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やじゅんのページ/The World according to YAJUN



「米国におけるエスニシティ」の続きを書く前に少し閑話休題を続けます。>

2月28日の溜池通信でかんべえさんがQDRについて述べられています。私も思うところがあってすぐ述べたかったのですが、怠惰な性分のため今日に至ってしまいました。鮮度の低い話の上、すでにかんべえさんや報道などで専門家が述べられている以上に私なんかが付け加えることなどほとんどないのですが、素人なりに思いついたことをメモ程度に記してみます。

QDRの概要を読んで私が第一に感じたのは米国の切迫感です。必死だなあという感じがしました。中国が重視されているというポイントはよく指摘されますが、それはそうとしても、テロとの戦いとイラクでの苦境が長く続くことの覚悟、米国が単独ではなく同盟国と一緒になって戦っていくんだという姿勢、それを政府が確認し、米国民が理解する必要があるんだという点が何よりも主要なテーマなのかなと思います。決して楽観的になるなという戒め、米国の強大な力への期待値を下げるという政治的な目的もあるのでしょうか。

それから、これはQDRというよりは、ずっと以前から続いている米軍のトランスフォーメーションと日本との関わりについてなのですが、米国が同盟国と一緒にやっていくことの意味をどう日本がこたえていくかという点が気にかかりました。

米国が目指す新時代の軍の姿は、ものすごくおおざっぱに言えば、コンパクトで機動性に富み、単体で自給自足的なオペレーションがこなせるハイテク精鋭部隊をそろえて、特定の地域や対象ではなく、個別の事案(テロが念頭)に対してフレキシブルで迅速に、洗練された対応ができるようにする、というものです。その裏には、精鋭部隊に資源をつぎこんで、同時に縮小される旧来型の軍隊の役目を同盟国にできるだけ任せる、という一種の作業分担が念頭にあります。例えばイラク復興では、少数のハイテク部隊ではなしえない大量の兵士と治安部隊が必要になりますが、それはイラク人自身にやってもらう。アフガン戦争ではタリバンの中枢部分をJDAMや特殊部隊でピンポイントでたたくのは米軍がやるけど、そのあとにばらばらになった残党をたたくとか武装解除するとか、戦闘が終了した地域の治安を維持するのはアフガン政府やコアリションの仕事。あるいは米軍を展開させる上での兵站は同盟国の支援を期待する、そのために同盟国の兵廠や備蓄の基地が重要な役割を果たし、その土地にいることならではのアドバンテージを発揮してもらう(アフガンで現地勢力が馬を提供してストライカー旅団をサポートするとか)。要するに米軍はその技術力を活かして自分たちにしかできないことを追求することに専念し、それ以外の色々な仕事、旧来型の雑務や汚れ仕事が多くなりますが、それは同盟国(とかPMC(民間軍事会社))にやってもらうということです。大まかなポイントをつかむには江畑謙介『米軍再編』などが参考になるかと思います。

これは勝手に考えた乱暴な比喩ですが(笑)、サッカーにたとえると、米国はものすごい金をかけて超強力なオールラウンド型のFW兼ゲームメーカーを養成し、彼らをイタリアでもスペインでもその時々に最も重要な局面にあると考えられるリーグに、助っ人として投入できるようにする。米国人選手が最強の攻撃力を活かして相手のエースを粉砕する一方、こぼれ球拾いなど地道な作業と豊富な運動量が要求されるDFやMFは現地プレイヤーにやってもらう。トレーニング施設管理やサポーター動員などのロジも現地国担当。試合が終われば助っ人はすぐに撤退し、別の激戦区に移動する。必要であれば米国本国に全員を呼び寄せて本国のDFとともに祖国防衛に当たらせる。米国選手はチーム単位ではなくプレイヤー単位なので小回りがきくし、移動はスピーディー。この移動をスムーズにするための世界中の拠点作りも現地国にやってもらう。そんなイメージかと思います。トランスフォーメーションを象徴する兵器である「ストライカー」の名前から何となく思いついたたとえ話なので、あまり真剣にとらないようお願いします(笑)。

それはそれで効率的な考え方だし、いまや全世界の安全保障を担当しようとする勢いの米国はそうでもしないともたない。それにそうした役割を担うだけの力量と資格のある国だと個人的には思いますから、理解はできます。また個人的には、「『日本の「ミドルパワー」外交』書評 」でも述べましたが、日本が米国とともにグローバルな安全保障を担うことにやりがいはあると思います。日米関係を強固なものとする上でも米軍との一体化を進めることは大きな資産になるのでしょう。

ただ、その米軍のシナリオに乗っかって一体化することが自己目的となってしまうとしたら、それはどうなんだろうという思いもあります。日本自身の安全保障環境を見れば、北朝鮮と中国が不安要因なわけですが、現時点での戦力バランスを見れば致命的な問題があるわけではないと思われます(もちろん、だから何もしなくてもいいという意味ではありませんが)。テロとの戦いについて言えば、米国と一体化しているイメージを作り出すことが決して日本にとって得なわけではありません。米軍の変革に協力することが基地移設の負担など財政的なコストの拡大につながることもあり得ます。日米関係や日本が世界の安全保障に貢献する意味では、米軍との連携強化には軍事的のみならず政治的にも計り知れないメリットがありますし、私自身は大いに結構なことだと思っているのですが、日本が自分自身の安全だけを純粋に考えるのであれば、実はそれがどこまで喫緊の必要性があるのかは良く分からないということです。

日本が英国や豪州と比べて米軍との連携に遅れをとっているからといって、ものすごく不安になる必要はないでしょうし、連携を進めることで払わなければいけないコストも考えないと、際限なくリソースを割かなければいけなくなります。安全保障とかテロ対策は、やればやるほど安心するというか、理想を言えばどこまでやっても止まらないという面がありますよね。しかし、現実的に考えれば、資源は無制限ではないのですから、進めることで得られるコストとベネフィットは両方考えないといけないと思います。だからこそ脅威認識とか情勢分析といった基礎的な研究が必要なわけで、それを元に本当に必要な対抗力は何なのかを追究することになるのだろうと思います。ミサイル防衛なんか、米国にとっても日本にとってもまさにそのへんが難しい判断だったのだろうと思います。

くどいようですが、米国との協力を進めることで得られるものはとても大きいです。軍隊を否定する平和主義や単純な「巻き込まれ論」からの日米同盟批判はナンセンスと思います。個人的には日米の関係の深化という大きな流れは良いことだと思いますし、ミサイル防衛にしてもイラクにしても日本がこれまでとってきた政策を批判する気はありません。日米が気持ちよい状態で同盟を維持できるよう配慮を尽くすことは死活的に重要と思います。ただ、単純な友情とかボランティア精神で米国についていくのではなく、日本自身の安全保障にとって必要なものは何かというある種「わがまま」な打算も頭のどこかには置いておく必要があるのではないかなと思います(わがままを通して日米関係を壊すのは合理的な選択でもなんでもありませんが)。他の国が米軍との一体化を進めているからという観点ではなく、日本にとってどういう状態が最適であるのかという観点から考えることが大切かと思います。そうでないと、日本は米国の世界戦略を見据えた再編に対して正面から議論できるようなロジックがなく、ズルズルと引きずられるだけで終わってしまうでしょうから。

軽い話にしたかったのですが、説明力不足のため長く重くなってしまいました・・・。このテーマはまた違う形で取り上げてみたいと思います

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