現在ロンドンにいます。
暴動にはびっくりしましたが、特段の影響はなく、穏やかに過ごしています。
記事を書くのは帰国してからと思ってましたが、現在北京特派員をしている友人から、コラムを書いたので宣伝してくれ、と命令されたので(笑)、紹介します。
「対中パワーゲーム、固唾のむ米防衛産業」(アジアBiz新潮流 中国総局・森安健 2011/8/17 7:06日本経済新聞 電子版)
彼はワシントンDCと北京の両方の特派員を経験しているので、こういう記事はまさに持ち味を発揮するところですね。
同様の駐在経験をしている記者は、他にも二人知っています。国際部の記者にとっては花形のキャリアでしょうね。
さらに言えば、中東も経験すれば、私なんかから見れば、世界の枢要な地域をカバーできて、完璧のように思いますね。この記事を書いた彼ともう一人の知人は、まだ若いのに中東のポストも経験しています。合計3ポスト。理想的ですね。
ま、ここまで持ち上げれば彼も満足してくれるでしょう。笑
せっかくなので、自分についても、簡単に近況報告をすると、予定どおり、7月22日からセネガルとマリを訪れた後、8月1日にロンドンに入り、今に至ります。ここでは3週間ほど研修を受けています。
8月25日に帰国するので、詳しい報告はまたのちほど。
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旅行中に読んだ本。
■ 内井惣七 『空間の謎・時間の謎−宇宙の始まりに迫る物理学と哲学』
空間とは何か。時間とは何なのか。哲学・科学が挑んできた難問を正面から扱った本。
著者は科学哲学の大家(同氏の『科学哲学入門』も、「入門」というにはレベルが高いが、とても優れた本。お勧め。)。
内容は相当に高レベルで、これ一冊だけで理解するのは困難。それでも、語り口と説明のうまさが素晴らしく、面白さのあまり一気に読むことができるので、ゼロからでもエッセンスはつかめる。
ニュートンとライプニッツの論争を現代物理学を駆使して裁けばこんなに豊かに解釈できるとは。偉大な知性の議論の価値は何年たっても何度でも再発見される。これぞ古典の妙味。
この本を面白いと思ったら、ブライアン・グリーン『宇宙を織りなすもの−時間と空間の正体』(『エレガントな宇宙』の続編)とロジャー・ペンローズ『皇帝の新しい心』もあわせて読めば、より楽しめると思います。
(それにしても、科学哲学をやっている人はカント主義者に厳しい印象がある。実証を無視する形而上学の徒の象徴ということか。たしかに、時間の哲学については色々読んだけど、どれもよくできた物語に過ぎないという気はする。面白いけど、そんなもんかねえ、で終わる面がある。頭の中で理屈というか言葉を弄んでいるだけのようにも見える。それに比べ、相対論・量子論の描く時空は、実証においても想像力の限界への挑戦という意味においても、よほどエキサイティングで、知的興奮に満ちている。この蓄積を無視して、形而上の世界で遊ぶのは、もったいないというか、虚しい。エルンスト・カッシラーは、哲学者(新カント主義者)でありながら『アインシュタインの相対性理論』を書いている。こういう人は凄いし素敵だなと思う。)
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なでしこジャパン、ワールドカップ優勝。大変な快挙ですね。
すでに色々なところで指摘されていますが、代表選手たちの待遇が他国と比べて信じがたいほど低いとのこと。
スポーツというのはビッグビジネスの世界なんですよね。プロリーグはもちろん、ワールドカップも、戦績によって監督や選手のもらう報酬が大幅に変わる。だからこそ南米や欧米の選手は死にもの狂いで戦うわけですね。プライドやナショナリズムももちろんあるけど、最大の原動力は金でしょう。あれだけの戦力を有する米国が、日米野球やWBCで冴えないプレーを見せるのも、報酬がそれほど高くないからではないかと推測します。逆に巨額の金が動くワールドカップでは、前評判が悪くても、異常な強さを発揮しますよね。スポーツビジネスに染まった米国人、文字どおり「現金」なところがあるんですよね。(90年の日米野球で、日本がまさかの4連勝をしたあと、牙をむいた米国が3連勝、しかも最後はノーヒットノーランしたのを思い出します。やっぱり本気を出せばとんでもなく強いということをまざまざと見せつけました。)
そんな金銭的インセンティブが圧倒的にものをいう世界において、恵まれない待遇にあった選手たちが、これだけの結果を出したことは、本当にすごいことです。また、そういう事情とそれほど関係ないことでしょうが、敗れた米国を含め、世界中が素晴らしいチームとして絶賛していることは、とても感動的なことだと思います。
