く気になります。

それから、勉強不足の部分がよく分かって、勉強をするモチベーションが高まります。私の経験では、勉強がどれだけ進むかは、時間がどれだけあるかよりもやる気がどれだけあるかによるところが大きいように思います。私も弱い人間なので、気持ちが萎えるときもあるのですけど、書くことはこの士気を持続する上で結構役立ちます。

また、ブログの形式だと、コメントやTBをもらって、見ず知らずの読者と対話をすることができます。これは結構大きいというか、昔の人にはできなかった贅沢な遊びな気がします。ソクラテスの対話や、弁証法を見ても分かる通り、知の営みにおいては、何か問いを立ててそれに対する答えを考えること、つまり対話がすごく重要な要素となります。それは、事実誤認や明らかに誤った考えといった自分では気付かない部分を正してもらうというシンプルな意味もありますが、もっと重要なのは、自分の主張と相容れない矛盾した主張を突きつけてもらうことです。この対立する思想同士をどう折り合いを付けるのか。中間点で妥協せざるを得ないこともあれば、それぞれが独立した考えとして交わらせることができないこともあります。より高度な次元の概念を創出することで、両者を包合させることができるときもあります。このとき知が前進するわけです。私が対話に最も重きを置いているのはこの部分です(「勉強になりました」の記事でも同様の考えを述べました)。

こういった双方向のコミュニケーションの手段を確保することは、ちょっと前までずいぶん難しかったことだと思います。紙などの媒体や出版の発達等を通じて、コミュニケーションの手段は前進を続けましたが、伝統的には情報の流通は一方通行が基本で、そのフィールドも一部の人々(=マスメディア)に独占されていました。したがって、マスメディアの活動は彼らの自己実現のみならず国民全体の利益(正常な民主主義の機能)につながる重要な活動と考えられ、だからこそ、取材の自由や取材源秘匿の自由という権利は、国民の「知る権利」の実現になくてはならないものとして憲法上保護されたわけです。話がちょっと脱線しましたけど、いずれにしても、コミュニケーションが発達し続けた中で、技術的な理由でしょうが、対話の意義はちょっと置き去りにされてきた観もあると思うのです。その中で、ネットとブログの発達は非常に意味があることではないかと思います。

双方向性との関連で付け加えれば、私のブログに貴重なコメントをしてくださるカワセミさんがご自分のウェブサイトを作られましたが、ブログを持つことには、他の人の意見にコメントするときに、自分自身の考えを紹介できるというメリットもありますね。これもとても意味のあることだと思います。コメント欄での短い書き込みでは説明が不足しているのを補う意味もありますし、また、その人が大きく持っている思想の中でその短いコメントがどのような一端を担っているのかもある程度把握できます。ブログの中で記事が積み重なることで、その人が持っている思想の全体像が見えてくることもあります。また、ブログの更新が途絶えたとしても、ブログさえ残っていれば、他の人のウェブに書き込みをするときにそれなりの意味を持つのではないかと思います。関連記事を見つけたときにトラックバックもできますしね。

・・・

このように書くことが自分の勉強になる一方で、何か意味のあることを書くのも大変なことだと実感します。「読書論」で述べましたが、何か自分なりの考えがまとまったと思ったら、それがずっと昔にすでに言われていて、しかもずっと深い思考が展開されているということはよくあることです。無意識のうちに、自分オリジナルと思う考えが、他の人から聞いたり読んだりした考えのパッチワークに過ぎないこともあります。付加価値のあることを形にするのは容易なことではないと実感します。

「別にそれでもいいじゃない」と言われそうです。確かに、書くことや自分の考えを世に出すこと自体が楽しいという面はあるし、それはそうなのですが、私の場合、自分の意見を主張するというよりは、先に述べたような対話を通じて自分(と僭越ですが、できれば読者の方)の考えを深めることができれば良いと考えています。だから、他のところで言い尽くされている話をする気はないし、できるだけ意味のある(議論を呼び起こす)話をしたいとも思っています(いつもそうではなくて、単なる趣味の話もありますけど)。

そういう勉強が目的であれば、書くこと以上に、他の人の考えを聞いたり読んだりした方がよほどためになるときもあります。「読書論」で述べた私の思う古典を読むことの大切さはこのへんにあります。何か書くアイディアが浮かんだときに、それが過去にどのように議論されてきたのか知ることには大変な意味があります。書こうとすると読むことにつながります。時間があればどちらもやればいいし、先に述べた通り書くこと自体も勉強につながるのですが、時間的制約を考えると、どちらを優先するか悩まされるときもあります。

ただ、大事なのは、常に自分の思考をオープンにすることかなと思います。書いて、考えを世に出すと、それに縛られてしまうこともあります。自分の考えに添わないものが耳に入らなくなるおそれがあります。

この点、私の好きな言葉の一つは「無知は学の両端にある」です。人間の知の営みは、学ぶことと自分なりの考えを組み立てることの両方を追求しながら、確信を持つことなく、問いを持ち続けることだと思います。偉大な先人や現代人の思想を謙虚に受け止めつつ、自分はこれをものにしてみせる、そして、いつかはそれを超えてみせるという気概(あくまで「気概」です(笑))を持って勉強を続けたいと思っています。

