太陽光発電シニア

太陽光発電一筋、40年をはるかに過ぎたが何時までも興味のつきない厄介なものに関わってしまった。

こんな晴れた日は狩りに

2017-04-20 09:28:51 | 日記

昨日の強風とはうって変わってきょうは穏やかに晴れ渡り初夏の雰囲気さえある。多分原始生活なら洞窟に家族を残し男は弓矢を携えて狩りに出掛けただろう。きっと大物が獲れるという希望だけを抱いて原野を彷徨う。ところが、最近の生活はモノ書きに追われて朝からパソコンの前である。絶好の日よりなのに、洞窟の中で残り火を前に男が編み物をしているようなものである。勤めていた頃も時々、晴れた日にデスクワークをしていると、ああ俺はここで座ってる場合じゃない、外に出て何かやらなければならないことがあるだろう、これは自然ではない、と太古の遺伝子が騒いだものである。

それでも一度デスクワークを始めるとつい夢中になり、結構作業もはかどりそれなりに何かやった感が残る。原野で小ネズミ一匹捕まえられなかった時の後悔よりも多分達成感はある。それが文明社会というものだろう。1年の内で春秋の晴天日は外気温も低く、太陽光発電にとっては最も発電量が稼げる時期でもある。我が屋の屋根の小さなシステムも結構発電して稼いでくれる。生涯、殆ど手にすることのない不労所得の類である。

多分今日は15kWhくらい発電するだろうから720円くらいは稼ぐ。初期投資は回収を終えた頃だから考える必要は無い。パソコンの前にジッと座っていてもコンビニのちょっと豪華な弁当くらいは買える額である。実は太陽電池の最大の利点はここにある。例えFITの買取期間が終了しても何某かの価格で電気を売ることは出来るであろうし、もし買い手がなかったとしても自分はタダで電気を系統に流しても良い。それが少しでも電気料金値下げに繋がるなら恩返しである。勿論家内は反対する。そんな勿体ない、それなら発電のピークで洗濯機を回し使ってしまう、いやそれより近くのオートバックスで安い蓄電池を買って電気を溜めておこう。夜にはその電気で電子レンジもフル稼働、必要ならエアコンを動かしても良いときっと言う。

狩りという自然に合わせた生活は無理だが、天気に合わせて生活を変えていくことが出来るのも文明社会である。

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