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やじゅんのページ/The World according to YAJUN



昨年末、ユン・チアン/ジョン・ハリディ『マオ』を読みました。
今の時代、毛沢東に幻想を抱く人もほとんどいないと思いますが、エドガー・スノーの古典『中国の赤い星』で描かれたカリスマ性に少しでもシンパシーを感じていた人は、その幻想が木っ端微塵に吹き飛ぶことでしょう。そのくらい毛沢東の残虐性と無道ぶりを仮借なく描き出した作品です。

もっとも、権謀術数にたけ、恐怖によって人心を思うがままに操り、果てなき私欲を追求する、そうした善悪を超えた圧倒的なスケールを持つ人間毛沢東の凄さを知ることのできる本とも言えます。毛沢東は中国の二十四史を愛読し、紂王、始皇帝、曹操、則天武后といった「暴君」に近い評価を受けてきた悪名高い支配者を尊敬し、宮廷政治の権謀術数を研究し尽くしたと言われます。その政治術は、軍閥、国民党、日本軍、ソ連といった様々なプレイヤーが駆け巡る混沌の時代の中で、国の統治よりも共産党という限られたエリートが権力を争うことが優先された状況において遺憾なく発揮されたのでしょう。

話が少しそれますが、「自分が他人をだますことがあっても、他人が自分をだますことは許さない(そうなる前にその人を倒す)。」という言葉を気に入っていたように、毛沢東は曹操に対して強い思い入れをもっていたようです。毛の詩の才能は名高く、本人も、「沁園春・雪」という詞の中で歴代の皇帝の中でも自分ほど文才のある者はいないと述べたように絶大な自信を持っていましたが、その毛でさえ、曹操の詩だけは自分に匹敵すると思っていたそうです。文化大革命期には、「海瑞免官」や「水滸伝」論争など、歴史上の人物や小説の文芸論に政治的メッセージを込めるという知的(陰湿?)な政争が流行しますが、その中には「曹操の名誉回復」という論文もありました。おそらく「戦場の詩人」という戦略家と芸術家という両面を兼ね備えた美学を自らと重ね合わせていたのでしょう。色々な意味で毛沢東は中国の伝統的な「皇帝」としての資質を備えた人物であり、それが現代に出現すれば、どのくらい惨い災厄をもたらすかということを示したのかもしれません。

・・・
原文のサブタイトルが「The Unknown Story」となっているように、目新しい、もしくは論争的な事実も大胆に提示しています。毛沢東が「(日本の)皇軍には感謝している。なぜなら日本の侵略のおかげで共産党は国民党を破ることができたから。」と田中角栄首相や日本社会党訪中団に語ったことはすでに知られていますが、抗日戦争中、共産党が文字通り日本軍に協力して国民党を背後から襲わせた疑惑や、日中戦争後の国共内戦において、日本軍戦争捕虜が共産党に軍事訓練を施し、実際に戦闘にも参加して共産党を助けたことなど、聞いたことはあっても、専門書に書かれているのを見るのは初めてでした。またスメドレーや宋慶齢を「ソ連のスパイ」と断定しているのも個人的には驚きでした。(一方、中華人民共和国建国後の記述については、李志綏『毛沢東の私生活』ですでに触れられている話の確認も多いように思います。)

ただ、毛沢東に対する非難というメッセージ性が昂じるあまり、毛に利した事件や人物全てをネガティブにとらえ、逆に不利に働いたものを総じて評価するという主観的な傾向が強いように思います。長征をはじめとする数々の中国共産党の「神話」や、周恩来や朱徳といった毛沢東を支えた共産党の「英雄」、あるいはスメドレーなど共産党に協力的だった外国人に対する極めて厳しい評価、毛沢東の最大の敵である蒋介石や、彭徳懐など毛沢東に反抗し粛清されていった共産党幹部、あるいは第三勢力である日本軍(毛沢東は日中戦争の時代を共・国・日の「三国志」ととらえていた)に対する肯定的もしくは同情的な見方、秋収蜂起や長征時の紅軍の動きなど共産党史に登場する主要な事件のほとんどを毛沢東の権力奪取のための陰謀と位置づけるところなど、素人目には一つ一つの事例は実証的で説得力があるとは思いますが、全てのファクトを毛沢東を極悪人として描く一点に演繹的に集中させるような、全体を貫く姿勢に対しては注意が必要な気がします。

