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やじゅんのページ/The World according to YAJUN



だいぶ過ぎた話ですが、フィギュア、すごかったですね。
私はキム・ヨナがかわいいなとオリンピックの前から思っていたので、そこばかり注意がいってましたが(笑)、最後の浅田真央選手の演技には本当に感動しました。
テーマの選択について議論があるようですが、キム・ヨナの(言い方が良くないですが)通俗的なテーマに対し、ああいう荘厳で精神性の高いテーマで対抗するのも、あれだけの実力とカリスマのある人なら十分納得のいくものではないかと、まったくの素人目線ですが思いました。
しかし、キム・ヨナも、なんと言ってもあれだけの期待をされて、その期待に完璧にこたえるパフォーマンスをしたこと自体、破格のすごさを感じます。
こういう天才を見ることの喜びを感じながら、人に感動をあたえるスポーツやアートというのは、本当にすごいものだな、とあらためて思いました。
そんなこともあって、『インビクタス』も、まだ見ていないのですが、楽しみにしています。

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ということで、「その1」の続きです。

まず概説書。

■ 菊池理夫 『日本を甦らせる政治思想 現代コミュニタリアニズム入門』
新書で文章が平易。知識ゼロから気軽に読めます。
ただ啓蒙書としての性格に主眼をおくあまり、現代日本の問題に無理にあてはめたり(タイトルもちょっと違和感)、他のテーマと比較しすぎて、わかりにくくなっている気もした。さっと見るだけなら『憲法の争点』にある2ページの説明ぐらいの方が分かりやすいかも。

■ スティーブン・ムルホール、アダム・スウィフト 『リベラル・コミュニタリアン論争』
これ一冊で重要なポイントをすべて押さえられるすぐれもの。
コミュニタリアニズムのみならず、後期ロールズ、ローティ、ドゥオーキン、ラズのリベラリズムまで説明が行き届いている。内容の充実は申し分ない。
ただ専門書だけに記述に無駄がない。前提知識なく読むにはちょっと苦労するかも。

■ 井上達夫 『共生の作法』
■ 同 『他者への自由』
いずれもリベラリズムと正義論がメインのテーマだが、その思想に挑戦する代表例としてコミュニタリアニズムが取り上げられる。著者の問題意識に沿った形での引用だが、それだけに議論の縁がくっきりしていて分かりやすい。余談になるが著者は80年代にサンデルのゼミに参加している。

■ 川本隆史 『現代思想の冒険者たち23 ロールズ』
ロールズの入門書だが、1980年代のロールズへの批判の一つとしてコミュニタリアニズム(サンデルとウォルツァー)が解説されている。手際よくまとめられていて分かりやすい。著者はウォルツァーを高く評価しており、その多元的平等の思想と後期ロールズの政治的リベラリズムとの関係を示唆している点が興味深い。

■ デレク・パーフィット 『理由と人格』
本書は「人格の同一性」を主要なテーマとする名著で、コミュニタリアニズムを正面から論じたものではないが、訳者の森村進氏の解説が、「人格」のとらえ方(人格の別個性の重要性と人格の観念の社会性/個別性の二つの座標軸)から、還元主義、リベラリズム、リバタリアニズム、コミュニタリアニズム等を整理しており、非常に示唆に富む。サンデルやマッキンタイアの想定する人格が還元主義ではなく物語性に基づくものであるとの指摘も印象深い。

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次に主要なコミュニタリアンの代表作。

■ マイケル・サンデル 『自由主義と正義の限界』
コミュニタリアニズムの代表例としてよくあげられる本。この本のロールズ批判が論争の出発点ともいわれる。
カントを基盤とする自由主義、ロールズの正義論が、正=権利(right)の前に善(good)を置き、目的から独立した純粋な選択意思主体(「負荷なき自我(the unencumbered self)」)たる個人を前提とする点を批判する。共同体を個人に優劣させるものではなく、争点とするのは共通善と正との優劣、共同体から独立する個人の擬制の限界であり、実際のところそれほどラディカルな批判には感じられない。
近著(96年)の『Democracy's Discontent』では、米国建国の歴史をジェファーソンに代表される共和主義思想の堕落の過程と解釈して記述している。哲学的な発展は少ないようだが、Walter Russell Meadの『Special Providence』が描くハミルトン、ジェファーソンらの思想のせめぎ合いの見立てにも通じるもので、歴史解釈としては面白く読める。

■ アラスデア・マッキンタイア 『美徳なき時代』
著者はもともと倫理学史の大家だけに、他のコミュニタリアンと比べて、記述スタイルが文学的で、古代に対するシンパシーが突出している点が特徴的。
西欧近代の思想、特に啓蒙主義を批判し、近代以前に存在した「徳」(virtues)を回復することを説く。中でもトミズムを最も優れた西欧思想の伝統とする。
同時期に出たロバート・ベラーの『心の習慣』とアラン・ブルームの『アメリカン・マインドの終焉』が現代人のアノミー、公共性の重視といった類似のテーマを扱っているので、一緒に読むと面白い。

※ベラーは、米国の宗教性について述べた際に何度か引用したが、「civil religion(市民宗教)」という概念で政教分離を説明した宗教学者。『社会変革と宗教倫理』が代表作。『徳川時代の宗教』という著作もある。この関連では、昨年末に出た藤本龍児『アメリカの公共宗教―多元社会における精神性』が最新の情報が多く参考になった(この本では、ベラーは後に「市民宗教」という用語が混乱を招くことを怖れて使うのをやめたこと、「聖書的伝統」に基づく「目に見えない文化」としての宗教(「公共宗教」)といった言葉の方が適切といった趣旨のことが書かれている。)。

