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やじゅんのページ/The World according to YAJUN



先週、さいたま芸術劇場でバッハ・コレギウム・ジャパンのマタイ受難曲を聴いてきました。

CD(リヒターガーディナー)では何度も聴いてきましたが、やはり生は違うもんだな、と感慨深かったです。

以前にも書きましたが、この音楽は本当に美しい。米国にいたとき聖書勉強会に参加しながら、「え、私?人格神はパスかなあ。どっちかというと日本教?」というKYな発言をするほど神のおそれを知らない私でも、中世の人々が神を感じたのもわからないでもないと、うっすら思うほどです。

こんな名曲について、私のようなド素人がどうこう言う余地はないのですが、一つ言えば、音楽を通して、西欧の歴史、思想が見えてくるところ。これはとても面白いですね。

たとえば、この受難曲の重要な部分をなす「コラール」。
コラールは、ラテン語のグレゴリオ聖歌を聖歌隊が歌うというカトリックの高踏的なスタイルと対照的に、礼拝に来た人たちがみんなでドイツ語で歌うという、平俗なスタイルによる賛美歌です。
バッハはルター派プロテスタントでしたが、ご存じのとおり、プロテスタントは、司祭だけが神の意思を民衆に伝えるというカトリックの考えを否定し、個人それぞれが神に直面することを唱道しました。だからラテン語の聖書をドイツ語にする必要があったように、受難節に歌う歌も、ラテン語からドイツ語にする必要があったわけです。
(ちなみにプロテスタントだったバッハがなぜカトリックのスタイルである「通作ミサ曲」を作ったのかは、バッハをめぐる様々な謎の一つとされています。)
そして、その旋律の多くは、当時の世俗歌謡からとられました。たとえばマタイ受難曲で最も有名な「ああ血と傷にまみれし御首」というコラールの旋律は、実は「わが心は千々に乱れ」という恋の歌からとったものなんですね。
そんな流行歌のようなものを、宗教曲、しかも受難曲に用いていいのか、と思うかもしれません。しかし、こういう世俗曲を使ったからこそ、一般庶民であるプロテスタントの人々にも親しみやすく、すぐに歌えたということがあったわけです。
それにルター(自身も36曲のコラールを作詞し、リュートを奏でる音楽家だった)は、良い音楽であれば宗教歌でも世俗歌でも神は喜ぶ、と考えていたそうです。
荘厳な大伽藍のような宗教曲の旋律が、言ってみれば流行のラブソングからとられている。その背景にはこんな歴史的・宗教的事情がある。ちょっとワクワクする話と思いませんか。

かつて、『ジーザス・クライスト・スーパースター』という、ロック音楽をつかってキリストの生涯を描くという、一見するとあり得ないようなミュージカル映画(ノーマン・ジュイソン監督1973)がありましたが、こういう事情を考えると、それもまあ分からんでもない、と思ったりもしますね。
また、これも以前にも書きましたが、現代の米国のキリスト教では、クリスチャン・ロックとか、儀礼や宣教にポップソングを取り入れることもあります(ペンテコステ派に多い)。物議をかもすことはあるとはいえ、これも何となく通じるものを感じます。

映画といえば、キリストの受難(the Passion)を聖書に「忠実に」映像化した作品が、メル・ギブソンの『パッション(The Passion of the Christ)』(2004)でしたよね。
色々物議をかもしたことは記憶に新しいと思いますが、まあ、とにかく痛々しい映画でしたね。
メル・ギブソンは保守的なカトリックで、自らの強烈な信念に基づいて作ったそうですが、イエスに対する血まみれの虐待、悪魔の化身の蛇の描写、やたらリアルな最後の復活、どれもインパクトがあり過ぎて、ほとんどホラー映画一歩手前(笑)。私は結構楽しめましたけど、一緒に見た人は気分が悪くなったという記憶があります(笑)。

