東十条探偵団2

明日は何を撮りに行こうかな?

日本橋散歩・有楽町あたりを歩く

2016-09-19 | 散歩
  朝からぐずっていた空はこらえきれずに泣き出したりする、
  ときどき大泣きをする。
  この辺は商業施設が多いから雨宿りもできるけど、
  一人で雨宿りってのもやや切ない感もある。


  

     数寄屋橋交番

     私にとって有楽町はここから始まる、
     当時の”国電”で有楽町まで来て、さあどこへ行こう?。
     あの頃の交番はもっともっと大きくお巡りさんもいっぱいいた、
     何といっても数寄屋橋目当ての人が多かったから道案内が第一の仕事。

     左はずーっと高速道路でその下にいろいろな店が入っている、
     その頃はまだラジオ全盛の時代、各ラジオ局はみんな街に飛び出していた。
     向こうに見える赤い店あたりにニッポン放送のサテライトスタジオがあって
     平日の午前中はここから放送してることが多かった。
     大きなガラス窓を隔ててDJとリスナーが向き合い一体感を醸し出す、
     メディアが街に飛び出したのはこの頃からだろうね。




  

     有楽町で逢いましょう

     「有楽町で逢いましょう」は昭和32年にフランク永井が歌い大ヒットした歌謡曲。
     この歌は、関西の百貨店そごうが東京へ進出する際の
     キャンペーンとして企画された映画「有楽町で逢いましょう」の主題歌だった。
     このころから有楽町、銀座が大ブレークしていく、
     「銀座九丁目は水の上」、「銀座の恋の物語」、「西銀座駅前」、、、懐かしい歌。




  

     日劇跡

     この辺りは映画館だらけで、その中でも日劇は威容を誇っていた。
     今、名前はマリオンとなったがやっぱりいろいろな興行の中心だ。

     有楽町マリオンクロック
     1984年完成。からくり時計ブームの先鞭をつけたといわれ、
     直径2.6mの円形を基本とした懐中時計をモチーフとしている。

     毎正時、大きな時計がせり上がり、中から4体の金色の人形が回りながら登場、
     こちらをむいてポーズをきめた後、曲にあわせて金管を叩く。
     そしてファンファーレとともに再びポーズをきめて、
     回りながら去っていくと同時に時計がもとの位置へと戻りる。

     この頃からザーザー降り、これを撮ったあと急いでこの下で雨宿り。




  

     南町奉行所跡

     思いっきり時間が飛んで江戸時代へ。
     マリオン裏、有楽町駅中央口前にある南町奉行所跡、
     何かイベントがあるようでテントが張られイスが並んで立ち入りは無理、
     この向こうに石垣とか銘板があるんだけどね。




  

     されば、しからば奉行所内を探索

     南町奉行所跡は、有楽町駅前地区再開発事業が実施されるのに際して
     発掘調査が行われた。そのとき出土したものが近くの「イトシア」の
     地下一階広場に展示されている。(奉行所跡に向かって左後ろの階段を降りる)

     穴蔵を再現

     穴蔵というのは、火災が起きた際に重要品を焼失しないように保護するため
     地下に設置された木製の蔵。
     穴蔵のなかに重要品を放り込み蓋をしたうえで、土をかぶせ、
     そのうえに濡れたふとんや畳をかぶせて焼失するのを防いだ。




  

     木製の水道管

     そのほか、遺蹟からは木製の上水道管も出土した。
     その江戸時代の水道管である木樋が穴蔵脇の木製のペンチとなっている。




  

     石垣の石

     さらに、出土した石垣の石を利用してベンチが地下1階には作られている。
     この木製ベンチや石製ベンチで結構いろいろな人たちが休息している姿が見られる。
     しかし、木製ベンチや石製ベンチが南町奉行所跡から出土した品であることを
     何人の人が知っているのかなぁ、、、。


     雨は上がったかな、地上へ出てみたらまだ少々
     傘を差すか差さないかかビミョーなところ。

     この後はアンテナショップでも回ってみましょうか、
     既出も含めてたくさんのアンテナショップがありますよ。
                                                             9月16日 有楽町で雨宿り
         

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2 コメント

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Unknown (くぅ)
2016-09-20 11:54:30
雨もしくしく泣いているとこは可愛いけど・・・
特に、冬の間半年近くも雨を見ることがないので、
ちょっと雨にあこがれたり・・
でも大泣きはいただけないね。
旭橋の下を流れる川、まだ濁ってたよ。

交番が、「Police station」じゃなくて「KOBAN」なのがいいね。
最近は「SEKOI」なんて言う日本語も世界に発信しちゃったけどね。(笑)

いろんな歌が登場だね。=^-^=うふっ♪

映画館もシネコンだけになっちゃった。
昔は「映画館」だったのにね。
トーキョーは、まだ「映画館」があるの?マリオンって映画館?

石垣の石を利用してベンチいいね。
形が不揃いなのがいい。
そんな風に再利用できるものが残っていたら、
それはそれでうれしいね。

東京にはいろんな歴史的なものがあるもんね。
江戸時代なんて、ついこの間。
一昨日みたいなもんだもの。(笑)
くぅさん (jugemu)
2016-09-20 19:39:01
そうか、半年の間は雨が見られない、、、
それは気がつかなかった、言われるまで気にもしなかった。
改めて北海道ってシビアな環境なんですね。
毎日電車の窓から荒川を見てるけど
荒川もここのところ濁りっぱなしですよ。

ここのところ日本語がそのまま”輸出”されてますね、
「TSUNAMI」は有名だけど、その他にもいろいろ、KOBANも。
散歩の最終回は私の英会話!?を、
(いきなり英語で話しかけないでね、ガイジンさん!)
会話じゃなく単語をやり取りしただけなんだけどね。(爆)

今はもう映画館は無いでしょう、シネコンばかり。
マリオンもシネコンがいくつ入っているのかなぁ?、
看板がずらーっと並んでいるけど。

石垣はともかく、木製品が残っていたのには驚いた、
それをしっかり使ったりして、エライ。
地下空間だからいい感じですよね。
確かに江戸時代なんてつい先ごろなんだけど、
ほんとに一昨日みたいなものなんだけど、
考えるとそれがどうして埋まっちゃったのかなあ?。

少なくとも明治初期まではあったわけでしょ?、
地上部を取り払って地下の倉とか水道管などはそのまま残った?。
東京は今でも再開発が進んでいます、
これからまた何が出てくるか楽しみですね。♪

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