ところで、日本代表のユニフォームが青いことから、『風の谷のナウシカ』に出てくる有名な一節「その者青き衣をまといて金色の野に降りたつべし。失われし大地との絆をむすびついに人びとを青き清浄の地に導かん。」が、そこかしこで引用されているようですね。
うまいことを言うなと思いました。ただ、一方で、この言葉の真の意味を理解した人はどれほどいるのかな、と思いました。
奇しくも、前回の「屋久島」の記事で取り上げたところでしたが、この言葉の真の意味は、原作を最後まで読んでこそはじめて分かります。
「清浄の地」なんてないのです。少なくともナウシカたちにとっては。滅びゆく運命にあるとしても、混沌の中で、ただ血を吐きながら生き続けるしかない。それが命というものです。
ナウシカは、人類再生の希望の破壊という重い罪を背負いながらも、人々のために生きる道を選びました。そして、彼女は、人々にこのような真実を語らず、「青き衣」の伝説を利用し、救世主を演じ続けるのです。世界を一身で支えるために。過去に多くの人間(土鬼皇帝含む)が失敗してきたのにもかかわらず。これはカラマーゾフの大審問官にも出てくる、繰り返し問われ続けてきた普遍のテーマ。とても重いです。
色々な解釈ができる作品ですが、個人的に思うのは、一つの視点は、自然と人間の切り分けという考え方(これはヘブライズムに源流があり、サイエンスの土壌ともなった強力な思想です)への反発と思います。ナウシカが大地を汚す巨神兵の火(放射能の比喩、同時に、巨神兵は、ヨハネの黙示録における人間を滅ぼす天使を彷彿させる、文字どおり「神」的存在)をあえて使い、「人間」の居場所のない「清浄」な世界を拒絶する(憎しみをもたず、音楽と詩だけを愛するようプログラムされた(=去勢された)新しい人類は「人間」と認めない)背景には、このような視点があると思いました。
(このようなメッセージは、他の作品でも扱われていますが、ナウシカと最も近い形で表現されたのが『On Your Mark』ではないかと思います。)
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話が曲がりましたが、サッカーといえば、アフリカで強い国はセネガルですよね。私はといえば、今日の夜、セネガルのダカールに向けて出発します(強引だな〜苦笑)。旅程は「ロンドン、西アフリカ、ヨーロッパ」で書いたとおりです。
このホームページを書き始めてからもう7年近くになるのですが、色々な方に記事を読んでもらい、意見をいただきました。その縁で、ネット外の世界では直接の関係がなかったのに、仲良くなった方々もおられます。最近も、たまたま記事を読んでいただいた方と、まさか!?という形でお会いするという機会にも恵まれました。本当に人の縁というものは異なもの味なものです。(そういえば、以前同名の記事を書いたこともありました。)
こんなことをあらたまって書くと、あれ、ホームページやめるの?と思われたかもしれませんが、全然そういうつもりはなくて(笑)、ここで言いたかったのは、人の縁というものは本当に面白いし、かけがえのないものだから、大事にしていきたい、ということです。
これから行くセネガル、マリ、ロンドン、ブリュッセルでは、たくさんの旧知の人たちに会いますし、またたくさんの新しい出会いが待っていると思います。これらの出会いを、一つ一つ大切にしていきたいと思います。
具体的に何があるかは、おそらく帰ってきてからまとめて書くと思いますが、ツイッター等では日々アップデートすると思いますので、今アイツなにしてるのかな?ちゃんと生きてるのか?と興味をもって下さった方はそちらで確認してみてください。
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最近読んだ本。
■ 義江彰夫他編 『歴史の文法』
知の技法シリーズ他と同じで、色んな視点からの論文(エッセイに近い)を集めたものであり、知的爽快を理解するとっかかりとしてはいいが体系的知識は期待できない。
この本がタイトルをもじったフェルナン・ブローデル『文明の文法』はとても好きな本。リセの教科書だが、こういう本で勉強すればみんな歴史好きになるかも、と思ったりする。
■ フィリップ・デルヴス・ブロートン 『ハーバードビジネススクール』
著者は元々記者出身で、HBSにやってくるのだが、そこで前職で得た「教養」がまったく評価されず、学校の成績評価や就活で吐き気を催すといったことが縷々綴られる。半分は分かるし、半分はなんだかな・・・て感じ。自分にも似たような経験があるので、まんざら他人事でもなく共感するところはあるけど、基本的にナイーブというかズレてる気がする。どこの世界にもこういう人はいますよね。あとパリ駐在や要人インタビューやらで「輝かしい」過去を語るというのもどうなんでしょうね。
