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やじゅんのページ/The World according to YAJUN



在中国大使に丹羽宇一郎伊藤忠相談役。
なかなかに驚きの人事ですね。

よりによって中国のようなデリケートなところに、とは思いますが、丹羽相談役という方は、ご発言を見る限り、官僚への尊敬の念があり、バランス感覚や視野の広さもある方のようなので、中立性の問題などはよく分かりませんが、そんなに悪くない人事のような気がします。なんと言ってもビジネスの現場の知見とネットワークには余人をもって代え難いものがあるのでしょうし(たぶん)。

それと、ギリシャ大使に野村証券顧問。
これも初めて聞く例ですが、面白いですね。

金融危機という短期的問題に着眼しているようにも見えて、それはそれで議論の余地がありそうですが、私は結構ありだと思うんですよね、こういうのも。

外交や安保といった伝統的な分野は、人的ネットワーク、相場観、センス、意思決定のプロセスの熟練といった、継続的な経験、プロフェッショナリズムがものをいう部分が大きく、内部の人間で十分足りるというか、むしろプロパーの人間に何重ものアドバンテージがあります。
(伝統的な分野といっても、地域研究について言えば、研究者の学識には大きな価値があります。ただ、これも非常に絞り込まれた領域での客観的・中立的な分析に限られるものであり、総合的・現実的な政策の形成や意思決定とは性質を異にすると思われます。また、役所の地域研究の専門家の中には、学問の世界でもトップクラスにある学識を備え、退官後にその分野の第一人者になる人もいます。)

しかし、経済、金融、法といった、日々現場でのアップデートが積み上げられ、高度な専門的知見が要求される分野は、もう外部の人間に頼らざるを得ない時代です。しかもその重要性は今回の金融危機を見るまでもなく高まる一方です。人的にも物的にもコネクションがものをいうビジネスに関わる分野も、これから重みを増してくるかもしれません。

官民の補完関係は、これからますます進むことになるのでしょうが、私がかねてから思うのは、民間から必要とされる人材とは、抽象的な評論家や理論家然とした人ではなくて、こういう専門的技能をもった本物のプロの人たちだろう、ということです。本当の意味で、内部の人間には提供できない付加価値を生み出せる人たちです。
(実際、課長より下のクラスではすでにどんどん登用されています。)
これから先、具体的にどのような分野なのか、またどのようなレベルの役職が適切なのかについては、まだまだ検討が必要なのでしょうが、今回の大使人事は今後の方向性を見る上で一つの示唆を与えるかもしれません。
(中国大使ほどの重量級ポストを開けるということが重大なインパクトになることは間違いありません。米国大使なみの重さと実質のある「本物」のポストですから。今までも大使や公使の起用はたくさんやってましたが、今回のはこれまでとはちょっと次元が違うものです。)

私個人としては、こういう補完の流れは一般的にはいいことだと思いますし、また色々な意味で抗えない流れでもあるように思います。
ただ、繰り返しになりますが、どういった形で推し進めるか、特にハイレベルの人事については、まだまだ検討の余地があるかと思います。
現場の一線で仕事をするレベルであれば、どんどんやってもらえば良いと思うのですが、局長、大使レベルとなると話が違ってきます。この人たちは意思決定を下す立場にあり、官僚機構においては、その職務の権限内にある限り、その決定は絶対です。その下に仕える内部の人間は、新しく来る人をどう支えるのかを真剣に考えなければならず、それは場合によっては組織全体に影響を与えるほどのリスクと負担になります。ただの思いつきや単なる「政治主導」のポーズ、あるいは猟官運動の道具にするのではなく、本当の意味でその人がどんな貢献ができるのか、厳密に考えて決めるべきでしょう。
内部の人間にとっても良い刺激になり、また不毛な消耗を生まないことをどう実現すべきか。そんなこともこの話の発展に伴う一つの課題といえると思います。

