知的財産研究室

弁護士高橋淳のブロクです。最高裁HPに掲載される最新判例等の知財に関する話題を取り上げます。

転送システム事件判決

2014-12-18 10:41:08 | 最新知財裁判例

1 事件番号等

平成26年(行ケ)第10018号

平成26年10月16日

 

2 事案の概要

本件は、拒絶査定不服審判請求不成立審決の取消しを求めたものです。

争点は、サポート要件違反及び進歩性の有無です。

 

3 特許請求の範囲の記載(甲12)

  「プロセッサベースのシステム内の少なくとも1つの記憶素子にアクセスするためのシステムであって、少なくとも1つの記憶素子を有し、命令シーケンスを記憶するメモリと、前記メモリに結合され、前記記憶された命令シーケンスを実行するプロセッサと、前記プロセッサに結合され、前記プロセッサおよび前記メモリと同じく前記システム内に含まれる記憶装置と、を含み、オペレーティング・システムをブートする前に、前記記憶された命令シーケンスによって前記プロセッサは、前記少なくとも1つの記憶素子のコンテント、即ち、該記憶素子の任意のタイプのデータを前記記憶装置に書き込み、この書き込み動作はブート後のアプリケーションプログラムとは独立して実行され、さらに、前記記憶装置はファイル・システムを含み、前記少なくとも1つの記憶素子のコンテントを前記記憶装置に書き込む前記動作において、前記少なくとも1つの記憶素子はファイルを含み、前記書き込む動作は、前記ファイルを前記記憶装置の前記ファイル・システムに転送することを含むことを特徴とするシステム。」

 

4 審決の理由

審決の理由は、要するに、〈1〉本願発明は、特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない、〈2〉特開平11-39143号公報(甲1。以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)並びに特開平6-309210号公報(甲2)に記載された発明の記載事項及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない、というものです。

 

5 相違点

ア <相違点1>

メモリに関し、本願発明は、記憶素子を有するとともに、「命令シーケンスを記憶する」ものであるのに対し、引用発明の「不揮発性記憶装置」は、データを記憶しそのための記憶素子は有すると解されるものの、「命令シーケンスを記憶する」かは言及されていない点。

イ <相違点2>

プロセッサに関し、本願発明は、上記<相違点1>に係る「メモリ」に「記憶された命令シーケンス」を「実行する」ものであるのに対し、引用発明の「CPU」は、所定の命令シーケンスの実行は行っていると解されるものの、当該命令シーケンスが「不揮発性記憶装置」に記憶されたものであるかは言及されていない点。

ウ <相違点3>

オペレーティング・システムをブートする前の、データの記憶装置への書き込みに関し、本願発明は、上記<相違点1>に係る「メモリ」に「記憶された命令シーケンス」によって、「プロセッサ」が実行するのに対し、引用発明は、CPUが、所定の命令シーケンスによってデータの転送を実行していると解されるものの、当該命令シーケンスが「不揮発性記憶装置」に記憶されたものであるかは言及されていない点。

エ <相違点4>

本願発明は、「前記記憶装置はファイル・システムを含み、前記少なくとも1つの記憶素子のコンテントを前記記憶装置に書き込む前記動作において、前記少なくとも1つの記憶素子はファイルを含み、前記書き込む動作は、前記ファイルを前記記憶装置の前記ファイル・システムに転送する」ことを含むものであるのに対し、引用発明では、「主記憶装置」及び「不揮発性記憶装置」に関し、そのような構成になっていない点。

 

6 当裁判所の判断

6-1 記載不備について

本判決は、本願明細書の記載を引用した上で、「本願の特許請求の範囲の請求項1に記載されたシステムの構成である「命令シーケンスを記憶するメモリ」「プロセッサ」「記憶装置」は、それぞれ発明の詳細な説明の「不揮発性メモリ175(システム・ファームウェア176を含む。)」「CPU104」「大容量記憶手段152」に対応し、請求項1の「ファイル・システムを含」んでいる「記憶装置」は、ハード・ディスク、フロッピー・ディスク、CD-ROM、DVD-ROM、テープ、高密度フロッピー、大容量取外し可能媒体、低容量取外し可能媒体、固体メモリ装置など、及びこれらの組合せその他の不揮発性の大容量記憶装置であって(【0026】)、少なくとも揮発性のRAM(主記憶装置)はこれには含まれないと解される」と認定し、「本願の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明も、発明の詳細な説明に記載された発明も、同様のハードウェア及びソフトウェアの構成を備え、OSのブート前に、追加のプログラム等などを大容量記憶装置に転送するという動作が開示されているから、本願の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明は、発明の詳細な説明に記載された発明であって、当業者が「媒体が失われるなどのリスクを避けるために、システム・ファームウェアから記憶装置にアプリケーションを配信するためのシステム及び方法を提供する。」という課題を解決できると認識できる範囲のものであると認められる」ことから、「本願が特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていないとの審決の判断は誤りである」と結論付けました。

