知的財産研究室

弁護士高橋淳のブロクです。最高裁HPに掲載される最新判例等の知財に関する話題を取り上げます。

ダイヤグラムリーフレット事件判決

2014-12-06 15:37:13 | 最新知財裁判例

1 事件番号等

平成26年(行ケ)第10046号

平成26年11月04日

 

2 事案の概要

本件は、拒絶査定不成立審決の取消しを求めたものです。

 

3 特許請求の範囲の記載は以下のとおりです。

「交通機関の運行計画図を表したダイヤグラムリーフレットであって、交通機関の乗務員が乗務に際して携帯し、必要に応じて開いて参照することが予定されているダイヤグラムリーフレットであり、合成樹脂より成るとともに折り畳み可能な一枚の媒体シートにダイヤグラムが印刷されて作成されたものであり、一枚の媒体シートは貼り合わせ箇所の無いものであって、その一枚の媒体シートの両面に時間軸である横軸を連続させた一つのダイヤグラムが印刷されていて、一つの路線の一日のうちの前半のダイヤグラムが表面に印刷され、裏面に後半のダイヤグラムが印刷されており、開くことができる状態で折り畳まれていることを特徴とするダイヤグラムリーフレット。」

 

4 審決の理由

審決の理由は、要するに、本願発明は、実願昭58-88214号(実開昭59-194773号)のマイクロフィルム(甲1。以下「刊行物1」)に記載された発明(以下「引用発明1」)及び特開2000-318347号公報(甲2。以下「刊行物2」)記載の発明(以下「引用発明2」)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない、というものです。

 

5 本願発明と引用発明1の一致点及び相違点は、次のとおりです。

ア 引用発明1の内容

「貼り合わせ箇所の無い1枚の紙面を折り畳んだ状態がポケット版の手帳サイズであって、縦軸に始点からの距離をとり、横軸に時刻をとり、上りと下りを1枚の紙面の表面と裏面に別々に印刷した電車、列車等の運行ダイヤグラム。」

イ 引用発明2の内容

「ポリプロピレン製の合成紙のロール紙からなる長尺紙を蛇腹状に折り畳んだ折り本であって、長尺紙に両面印刷することにより、左右のページに跨るレイアウトでも印刷が折り目でずれることがない折り本。」

ウ 本願発明と引用発明1の一致点

「交通機関の運行計画図を表したダイヤグラムリーフレットであって、携帯し、必要に応じて開いて参照することが予定されているダイヤグラムリーフレットであり、折り畳み可能な一枚の媒体シートにダイヤグラムが印刷されて作成されたものであり、一枚の媒体シートは貼り合わせ箇所の無いものであって、その一枚の媒体シートの両面に時間軸である横軸が印刷されていて、開くことができる状態で折り畳まれているダイヤグラムリーフレット。」

エ 本願発明と引用発明1の相違点

(ア) 相違点1

本願発明は、「交通機関の乗務員が乗務に際して携帯」するものであるのに対し、引用発明1は、その点につき明らかでない点。

(イ) 相違点2

ダイヤグラムリーフレットが、本願発明では、「合成樹脂より成」るものであるのに対し、引用発明1は、その点につき明らかでない点。

(ウ) 相違点3

本願発明は、「一つの路線の一日のうちの前半のダイヤグラムが表面に印刷され、裏面に後半のダイヤグラムが印刷されて」いるものであるのに対し、引用発明1は、上りと下りを1枚の紙面の表面と裏面に別々に印刷したものである点。

 

6 裁判所の判断

裁判所の判断は概ね以下のとおりです。

6-1 引用発明の認定について

6-1-1

刊行物1には、上記ダイヤグラムにおいて、貼り合わせ箇所の有無については特段の記載がなく、第1図及び第2図にも、貼り合わせ箇所は図示されていない。しかし、刊行物1の記載によれば、引用発明1は、鉄道の運行ダイヤグラムの煩雑さを整理し、停車連絡駅に他の路線の出発時聞、行先を表示するとともにポケット版の手帳サイズとなした便利な運行ダイヤグラムを提供することを目的とし(前記(1)ウ)、停車連絡駅に他の路線の出発時間、行先を表示したことを特徴とするものである(前記(1)ア)から、その実施例に貼り合わせ箇所があるか否かを図示して説明する必要があるものとは必ずしもいえない。したがって、第1図及び第2図では、貼り合わせ箇所の図示を省略したものとも考えられるから、第1図及び第2図に貼り合わせ箇所が図示されていないことから直ちに、刊行物1に「貼り合わせ箇所の無い1枚の紙面を折り畳んだ」運行ダイヤグラムが記載されているとはいえない。

もっとも、前記(1)ウのとおり、刊行物1の考察の目的が、ポケット版の手帳サイズの便利な運行ダイヤグラムを提供することにあることからすると、刊行物1の運行ダイヤグラムについて、1枚の紙を分割することなく印刷可能な大きさの紙の両面に必要な情報が収まるような場合において、当該1枚の紙の両面に印刷するのではなく、当該紙をあえて複数に分割してその両面に印刷したものを貼り合わせることについて特段の技術的意義があるとは考えにくく、また、刊行物1には、かかる特段の技術的意義があることを示す記載はない。