■ チャールズ・テイラー 『<ほんもの>という倫理』
■ 同 『今日の宗教の諸相』
■ 中野 剛充 『テイラーのコミュニタリアニズム』
著者は議員に立候補するなど政治にも深くコミットしており「現代のエドモンド・バーク」とも言われるカナダの哲学者。
人間が自己解釈的な動物であることを出発点に、道徳性、人格等の構想が言語的共同体の成員であることを通じてのみ確立され、共同体がその確立のため前提となることを説く。
その根底にある問題意識は近代の問題の克服にあり、その観点から、現代の宗教、特に米国における表面的な世俗性と深層にある宗教性について、ウィリアム・ジェイムズ、ベラーの市民宗教、(前にニーバーの著書を紹介した際も取り上げた)denomination論を引用して論じている。

■ マイケル・ウォルツァー 『正義の領分』
■ 同 『正しい戦争と不正な戦争』
多元的な共同体の秩序、その構想に基づく平等観、配分的正義を唱える。その強い価値相対主義には批判もあるが、他のコミュニタリアンと比べてリベラルに近い思想の持ち主。
米国系ユダヤ人であり、ユダヤ教、イスラエルの引用が非常に多い。ブッシュ政権の対テロ戦争を支持し、2006年に改訂した『正しい戦争と不正な戦争』ではイラク戦争にも触れている。哲学的立場のみならずバックグラウンドにもおそらく注意が必要だろう。

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こんな抽象的なことをあれこれ考えてどうするのかと思われるかもしれませんが、過去の人々の考え方が何らかの思考様式に支配されていたように、我々の考え方も何らかの思考様式に支配されているわけですよね。そうすると、歴史や現実をどう読み解くためには、こういった思考様式を解明することが必要でしょう。そのためには、自分ひとりで、閉ざされた思考様式であれこれ考えるだけではなく、過去の人々や異なる社会の考え方について色々知識を得ることは有益だろうと思うのです。それは他者だけでなく自分自身の理解にもつながります。
ただ、そもそも何らかの思考様式に拘束されている以上、そこからどれほど読み解きができるのか、なにがしか解が得られるのかには疑問もあります。結局のところは、理解のための理解に過ぎないようなもので、趣味というか、面白いから、ということに尽きるのかもしれません。
それでも、本当に実益のない遊びに終わるのかと言えば、あえてがんばると、法の世界では、こういう概念の意味や社会の成り立ち自体を問うことが現実の判断に直結してくる面が、なくもないのだろうと思うのですね。
たとえば平等、同性愛、中絶といった論争的な問題(米国的な問題ですが)についても、根本に拠って立つ思想によって、その結論は演繹的に影響を受けます。ロールズやウォルツァーは自らの構想の実現において法の果たす役割に大きな期待を寄せています。日本国憲法についてみても、「個人の尊厳」や「自由」をどう考えるのかは重要な問題です。また、人格、自律といった、その意味を意識することなく使われている概念も、実際は多義的なのに、あまりに自明になり過ぎて、本当のところどのような意味を含むものなのか見えにくくなっていて、そのために体系的・整合的説明に困難が生じることもあります。こういう既にできあがっている根本的な枠組みを、どこかで突き放して、相対的にながめたり、新しいかたちを再考してみることも、現実問題として必要かと言われるとよく分かりませんが、たまにはあってもいいのかなと思います。

ちょっと言葉足らずで、よく分からなかったかもしれません。正直なところ私もよく分かっていません(苦笑)。あらゆる意味でまだまだと思います。これからも気ままなペースで、長い目で考えていきたいと思います。

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コメント
 
 
 
Unknown (Alice)
2010-03-09 23:45:02
 素晴らしいの一言ですね。
 この豊富な読書量といい、それらがきちんと体系だって整理されており、各内容の要点をズバリと押さえていることといい、本当に感嘆いたします。。
 私は、つめこんだ知識そのものの過多よりも、各々の内容を把握して全体を有機的につなげて整理することが重要だとは思いますが、実は、それも、かなりの量の知識を咀嚼して吸収してからこそ、できる技です。
 つめこみに終わらないで、内容をきちんと理解し、要点の整理ができるというだけでも、大変な作業なわけですが、やじゅんさんは、それをものすごく膨大な量できちんとこなしたうえに、分野にとらわれず、縦横無尽に様々な角度から結び付けることができています。

 私は、法律の実務を知りません。
 しかし、おっしゃっていることはなんとなく、わかる気がします。
 人を説得する必要がある職業であると思われますので、過去や諸外国の事例の把握、現在の状況の正確な分析、法律の知識はもちろん絶対的に必要でしょうが、それだけでOKというほど甘くはないように思われます。
 コミュニケーション能力やパフォーマンス能力、プレゼンテーション能力を鍛えるのは当然として、それぞれの事象に対して、過去どのような人物がどのような立場でどのように解釈をし、それが他の人間の考えにどう影響を与えたのかを、やはり、分野を制限せずに横断的に、私情を交えずに整理しておくと、説得力が増すことでしょう。

 いずれ、やじゅんさんご自身の独自のお考えがまとまったら、是非、拝読させていただきたいものです。
 
 
 
ありがとうございます。 (やじゅん)
2010-04-04 23:51:08
>Aliceさん
どうもありがとうございます。いつもながらの買いかぶりで、恥ずかしくなってきますが・・・笑。

正直なところ私自身書きながら勉強しているような状態です。走りながら考えているようなもんですね。

私自身の考え・・・どうなんでしょう。私の場合、他の人の考えることで満足してますからね。笑 満足できなくなったときに何か考えるのかもしれませんが、おじいさんになってるかも。
 
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