男性が蛍さんの絵を眺めている様子と、絵と蛍さんを見比べてにこやかに笑いかけてくる様子で、
彼女には男性の言っている言葉は皆目分かりませんでしたが、どうやら自分の絵を褒めてくれているらしいという事は分かりました。
そうなると蛍さんはほのぼのとした気持ちになり、嬉しくなって、にこにこして、うんと頷きました。
お礼の言葉、ありがとうを言うのでした。
「ありがとう。」
男の人は蛍さんの言葉を繰り返しました。そして、何か思い当たった事があった素振りで顏を曇らせると、少ししょんぼりして澄さんの所へ戻って行きました。
何だか沈んでしまった男性を、澄さんが盛んに励ましています。にこやかに笑顔で気持ちを引き立たせています。
が、男性に笑顔は戻りませんでした。さようならと挨拶をすると、うな垂れた儘で元気なく足早に立ち去って行きました。
男性が姿を消してしまうと、澄さんは急に機嫌が悪くなりました。蛍さんに食って掛かるのです。
「あなたが悪いのよ、彼に昔の事を思い出させるから。」
そんな蛍さんには訳の分からない事を言い出すのです。漸く昔の事を忘れてこの世界に馴染んで来たのに、
私が最初に会った頃の彼に戻ってしまったわ。そんな事を言って澄さんまでしょんぼりしてしまいました。
しゃがみ込んで蹲ると、何だか泣いているような感じです。
やや間があって、澄さんは心配そうに彼女を覗き込んでいる蛍さんに顔を上げて言いました。
「あの人の事ね、私、好きなのよ。」
何だか子供っぽい顔つきになって目を輝かせて言うのです。蛍さんはそうなんだと思いました。
彼女には未だ男女の機微という物は分かりません。言われた事を言われた儘に素直に受け取るだけです。
素っ気なく無感動な蛍さんに、澄さんはやはり子供に真面な話は出来ないと溜息を吐くのでした。
『兄さんがいてくれたらなぁ。』
この場合の兄さんは源さんの事です。噂をすれば影で、源さんがやって来ました。
屈み込んで元気のない澄さんに何かあったのかと話しかけました。
事情を聴いてちらりと蛍さんの顔色を見た源さんです。
「子供に何でも言うなよ。」
俺がいるじゃないかと源さんは澄さんを慰めます。今度は俺がこの子を見てるから、
お前向こうへ行ってあいつの事を慰めてきたらどうだいと勧めます。
そうねと澄さんは立ち上がると、さっきの男性が行った方向へと姿を消してゆきました。