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やじゅんのページ/The World according to YAJUN



かんべえさんの『1985年』が書店にお目見えしたようです。この書名、ベルトルッチの『1900年』を彷彿させて、カッコイイですね(オーウェルの『1984年』の方が似てますが、私は『1900年』が好きなので・・・)。
1985年当時、私はまだ幼い子どもでしたが、なぜかこの年のことは色々覚えていて、奇妙な思い入れがあります。かんべえさんの著述とかぶるところもありますが、異なる世代からの個人的な体験として、雑談がてら述べてみます。一部、数年のブレがあるところもありますが、ご容赦下さい。

■ 映画
1985年は、家族の影響もあって、ちょうど色々な映画を見始めた頃でした。「ゴールデン洋画劇場」中心でしたが、兄と一緒に映画館に行ったり、ビデオレンタルが普及し始めた頃ということもあって、ずいぶん見ました。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』、『ベストキッド』、『グーニーズ』、『インディ・ジョーンズ』、『グレムリン』、『ターミネーター』、『ファースト・ミッション』、『スパルタンX』、『プロジェクトA』、『ポリスストーリー』、『ネバーエンディングストーリー』、『ビバリーヒルズ・コップ』、『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』、『フライトナイト』、『フットルース』、『ゴーストバスターズ』、『ビーバップ・ハイスクール』、『パンツの穴』、『風の谷のナウシカ』、『SF新世紀レンズマン』、『カムイの剣』、『マッドマックス3サンダードーム』、『未来世紀ブラジル』、『ポリスアカデミー』、『刑事ジョン・ブック』、『ランボー2』、『ロッキー4』(冷戦を反映してます)・・・などなど、今こうして並べると笑ってしまうほど「80年代的」というか、タイトルを聞くだけでワクワクするような作品であふれています。勝手な印象を言えば、「ハリウッド、角川、ジャッキー」という感じでしょうか(笑)。

■ 音楽
ベストテンなどテレビ番組のヒットチャートを通じて聞いていました。アイドル歌手全盛の時代で、チェッカーズ、中森明菜、おニャン子などが人気でした。後に述べるパソコンとの関連もあって、坂本龍一や細野晴臣も聞く機会がありました。洋楽にはまだ目覚めていませんでしたが、兄の影響で、Culture Club、Sting、マドンナなど、メロディアスなポップス系が耳に入ってきました。異国情緒(今振り返るとニューウェーブ色が強かった)を感じさせるLPのジャケットとともに印象が残っています。

■ 漫画
少年ジャンプの黄金時代で、『キン肉マン』『北斗の拳』『ドラゴンボール』の大黒柱に、脇を支える『奇面組』『キャッツアイ』、『ブラックエンジェルス』、『ウイングマン』、『シェイプアップ乱』、『風魔の小次郎』、『コブラ』などキラ星のように輝く個性的なラインアップに子供心がくすぐられまくっていました。この頃のジャンプの新連載漫画は、ちょっとでも人気が出ないとあっという間に20話で打ち切られて、「これが大人の世界なんだなあ」とシビアな現実に子どもながら震撼していました。打ち切られ漫画の中にも『魔少年ビーティー』のように秀逸な作品があって、残念な思いをすることもしばしばあったものです。ただ、この残酷なまでのサバイバルの緊張感が凝縮したようなクオリティを生み出したのもまた事実だったのでしょう。

■ テレビ
TV番組バトンでちょっと述べましたが、『太陽にほえろ』、『俺たちひょうきん族』(『8時だよ全員集合』が終了してこちらに移行)、『欽ドン』(イモ欽トリオが大好きでした)、『山河燃ゆ』、『スケバン刑事』、『ダンバイン』、『クイズなるほどゼミナール』など見ていた頃と思います。『金妻』を見るには幼すぎましたが、『毎度おさわがせします』は見ました(笑)。

■ スポーツ
阪神優勝、甲子園のKK、相撲の千代の富士など、ヒーローが沢山いたように思います。個人的には、広島や5大関などちょっとメインストリームから外れたところが好きでした。