脱線しましたが、そんなマタイ受難曲に込められた意味に興味がある人には、こんな本が参考になると思います。

■ 礒山雅 『マタイ受難曲』
この本は、受難曲の歴史からマタイの一曲一曲の解釈まで、非常に詳細な説明をしてくれています。
例をあげると、最初の一曲。
いきなりキリストがゴルゴダの丘に向かうところから始まるのですが(この構成自体が当時としては革命的だった)、そのキリストの姿が花婿にたとえられます。ボロボロになって死に向かう人がなんで花婿?と思うでしょう。
これは旧約聖書の「雅歌」に受難の予定を見るというルター派の解釈に基づくものなんですね。
雅歌(the Song of Songs)はソロモン王の作と言われるのですが(これに対し詩編(Psalms)はダビデ王の作とされる)、その内容は恋の歌、花嫁・花婿の歌です。そして、キリストをソロモン王と同一視する考え方から、キリストの姿をソロモン王の歌のごとく花婿にたとえる、という発想につながるのですね。
(これに限らず、マタイの福音書は、他の福音書と比べ、旧約聖書との接点を強調するユダヤ的な傾向が強いです。それは成立当時、他のユダヤ教宗派(ファリサイ派)への対抗のため、キリストがユダヤ教の正当な後継者であることを主張する必要があったからといわれます。)
このほか、マタイ受難曲といいながら、ルカの福音書の影響が見られる部分もありますが(マグダラのマリアの扱いなど)、それは四つの福音書を調和的に解釈する当時の神学の考え方が影響しているとか、巨大な建造物のような音楽の構築性と聖書とのシンクロ、場面ごとの和音や調に込められた意味など、音楽的にも歴史・思想的にもうならせるような話の宝庫です。

ほか関連して印象に残ったもの。

■ 杉山好 『聖書の音楽家バッハ ~マタイ受難曲に秘められた現代へのメッセージ』
独立した短い論文を集めたもの。気楽に読める。
抽象的・理念的な議論から、「30」小節の意味が三位一体の「3」と十戒の「10」の積であるとか、G調はGott(神)やGeist(御霊)の象徴表現であるとか、通奏低音の変化からstation(キリストがゴルゴダの丘に至るまでの道(「嘆きの道」)を13分割して聖書の重要な場面に対応するポイントにしたもの。私もエルサレムを訪れたとき回りました。)を読み取るといった具体的な話まで、これもとにかく色んなことが書いてあります。
著者はバッハの全声楽作品やシュヴァイツァーの名著『バッハ』の訳者。上記『マタイ受難曲』の著者の礒山氏は本著者の東大時代のゼミ生だったとのことです。

■ 吉田秀和 『私の好きな曲』
「ロ短調ミサ曲」の解説の中でマタイ評が出ています。
ミサ曲ロ短調とマタイ受難曲を二つの「西洋音楽の歴史を通じて創造された最高の音の建造物」としながら、マタイについては、「こんなすごい曲は一生にそう何回もきかなくてもよいと考えている」とのこと。著者ならではのコメント。
これに限らず魅力的な評論が詰まった本です。お勧めです。

あと最近始まったNHKの『schola 坂本龍一 音楽の学校』
ちょうど取り上げているテーマがバッハ。ゲスト講師はこのHPでも何度か言及している岡田暁生氏。たしかにこういう番組にぴったりの人選な感じですね。
こういうのは、基本的な内容であっても、これだけのビッグネームが、限られた時間の中で、何を選び、それをどう取り上げ、表現するか、時折思いつきで発する言葉を含め、そんなのを見るだけで興味深いものです(要するにミーハーということでもありますが笑)。
フランスのコレージュ・ド・フランス(様々な学問領域の最高の権威が一般人に開放して講義を行う、一種の市民大学)を思わせるようなこんな番組、ぜひもっとやって欲しいものです。

・・・
ついでに最近読んだ中で印象深かった本。

■ 井筒俊彦 『読むと書く』
比較的短めの論文・エッセイ集。
テーマは多岐にわたる。『イスラム思想史』『意識と本質』と主題が重なる部分も多いが、合わせて読むことで、より深い理解の手助けとなる。
一つ一つの論考は一応独立しているので、拾い読みもできる。大著では疲れる人のとっかかりにもいいかもしれない。