・・・
ワールドカップ。
見る試合をできるだけ絞ろうとしていますが、ついつい見てしまいますね。

日本代表、カメルーンに勝ったのは本当にすごかった。
終盤の怒濤の攻撃を浴びたとき、いつもならここでやられる・・・と思いましたが、見事にしのいだ。
オランダ戦もよくやりました。あのチームを相手に一歩も引かず対等に渡り合い、一点とられても切れることなく戦い抜いた。
こういうしぶとさは今までなかなかお目にかかりませんでしたね。

そういや4年前はこんな記事を書いていました。決勝トーナメントはこんなだった。決勝戦のときは北朝鮮のミサイル発射があったんですよね。なつかしいなあ。笑

・・・
最近読んだ本です。

■ ジャンバッティスタ・ヴィーコ 『新しい学』 
歴史、哲学、詩、神学、法学(ヴィーコが最も重視した学問)を盛り込み、社会学や人類学まで射程におさめる。
クリティカ/トピカ、verum=fuctum、詩的記号、intelligere/cognitare、filosofia/filologia。ヴィーコの学(scienza)は、自然科学(科学哲学)と人文学の両方に興味をもつ者に刺激を与える。

■ 清水幾太郎 「私のヴィーコ」 
『世界の名著 ヴィーコ』に収められている。時代の空気も感じられる味わい深い批評。

■ 上村忠男 『ヴィーコ 学問の起源へ』 
著者はヴィーコ研究の第一人者。優れた入門書。

■ ピーター・バーク 『ヴィーコ入門』 
ウェーバー、ヴィンデルバント、ディルタイ、レヴィ=ストロースとの対比が示唆に富む。ピーター・バークは『歴史学と社会理論』も何かにつけ参照する良書。

■ 樺山紘一編 『新・現代歴史学の名著』
前篇の『現代歴史学の名著』とは違う切り口の面白さ。
特に興味をもったのはノラ編『記憶の場』とギンズブルク『チーズとうじ虫』。これらは上記『歴史学と社会理論』でも取り上げられている。

■ 佐藤賢一 『英仏百年戦争』
イングランド、フランスのなりたちを手軽に知ることのできる好著。作家だけにツボをおさえた読みやすい文章。
同氏のノンフィクションものでは『ダルタニャンの生涯』もまあまあ良かった。

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コメント
 
 
 
Unknown (Alice)
2010-06-22 14:47:34
 ブログ更新ありがとうございます。

 暑い夏に素敵なプレゼントですね。
 でも、私は知識がないから、ろくな感想かけませんが・・・(^^;)



>外交や安保といった伝統的な分野は、人的ネットワーク、相場観、センス、意思決定のプロセスの熟練といった、継続的な経験、プロフェッショナリズムがものをいう部分が大きく、内部の人間で十分足りるというか、むしろプロパーの人間に何重ものアドバンテージがあります。

 外交と安全保障は一部のエリート官僚主体でいいのではないでしょうか。
 素人的には、さほど、民主主義の原則からしてどうのこうのという分野に思えません。
 アメリカを見ていると、兵士に、変に「市場」を導入するのもやめてほしいです。
 質がおそろしく劣化しているように見えます。
 ただ、戦前のことがあるから、意思決定までのプロセスをある程度クリアにしてほしいというのはあります。
 1970年代では無理でしょうが、今の日本社会ならそれも可能ではないでしょうか。

>地域研究について言えば、研究者の学識には大きな価値があります。ただ、これも非常に絞り込まれた領域での客観的・中立的な分析に限られるものであり、総合的・現実的な政策の形成や意思決定とは性質を異にすると思われます。

 特に外交とか安全保障についてはそうなんでしょうね。
 数理統計学を専門にしていた博士課程の同期が、防衛大で専任教員していて、防衛省の研究所からデータ解析を学ぶために防衛大の大学院に来る人たちを教えています。やっぱり、観点というか、視点というか、純粋な学術上の応用統計学とも、国際政治学とも違うようです。
 まあ、私も同期も国際政治学どしろうとですが。