■ ピーター・トゥルーブ他 『ウォールストリート投資銀行残酷日記』
■ 末永徹 『メイク・マネー!』
■ ダニエル・A・ストラックマン 『魔術師は市場でよみがえる』
いずれもちょっと古いが、外資系金融(投資銀行、ヘッジファンド)のジャーナリスティクな読み物として楽しめる。魅力のある世界と思いますが、どこの世界でも隣の芝生は青く見えるというところはあるようです。
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暑いですね。もう完全に夏全開モード。外を歩いているだけで何だか気分が高揚してきます。
ただ、今年の夏は、7月末から8月末まで海外で過ごすことになるので、花火や海といった夏らしい楽しみを味わうことができなさそうです。そういう意味ではちょっと残念です。
その代わり、といってはなんですが、先週、3泊4日の日程で、屋久島に行ってきました。
幸い天気もおおむね良く、ここでは海も山も存分に楽しむことができました。
海では、シュノーケリングにとどまらず、銛をもって魚をとって食べたり、川に行って飛び込んだり泳いだりといった結構ハードコアな体験をしました。
山では、世界遺産の森を見に行きました。往復22キロで縄文杉を見に行くという定番のコース。メンバーがみな若かったので(私はそこそこのおっさんですが)超ハイペース、ガイドの方を最後は置き去りにするというほどの体力を見せつけました。笑
屋久島の森は『もののけ姫』の舞台のモデルになったことでも有名ですね。
写真をとったら、いわゆる「パワースポット」とされる場所で、光球が映り込みました。オーブとかいうそうですが、これ、イスラエル旅行をしたときも、ゴルゴダの丘や最後の晩餐の場所でやたらめったら映っていました。こういう現象についてはあまり詳しくないのですが、宗教や自然の高い精神性を感じさせる特定の場所に出てくるようで、基本的に懐疑論者の私も、なんか神秘的な気分になりますね。いや、たぶん科学的な説明があるんだろうと思いますけど。
そういえば、以前には、『風の谷のナウシカ』の舞台のモデルとなったといわれる場所にも行ったことがあります。昔の記事でちょっと書きましたが、パキスタンのパスーという山岳地帯です。切り立った山々の中に氷河があって、ちょっとトレッキングすればその氷にすぐに触れることができます。素朴な村の雰囲気も、何となく風の谷のイメージに近いように思いました。
ちなみに、『風の谷のナウシカ』は、私なんかが今さら言うまでもないことですが、歴史に残る価値のある、最高の芸術作品の一つと思いますね。
この作品についてなにがしかイメージをもっている人の多くは、映画を見た人も含めて、何となく、自然を大切にしようよ、というのがテーマなんだろう、それを美しい少女と醜い虫との交流を通じて訴えているのだろう、といった印象をおもちではないかと想像します。宮崎駿は昔から原発反対を訴えていますし。でも、全然違うんですね。そんなひと言で言える浅いメッセージなど込められていない。それどころか、解釈によっては、自然の大切さとか共生といった耳障りのよい考えは、甘っちょろいとして、真っ向から否定されているようにも読めるのです。
この作品の凄いところは、生命の哀しさ、残酷さ、業の深さ、そして尊さといった、そんな言葉でも言い尽くせない葛藤を、真正面からとらえて、そのまま読者にぶつけてくるところです。
命とは何なのか。生きることが、こんなにも苦しく、切なく、そして美しいものだったとは。読み終えたとき、もうそれ以上どうとも言うことができません。ただ呆然となって、そこから一歩も動くことができず、立ちつくすのみです。この、現代に氾濫する作品では到底味わうことのできない、時を超えて人の心を震わせ続ける重い重い感動を、ぜひ味わって欲しいです。この作品を知らない人はもちろん、映画しか見ていない人にも。
買うのであれば、愛蔵版上下巻がお勧めです。百科事典のような重厚さ。まさに永久保存版です。
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最近読んだ本。
■ 高橋昌一郎 『知性の限界』
『理性の限界』の続編。前著の流れ(選択、科学、知識)を継ぎながらさらに面白い問題(言語、予測、思考)に突っ込んでいる。重厚なテーマでもコンパクトに面白く本質を伝える説明力が抜群。論理実証主義に興味がある人にとっては格好の入門書ともなる。
■ 佐藤文隆 『職業としての科学』
日本を代表する理論物理学者であると同時に、ワインバーグ、ファインマン、朝永振一郎を彷彿させる優れた科学の啓蒙書を出してきた著者の最新の本。国家と科学、啓蒙主義・ロマン主義からの科学思想史、マッハ(道具主義)対プランク(実在論)、制度科学、日本文化での位置付けなど切れ味鋭い視点を簡潔に説明してくれる。