 

6-1-2

そして、乙1公報(平成8年8月9日公開)、乙2公報(平成13年11月20日公開)及び乙3公報(平成14年5月21日公開)によれば、本願の出願時(平成20年3月21日)において、A0版の大きさ(84.1cm×118.9cm)の紙であれば、これを分割することなく印刷することができることは、技術常識であったことが認められる。

そうすると、刊行物1において、A0版の大きさの紙の両面に必要な情報が収まるような運行ダイヤグラムが開示されていれば、当該運行ダイヤグラムは、1枚の紙をあえて複数に分割してその両面に印刷したものを貼り合わせたものではなく、当該1枚の紙の両面に印刷したものと認められるので、刊行物1には、「貼り合わせ箇所の無い1枚の紙面を折り畳んだ」ものが記載されているに等しいということができる。

 

6-1-3

そこで、刊行物1において、A0版の大きさ(84.1cm×118.9cm)の紙の両面に必要な情報が収まるような運行ダイヤグラムが開示されているかについて検討する。

刊行物1には、実施例として、第1図に、常磐線快速の運行ダイヤグラムの内容が示され、第2図に、横方向に6枚に折り畳んだ状態で、縦10cm×横6.5cm×厚さ2mmの手帳サイズで作製することができ、定期券のカード入れに保管することができる運行ダイヤグラムが示されている。そこで、第2図の表示に従って、横方向に6枚に折り畳んだ状態で、縦10cm×横6.5cmとなる紙の大きさを求めてみると、縦10cm、横6.5cm×6=39cmであり、これは、A3版の大きさ(29.7cm×42.0cm)よりも小さいものとなる。

以上のとおり、刊行物1には、A0版の大きさの紙の両面に必要な情報が収まるような運行ダイヤグラムが開示されており、当該運行ダイヤグラムは、1枚の紙をあえて複数に分割してその両面に印刷したものを貼り合わせたものではなく、当該1枚の紙の両面に印刷したものと認められる。

したがって、刊行物1には、「貼り合わせ箇所の無い1枚の紙面を折り畳んだ」ものが記載されているに等しいということができる。

 

6-2 相違点1の判断について

相違点1は、正しくは、「本願発明と引用発明1とは、本願発明が、「交通機関の乗務員が乗務に際して携帯」するものであるのに対し、引用発明1は、一般人が携帯するものである点。」と認定されるべきものである。

原告らは、引用発明1の運行ダイヤグラムは、途中駅での他会社路線への乗り換え連絡の情報という乗務員にとってはあり得ない不要な情報が含まれている上、列車番号、交差するスジ線、終着駅での折り返しといったダイヤグラムに必須の情報は何ら含まれておらず、引用発明1の運行ダイヤグラムを乗務員が乗務に際して携帯することはあり得ないし、引用発明1の技術思想ないし目的は、ダイヤグラムの煩雑さの整理であるのに、引用発明1に上記のようなダイヤグラムに必須の情報を盛り込めば、ダイヤグラムは煩雑となり、引用発明1の技術思想ないし目的と矛盾すると主張する

しかし、本願発明には、乗務員が旅客からの問い合わせに対応するために参照するダイヤグラムリーフレットも含まれているところ、このようなダイヤグラムリーフレットとして、引用発明1の運行ダイヤグラムを用いることができることは、当業者にとって自明であるし、本願発明において、原告らが主張するダイヤグラムに必須の情報を含む点について何ら特定されておらず、本願明細書にもこの点について何ら記載されていない。また、ダイヤグラムの煩雑さの整理は、使用目的に応じて当業者が適宜なし得るものである。

したがって、原告らの上記主張は採用することができない。

 

6-3 相違点2の判断について

原告らは、審決が、相違点2について、引用発明1と引用発明2とは、一枚の媒体シートを折り畳んだ印刷物という点で共通するから、引用発明1に引用発明2を適用し、ダイヤグラムリーフレットを合成樹脂製とすることは、当業者が容易に想到し得るものであると判断した点について、折り畳んだ印刷物という共通点は、引用発明1の運行ダイヤグラムを合成樹脂製とすることとは何ら関連せず、動機付けにはならないと主張する。

しかし、引用発明1の運行ダイヤグラムは、折り畳んだ状態で携帯し、内容を参照するときには開いて用いるものであり、開閉が繰り返されるものである。したがって、耐久性が求められることは、当業者にとって明らかであり、引用発明1に内在する自明の課題といえる。

一方、刊行物2には、「開閉頻度が高い場合はヒンジの特性を有するポリプロピレン製の合成紙が好ましい。」(3欄14行ないし16行)との記載があり、これによれば、刊行物2には、合成樹脂より成る紙とすることにより耐久性が向上することが記載されているものと認められる。

