太陽光発電シニア

太陽光発電一筋、40年をはるかに過ぎたが何時までも興味のつきない厄介なものに関わってしまった。

何故マツコやタモリが

2017-07-27 07:41:31 | 日記

ちょっと不思議に思うが、マツコやタモリは何故TVで活躍できているのだろう。失礼ながら外観とも思えないし、面白いトークでもない。ずばりそれは、程良く丁寧語をちりばめた美しい日本語を喋るからである。標準語に限り無く近い。彼らの話振りはビールで言うと雑味(どんな味かは知らないが)無く、無理なく耳に入る。勿論それは彼らの普段の勉強(多分読書や交友から得たものだろう)により身についた教養がなければできないことだ。それならNHKのアナウンサーも、となるところだがそうは行かない。彼らは基本原稿読みであり、フリートークではない。原稿なら幾らでも美しい日本語で綴ることはできる。

多分タモリは福岡出身だと思うが、大阪弁に拘るタレントではなかなかできる技ではない。標準語に近いと言っても東京のタレントには仲間内に慣れているせいか言葉が乱暴である。マツコやタモリは色ものや芸人という域を脱し、新しいジャンルに居るように思う。それは専門家と称する偏狭なコメントを発する、あるいは専門外で場違いな発言をする輩とは違うし、首相官邸取材歴の長さだけで政治評論する世間知らずでもない。

程良く丁寧語が散りばめられたの真逆は不祥事を詫びる経営者、あるいは国会答弁における官僚の発言に聞くことができる。「・・・・・のところでございます。」と丁寧に客観的と見せかけながら発言する。以前ブログで、やたら相手の発言に頷く者や語尾に「ございます。」とつける者を信用してはだめだと書いた。それは所謂見せかけである。そう言えば森友の時にやたら語尾に「・・・のところでございます」と言った官僚は大栄転をした。官僚には必要な言い回しかも知れない。第二ラウンドで首相は丁寧な口ぶりで答弁したように思う。しかし、急に変わっては不自然さが残る。やはり時間を掛けてゆっくりと変わらなければ。マツコは最初もっとオネエ言葉が多かったし、タモリは受けを狙って乱暴な言葉使いだった。しかしいつの間にか変わって行った。多分今の方が本性に近いのだろう。勿論本人の努力や自覚が無ければ今のような新しいジャンルは開けなかったと思う。

何時だったか冷凍倉庫の社長が不祥事を暴く会見をした事がある。その素晴らしい日本語に感心したものである。言葉に過不足がない。時々市井にも美しい日本語を操る人が居る。銀行マン、これは商売用語であって本性ではない。家に帰ると威張り散らしている。政治家の中で誰か?うーん駄目元で注意して聞くようにはするが。

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