Jun日記(さと さとみの世界)

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青葉若葉の季節、4

2016-10-28 15:37:02 | 日記

 祖父母の仲の良かった記憶とは逆に、両親の方は私が中学1年の頃まではよく喧嘩をしていたものです。  

それは、祖母が亡くなってから見られるようになりました。

母にすると一番の憂鬱の種であった姑が居なくなり、家での煩わしさの矛先が父に向かったのかもしれません。

母から祖父の悪口はあまり聞いたことがないので、母も祖父には好感が持てたようです。

 両親の喧嘩は夜間私たち姉妹が寝静まったころに始まります。

夜中に起こされることがしばしばありました。

こうしょっちゅう仲が悪く、煩いのなら、いっそ離婚すればよいのに

と、遂に怒った私は思ってしまいました。

それが小6~中1にかけての頃でした。

 Gさんと話をした時は、この両親の不仲がまだ記憶に新しい時期でした。

祖父の具合の悪さ、心配事があったせいでしょうか

中2になる前後の時期、両親の喧嘩は影を潜めていました。

 私はこの時期の両親の不仲の事を思い出すと、かつて読んだ小説、

題名は忘れましたが「2人のロッテ」かもしれません。を思い出します。

 「世の中の子供は、両親が離婚して困っている子と、両親が離婚しないで困っている子と2種類ある。」

というような言葉が文中に出て来て、そこまで本を読み進めて来た私は、

その言葉を目にした途端、ハッとして胸を打たれました。

驚くと共に大層共鳴し、この言葉を書いた作者に心酔したものです。

 この作家、子供心が酷くよく分かっていると感銘を受けました。

私の場合はもちろん後者でした。

 実際ある時の事です。

母は私に、

「お父さんとお母さんが離婚したら嫌よね。

と言うので、私は即

「ううん。

と答えました。

 すると私の即答と、多分予想外だった私の答えは、母を酷く面食らわせたようでした。

え!っとばかりに驚いていました。

 私にすると日頃の2人の喧騒が相当迷惑だったので、

ここぞとばかりに、ちっとも苦にならない、むしろ歓迎すると言ったものです。

 そこで母は、尚も片親になってしまうのよと未練がましく言っていましたが、

私はどうしてそこまで我慢するんだろう、こんなに子供に嫌がられてまでと思ったものです。

両親の不仲を見せつけられる子供の方が、よっぽど嫌だとうんざりしていたものです。

 口幅ったいことを言うようですが、

親はいくら不仲でも、子供の前で喧嘩はしない

事ですね。

 実際、祖父母の仲睦まじさがなければ、両親だけを見ていたならば、

私は結婚したいとか、結婚に対しての夢を持ったりしなかったと思います。

また、離婚に際してあっさりとしていて、子供の感情を深く考慮する事が無かったのは、

自分のこの経験からでした。

子供にとって不仲な親でいたくない、それが大きな理由でした。

 

 

 

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