■■■■■■■■■■タイ・ロングスティ今昔■■■■■■■■■■
■JTIROの取り組み
●JTIROが、タイのロングステイと取り組んで足掛け12年になる。
はやくから単独で移住した方たちのお知恵を借りて、
全く手探りの状況だった当時の苦労が、思い起こされて懐かしい。
全く手探りの状況だった当時の苦労が、思い起こされて懐かしい。
その時、大変お世話になった方々のお顔が今も髣髴と思い浮かぶ。

■タイ・ロングスティの先駆者達
●JICAのチェンマイ駐在として活躍された倉又孝さん(鎌倉在住)は、
チェンマイ先住の日本人の人たちの居住データーを具に調査分析され,
JTIROにも提供いただいた。
そして、その後のタイ・ロングスティの振興に大いに貢献された。
まさにチェンマイ・ロングスティ先駆者の第一人者だと思う。
●ついで、当時創刊したばかりのチェンマイ日本語新聞の編集者として活躍された
山内恵ニさんにも、大変お世話になった。
「ロングスティの明と暗」と題して、タイロングスティの実情について問題提起され、
大きく社会貢献された。
いまも、ロングスティヤーの一人として「新明天庵」と名乗り、健筆を振るう。
山内さんの「北タイブロガーナンバーワンをめざして」のブログをご紹介したい。
■JTIRO・第1回ロングスティ・ミッションの思い出
●JTIROが、最初に「チェンマイ・ロングスティ・ツアー」なる体験の旅を試みたのは、
1999年の夏だったと記憶する。
ホテルは、チェンマイ郊外の「スポーツマンクラブ」、
キャドルに包まれたタイの伝統楽器が奏でる夕食会、
椰子の木に囲まれた大きなプールに隣接したコテージの夜だった。
ノスタルジックな情景は、今も脳裏を離れる事はない。
●当時参加した人たち6人のシニアの殆どは、
その後、生活滞在ののち、高齢のため帰国したり、他界されたと聞く。
その後、生活滞在ののち、高齢のため帰国したり、他界されたと聞く。
古くから10年一昔と言うが、10年とは確かに歴史の一齣だという事が良くわかる。
■タイロングステイの行方
にもかかわらず、
タイロングスティの施策は、日本も現地も、タイ政府も、10年前となんら変わっていない。
そのために、いまロングスティは、衰退傾向にある。極めて残念だ。果たして之でいいのか。
日本では、高齢者シニアの世代交代によって、団塊世代が台頭し、
ロングスティと言う シニアのライフスタイルが、既に失われつつある。
ロングスティと言う シニアのライフスタイルが、既に失われつつある。
JTIROでは、日本のシニアの生活者ニーズにあった、新しい海外生活滞在のあり方を、
再度検証したいと考えている。

●TIROでは、
約5年前よりタイの先進医療を生かした介護ロングスティを検証してきたが
約5年前よりタイの先進医療を生かした介護ロングスティを検証してきたが
ここに来て、タイ政府も医療ツーリズムの推進を決めたようだ。 大いに注目したい。(山)