この本には、これまで通説的に扱われ、今なお中国共産党が守ろうとする毛沢東神話に対する激しい攻撃というか、強烈なアンチテーゼという側面があります。この本の見解だけを鵜呑みにするのではなく、同様のテーマを扱った他の本と照らし合わせることも大切でしょう。(例えば、土地改革など、建国期の共産党の政策についてもユン・チアンは全て毛沢東の農民の奴隷化・搾取の効率化という観点から断罪していますが、農民の解放や生産力の向上に貢献したとする見方もあります。また、サルトルら西欧知識人を魅了した毛沢東主義を完全なペテンであり誤った幻想としながら、その軍事戦略の無能ぶりを強調していますが、戦略家としての毛沢東の思想と才能はナポレオンなどに匹敵するという評価の方が専門家の間では一般的であると思います。)

エコノミスト誌の書評でも、毛沢東伝の定番と言われるPhilip Shortの『Mao: A Life』と比べると、「大躍進」による死者などの問題をすべて毛沢東一人に帰する点など、その見方に偏りが見られるとの指摘もあります。wikipediaでも論争の一端が記されていますが、長征神話の一つである濾定橋の戦闘など、いくつかのファクトの真偽にも論争があるようです。中国研究の大家アンドリュー・ネイサンの書評も参考になります。毛沢東がそれほどの嫌われ者であったのなら、なぜ彼がそれほどの権力を獲得し、周恩来など多くの優秀な人間を心服させることができたのかという素朴な疑問を述べつつ、専門家としての立場から、長征中の濾定橋の戦闘がなかったことや王明毒殺未遂事件などの「新発見」とも言える各事実について、その根拠の不十分さ、不適切さを強調しています。
(なお、このネイサン教授の書評は「梶ピエールのカリフォルニア日記」で知りました。同サイトで紹介されている矢吹晋氏の論評も大変参考になります。ちなみに矢吹氏のエッセイはこの件に限らず興味深いものが多く、特に毛沢東が田中首相に贈った『楚辞集註』の解釈(参照)には感銘を受けたおぼえがあります。また、天児慧『巨龍の胎動』も、最近の情勢まで見据えながら、バランスの取れた視野の広い分析をしており、参考書として大変重宝します。)

とはいえ、毛沢東の理解を深める上で大変役立つ優れたノンフィクションであることは間違いないと思います。膨大なエピソードを取り上げ、目を背けたくなるような陰惨な描写もありますが、読み物としても大変面白いです。

・・・
著者のユン・チアンは世界的ベストセラーである『ワイルド・スワン』の著者ですが、この本は現代中国の実像を知る上で大変参考になった思い出深い本でした。この本には、現代の中国を知るヒントが詰まっています。清末の軍閥割拠、日本軍の占領、国共内戦といった戦乱が続く中での中国人民の生き様、中国の全てを破壊しつくした文化大革命、恐怖と憎悪の中で明らかになる人間の残酷さ、中国の民衆の処世術は「何も考えないこと」である(そうでなければ生きていけない)という指摘、二千年前から変わらない農村と都市の断絶(都市から「知識青年」として農村に下放された著者が、農民を外国人のように感じたことなど印象的です)など、地を這うような体験者の視点からの現実の暴露は、今の中国を考える上でも示唆に富むと思います。

一方で、著者が文化大革命の中でたどった思考の遍歴、例えば魯迅のような開明的で自由な知性によって批判的な精神を学んだことや、米国の独立宣言を読み、「中国に生きてきて一度も知ることのなかった」概念を知り、感動のあまり泣いたことなど、また共産党の抑圧と封建的伝統の苦しみの中で、なお人間としての尊厳を保とうとした人々(その中には劉少奇や彭徳懐といった最高幹部も含まれます)の話は、同じ人間として共感し、胸を打たれるものがあります。「中華思想」に代表される伝統的な中国の価値観を根拠に、中国人と分かり合えることはないという意見も聞きますが、そうした文化論は、非常に重要な価値があるとは思いますが、結局のところ実証できない仮説ですし、あまりうがった見方にとらわれないことも大切と思います。中国の知識人や指導者の中には、古くは魯迅や孫文、最近では胡耀邦など、中国の悪しきメンタリティや封建的慣習といった前近代の伝統を嫌悪し、その克服と欧米的近代化に努め、日本をモデルとして学ぼうとする人々もいました。当たり前のことですが、「中国人」と言っても個人個人を見れば様々です。グローバル化や海外との交流の中で伝統的な考え方が変化する動的な面もあるのではないかと思います。

