太陽光発電シニア

太陽光発電一筋、40年をはるかに過ぎたが何時までも興味のつきない厄介なものに関わってしまった。

今一つ分からない入札制度

2016-10-25 08:50:44 | 仕事に関すること

昨24日の調達価格等算定委員会でFIT認定の入札制度がほぼ決まったようである。現場を離れて2年程度になり、経緯を詳細にWatchしてきたわけでは無いので勘違いがあるかも知れないが腑に落ちない点がある。

「募集容量」に達するまでが安い順に落札とあるが、この「募集容量」はどのように決められるのか。常識的には系統の空き容量が基準となるのだろうが、「出力抑制」が義務付けられており、果たして「空き容量」そのものに意味があるのかどうか。フル出力しても抑制に掛らない量を言うのか(フル出力保証が担保される?)。前回の太陽光発電協会のビジョンで示したが、出力抑制は系統の受容限界に達すると出力抑制する訳だから実際には系統容量の制限を超えた系統への潮流は起こらないはずである(出力抑制は事実上系統容量制限を取っ払い、結果として太陽光発電の出力カーブが正弦波の頭が切れた限り無く台形に近い形になるのでは)。空き容量と太陽光出力の関係がよく分からない。当然今の設備認定取り消し分は空き容量に加算されるのだろうが。

応札資格である事業計画書提出はどこまで制限が加わるのか。まさか資機材の発注(内示?)まで含んでは落札不明段階だから市場で揉め事おこるのは必至。接続契約も同じで落札不明段階で何処まで求められるのか。今後応札資格の要件も決まって行くのだろうが、緩くなり過ぎるとダンピングまがいの落札者が現れ、厳し過ぎると誰も応札しなくなる。

興味本位の疑問であり、勿論誰も答えてくれる必要は無い。おいおい太陽光発電協会に聞きながら個人の興味を埋めて行くつもり。

(27)・・・

藤木が移ったライバル会社は中国からダイアを輸入し、日本で砥粒に加工して販売する会社であった。本社は中国にある。日本では後発であったため日本市場でのシェアは業界第3位だったが何としてもシェアを上げるためには日本市場を熟知した人材を必要としていた。そこに藤木がうまくはまった。藤木は日本で成果を上げ、業界トップになる野心を抱いていた。そのためには販売網の充実は不可欠である。Y商店にコンタクトしたのは旧知の会社であり関東地区の販売店会の会長という三原の存在は大きかった。ダイア砥粒工業が輸出に力を入れ、国内向け供給が手薄になるという情報をいち早く掴み、そこにつけ入るというのはまさに事業家としての直感である。1年も経てば砥粒工業の供給体制も整うであろうからチャンスの期間は限られている。三原倫太郎は藤木が砥粒工業を辞めたこともその理由も聞いていた。藤木が面談を申し込んできた時にも挨拶くらいと考えていた。

「実は親の介護のために覚悟を決めて退職したのですが、思いのほか早く介護ホームに入所できることになり、介護の負担はなくなりました。ただ、無理をして入れたものですから結構費用も掛り、私も働かないとなんともなりません。かと言って元の会社に再就職することも出来ませんので今の会社で働くようになりました。今日はご挨拶とともに、私どもの会社で何かできることがないかとお訪ねした次第です。」藤木の話はどんな場面でも淀みなく、相手を信用させる力が有った。根っからの詐欺師、大法螺吹きという本性を見破れる人は少なかった。藤木はジジ殺しに長けていた。三原倫太郎は世の中色々あるものだと同情的な感情が先立った。藤木が三原倫太郎を訪ねたのは慰労会の日、吉沢が藤木に似た人物を見たその日である。藤木が砥粒工業を辞めるときには既にライバル会社に移ることになっていたことなど三原倫太郎は知る由もない。

ジャンル:
その他
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« シンポジウムジョーク | トップ | 東電改革・1F問題委員会 »

コメントを投稿

仕事に関すること」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。