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ずいぶん暑くなってきました。もうあとわずかで7月。気分はすっかり夏ですね。
イラクとアフガンで活躍したペトレイアス将軍、CIA長官になったんですね。
困難な任務を与えられては次々に結果を出し、現代を代表するリーダーの一人、将来の大統領候補ともみられるようになっていましたが、政権を超えて、ここまでキャリアを発展させるのはすごいことですね。
CIA長官というと、ご想像のとおり闇の仕事という面もあり、汚れたイメージがついてしまうので、大統領には向かないという見方もあります。ウッドワードの本で読んだおぼえがありますが、かつてジョージ・H・ブッシュが長官に就任したとき、ライバルだったラムズフェルドは、これでブッシュは大統領から遠くなったと喜んだそうです。でも最終的に大統領になったのはラムズフェルドではなくブッシュでしたね。ペトレイアスも期待にこたえれば、かつてのパウエルのように国民的英雄になり、真の意味で大統領候補になるかもしれません。要注目ですね。
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まあ、そんな大きな仕事とは比べるべくもないのですが、私の方も、最近、自分なりに大きな決断をしました。
まだ最後の壁が残っているので、すっきりしない部分はあるのですが、とりあえず一段落して落ち着きました。ここまできたら、もう迷うことなく前に進んでいくだけ、という晴れ晴れした気分です。
8月は、ロンドンで3週間、その仕事に関する研修を受けさせてもらう機会に恵まれました。
ロンドンは10年くらい前に行ったきりですから、ずいぶん変わっているでしょう。楽しみです。
また、ロンドンに行く機会を利用して、7月末の10日間、視察と称して(笑)、西アフリカを旅行することにしました。
このHPでも何度か書いてきた、個人的に思い入れのある国、セネガルとマリに行こうと思います。
セネガルの首都ダカールには友人がいます。この友人は、世界最強の金融機関、世界最高のビジネススクールを経て、現在国際機関で働いているという強者。現代の英雄ですね。大学の後輩ですが、先輩づらして会うのが恥ずかしい気分です。
さらに、ロンドンの研修の後は、これも視察と称して、昔仕事でお世話になった先輩に会いにパリとブリュッセルに行きます。
ブリュッセルにいる方はとてもえらくなっていて、私なんかがうかがうのはこれまた別の意味で恥ずかしいというかおそれおおい気分ですが、そういうつまらない萎縮は気にせずお会いしようと思います。
最後に、オランダ航空を利用するので、アムステルダムを観光して帰ります。
そんなわけで、旅先でも面白いことがあったら書いてみたいと思います。
とりあえずのアップデートであればツイッターかフェイスブックで書いて、なんとなく考えがまとまって(それなりに面白そうなら)ブログに書いてみようと思っています。
そういえば、フェイスブックに対する使用の度合いがこのところどんどん高くなってきました。外国人や外国にいる日本人との友人とのコミュニケーションにすごく便利です。
ずっと会っていなかった友人が見つかったりするとドキドキしますね。昔、自分が旅行を沢山していた頃は、SNSどころかメールもそれほど普及していませんでした。あのときこんなツールがあれば良かったのにと思います。でもこの先ちょっとした偶然で、旅行中であった人で、名前すら忘れていたような人とめぐりあったりするかもしれませんよね。そう考えるとちょっとロマンチックですね。昔の日記を引っ張り出して名前をチェックしたくなってきます。
この頃は、ブログ、ツイッター、フェイスブックと、それぞれ性質が違うので、機能が重複せず、だんだんと使い分けができるようになってきたような感じがします・・・とこう書くと現代型デジタル人間ぽいですが、まだスマートフォンも使ってないレベルです。あとスキャンと自炊もまだですね。これをやると相当に情報のストック・整理・処理が楽になる予感があるのですが、もう少し先の楽しみとしてとっておきます。
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フェイスブックといえば、映画『ソーシャル・ネットワーク』(デビッド・フィンチャー2010)。
これはすごく面白かったですね。
ハーバードの人たちってあんななんだーと驚くやら納得するやら。
この監督の作品はいつもテンポがいいですよね。普通に描いたら地味になりそうなノンフィクションをこんな風に勢いのあるエンターテイメントにする演出力がすごいです。