 

6-2 一致点及び相違点について

本判決は、刊行物1の記載を引用した上で、「引用発明は、演算装置に関し、特に、プログラム起動時の時間を短縮できる装置に関するものである(【0001】)。そして、従来は、演算装置を起動する場合、毎回、OSを記憶装置からRAMにロードし、さらに、アプリケーションプログラムを選択する度に、アプリケーション・プログラムを記憶装置からRAMにロードすることを繰り返していたため、実際にコンピュータを使用できる状態になるまで、かなりの時間がかかっていたことから(【0012】【0013】)、前回終了時における演算装置の電源オフに先立って、主記憶装置に記憶されているデータを不揮発性記憶装置に待避させ、演算装置の再起動時に、当該データを主記憶装置に転送することによって、前回の電源オフ時のオペレーティング・システムおよびアプリケーション・プログラムの実行状態を再現し、アプリケーション・プログラムの起動までの時間を短縮するなどの効果を有するものである(【0066】【0067】)と認定し、「本願発明の「記憶装置」は、システム内に含まれ、ファイル・システムを含む記憶装置であるところ(請求項1)、本願明細書の発明の詳細な説明に照らして、その技術的意義を理解すると、ハード・ディスク等の不揮発性の大容量記憶手段であり、少なくとも揮発性のRAMはこれに含まれないものと解される。これに対し、引用発明の「主記憶装置」は、「オペレーティングシステムおよびアプリケーションプログラムをプログラム格納手段から読み出して一時的に記憶する揮発性の主記憶装置」(【請求項1】)で、【発明の実施の形態】の図1の「RAM103」(【0037】)に相当するものであって、「RAM103はCPU101がプログラムを実行するとき、必要なデータを一時的に記憶させる作業領域として使用される揮発性の記憶装置であり、例えばDRAMからなる。」(【0038】)と記載されており、ファイル・システムによって、プログラム等のファイルをフォルダやディレクトリを作成することにより管理したり、ファイルの移動や削除等の操作方法を定めたりすることは記載されていない」ことから、「本願発明の「記憶装置」と、引用発明の「主記憶装置」は相違するものであるから、両者を一致するとした審決の認定は誤りである」と判断しました。

本判決は、さらに、「引用発明が、「プログラム起動時、起動時間を短縮できる演算装置および演算装置を利用した電子回路装置を提供することを目的」(【0015】)とし、前回終了時に、主記憶装置に記憶されているデータを不揮発性記憶装置に待避させ、演算装置の再起動時に、当該データを主記憶装置に転送することによって、前回の電源オフ時のオペレーティング・システム及びアプリケーション・プログラムの実行状態を再現するものであることからすれば、引用発明における演算装置の再起動時の不揮発性装置からのデータの転送先は、必ず主記憶装置でなければならず、引用発明における揮発性の「主記憶装置」をファイル・システムを含む不揮発性の記憶装置に置き換えることには阻害要因があるというべきである」と判断し、「審決には、「記憶装置」に関して、本願発明は「ファイル・システム」が含まれる不揮発性の記憶装置であるのに対し、引用発明は、揮発性の「主記憶装置」であるという相違点を看過した誤りがあり、同相違点の看過は、容易想到性の判断の結論を左右するものである」と結論付けました。

 

7 検討

7-1 記載不備(サポート要件違反)について

サポート要件違反の判断枠組みについては、「特許請求の範囲」が「発明の詳細な説明」に記載された技術的事項の範囲のものであるか否かを判断するのに、必要かつ合目的的な解釈手法によるべきであって、特段の事情のない限りは、「発明の詳細な説明」において実施例等で記載・開示された技術的事項を形式的に理解することで足りるとする見解(フリセンバリン判決:知財高裁平成22年1月28日)と「特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な記載により当業者が当該課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべき」とする見解(パラメータ特許事件大合議判決:知財高裁平成17年11月11日)がある。

本判決は、後者の判断枠組みを採用している点に事例的意義があると思われる。

 

7-2 進歩性判断

本判決は、本願発明の課題と引用発明の課題とが異なることを踏まえ、本願発明の「記憶装置」と引用発明の「主記憶装置」は相違するものであると判断している。

この点については、課題の相違を根拠として、引用発明の主引例適格性を否定するというロジックもあり得るところである。

また、本判決は、相違点を克服する構成を採用することは、引用発明の目的(課題の裏返し)を達成できなくなることから、当該採用については阻害要因がある旨判示している。これは、従来から阻害要因と把握されてきた「引用発明の目的不達成」という類型に一事例を加えるものである。

 

以上

 

 


コメントを投稿