備前の古社を訪ねる(備前国内神名帳の研究)

備前の由緒ある神社を巡礼する

コラム264.一宮(番外編・琉球国・波上宮)

2011-09-02 23:39:51 | Weblog
波上宮(なみのうえぐう)。
場所:沖縄県那覇市若狭1ー25ー11。国道58号線「泉崎」交差点から北西へ約1km。駐車場有り。
琉球国は、ヤマト政権の支配が及んでいなかったため、いわゆる律令国のうちに入っておらず、「一宮」とされる神社もなかった。しかし、「全国一の宮会」から当神社が「琉球国新一の宮」に認定されている。沖縄県には「琉球八社」という王府から特別待遇を受けた有力な神社8社があったが、当神社がその首座を占め、明治時代には官幣小社に列格された。現在も「沖縄総鎮守」として、沖縄県では最も初詣客が多い神社となっている。通称「なんみんさん」。
創建時期は不明だが、「琉球八社」はいずれも真言宗寺院に併置されており、社寺同時に創建されたと考えられていることから、当神社も察度王(在位:1350~1395年)の時代に創建されたとみられる。社伝によれば、「往古、南風原村に崎山の里主なる者があって、毎日釣りをしていたが、ある日、里主は浜辺で光を放つ『ものを言う石』を得た。この霊石に祈ると豊漁になったので、これを知った神々が霊石を奪おうとしたが、里主は波上山(「花城(はなぐすく)」ともいう。)に逃れた。このとき、「我は熊野権現である。この地に社を建てて祀れ。そうすれば、国家を鎮護するであろう。」との神託があった。里主はこの神託を王府に奏上し、社殿を建てて篤く祀ったという。「波上山」あるいは「花城」というのが、現在の当神社の鎮座地で、写真3のように、今は崖下がビーチになっているが、かつては海に突き出した巨岩であったらしい。「花城」の「はな」というのは、元は「鼻」または「端」であって、海のかなたにある「ニライカナイ」(理想郷)に祈りを捧げる場所であったようだ。したがって、社伝にいう通り現在の祭神は熊野の三神(伊弉册尊・速玉男尊・事解男尊)であるが、神仏混淆の社寺が創建される遥か以前から沖縄独特の信仰の中心であったと考えられる。
因みに、「琉球八社」のうち7社が熊野神社系で、1社のみ八幡神社となっている。沖縄では、仏教もなかなか浸透せず、現在も独自の信仰(祖先崇拝)が根強いようである。


玄松子さんのHPから(波上宮)

天空仙人さんのHPから(波上宮)


写真1:「波上宮」正面鳥居


写真2:社殿。沖縄らしい赤瓦。今では、台風対策のため、街中では赤瓦は殆ど見かけなくなっている。


写真3:海に突き出した巨岩の上にある。本殿は塗り直し作業中で、シートに覆われていた。


写真4:巨岩の東側には穴もある。今はビーチになっているが、かつては海から切り立った崖であったらしい。

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