ついでに、『インセプション』(クリストファー・ノーラン2010)。今さらではありますが、最近見ました。
普通に面白かったです。エンターテイメントとしては超一流の作品ですね。
ただ、期待したほどの驚きはなかったです。メメント、マトリックス、ダークシティ、オープン・ユア・アイズ(バニラ・スカイ)、ビューティフルドリーマー・・・など既成の作品の場面の既視感が強く、展開も読めたからでしょう。
この監督の作品では個人的にはザ・フォロウィング、メメント、ダークナイトが好きですね。衝撃という意味ではインセプションをはるかに超えていました。
ちなみに、映画に出てくるキャラクターのロバート・フィッシャーは同名(ボビー・フィッシャー)のチェス・チャンピオン、モーリス・フィッシャーは画家のマウリッツ・エッシャーからとっているんですね。ボビー・フィッシャーといえば、2004年に日本で逮捕されたときちょっとした騒ぎになり、仕事上若干関わったのを思い出します。
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あと、付け足しですが、ロンドン行く前に屋久島に行くことになりました。暑くて大変なんじゃないかと思いますが、楽しみです。
そんなわけで、もう夏本番な雰囲気になってきましたが、バテないようにがんばっていきましょう!
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枝野官房長官の安定感あるパフォーマンスと奮闘が話題を呼んでますね。
私も見ていて、落ち着いた態度と誠実な物腰が立派だなと思いました。
ただ、前から私が思っているのは、官房長官という、余人をもって代え難い要職に、対外発表の負担をあれだけかける体制は適切なんだろうか、ということですね。
以前、「国家戦略局」という記事で、こんなことを書きました。
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一つだけ、細かい例をあげると、官房長官の記者会見があります。これは毎日二回もやる仕事で、その言動の一つがものすごい影響を与えることがあるので、結構な負担になります。・・・(大事なのは)仕事を絞ることです。特に記者会見のような、(言い方は悪いですが)職人芸があれば誰でもできる仕事はアウトソースして、本当に「総合調整」が必要な仕事のみをやらせることです。
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今回の原発の対応をみても、いかにあの会見が大変で、そのための準備にも相当な負担がかかることが分かると思います。本当は、もっとやらないといけない仕事がたくさんあるはずと思います。
総理や官房長官といったリーダーが、要所で重要なメッセージを出すことには、心理的効果という観点から、極めて重要な意味があります。ただ、そういう機会が定期的にあるわけではありません。単なる状況や対応の説明をルーティーンでやることに関しては、報道官のような人がやればいいのではないでしょうか。そういうポストは実はあるのですが、機能してません。今すぐにというわけにはいかないでしょうが、これから考える余地があるように思います。
リーダーのメッセージの重要性といえば、なんと言っても総理の与える印象が重要なわけですが、これまでのところを見ると、ちょっと頼りないですね。
米軍の救援の報道などが話題を呼んでますが、こういう危機においては、頼もしい人が出てくると、画面で見るだけで何となく安心しますよね。
みんな心細いわけです。これからどうなるかなんて、政府だって分からない、そんなことは分かっている。そんな状況で、この人ならついていける、ついていってもよい、と思わせることが、どれほど大事なことか。
自衛隊の幕僚や消防庁の隊長の会見を見て、おっと思った人もいるのではないでしょうか。あの力強い、制服姿の指揮官が与える安心感。ああいうのは結構大事と思います。米国では軍人がどんどん前に出てきます。実力が必要な場面には実力をもつ人の出番です。消防庁はもちろん、自衛隊も、ここでどんどん前に出て(災害派遣のみならずプレスへの露出の意味でも)、プレゼンスとプレスティージを上げて欲しいところです。
※ただ、この記事を読んだときは、ちょっと見直しました。リーダーとしての直感があたっていたわけですね。結果論でしょうが、それを貫けなかったのが残念です。
「専門家に任せればいい」というドグマは、当たっているようで、危険な面があるんですよね。専門合理性のピラミッドと化した現代社会の難問の一つだと思います。
