じゅくせんのつぶやき

日々の生活の中で感じた事をつぶやきます。

文部省の思い出

2017-07-18 10:55:24 | Weblog
☆ 国会の閉会中審査の1場面。文科省の前川喜平元次官が加戸守行元愛媛県知事にあいさつをする写真を見た。

☆ この二人。大学は東大法学部。そして文科省(文部省)の先輩後輩にあたる。先輩後輩と言っても、加戸氏の入省が1957年、前川氏が1979年だから、前川氏にとっては雲の上の人だったと思われる。

☆ 私は大学院生時代、某教育誌で記者のアルバイトをしていた。当時は中曽根内閣で、臨教審が次々と答申を出していた。

☆ 虎ノ門の文部省も何度か訪れた。歴史を感じる建物だった。文部大臣が海部さん、文部次官が宮地さんから高石さんに変わった時分だった。

☆ 宮地さんには1度、高石さんには数回お会いした。大臣室の前は赤じゅうたんが敷かれ、雰囲気が違った。次官室は、薄暗い普通の執務室と言う感じだった。確かその壁に森有礼(初代大文部大臣)の「自警」という揮毫が掲げられていた。

☆ 大要は、「文部省は全国の教育学問に関する行政の大権を有しているので、その職務を担当する者は、行政官としての自らの力量を高め、その職に死ぬくらいの覚悟をもて」というもの。

☆ 大学で森有礼については学んでいたが、実物(レプリカだろうけれど)を次官室で見たときは感動した。


☆ 次官がインターホンを押すと、しばらくして課長クラスの面々がそろって現れた。そこで次官から私のことが紹介され、それから取材がスムーズに進んだ。入り口付近の官吏から話を始めると、課長までたどりつくのに、相当時間がかかる。それに対して、トップの一言で、対応が一変した。官僚機構と言うものを目の当たりにした瞬間だった。

☆ 総理府にプレス向けの臨教審答申をもらいに行ったことがある。担当部署は何階だったか忘れたが、文部省とは違って見晴らしの良い、日当たりのよいビルだった。

☆ 自由化をめぐり文部省対自由化論者とマスメディアは報じていたが、「(答申は)ほとんど私たちが書いているんだよ」と話してくれたのは文部省のある課長。


☆ 臨教審が終わり、私はもとの院生生活に戻った。その後、文部省はリクルート事件で大荒れとなり、人事も一新された。加戸さんはその時の官房長だったかな。


☆ 冒頭の写真から、昔のことが思い出された。 

 
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