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やじゅんのページ/The World according to YAJUN



先月末、ラオスでASEAN+3首脳会議が開催されました。ASEAN10カ国と日中韓のリーダーが、小泉総理が提唱した「東アジア共同体」の創設に向けて努力することを議論し、「東アジア首脳会議」の来年開催に合意しました。

東アジアの地域協力は、97年のアジア通貨危機の経験から端を発したと言われています。IMFの救済策がうまく機能しなかったことから、東アジア諸国は地域強力の必要性を認識しました。97年に発足30周年を迎えたASEANが、日中韓3カ国首脳を招待したことから始まったASEAN+3首脳会議は、地域協力のあり方を議論するのに適切な機会をタイミングよく提供しました。チェンマイ・イニシアチブというASEAN+3加盟国による金融危機回避のための通貨スワップ協定が締結され、加盟国の間で自由貿易協定締結の動きが加速するなど、経済面での地域の連携が実現し始めました。「東アジア共同体」と「東アジア首脳会議」のアイディアは、これまで発展してきた機能的な協力の延長線上にある目標として、加盟国がイメージしたものです。つまり、東アジア13カ国が、政治・経済・文化等のあらゆる分野において包括的な協力を進展させれば、自ずと欧州のように地域の共同体の実現に近づくだろう、という発想です。

アジアが一つの共同体としてまとまれば結構なことではないか、と思われるかもしれません。しかし、この問題にはいくつか超えなければいけないハードルがあり、安易に大いに結構である、と言えない問題をはらんでいます。

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まず、一つ目は、米国をはじめとする域外国の反応です。先月の首脳会議の直後、11月30日付け読売新聞に、以下の報道がありました。

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「東アジア首脳会議」に米国務省局長が懸念…米排除と

 来日している米国務省のミッチェル・リース政策企画局長は30日、都内で講演し、東南アジア諸国連合と日中韓3か国(ASEANプラス3)が来年開催することに決めた「東アジア首脳会議」について、米国を排除するものだと懸念を表明した。
 リース局長は「個人的見解」と断った上で、米国は東アジア地域の安定と安全に貢献し、同地域に権益を持つ太平洋国家であると指摘、「米国を東アジアにおける対話から排除するような制度的取り決めや協力(体制)を作り出すことを懸念をもって見ている」と述べた。そのうえで、「東アジア首脳会議」がそのような米国排除の取り組みの一つであると断言した。
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これまで、米国はASEAN+3協力に表立って反対の意を表明したことはなかったので、リース局長の発言はちょっとした驚きをもって迎えられました。また、つい先日、ワシントンDCのカーネギー財団で開催されたセミナーにおいても、アジア専門家である、マーカス・ノーランド国際経済研究所(IIE)研究員が同様の懸念を表明しています。

米国は、かつてマレーシアが提唱した東アジア経済共同体(EAEC)と日本が提唱したアジア通貨基金(AMF)に反対した経緯があります。アジアとの関係が深く、グローバルなプレイヤーを自認する米国が、自国抜きの枠組みを議論されることを嫌うのは、当然ある程度予測できることです。ただ、ASEAN+3については、これまでのところ表立った反対の動きはありませんでした。高名な日本専門家であるエドワード・リンカーン外交評議会(CFR)研究員は、米国にとって海の物とも山の物とも知れないアジアの地域協力などどうでもいい、ただ、EAECはマハティール首相、AMFは榊原財務官という、極めて個性の強い人物が反米的な雰囲気を作り出す危険があったので、当時の米国政府は反対したのだと思う、と述べていました。実際のところ、今回のASEAN+3協力も、実質的な成果はチェンマイ・イニシアチブくらいで、その実体は乏しく、どう発展していくのか先が見えないところがあります。米国としては、その象徴的な意味にとどまっている現状を折り込んだ上で、加盟国に対して、域外国を排除するような形で勇み足はするな、ととりあえず牽制してみた、というところでしょう。いずれにしても、米国が本気で反対すれば、EAECやAMFのように潰されることは必定です。したがって、日本としては、地域協力を真剣に進めたいのであれば、米国と緊密に情報を共有し、場合によっては意見を聴取しつつ、慎重に進めていく必要があります。