※それはそれとして、官房副長官の交代とか節電大臣の任命というのは、どうなんでしょうね。私は部外者なので、実質的な意味はわかりませんが、一般国民の目線からいえば、これが与える心理的効果はマイナスな気がします。
それにしても、エネルギー問題はこれからますます重要性を増しそうですね。政治的にもビジネス的にも。
しかし、まずは一刻も早く事態が安定化することを祈っています。
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とりあえず生存報告です。
地震が起きたときは建物の4階にいました。激しい揺れに驚いて、すぐに外に出ました。本棚の本がすべて飛び出し、重いコピー機まで動き、壁に傷が入ったためか粉が吹き出し、ちょっと現実離れしたような異様な光景でした。
その日は電車、バス、タクシーいずれも利用できず、ビジネスホテルなども一杯の様子でした。近くに住んでいた友人宅で一夜を過ごしました。
翌朝、家に戻りました。本、PC、テレビ、食器などほとんど壊滅したかと思っていましたが、なぜか何事もないかのように平穏でした。建物が良かったのか、あるいは一階だったからかもしれません。
東北地方の深刻な状況をみて、心が痛みます。
私の周りでは、火災は発生しているようですが、知る限りでは大きな被害はないようです。ただ、余震や原発の影響は心配です。
政府や電力会社の対応が完璧とはいえないのかもしれませんが、必死にやっているということは伝わります。まずは自分にできること、情報収集であったり、節電であったり、ちょっとした備蓄であったり、もしものときの準備であったり、普段の生活を続けることであったりしますが、それを一生懸命やろうと思います。
それにしてもメールと電話が通じない中、コミュニケーションツールの中で一番役だったのがツイッターだったというのが驚きでした。あまり携帯で見ないので気づかなかったですが、Facebookも同様に役立っていたのかもしれません。近年の情報技術の格段の進化は、意識しにくいですが、わずか数年前と比べても、こんなにも違うものかと思います。
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The earthquake was a tremendous disaster. Fortunately my family and I are all OK. I hope all of my friends are safe and sound as well.
Since all transportation was halted, I crashed at my friend's apartment on Friday night. I was afraid that my room would be a total mess in my absence but found it unexpectedly kept organized when I came home.
It seems that the Tokyo area has not been seriously damaged. Somehow people have managed to control the situation. However we still have to keep on the alert against aftershocks. Accidents in nuclear power stations are greatest concerns at present. This website may be of some help to keep up with a reliable source of information.
It is distressing to see how people are suffering in devastated areas. I just hope things will not get any worse and affected people will be secured as soon as possible.
I received a number of warm messages from my friend at home and abroad. I cannot appreciate their thoughts and prayers more. It is truly encouraging to hear people around the world express profound sympathy for us.
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