100年も生きることのできない人間が一生のうちに成し遂げられるものには限界がありますから、過去と同時代の偉大な人々の知の営みを謙虚に吸収してそれを広げることが大切だと思います。

と偉そうなことをとりとめなく書きましたが、こんな風に考えながら、正直言って実践が伴ってません(笑)。道は遠いですね。

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一連の「嫌米?親米?」記事前回の記事(日本の対米外交:その1)を見て、「やじゅんはゴリゴリのイデオロギー型親米派である」という印象を持った方がいるかもしれません。米国が好きか嫌いかと問われれば、私は「好き」と答えます。また米国が日本にとって最も重要なパートナー国であって、日米関係が日本の外交の主軸であることに疑いは持っていません。しかし、「嫌米?親米?」序論で述べた通り、日本が米国についていくことを所与としてこの結論を出したつもりはありません。また、このことをもって「日本は米国だけを見て、ついていけば良い」という主張するつもりもありません。

今回は、日本とアジア、特に中国との関係について手短に思うところを述べてみます。

米国に次いで、日本が重要視すべき地域は、私はアジアだと思います。日本は太平洋国家であると同時にアジアにおける国家でもあります。ここには安全保障の上でも、経済の上でも、死活的利益が存在します。また日本が大国として仕切ることができるフィールドであり、世界にもそれが認知されています。アジアにおいて日本はどういう役割を果たし、どのような秩序を築くことを目指すべきなのか。これは決して無視することのできない外交上の大問題です。

特に、今日本にとって最も見過ごすことのできない問題は、中国との関係でしょう。長きにわたってアジアにおいて抜群の存在感を示し、日本との間で複雑かつ濃厚な歴史を共有し、近い未来に経済大国にもなろうとするアジアの大国中国と、どのような関係を築くのか。この問題は、日本が米国と上手に付き合っていくことだけでカバーされるものではありません。

私は「日米は同じ価値観を共有するパートナー同士である」と強調しました。今、日米関係は非常に良好です。価値観の共有という認識は両国のリーダーにしっかり確保されているように見えます。そして、最近の日本の防衛大綱や2月の「2+2」の共同宣言の文言などを見ると、(価値観を共有している段階にはない)中国に対し、日米両国が団結して、警戒しつつ接するイメージが浮かび上がっているかのように見えます。

中国が民主国家でないことは事実です。昨今の中国の軍拡は特に台湾との関係で大きな懸念を日米に与えています。こういった様々な中国の問題点を考慮して、日米が団結する構図は必ずしも間違ったことではありませんし、日米が連携を強める上でも良い機会を提供しているように思います。しかし、この構図を絶対のものとして、あたかも日本は米国との連携を強め続ければ大丈夫、それによってアジア外交も決まる、と考えることには大きな落とし穴があるように思います。

一つの問題として、米国が中国と敵視とは言わないまでも距離を置く現在のスタンスが、どれほど実体のあるものなのか、今後も継続するものなのかどうか、という論点があります。近年の経済発展からの関心の高まりというありきたりの視点だけでは十分ではありません。歴史的なつながりからしても、米国人が「アジア」と聞いてまず思い浮かべる国は中国です。この中国の存在感は、近年、実体面においても明らかに増しています。「日本の存在感」でも触れた通り、中国語を学ぶ米国人は増える一方です。経済的相互依存は劇的に深化しています。中国の非民主的な体制は、他の危険な独裁国家と比較して、容認しがたいほど問題のある体制とは見なされてはいません。米国にとって中国がマージナライズされるべき存在でないことは確かです。

(少し昔の話になってしまいましたが、4月8日にバウチャー国務省報道官から米中間の定期的高官協議(regular senior-level talks)を開催するとの発言がありました。上記の考えに立てば、米国のこうした動きに何の不思議もありません。)

日米関係は重要であり、これをしっかりさせれば日本の外交の大部分は完成すると言って過言ではないと思います。しかし、この確固たるパートナーシップはお互いの努力もさることながら、根本において利害が一致する一点において確保されるという点を忘れてはならないと思います。かつてのニクソン訪中やクリントンの日本通過のように、米国が日本を置き去りにする形で中国に接近する可能性が全くないとは言えません。各国が自らの国益を中心に行動することは当たり前のことです。そういう状態になったときに日本が損するとすれば、それはそういう状況に対する準備を怠った日本が甘いと言われても仕方ないのです。であれば、日本も自らが米国との関係とは別に、中国との関係をどう主体的に動かしていくか、真剣に考えなければなりません。

もちろん、日本にとっても中国は重要な存在です。対中輸出は日本の経済回復に大きく貢献しています。北朝鮮問題の解決に向けて中国が果たす役割を軽視することはできません。中国の経済発展がこのまま続けば、真の意味での大国として、世界の中心の一つに位置することになるでしょう。世界中の国が中国とどう付き合うかに多大な注意を払うようになります(すでにある程度なっています)。そのような国とどのように付き合い、アジアの秩序を築いていくのか、日本自身にとっても極めて重要な問題です。