・・・
それにしても、ユン・チアンは、毛沢東がとった統治システムは人を残虐に殺し続けることでしか存続し得なかったと主張していますが、公開処刑、拷問、批判闘争会、相互告発、家族や友人や師弟といった人間関係の破壊、情報統制といった手段による中国共産党(というか毛沢東)の恐怖の統治には、言葉を失うものがあります。同時代の米国においても国家による人権侵害や陰謀があったのは事実でしょうが、あまりにも次元が違います。ユン・チアンが述べた「自由」の尊さは、まさに著者の心からの叫びと思います。単純な物言いのように聞こえるかもしれませんが、個人の自由が当たり前のものとして考えられるようになった時代と国に生きることの幸福を実感します。

【補足(2006/02/12)】
梶ピエール先生のフォローアップ記事でご紹介いただきました。私のはどうでもいいですが(笑)矢吹晋先生の書評は必見ですね。

コメント ( 9 ) | Trackback ( 6 )



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コメント
 
 
 
勉強になりました。 (屋根の上のミケ)
2006-01-10 00:45:30
「マオ」についての書評、深い考察を拝見し、大変、勉強になりました。ミケ
 
 
 
はじめまして。 (梶ピエール)
2006-01-10 11:20:37
トラックバックありがとうございます。『マオ』については、非常に的確に評価されていると思います。個人的には、農村社会への共産党の浸透に関する理解が非常に平板的なことや、共産党指導者のうち小平の記述があっさりしすぎていることなどに特に違和感を持ちました。フィリップ・ショートによる伝記との比較は山形浩生さんも強調しているところですが、今月の『CUT』に彼によるこの本の書評が掲載されるようです。
 
 
 
本年もよしなに (副会長)
2006-01-10 12:59:15
 『ワイルドスワン』は高校時代に親に読まされて、とてもショックを受けた本でした。中国の実態を知らされた思いがしたことをよく覚えています。

 「自由」が尊いものであるという単純な道徳的原則に改めて思いを致した時に、日本として取り得る方策と言うのは何なのだろうと感じています。昨年のブッシュ米大統領のアジア歴訪の意味合い、日中関係、北朝鮮の体制の問題などなど、「自由」という視点は日本外交においてももっと強調されうるのではないかと考えています。

 今年もご教示賜ればと、何か政治家の挨拶の様な結論の曖昧なコメントですいません。
 
 
 
ありがとうございます (やじゅん)
2006-01-12 08:28:58
>屋根の上のミケさん

どうもありがとうございます。励みになります。



>梶ピエールさん

はじめまして。HPを楽しく拝見しております。

こちらこそどうもありがとうございます。わざわざコメントまでいただいて恐縮です。

ご指摘まったくその通りだと思います。

反右派闘争で実際に手を汚したのが小平であったことなども触れられていませんでしたが、やはり毛沢東と共産党の否定に徹するあまり、主観的な記述になってしまった面があるのでしょうか。

個人的には、毛沢東に協力した共産党の指導者たちを総じて奴隷のような存在とし、無能であったように描いていたのも、どうなのかなと思いました。

『CUT』の山形浩生さんの書評も拝見したいと思います。

今後ともよろしくお願いいたします。



>副会長さん

中国で生きることの大変さ、自由な世界で生きることの幸福さ、実感しにくいことですが、良く考えたいものですね。

本年もよろしくお願いいたします。
 
 
 
苦しいコメント (Hache)
2006-01-15 02:17:49
世界史の教科書に名前を残す人物というのは、当然ではありますが、私みたいな凡夫とは桁が違う。毛沢東も百年後の教科書に名前を残す人物だろうと思います。他方で大きな人物ほど毀誉褒貶が激しいのはごく当たり前で残酷な行為の記述を読むと、悲しみを覚えます。