そうすると、引用発明1に内在する上記の自明の課題が動機付けとなり、引用発明1に引用発明2を適用して、相違点2に係る本願発明の構成とすることは、当業者が容易に想到し得ることであるといえる。

 

6-4 相違点3の判断について

原告らは、審決が、相違点3について、本願発明のように、一つの路線の一日のうちの前半のダイヤグラムを表面に印刷し、裏面に後半のダイヤグラムを印刷することは、当業者が必要に応じて適宜なし得ることであると判断した点について、本願発明において、一日のうちの前半のダイヤグラムを表面に印刷し、裏面に後半のダイヤグラムを印刷することは、ダイヤの過密化に対応したものであり、このようなダイヤの過密化の問題は、刊行物1に記載も示唆もされていないから、相違点3が動機付けられることはないと主張する。

しかし、本願発明において、ダイヤの過密化に対応して上記のような両面印刷をしたのは、ダイヤが過密化するとダイヤグラムリーフレットの所定時間当たりの横軸の長さを長くしなければ、スジ等の間隔が狭くなり読み取りにくくなることに対応したものと解される。

一方、引用発明1の運行ダイヤグラムは、上りと下りを1枚の紙面の表面と裏面に別々に印刷したものであるところ、引用発明1において、上りと下りを紙面の表面と裏面に別々に印刷しているのは、このような両面印刷における文字間の間隔や運行線を示す斜線(スジ)の間隔と同じ間隔で上りと下りを紙面の片面に印刷にすると、両面印刷した場合と比較して読み取りやすさが劣ることになるためであると解される。

このように、本願発明における上記の技術思想については、引用発明1においても認められるものであるから、引用発明1において相違点3に係る本願発明の構成とする動機付けがある。

そして、引用発明1における上記のような両面印刷の意義に照らせば、表面に印刷する情報と裏面に印刷する情報を分ける基準は、乗務員の使用態様や読み取りやすさを考慮して適宜取り決める事項であるといえる。そして、本願発明において、一日のうちの前半のダイヤグラムと後半のダイヤグラムに分けることについて特段の技術的意義があるとは考えにくく、また、かかる特段の技術的意義があることを示す証拠もない。そうすると、相違点3に係る本願発明の構成とすることは、当業者が適宜なし得ることであるといえる。

 

7 コメント

7-1 引用発明1の認定

本判決は、刊行物1の字句にとらわれることなく、技術常識を踏まえて、刊行物1には、「「貼り合わせ箇所の無い1枚の紙面を折り畳んだ」ものが記載されているに等しい」と判断した点において事例的意義があります。

 

7-2 相違点1の判断

原告らの主張は、相違点1を克服することが引用発明1の目的に反するというものですから、阻害要因の主張と整理できます。

本判決は、この原告らの主張の位置づけは明確にしませんでしたが、「ダイヤグラムの煩雑さの整理は、使用目的に応じて当業者が適宜なし得るものである」と述べていますから、原告らの主張する事項は、阻害要因にならないとの判断を示したものといえます。

 

7-3 相違点2の判断

本判決は、耐久性の向上が引用発明1に内在する課題であり、引用発明2は同様の課題を解決するものであることから、動機付けを肯定したものです。

課題の共通性は動機付けを肯定する最有力の理由であるところ、本判決は、当該課題は、主引例に記載されているものに限定されず、主引例発明に内在する課題でも良いことを示した点において事例的意義があると解されます。

 

7-4 相違点3の判断

本判決は、相違点3を克服する動機付けがあるとしつつ、他方、相違点3に係る構成とすることは、当業者が適宜なし得るものであると述べており、設計事項の問題と捉えているようです。

設計事項とは、発明を具体的製品及び製法(以下「具体的製品等」)等に適用する際に当然考慮し選択する事項のことであり、技術常識の特別な類型と整理できるものであって、さらに、それは以下の2類型に分けることができます。

(ア)最適(好適)材料又は最適(好適)数値の選択(以下「最適型」)

(イ)同一の目的を達成するための相互に置換可能な複数の技術事項が周知又は公知である場合における特定の技術事項の選択(以下「置換型」)

本件は置換型の例といえます。すなわち、本願発明の「一つの路線の一日のうちの前半のダイヤグラムが表面に印刷され、裏面に後半のダイヤグラムが印刷されて」いる技術事項(以下「技術事項A」)と引用発明1の「上りと下りを1枚の紙面の表面と裏面に別々に印刷した」という技術事項(以下「技術事項B」)とは、乗務員の読み取りやすさを高めるという同一目的を達成するものであり、また、技術事項Bは公知の技術事項でありますし、技術事項Aには格別の技術的意義はありませんから、技術事項Aを技術事項Bに置換することは設計事項であるといえます。

本判決は、設計事項とは何かを検討するに際して重要な例を与えてくれるものといえましょう。

 

以上

 

 


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