■ 長谷部恭男 『憲法入門』
この著者らしいクールというかドライな語り口。
文献解題が面白い。憲法制定権力の否定が話題を呼んだが、それ以外も色々面白いところがある。
入門書というのはその人のトータルな問題意識が現われるもの。構成一つをとってみても趣深い。

■ 大村敦志 『学術としての民法1』 『学術としての民法2』
20世紀フランス民法の発展から現代の日本法を読み解く試み。
法学の理論がいかに歴史と思想に関わるものであるかが伝わる。こういう著者の問題意識が個人的には好き。

・・・
さて、ようやく春らしく暖かくなってきましたね。私も含め、花粉症に悩まされる方も多いと思いますが、がんばっていきましょう。

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コメント
 
 
 
バッハの世界 (雪斎)
2010-04-12 01:36:14
 おひさしぶりです。
 「マタイ受難曲」でいえば、最近、発売された「リッカルド・シャイー&ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団」の二枚組CDは、誠に面白いものでした。
 若い時に、マーラーやブルックナーの全集を完成させていたシャイーが、六十近くになて漸くバッハやベートーヴェンの封印を解くというのですから、「バッハの世界」が西洋の音楽家にとって占める位置が、判ろうものです。
 
 
 
Unknown (Alice)
2010-04-12 13:58:16
 マタイ受難曲、大好きです!!
 キリスト教に関しては、一般的なことしか知りませんが。
 そもそも、無宗教のくせに、困ったときや願い事があるときだけ、「神様、どうか御願いします!!」
 無宗教のくせに、どこの神様や~(>_<)
という感じの不届き者です。

 ただ、クラシック音楽にしても、オペラ、ミュージカル、小説、演劇、映画、西洋美術、どれをとっても、キリスト教を避けて通ることはできませんね。
 数学史を見ていてさえ、そうです。
 私のような外国そのものには関心がないという人間でも、好きなことをしているだけで、ヨーロッパとアメリカが立ち現われてきます。
 そのとき、嫌でも、キリスト教が出てきて、西洋のバックボーンがキリスト教であることに気がつきます。

 旧約聖書も新約聖書も、御話としてとらえることができるような子供向けの本や、漫画でしか読んだことがありませんが、今度余裕があるときに、やじゅんさんのおすすめの本を読んだりして、少し、ヨーロッパにおけるユダヤ教やキリスト教も調べてみたいなと考えております。

 それはともかく、生演奏羨ましい(^0^)
 基本的に、難しいこと関係なく、感性でクラシック音楽が好きで楽しんでいる人なので。

 それでも、やっぱり、バックボーンを知ることで、クラシック音楽も、オペラもミュージカルも演劇も、もっと楽しめるんだろうな、とは思いますね。
 西洋史とか、キリスト教、ユダヤ教、北欧神話、ギリシャ神話とか。
 昔、ストーリーとして、それらを楽しんでいたことがありましたが、あくまでも楽しんでいただけだから、知識としてはあやしいのです。
 少しはやじゅんさんを見習って、教養を身につけたいですね。
 
 
 
ありがとうございます。 (やじゅん)
2010-04-16 01:50:32
>雪斎さん
お久しぶりです!
そのCD面白そうですね。ぜひ聴いてみたいものです!
 
 
 
そういうものですね (やじゅん)
2010-04-16 01:51:46
>Aliceさん
私もそんなものです。
神様でも仏様でも流れ星でも、願いをかなえて欲しい・・・笑
 
 
 
今年の終りに (藤田伊織)
2011-12-06 19:54:00
今年の終わりにあたって、作りました。
http://www.youtube.com/​watch?v=KM97hu0nf2k
マタイ受難曲 の「私を憐れんでください」 erbarme dich の日本語歌詞版です。
こういうときこそこの歌がみにしみます。
 
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