■ パソコン
当時、家にはFM-NEW 7という富士通のパソコンがあり、コンピュータゲームに熱中し始めた頃でした。「ゲーセン」も流行っていましたが、まだまだ「不良のたまり場」的な薄暗い不健康なイメージがつきまとって、敷居が高いところでした。
『信長の野望』や『三国志』(両方とも一番最初のバージョン)をはじめとするシミュレーション、『ポートピア連続殺人事件』や『スターアーサー伝説』などのアドベンチャーゲームをよくやりました。
こうしたゲームが中心になったのは、当時のパソコンがアクションゲーム(当時は「リアルタイムゲーム」と呼んでいた)向きではなかったためです。ただ、85年は『テグザー』や『ハイドライド』といった希有な成功例がちょうど出始めた年でした。両方とも、わずか1MB程度のフロッピーディスクの容量制限の中で、よくもあのような高度のゲーム性を実現したものです。圧縮技術のないソフトハウスはディスク8枚組だの10枚組だのという常軌を逸した商品も発売していましたが・・・。
ディスクと言えば、5インチディスクドライブを買った頃で、それまではゲーム一つ始めるのに30分や1時間かけてカセットテープ(!)を読み込むという、今ではちょっと考えられない時代でした。当然セーブもできません。エラーが出たり、ゲーム中に読み込みを始めると、泣きそうになったものです。
この当時のPCゲーム全般に言えるのは、ゲームを「楽しむ」こと以前に、「家の機械でこんなことができるのがスゴイ」とか「何かよくわからんけど、色んなことができそうだ」という雰囲気を面白がる感覚が先行していたことのように思います。BASICを中心とするプログラミングが流行ったのもそれと関係しているように思います。『マイコンBASICマガジン』が有名で、自分でプログラミングしたゲームの投稿もしました。
そのためか、メーカーサイドとしても、ゲームのエンターテイメント性よりは、「こんなもん作ってみました」的な実験性に重きを置き、市場が成熟していないこともあって、非常に荒削りというか、異様なゲームを大量に出してきた印象があります。個人的には、この時代の、ある意味やりたい放題とも言える、いい加減な熱気がなつかしく、勢いで生産された星の数ほどあるキワモノのようなゲームたちに、失われた野性のような荒々しい魅力を感じます。ユーザーが置き去りにされ、クリエイター側が主導権を握った結果、マーケティング志向を離れたある意味芸術的な作品が作られる環境があったのではないでしょうか(・・・言い過ぎでしょう(笑)が、作り手の意気(妖気?)が感じられるような手作り感があったのは確かです)。当時のゲームがどんなものであったかは、このページなどで見られます。
しかし、この猥雑なエネルギーがその後のコンピュータの急速な発展につながっていくわけですから、これはこれで非常に重要だったんでしょうね、たぶん。

■ 万博
85年は筑波万博の年でもあります。家族で行きました。大友克弘がデザインしたという風神・雷神など、ロボットものが多く、子ども心に楽しかった記憶があります。「象昆鳥」という巨大パビリオンにはいまだにトラウマ的な衝撃が残っています。

また、私はその当時東京の郊外に住んでいたのですが、家の周りにもまだまだ自然があって、夏になれば近くの川や原っぱでザリガニやバッタなどが取り放題という頃でもありました。

こまごま述べてしまいましたが、こういった大衆文化(?)の例や生活の様子をならべると見えてくる通り、私にとっての1985年のイメージは、奇妙な前向きさ、ちょっと軽薄な感じもするバカ明るさです。どの分野においても、何か未来に対する希望があふれていたような気がするのですが、どうなんでしょう。80年代後半のバブル突入前の高揚感、明るい未来に向けて迷いなく突き進む感覚があったのでしょうか。

こんな雑談で終わろうと思ったら、この時代の明るさと比べると、現在の閉塞感や暗さはどうしたものか、あるいは過去の記憶というものは美化されがちで、私の思ったことなど郷愁に過ぎないのではないかとか、ヘンなことを考えたりもしました。ということで、意図しないことだったのですが、このへんについて思いつくことを次回述べてみたいと思います。

コメント ( 9 ) | Trackback ( 3 )



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コメント
 
 
 
あの頃は良かった (nabe)
2005-08-24 13:37:08
「閉塞感」。これこそ90年代以降の世界をもっとも良く表すキーワードでしょうか。日本のみならず先進国全てに蔓延する疫病のようなものにも思えてしまいます。この閉塞感はどこからくるのでしょうか。もちろん答えはさまざまでグローバルなところでは地球資源問題、環境問題から世界レベルでのナショナリズムの勃興、国内ならデフレ、不況、年金、社会階層の固定化、数百兆の財政赤字、少子化問題教育問題中朝の脅威etcetc.



やじゅんさんのエントリーを読んでいてふと思ったのですが、要因のひとつに「喪失感」というのも有るような気がします。かつて東西陣営に別れ霸を競っていたころ、西側先進諸国は自由と経済の発展を誇り、我々こそは正しく、進歩し続けているのだ、未来は我々に有るのだと思っていたわけです。そして目出度く冷戦に勝利したわけですが、じゃあいいことはあったかというと一つもない。薔薇色の未来はやってこなかった。米ソ核戦争の恐れは減っただろうけど、核は拡散し続けるし内戦は増えている。これからどこへ向かって進むべきなのか誰にも分からない。振り返ってみれば問題は山積み。「喪失感」という言葉が適切かどうかわからないけど、こんな気分も閉塞感の一つの原因ではないかとぼんやり考えてしまった今日この頃。

最後に一言、ああ、あの頃は良かったW
 
 
 
やはり (やじゅん)
2005-08-25 00:04:27
>nabeさん

そうですね、色んな意見はあるでしょうけど、どうも昨今の雰囲気は暗いような感じがします。近視眼的には、経済回復にともなって、最悪期は脱した安堵感があるようですが、大きな視野で見れば、自殺者とかNEETとか、現代文明ならではの病が増えている感じもありますよね。

