枇杷

枇杷の葉でお茶を作ってます。

403 雨上がり・・・早朝からの散歩を始める・・・生きてゆく支えになる”ブログ”。

2016-10-01 | 日記1

2016/10/01 土曜日

25年度の ブログ 投稿写真

 

節約志向の正月の花 ”彼の” 初彼岸での供養に・・・

ブログで 彼に感謝の言葉を捧げます。

 

  

 

早朝の散歩をしていると、近くの小学校では

校庭に溜まっている水を取り除く作業を

先生方はされていた。ご苦労様!と思った。

 

そうなんですね。今日は小学校の運動会。

卓球の仲間の子供さんも参加とか。

雨が上がって・・。元気な子供達の

歓声が今日は聞こえてくるのかも。

 

我が家の孫たちの学校は少し離れた場所の

マンモス校?。町の中心だから多いのである。

 

今住んでる地域の子供達のクラスは学年では

2クラスらしい。少なくなっている。

 

反対に高齢者が多い地域になっている。

自分もそのうちに足腰が弱ってくると・・。

これからどうなるのか・・。少しは

不安もあるのである。生き方・・。

生活習慣を改めながら自立できる生活を

これからも維持できるように

心掛けようと努力を!と、自分に伝える。

 

今日からはインターネットを契約していた

名義人が彼の名前から私の名前に変わった。

彼にお世話のなっていた日々を回想しながら・。

 

時々は、ブログの(投稿を初めた頃を思い出し)

再投稿&見直しをする作業を始めている。

 

なにしろ文章が長く書き過ぎていた。

だから少しずつは見直している。

 

もう今は”この世にはいない彼の事”をふと

思い出しながらの投稿です。ので・・

時々は。読みずらい文章もあるかも?。

ですが・・。回想文では文字の色を変えて・・。

 

この作業は想い出の日記として残しておきたい。

そんな思いからあと暫くの間はインターネットを

再契約してでも・・。日々の日課?又は週間の

予定の中に加えて生活の一部としようと思いました。

 

彼の遺言?では”ブログは辞めた方がいいよ!”でした。

でも、ブログを今まで投稿することで・・。

いろんな日々の生活の記録が残されている事。

見直した時に、彼が病気になる前の日々の生活。

 

そして病気になって・・。その後・・死に向かって

歩んでいた、日々のさり気ない日常の生活。

どんな時にも冷静に穏やかに忍耐強く・・。

相手を気遣いながら生きていた彼の行動。

等を、もう暫くブログに残しておきたい。

そのことが”自分の為になる、癒しになる”、

それが日々、の励みになる事。それは

生きている為の支えにもなるように感じる事。

 

この ”入鹿池” には 癌を宣告されてから

暫くの間・・ゆっくりでも歩行ができていた頃。

娘と。お弁当をつくってドライブにきた場所

でした。彼はお墓も骨もいらない!とかいう人でした。

 

なので・・永代供養をお寺でお願いをしました。

少しずつですがこの”永代供養”についても

参考になればと、思い投稿してゆきます。

 

お墓がない!でも納骨堂がある場所の

お寺にお参りには行ける。でもなにか物足りない。

 

そこで”この場所にくると、彼の姿が見える?”

そんな気がして。時にはその場所に行こうとも。

思っています。仏壇はテレビの横に並べれる大きさ。

 

家具調で小さな花が彫られてある。可愛い仏壇に。

その中に将来は自分も祀られてゆく事に。

 

それから・・手元供養のための”オブジェ”。

息子は”ペンダント”を希望した。娘と私は

”ブレスレット”これは手首の周囲よりも短い!

ので・・バッグにいれておく。そして・・。

 

もう一つは仏壇にエッグ型の可愛い”オブジェ”。

サーモンピンクでダイヤが散りばめられた様な・・。

卵の形の入れ物の中に49日の法要が終わって。

納骨される日に(その前日に) 彼の骨を少し砕いて

息子が”お父さん少し頂きますよ!”と、言いながら

それぞれのオブジェの中にその骨の粉をいれました。

 

その時にほんの少しは涙がでました。すい臓がんで

亡くなった彼のその”骨”は・・緩和ケアでの治療・・。

での薬を飲んだだけ。それでも”疲れた?骨でした。

 

生きていると活動もして、栄養も摂れて、健康的な

筋肉や骨格・・。でも脳梗塞で42日の入院生活。

退院してからの通院治療の日々。そのうちに

食事もなぜか少ない量しか食べれない日々。

 

その原因はすい臓の癌が知らない間に体を

蝕んでいたから。ただ痩せるだけ、他には

腰痛などがあり。。脊椎管狭窄症の診断!

 

いろんな病気がごちゃごちゃになって・・。

まさか癌に罹患していたとは!。

 

いろんなことがあったのですが・・。

緩和ケア病棟での2か月間は死を迎える為に

安らかに死にゆくために入院・・・・。

 

であるのだと・・。間違った考え?を持ちながら

でも、生きる為、最後まで人として生きる為の

支えをしてくれる。精神的にも肉体的にも

社会的にも心のケア、病人と家族を支えてくれる。

 

それが”緩和ケアでの病棟”であった!。悔いのない

人生を生きた彼。に今もなお、あらゆることを

教えられながら反省をしながらわたくしは

日々を生きている。感謝を忘れないように・・。

 

 

枇杷:403 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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