太陽光発電シニア

太陽光発電一筋、40年をはるかに過ぎたが何時までも興味のつきない厄介なものに関わってしまった。

ジョン・ウェインは悩まない

2017-05-15 07:38:18 | 日記

TV欄を見て録画予約をする。特に昼間はBSで古い映画がよく放映されており見た事の無いモノが多い。夜ニュースが終わるろ通常の番組はあまり面白くないのでこれを視る。特に好きな映画は西部劇だが、数は多く無い。火薬を山ほど使い、容赦なく多くの悪者を無慈悲に撃ち殺し、派手にカーチェイスをやって、家族愛を強調して終わるというアメリカ映画はさすがに食傷気味だ。

西部劇の面白さは珍しい西部の広大な風景とともにストーリーの勧善懲悪的な単純明快さにある。最近はジョン・ウェインがお気に入りである。昔は好きというよりあまりに単純な役柄に役者としての魅力を感じていなかった。勿論全て主役であるが、悩んでいる姿はまず無い。目の前で起こる事への反応で事は進んで行く。村上春樹ばりの心理描写などあり得ない。科白と行動で全てが分かる。独白のシーンもナレーションも無い。勿論そういう時代の映画作りだったのだろうがこの単純さは捨てがたい。

役柄がそうであっても、つい見ている方はジョン・ウェインがそうであると思ってしまう。大柄で馬に跨るシーンは馬が可哀そうに見えるのも愛嬌である。何故単純さに魅かれるようになったのか。思い起こせば現役時代は人がどう思っているかを想像する必要性が常にあった。役人が言った意味は何だったのだろう、もしこう言う報告書を出したら上司はどう思うだろう、競合相手はきっと次はこう出て来るだろうとか。

つまり、現実にあることの何十倍も考えながら、意味などあるのか無いのか分からない心配や希望を抱いて生きてきたように思う。それが多分多くの悩みを増幅させていた。しかしリタイアすると如何にそれらの事が不毛の悩みであったのか分かるようになる。ジョン・ウェインの単純さは喩えて悪いが動物の行動にも似ている。ジャングルの中で突然大型動物に襲われるのでは無いかと心配する子ネズミは居ない。そこを歩かなければならない理由があるなら心配しても無駄である。

ジョン・ウェインは誰かに似ている。そうトランプ大統領のイメージだ。決して大統領を誹謗中傷するわけでは無い。寧ろ理解しようとしている。目の前で起こる事への対応という点で似ていると思う。まず、日本の忖度政治とは大違いである。

西部の大平原を馬で疾走するシーンに心理描写は不要である。精々想い出しているとしたら、あのバーのねえちゃん可愛かったなあくらいだ。もし、自身の人生がだんだん単純に思えてきたら、多分それは幸せな歳の取り方だろう。

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