神が宿るところ

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十和田神社(三湖物語 ・その2)

2016-11-19 23:01:41 | 神社
十和田神社(とわだじんじゃ)。
場所:青森県十和田市奥瀬字十和田14。国道108号線から所謂「休屋」地区に入り、中山半島(中山崎)の突端、「乙女の像」方面に向かう。観光駐車場(有料)の先、すぐ。
社伝によれば、大同2年(807年)、坂上田村麻呂将軍が東夷征討に際して一宇の堂を建立し、日本武尊を勧請して武運長久を祈願したという。 現在も祭神は日本武尊であるが、近世には「青龍大権現」、「熊野大権現」と呼ばれていたとされ、今も奥院に「十和田青龍大権現」を祀っているという。
さて、十和田湖は現・青森県十和田市と秋田県小坂町にまたがる湖で、江戸時代から郡境が不明確であったが、平成20年に青森県6:秋田県4の割合で県境が確定した。面積は61.11平方km(日本の湖沼では12番目)、最大深度は最大深度326.8m(同3番目)という湖だが、次のような伝説がある。即ち、現・秋田県鹿角市に生まれた八郎太郎という青年が巨大な竜に変身し、奥入瀬川を堰き止めてできたのが「十和田湖」である(「三湖物語(その1・八郎太郎生誕之地)」:2016年10月19日記事参照)。そして、八郎太郎は「十和田湖」の主となっていが、その棲み処を巡って南祖坊という修験僧と争うことになる。南祖坊(南蔵坊、南草坊、南光坊、安寿坊など、伝える場所により名も様々である。)は、現・青森県南部町に生まれ、幼少の頃から神童の誉れが高く、現・青森県八戸市の「七崎神社」(前身は「永福寺」という寺院で、「観音堂」とも呼ばれていたとのこと。)で修行した後、紀伊国(現・和歌山県)「熊野三山」で修験僧になった。そこで、「草鞋の切れたところが終の棲家となる。」との神託と鉄の草鞋を授かった。諸国を巡るうち、「十和田湖」に至り、草鞋が切れた。こうして、先住者の八郎太郎と南祖坊の戦いが始まり、7日7晩続いたが、南祖坊が唱える法華経の文字が剣となって八郎太郎を切り付け、ついに南祖坊が勝者となった。八郎太郎は「十和田湖」を去り、南祖坊は入水して竜に変身し青龍大権現となった、という。


玄松子さんのHPから(十和田神社)

青森県神社庁のHPから(十和田神社)

十和田湖国立公園協会のHPから(十和田神社)


写真1:発荷峠から見る「十和田湖」


写真2:「十和田神社」境内入口の鳥居と社号標


写真3:同上、社殿


写真4:同上、境内社の「熊野神社」


写真5:同上、社殿の裏手には巨岩が多く、石祠も祀られている。


写真6:同上、境内社(祭神不明)。


写真7:同上、境内社(祭神不明)。湖の崖上にあり、これが「奥院」だろうか? なお、崖下に「占い場」と呼ばれる場所があり、南祖坊が入水した場所とされる。


写真8:十和田湖に向かう秋田県道2号線(大館十和田線、通称:樹海ライン)沿いにある「十和田山青龍大権現碑」。これより先が聖域であるとの印として建てられたものという。
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