次回以降述べてみるつもりですが、私はnabeさんの所感に同意しながらも、課題の多さという要素のみならず、満ち足りたことから生じる厭世観みたいのものもあるような気がしています。物質的な豊かさも情報化の発達も、10年前と比べて悪くなっているわけはないのに、気持ちが晴れないのは、10年前のとき見えていたゴールみたいのがないからではないでしょうか(たぶん、nabeさんのおっしゃる「喪失感」や「進歩」の手応えを失ったことと同じことなんでしょうね)。

気持ちの問題というのは結構大きいものですよね。明るいビジョンを描くのも政治とかリーダーの務めなのかもしれませんね。

しかし、やはり80年代はいい時代だったんでしょうねえ(笑)。
 
 
 
たしかに (星の王子様)
2005-08-25 04:10:17
いやあ人それぞれ感じ方がありますね しかしながら80年代が良かったというのは共通しているようで ベルリンの壁崩壊後中国という壁が世界に存在して現在の混迷に影を投げかけている面とアフリカの存在感がここ10年くらいで大きくなり80年代90年代と様々なバランスが変化しておりどの視点にたつかでかなり気分が異なる時代になった感があります

テロの続発で愛知万博に行ったおりもアメリカのパビリオンは入るのに厳重CHKがありました テロが投げかける重圧も大きいですね

最後になりましたがTBどうも

 
 
 
80年代 (かんべえ)
2005-08-25 14:23:49
拙著の宣伝をありがとう。やじゅん殿は若いんだなあ。ちょっと悔しいような。
 
 
 
読了しました (Baatarism)
2005-08-25 16:19:06
私にとっての1985年は大学入学の年です。だから、この本に書いてあることは青春時代まっただ中に体験してます。



マンガだと「ヤングジャンプ」「ヤングマガジン」「ビックコミックスピリッツ」などの青年誌というジャンルが生まれたのも80年代ですね。この頃からマンガやアニメは青少年向けが主流となり、オタク文化への道が始まったと思います。コミケが巨大イベントとなったのもこの頃ですね。
 
 
 
80年代の魅力 (やじゅん)
2005-08-25 23:43:05
>星の王子様さん

どの視点に立つかにかかってくるところ、本当にその通りですね。

こうして80年代をふりかえりながら、現代はどういう状況にあるのかを相対的にながめるのも有意義なことと思います。時代を振り返ることについて思うところをまた述べてみたいと思います。

しかし、80年代はたしかに良い時代だったんでしょうねえ(笑・嘆息)。



>かんべえさん

実は私、根っから80年代好きなんです。よく「年のサバをよんでいる」と言われます(笑)。

この記事の草稿はかんべえさんが2ヶ月くらい前に「今85年についての本を書いている」とおっしゃったときにすでに書いてました。もともと85年好きなので、「かんべえさんと僕の感覚は似てるなあ」とあらためて思いました。



>Baatarismさん

記事に書いた猥雑なエネルギーは青年誌にもあったように感じます。少年誌にはない生命感ある描写がやけに強烈でした。今は青年誌も洗練して、少年誌も内容にタブーがなくなってきて、あまり区別がなくなってきたような気もします。

別冊宝島の特集とかありましたけど、当時は「おたく」と呼んでましたね。私は80年代当時パソコン雑誌を沢山読んでいて、そこでこの言葉を知りました(笑)。
 
 
 
ブログ書評 (M.N.生)
2005-08-26 13:29:47
「1985年」とは直接関係ないコメントなんですが.このようなブログ書評は、面白いなと思ってるんです.これからどんどんコメントの輪やTBが広がっていって、読書会に影響を与えたらなあと.というのは、本を出したら書評、特に4大紙に書評が乗るかどうかで広まり方がぜんぜん違うんで、著者は書評が出るかどうかに一喜一憂するもんです.だが、大手新聞の書評ってのが、実際は(人選、傾向、内容)かなり問題系でして、インターネットの書評にある種の未来があるんじゃあないかと期待もしております.

蛇足ながら、コメンターの皆さん若いなあ.小生にも1985は特別の年で、初めて東京に出てきて仕事をした年です.もちろん年はそこそこ取ってましたが.
 
 
 
書評 (やじゅん)
2005-08-27 11:15:19
>M.N.生さん

私の今回の記事は書評にも値しない単なる私的な雑感に過ぎないので、かんべえさんにも申し訳なく感じてますが、ちょっと恐縮です(笑)。

ブログ上では映画や音楽など色々な評論がされていますが、昨今は本があまり読まれなくなったと言われることもありますし、書評はご指摘の通り、意義深いものかもしれませんね。その本を読む時間がなくとも、そういった本があることと著者を知ること、その概要を知ることだけでも大いに意味があると思いますから。

私はあまり新刊書を読まず、全般的に古い本ばかり読む傾向があるので、ちょっと書きにくいのですが、機会を見てまたやってみようと思います。
 
 
 
はじめまして (kochikika)
2005-08-28 23:46:54
はじめまして。こちらはよく拝見させてもらっています。世界情勢に疎い私ですが、絡める話題ですのでTBさせてもらました。

いい時代、面白い時代だったという皆さんの声にあるように、この書、この時代について語ると長くなってしまうのは私も同様でした。

 
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