子供のときから歴史に名を残すような人物の評伝を好んで読む癖がありました。世界中を網羅しているとは言い難いのですが。そんな中で今ひとつ食指が動かない代表的な人物が2人います。一人はナポレオン。もう一人が毛沢東。どちらも卓越した軍事的才能をもっていたという点では私好みですし、気宇も大きい。にもかかわらず、なぜか関心がもてないです。やじゅんさんの記事やリンク先も拝見して勉強になるし、もっと勉強したいと思うのですが、毛沢東へ関心をもち続けることがなぜか難しい。好きとか嫌いとかそういう問題ではないようです。



最初に記事を拝見して一週間近くたちましたが、なんで毛沢東に興味をもてないのかが自分でもわからないです。古代ローマならカエサル、現代ならばチャーチルなどは相変わらず関心がもてるのに、少し不思議な気がいたします。
 
 
 
苦しいコメント返し(笑) (やじゅん)
2006-01-15 23:50:22
>Hacheさん

苦しいながらも(笑)大変興味深いコメントをいただき、どうもありがとうございます。

ナポレオンと毛沢東ですか。何だかスゴイ組み合わせですね(笑)。個人の嗜好の問題でもありますし、私のお返事も苦しいものになりそうですが(笑)、思うところを書いてみたいと思います。



私も歴史に対する興味は、人間、特に「英雄」と言われる人々に対する興味から入りました。Hacheさんとちょっと違うのは、私の場合、子どもの頃に「三国志」などの中国ものに惹きつけられた面が大きかったようです。ご存じの通り、中国は「紀伝体」や人治の思想からも分かるように、英雄「萌え」が強いところです。これは近現代においても同様なところがあって、スノーやスメドレーなどの著作を見ると、毛沢東と朱徳、周恩来、賀龍、林彪、劉伯承、許世友、張国濤など、伝説化した英雄たちが躍動する浪漫的な歴史群像が楽しめます。嘘でも文学でも、こういう神話があるのかと知るだけでも面白いなと。英雄の中には長老として最近まで生きていた人もいますし、今でも中国はストロングマンが個人力で政治を作っている面がありますしね。まあ、それもどうかとは思いますが(笑)。



また、やはり中国が日本にとって近いし重要だからというプラグマティックなマインドもあるのかもしれません。ローマも好きですが、遠いところの話だからなあ、という醒めたところがあるんですよね。そういう意味でもHacheさんと違うのかもしれません。



毛沢東について言えば、私もかなり嫌な印象を受けましたが、とてつもないスケールを持った人間であることは確かだと思いますから、まさにHacheさんのおっしゃるとおり毀誉褒貶は避けられないことと思います。ただの残虐趣味な人間などではなく、人を惹きつける魅力もあったのだろうと思います。『毛沢東の私生活』など見れば、毛沢東のユーモアや座談の名手ぶりが分かりますし、詩を見てもただ者ではないと思います。周恩来ほどの人が、死の間際まで失禁するほど毛沢東を心配し続けたのも、単に恐怖に縛られていたというだけでは説明がつかないでしょう。



しかし、歴史に名を残す人間のスケールと、それが大多数の人々に幸福をもたらすのかどうかはまた別の話で、大迷惑を及ぼす人ほど名が残るという厳しい現実もあります。「国家の自縛」記事のコメント欄でも触れましたが、Hacheさんのおっしゃる「残酷な行為の記述を読むと、悲しみを覚えます」という感覚は大切なことのように思います。



人物本位の歴史は学問的ではないという意見もありますが、理論的であろうがなかろうが、歴史を動かした人々の事跡を追うのはとても大切なことだと思います。まだまだ勉強不足ですが、こういう勉強は楽しいですし、色々な国・地域の理解を深めていきたいものです。
 
 
 
はじめまして (kigu2)
2006-06-10 16:20:50
はじめまして。

「右であれ左であれ我が祖国」

というタイトルのブログをはじめ、

「『マオ 誰もしらなかった毛沢東』 を評す」

というかなり長文の記事を書きましたのでお知らせ申し上げます。

HPはもっているのですが、ブログは初めてで、「トラックバック」の機能がよくわからず、

こうしてコメント欄へ書き込むことになりました。

 お越しいただきコメントを戴ければ幸いに存じます。



 
 
 
はじめまして (やじゅん)
2006-06-12 01:15:07
>kigu2さん

ありがとうございます。これからじっくり読ませていただきます。
 
 
 
TB失敗 (kigu2)
2006-06-13 00:32:45
たびたび済みませんです。

トラックバックというのに二度失敗し

ご迷惑をおかけしました。

お詫びいたします。
 
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