学生の小遣い 40年前

2017-08-13 22:56:06 | 日記
40年前、大学生だった私は、自宅から都内の私立大学に通っていた。

当時、小遣いはどうしていたかというと、母が決めたことなのだが、10日で1万円。1のつく日に受け取った。月に3万円だ。

多いように思われるかたもおられると思うが、この金額の中で、学業に必要な書籍も、着て行く洋服も、サークル活動の費用も、毎日の学食の食費も、すべてこの中で賄うように言われた。

当時、大学の友人で地方から上京して一人暮らしをしている人は、月に5万の仕送りで、4畳半の下宿屋の部屋代が月に1万円だった。

       


それで、私はこれでは足りなかった。

学生課に貼りだされるアルバイトを見つけては、休日に1日仕事で稼ぎに行ったこともたびたびあった。

そのうち、水曜日が多少休んでもなんとかなる授業の日だったとき、1日事務のアルバイトに行くこともあった。

3年のとき、卒論に付く予定の先生からご親戚の姪御さんで小学生の受験生がいらして、家庭教師をする気はあるかと打診があった。

今までそのお嬢さんを教えていた大学院生の先輩が辞めるのでその後任をやらないかというのだ。

先輩とともに、小学生のお宅へ伺い、お母様と面接となり、お寿司をごちそうになって、話し合いの結果、お引き受けすることになった。


小学生のR子ちゃんは、優秀な児童で、私立中学を受験するため、四谷大塚の進学塾にも通っていて、私の役目は、四谷大塚の課題でできなかったところを解説して、理解してもらうことだった。


R子ちゃんは、四谷大塚のテストで、名前が上位に載るほど出来がよく、私の手助けなどいらないように思われたが、自信がないのだそうだ。

私は中学受験をしていないので、算数でいえば、よくある〇〇算は、得意ではない。

4教科の受験が必要だが、主に算数の解説をしたことが記憶に刻まれている。

R子ちゃんがテストでできないものを私がわかるわけはなく、解説本を見て説明をする。

そして、テストの解答を見て良いか?とR子ちゃんに聞くと、いい、というので、答えを見て、なるほど、こうなるのか、と答えに行きつくプロセスを組み立て、解説し、理解してもらったところで、数値を変更して例題を出し、R子ちゃんに解いてもらうとあっという間に解いて、わかった、という。

初めは、週に2日の家庭教師の日だったのを、R子ちゃんの希望で週3日になった。

秋から私が引き継いで、私立中学の試験が1月で、R子ちゃんは、見事志望校に合格した。

そして、R子ちゃんの家庭教師は卒業となった。

そのあと、近所の小学生の姉弟を同時に教える家庭教師となり、大学卒業まで続けた。

家庭教師は、週に2日で、月15000円くらいだったのではないだろうか。

2万円だったかもしれない。


最近は衣類が安いが、昔は高かった。

靴も足が大きいので、ワシントン靴店で買うので1万はした。

学術書も高かったが、図書館で借りるより、買って勉強するのが好きだった。

外食もいまのような割安な食事はあまりなかった。

学食で食べることは多かったが、それでも、毎日となると、食費はかさんだ。


というわけで、なんかキュウキュウの学生生活だった。

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