それでは、どのように中国と接していくべきなのか。これは色々な論点が絡み合って、大変に複雑な話になりますので、ここで具体論に踏み込むことは避けます。ただ、基本的には、友好的な関係を安定させ、国際社会に関与させ、こちらの都合の良いように取り込むという姿勢で臨むべきと思います。

もちろん中台間の緊張や軍拡には厳しい目を向ける必要があります。過去の問題や領土、エネルギー開発等の利害が衝突する問題について、相手の都合にあわせれば良いというわけにはいきません。また、中国が民主国家でない以上、本当に信頼できるパートナーとして扱うことには限界があります。この点、防衛大綱や2+2で見られるとおり、現在日米がとっている戦略に誤りはないと思います。しかし、それは中国と「敵対」する姿勢をとることを意味するものではありません。中国との対立を深めて日本が得るものはないことを念頭に置かなければなりません。利害が衝突する場面においては、実際のところ何が脅威なのか、求められる行動は何なのか、感情的に中国を「敵」と見なすのではなく、冷静に見極める必要があります。

中国とどう接するかを考える際には、米国の反応を慎重に考慮せざるを得なかった時期もあったかと思います。しかし、今の日米の良好な状態からすれば、日中が友好を深めることに米国がネガティブに反応する心配は少ないと言って良いでしょう。むしろ、米国は、日本が中国との関係を安定させつつ、アジアにおいて積極的な役割を果たすことを期待していると思います。この意味では、今「最高の状態」と評価される日米関係は、アジアにおける外交のオプションを広く確保する好機を提供していると言えるのではないでしょうか。

抽象論にとどまっていますが、言いたかったことは、「日米関係は日本にとって最重要のイシューであるが、日本の外交は対米一辺倒で尽きるべきものではない」ということです。親米派を自認する方の中には、日本はとにかく米国との関係を安定させれば良い、その軸が定まれば自ずとアジアにおける外交も決まってくる、と明言する人もいまず。しかし、いかに米国が大切な友人だと言っても、米国にいつも頼ることはできるものではありませんし、米国に頼るだけでは道が開けない局面もあります。その主なフィールドはアジアにあると思います(ちなみに、日本の外交の重点地域については、「日本の対米外交:その1」のコメント欄で卑見を述べていますので、ご興味のある方はご覧下さい)。

(アジアについて言えば、韓国も重要な国ですが、基本的に同じ民主国家・パートナーとして、ある程度すっきりした関係を築いており、それを推し進めることに異論はないという意味で、中国と比べれば複雑さが少ないという理由から、あえてここでは言及しませんでした。機会があればまた論じてみたいと思います。)

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「日本の対米外交」の続きを書く前に、簡単な近況報告をします。

先日、広州を再訪問しました。前回の記事からちょっと所感を書き加えますと、8年前に中国を旅行したときの印象と比べて、ずいぶん経済が発展したことを実感しました。広州がいかに大都市とは言え、マクドナルドやスターバックスが町のあちこちにある状況は、数年前には想像しがたいものだったのではないかと思います。それと関係あるのかは分かりませんが、店のサービスや行き違う中国人の態度も変化したようで、簡単に言えば愛想が良くなりました。南方という土地柄もあるのかもしれませんが、通りすがりに会う見ず知らずの人が笑いながら話しかけてくれるのも、昔旅行したときは滅多にあることではありませんでした。旅行するのもずいぶん楽になったのではないかと思います。大げさかもしれませんが、こういう変化が近代国家として成熟することの一端を示している気がします。中国も、三千年の歴史を持つと言いながら、本当の意味で国際社会の一員としての国家となったのは、半世紀前、良く言っても一世紀前に過ぎません。本当の意味で近代化の荒波にさらされるのは、まだまだこれからかもしれません。

いつの間にか5月に突入していました。帰国してからすぐに大型連休がありましたが、身辺が落ち着かず、あっと言う間に過ぎてしまった感じがします。相変わらず本来のペースでの更新ができていませんが、来週くらいに回復すると思います(5月15日頃)。書きたい話は沢山あるのですが、マイペースで息長く続けようと思います。閲覧はほぼ毎日してます。古い記事でもコメントやTBなど頂けると大変参考になります。

しかし、更新が滞ってもアクセス数はさほど減少しておらず(現在一日400~500程度)、バックナンバーもよく見られているようで、ありがたいことです。

ちなみに、「日本の対米外交」記事のコメント欄では、期せずしてカワセミさんと日本外交の重点地域について熱い議論を交わし(まだ現在進行中かも(笑))、ほとんど一つの記事に匹敵する密度の内容になってしまいました。色々と考えさせられるところがあり、私ももっと勉強しないといけないなと思いました。カワセミさん、ありがとうございます。興味のある方はご一覧下さい。

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