二つ目は、一点目と重複しますが、その内容です。東アジアにおいて、自由貿易協定(FTA)の議論が進んでいることを取り上げ、経済連携の成果を強調する向きがありますが、FTAは東アジア13カ国がマルチでやるというよりは、二国間で進める方がスピーディーで合理的であり、必ずしもASEAN+3のフォーマットが活かされるというものではありません。事実、日本はシンガポールや韓国と二国間交渉を優先していますし、中国も独自の動きを見せています。エドワード・リンカーンのように、経済問題を地域で話し合うには、米国を含んだフォーラムであるAPECの方が適切である、という主張も有力です。また、安全保障面での協力については、米国という地域における有力な軍事プレイヤーを除いて、どこまで意味のある議論ができるのか、疑問が残ります。既に存在しているASEAN地域フォーラム(ARF)の方がまだフォーマットとして適切でしょう。つまり、東アジア協力というコンセプト自体に異議を唱える加盟国はないものの、協力の意味は象徴的なものにとどまり(それ自体重要な意味はありますが)、具体的にどういう協力を制度化するのか、という段になると、議論の展望が見えてこないのです。

以上の二点の問題を解決しない限り、議論は前に進まないのですが、仮に二つの問題点が何らかの形で解消されたとしても、三つ目の問題点として、アジア諸国の多様性に注意を払う必要があります。中国、ミャンマーといった、自由と民主主義という重要な価値観を確立していない非民主国家とどこまで有効なパートナーとなれるのか。経済規模も加盟国の間で大きな格差が存在します。東アジア諸国が欧州のような制度化された共同体を築くことには大変な困難が予想され、しかもそれが果たして適切な発展なのかどうか判断の必要があり、おそらく「東アジア共同体」の概念は、欧州のそれとは全く異なるものとして考えざるを得ないでしょう(最近、邦字メディアでも、産経新聞の古森義久氏や朝日新聞の船橋洋一氏がこうした問題を提起しています)。

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それでは日本はどのような立場で本件に臨むべきでしょうか。ASEAN+3の場で議論を進めていくことに、どのようなメリットを見いだすべきでしょうか。

まず、毎年一度東アジアの国が一堂に会することはそれ自体便利な機会ではあります。顔合わせによって東アジア諸国が信頼関係を高めることは有意義ですし、二国間会談を状況に応じて開くことができることには、思わぬ外交的メリットがあります。ASEAN+3首脳会議の機会に、毎年、日中韓三国首脳会議も開かれていますが、多忙な首脳が顔を合わせる機会を自然に作り出すことのメリットは軽視できません。先般の首脳会議においても、関係がぎくしゃくしていた日中両国が首脳会談を開くことができました。

次に、中国をこうした多国間協力の場に引きずり込み、国際社会に関与させていくことは重要です。かつて、中国は多国間の枠組みに関与することに極めて消極的でした。現在、中国は、経済の自由化と歩足を合わせるかのように、こうしたフォーラムに積極的に関わるようになってきました。まだまだ中国は民主主義国家とは言えず、その行動に予測不能な面があります。まして、昨今の中国の台頭は、東アジアの国際秩序に大きな波風を立てています。そのような中国を相互依存の世界に巻き込み、外部に対してオープンな国にさせるようし向けることは、日本にとっても米国や国際社会の他の国々にとっても有益です。

最後に、地域協力自体は、進め方によっては、地域の信頼情勢を促し、自由貿易や投資に関する議論を活性化させ、安全保障・経済両面から日本にとって有益なものとなる可能性はあります。しかし、「東アジア共同体」の考え方をどう進めていくかには先に述べた3点のハードル(域外国との関係、協力の中身、アジアの多様性)を常に念頭に置きつつ、慎重に考えるべきでしょう。他の加盟国、就中、中国、マレーシアにはその慎重さを飛び越える思惑があると見えるときがあります。中国は、ASEAN+3の場を、東南アジアに対して自由貿易協定締結を迫り、自国に有利な経済秩序を作る機会としてとらえている節があります。マレーシアは、米国や豪州を阻害し、排他的な「アジア主義」の哲学を打ち出す意図が透けて見えます。これらの狙いがどれほど実体のあるものとして実現するのか分かりませんが、こういったコンセプトそのものが一人歩きし、加盟国の国民の意識に影響を与える可能性を考えると、決して軽視はできません。場合によっては、これらの国々の制御役に日本が回るべき局面もあるでしょう。「攻め」よりも「守り」が重視されるわけです。今後、機能的な協力がいかに展開されていくのか、様子を見ながら行動する、というところでしょう。場合によっては、米国等の域外国の参加を積極的に主張するのも一案です。ただ、そうするとAPECやARFと何が違うのか、というところを整理しないといけなくなりますが・・・。

何だか消極的というか、地味な結論ですが、外交においては、そういう動きを要求されるときもある、ということだと思います。旬な話をしようと思って選んだトピックでしたが、長い話になった割には面白くなかったかもしれません。

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