 他方で、応用経済学や社会学における学者の研究は、財務省や内閣府や日銀の研究所の研究に差がないような気がします。さすがに数理経済学や数理統計学の研究は官公庁では(少なくとも表向きは)していないように見えますが、日銀においては、金融工学と情報セキュリティ工学に関しては、研究まではいかなくても、最新研究動向のカバーまではしていますよね。
 
 内政と外交は根本から違うような気がします。

>また、役所の地域研究の専門家の中には、学問の世界でもトップクラスにある学識を備え、退官後にその分野の第一人者になる人もいます。

 財務省や日本銀行から応用経済学者への転身も多いですよ。
 ただし、転身した人が、転身しなかった人よりも優秀とは限らないかも。
 学者よりも官公庁や民間で優秀な研究者がいる一方で、転身した人は、転身しなかった人と比べると・・・かもしれないのが経済学コミュニティの面白いところです。
 もちろん、学者や学者に転身した人で優秀な研究者もいらっしゃいます。

>経済、金融、法といった、日々現場でのアップデートが積み上げられ、高度な専門的知見が要求される分野は、もう外部の人間に頼らざるを得ない時代です。しかもその重要性は今回の金融危機を見るまでもなく高まる一方です。人的にも物的にもコネクションがものをいうビジネスに関わる分野も、これから重みを増してくるかもしれません。
官民の補完関係は、これからますます進むことになるのでしょうが、私がかねてから思うのは、民間から必要とされる人材とは、抽象的な評論家や理論家然とした人ではなくて、こういう専門的技能をもった本物のプロの人たちだろう、ということです。本当の意味で、内部の人間には提供できない付加価値を生み出せる人たちです。
(実際、課長より下のクラスではすでにどんどん登用されています。)


 外交と安全保障に関しては、下にとどまった方がいいと思います。
 外交は、やっぱりその道のプロがやった方がいいのではないでしょうかね。
 総合判断はやはりその道の人がするべきなのではないでしょうか。
 経済、社会保障、教育、医療、科学技術、文化芸術に関しては別にトップに民間や学者が絡んでもいいです。
 というか、教育に関しては、もう、文部科学省は、余計なことしなくていいから。
 「ゆとり教育」を生み出した人、責任とって下さい。 


 下らない感想で失礼しました。
 暑い日々が続いていますが、一年で一番エネルギッシュな季節、楽しんで過ごして下さい。
 
 
 
ありがとうございます (やじゅん)
2010-07-04 21:46:43
>Aliceさん
いつもどうもありがとうございます。励みになります。

官民の補完関係は、色々考えさせられることがあるのですが、政治的・象徴的な意味合いや一部の関係者の自己実現の道具になる面があるのが気にかかります。
それはそれで仕方ないというか、必ずしも悪いこととも思いませんが、せっかくなら実のあるものが実現される方に向かって欲しいですね。

外交や安全保障も、民間の専門家でいろいろ貢献できることはあると思うのですが、他の分野と比べると、かみ合ってないところが多いような印象を受けます。
一つには、Aliceさんの挙げられた経済、社会保障等の分野と比べると、マクロマネジメントにおいて選択肢があまりない、ということがあるのかもしれません。米国などと比べると外在的な制約がものすごく大きいので、当たり前のことなんですが、デカい話を論じる余地は思ったより少なかったりします。そこで無理くり理論や哲学を作ろうとすると変なことになったりもします。
本当のところ、重要になるのはミクロな部分であって、ここには色んな知見が必要とされてるんですよね。そして、こういうところは、抽象的な理論や体系よりも、現実の制度や生の事実に基づく地に足のついた知識が重みをもちます。そんなわけで専門的技能の重要性につながってくるんですね。

政府が余計なことをすべきでないという部分もっともですね。実益のない、ためにする議論は私も嫌です。

何だかいつにも増してまとまりのないコメントになりました。
あっという間に7月。がんばっていきましょう。
 
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