■■■第70回開戦記念日に思う■■■
昭和16年12月8日
この日を知る10歳以上の人は既に80歳以上になる。
だが日米首脳による和解のための真珠湾と原爆の広島の相互訪問は、
いまだ実現していない。
「昭和16年12月8日」
●「帝国陸海軍は8日未明、西太平洋に於いて米英軍と戦闘状態に入れり」
繰り返し絶叫するラジオのアナウンス。
そして翌日から、続々と飛び込む大勝利のラジオ大本営発表報道。
・ハワイ真珠湾攻撃の奇襲による大勝利報道
・マレー沖の英国不沈戦艦「プリンスオブウエールス」の撃沈報道
・マレー半島、香港、フイリピン、ビルマ、など南方上陸作戦の快進撃報道、
みな12月8日からほぼ1週間の出来事である。
●京都大学の中西寛教授は、著書で語る。
「真珠湾の勝利報道を聞いて 日露戦争の勝利を想起した人も少なくなかった。
しかし真珠湾は、日本の政治的選択としては「死への跳躍」だった。
死中に活を見出だそうとする賭けだった。
日本は圧倒的な国力の差を知りながら、戦いを挑み破滅に至った。」
●戦争が激化するなか、隣組にはこんなポスターが貼られ、国民を鼓舞した。
「欲しがりません、勝つまでは」「足りぬ足りぬは工夫が足りぬ」なかなかの名文である。
●しかし戦争推進派ばかりでなく、この間、戦争回避に動いた人たちも多かったと聞く。
作家、猪瀬直樹著の「昭和16年夏の敗戦」 中央公論(648円)によると
当時の政府内部の若手エリート集団が、16年夏の早い時点で、いち早く戦争回避に動いたが、
大勢に押されて、追い込まれていく経緯が詳しくしるされている。
●4年足らずの戦争の結末は余りにも無残だった。犠牲者は310万人に及ぶ。
夜を日に継ぐ本土空襲、沖縄戦、そして広島と長崎の原爆投下で止めを刺された。
「太平洋戦争の直接被害」
(死亡) (行方不明)
・軍人軍属 155万5308万人 30万9402人
・銃後国内 29万0948万人 36万8830人

「進む戦争の風化」
●開戦当時10歳で小学3年生だった人たちは既に80歳になるが、いま826万人
しか生存しない。全人口のわずか6,6%に過ぎない。
一方いま戦争を知らない国民が、全人口の93%にも及ぶ。
開戦70年、ますます戦争の風化が進む。
この機会に第2次戦争の経緯を通じて先人はなぜ戦争をせざるを得なかったか。
そして国とは、愛国心とは、まず戦争を知るシニアが、戦争体験を具に語って欲しい。
●愛国心と戦争体験は、大いに関係ありとする識者の声も高い。
かって作家の小田実さんは「愛国心とは国のために死ねる」ということだと述べている。
第2次大戦開戦70周年を基点にして、改めて3・11後の新しい日本を考え直すのも素晴らしい
事と思う。 貴重な日本民族の戦争体験を風化させててはなるまい。
●いま、なぜこんな無謀で忌まわしい戦争をしたのか、疑問をもつ人が多い。
今となると、よくもこんな無謀な戦争をしたもんだと、悔やまれる事しきりだが、
・「自虐史観」だけでは何も生まれない。
・過去を非難するだけでは何も生まれない。
今こそ夫々が、誇りと自信を持てる日本を創る気概が必要だと思う。
(山)