太陽光発電シニア

太陽光発電一筋、40年をはるかに過ぎたが何時までも興味のつきない厄介なものに関わってしまった。

お恥ずかしい限り

2017-05-20 07:32:47 | 日記

ブログを開くと数日分が画面上に出る。最近何を書いたか読み直す。まあ沢山のあり得ない変換ミスで誤字の多いことか。雑誌への寄稿なら4~5回は推敲を重ねる。しかもドラフト段階では仕上がりページ数の3倍くらいを書いてじょじょにブラシュアップするのが通例だがブログにその慎重さは無い。多分「書く」という形はとっているが、内容は喋ることに近い。残るというより消耗品という感覚だ。このままでは新しい漢字、新しい表現一つ覚えられない。調べて書くという習慣が少なくなれば進化しないことはわかっているが、一方ではルーチーンとしての日課だからなるべく欠かさないように書き続ける。質と量はなかなか両立しないものだ。

民進党の山尾議員が維新の議員の発言に「自民党に入れてもらえ」とヤジを飛ばしたことに、公党に対して失礼であるとか下品であるという記事が載っていた。確かにそうである。このところの法案では自民党が野党も賛成しているから強行採決ではないとか言うくらいだからもう既に入っていると言えるからヤジは正確ではない。下品かというと、役人、あるいは民間の役職者が委員会などで使う慇懃無礼に語尾に「・・・・ございます。」とかつけたらどうか。「・・・・に入れてもらったらどうかと思うところでございます。」と。長すぎてヤジにならない?「よっ!准与党」はどうだろう。そもそも与野党問わず上品なヤジなどないのだから記者の勉強不足と言わざるを得ない、単なるボキャブラリー不足か。

昼間バラエティ(報道番組のつもりか)で登場する政治評論家のTさん。ちょっと与党の贔屓の引き倒し感がある。無理筋のコメントの言葉尻をペアである野党寄りであるIさんから窘められる。瞬間苦虫を噛み潰すが強引には主張はしない。ここらあたりが上手で最近は他局でも良く見る。ちょっと経歴を覗くと家内の高校と同じである。4歳離れているから同じ時期には通っていない。風土とか校風とかあるとしたら想像するにもっとシブトク強情だと思うが。器用過ぎないか。

政党間でも、評論家でも「対案の無い反対のための反対」と揶揄する常套句がある。しかし、分からないのは国会と言う場は各党が対案を突き合わせてお宅のここはどうこうという質疑を交わすところなのだろうか。なら与野党という分け方はおかしい。町内会のようなフラットな場になってしまう。もし、野党が対案を策定したとしても与党はそれに質問する場があるのだろうか。対案が無い=無責任という追いこみ方はちょっと可笑しい。それでダンマリとなる野党も変だ。法律改定vs.現状維持や新法制定vs.法律不要というのは何れも対案など無いが、これも反対のための反対と揶揄されるのだろうか。野党は質問する時に必ず最後に「これこれこういう理由で反対であり、不要と考えるところでございます。」とか付け加えるべきである。ここが変だ、ここが変だよと攻めるから反対の後は知らない無責任野党と思われる。

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